『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~   作:tuna&mayo

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第020話 中ランクへ参ります

 

 

 非公開の準備領域に入ると、六人はもう入口側の確認を始めていた。

 

 少し前まで、訓練巨兵を相手に、ぶつかる動線を組み直しながら八分間を生き残った六人ですの。

 

 今日は、模擬戦の続きではない。

 

《正式レイド申請:確認》

《対象:絡晶蛛《ネフレア》》

《ランク:中》

《現在個体防衛数:37》

《血統累計防衛数:86》

 

「中ランクへ参りますのね」

 

 表示を読み終えたところで、ブランが入口模型の幅を見た。

 

「来たなあ」

 

 隣でフィンが天井高の表示を見上げる。

 

「今さら帰るとか言うなよ?」

 

「言ってないって。上見るの俺だろ」

 

 声には緊張が混じっている。

 

 それでも、六人ともこちらを見て次の指示を待ってはいなかった。

 

 ブランは入口幅。フィンは天井。メイアは壁面。ネネは糸の接続先。テトラは共有項目。ユアンは、誰かが止まった時に空く穴。

 

 まだ何も始まっていないのに、見るものが最初から六つに分かれている。

 

 以前なら、わたくしが六人分の正解を先に並べていたところですわね。

 

     ◇

 

 準備領域の中央へ、シアが正常時の《ネフレア》模型を呼び出した。

 

 人型表示体の彼女は細身で、余計な身振りを挟まず模型をこちらへ向ける。

 

「公開している範囲は、ここまでです」

 

 絡晶蛛《ネフレア》。

 

 白い外骨格を持つ六脚の身体は、脚を含めて横幅約九メートル。

 

 中央の胴は、その広がりに比べれば小さい。六本の脚が床と壁へ大きく開き、身体を中央に吊るように支えている。

 

 シアが模型を動かす。

 

 前脚が天井へ固定点を作り、中脚が壁を捉える。後脚が踏み替わると、大きな腹部だけがこちらを向いた。

 

 小さな頭部には青い小眼。腹部には複数の糸口があり、その周囲から黒い擬装膜が伸びる。背から腹部側へかけて並ぶ半透明の結晶嚢は、いまは色がついていない。

 

 模型だけを見れば、白い蜘蛛型の獣がそこにいるようにも見える。

 

 けれど、脚の役割まで分けて見ると印象が変わる。

 

 一本動くだけでも、固定、移動、腹部の向き――変わる場所が違う。

 

「第1形態は《巣張型》です」

 

 シアが模型の周囲へ洞窟地形を重ねた。

 

 白い糸が天井から壁へ渡り、別の一本が床近くへ斜めに張られる。黒い擬装膜が岩肌の一部へ重なり、本体の輪郭を隠した。

 

「糸の固定点を使って、動ける場所を減らします。天井を見る役は置いてください。擬装膜を剥がした場合も、本体位置は共有した方がいいです」

 

 ネネが、模型の糸と糸口を見比べる。

 

「切るなら、見えたやつ全部?」

 

「固定点を順番に、です。全部を同時に追う必要はありません」

 

 次に模型の結晶嚢へ色が入った。

 

「第2形態は《毒晶型》。結晶嚢の色変化と状態異常の対応は公開情報です。拘束された人が出ても、全員で追わないでください」

 

 フィンが眉を寄せる。

 

「そこまで教えていいの?」

 

「公開している攻略情報ですから」

 

 シアの返答は変わらない。

 

 挑戦者が事前に取得できる範囲を、そのまま出しているだけですの。

 

「ただし、始まった後は私から答えは出しません」

 

「ですよねー」

 

 フィンの肩が分かりやすく落ちる。

 

 横でライカが短く笑った。

 

「公開されてるから簡単、とはならないぞ」

 

「分かってますって!」

 

「ならいい」

 

 模型の中では、《ネフレア》の白い前脚が天井へ一本固定されていた。

 

 見えている情報は多い。

 

 だからといって、戦場で同じ順番に見えるとは限らない。

 

     ◇

 

 観戦条件を開く。

 

《非公開招待観戦》

《観戦者:アスト/ライカ》

《戦闘開始後:参加者への通信不可》

 

 六人とシアの確認が揃った。

 

《実施:確認》

 

 その裏で、管理側の監視条件も有効になる。

 

《記録保護/経路分離/終了処理監視:有効》

 

 追加保護は、六人とシアの確認を受けて有効になっている。挑戦者側へ渡す攻略情報は、通常の正式中ランク挑戦の範囲から増えていない。

 

 六人の準備窓を見る。

 

 その瞬間、頭の中では最短の攻略線が勝手に組み上がりかけた。

 

 入口。

 

 最初に見える固定糸。

 

 天井高。

 

 前脚が置ける面。

 

 擬装膜を剥がす順番。

 

 その後の射線。

 

 途中まで作って、閉じる。

 

 最短を渡せば、六人はもっと速く動ける。ですが、それでは訓練で残したものが逆戻りですの。

 

「確認だけいたしますわ。役割は?」

 

 ブランが先に答えた。

 

「入口幅と、全員が通れる線。俺」

 

「糸と面、見る」

 

 メイア。

 

「天井と射線」

 

 フィン。

 

「拘束されたら、つながってる方を切る」

 

 ネネ。

 

「経路共有と状態照合。変化が出たら声にします」

 

 テトラ。

 

「空いた役が出たら俺が入る。誰か一人を追いかけるんじゃなく、穴を見る」

 

 ユアン。

 

 必要な項目が、短い返答で次々に埋まっていく。

 

「前が止まったら、後ろも勝手に進まない」

 

「一人で取り返そうとしない」

 

「誰かが遅れたら待つ」

 

 いくつもの声が重なる。

 

 どれも、これまでの訓練で確かめてきたことだ。言い方は違っても、前へ進み続けることだけを正解にはしていない。

 

 最後に、こちらから一つだけ足す。

 

「全員で戻ることを、勝利条件から外さないでくださいませ」

 

 ブランが頷いた。

 

「そこは外さない」

 

 その返答を確認して、わたくしは攻略線を完全に閉じた。

 

     ◇

 

 転送が始まる。

 

 観戦席へ移ったわたくしの正面に、立体洞窟が開いた。

 

 入口幅、十二メートル。

 

 天井、十八メートル。

 

 白灰色の岩肌には古い糸が何本も渡り、奥へ行くほど上下の足場差が大きくなる。

 

《正式レイド:開始》

《接続:正常》

 

 六人が入口へ出る。

 

 ここから先、わたくしの声は届かない。

 

 ライカも同じですの。

 

 ブランは幅十二メートルの中央を取らず、左へ寄った。盾を構えた自分の後ろへ、六人全員が戻れるだけの通路を残している。

 

 その横をフィンが三歩だけ進み、弓を上げる前に天井へ視線を上げた。

 

「上、確認」

 

 メイアは右壁へ寄り、重なった糸の面を追う。

 

 ネネは切断痕の近くへしゃがみ、残っている糸がどこへつながっているかを見る。

 

 テトラとユアンは入口を塞がないよう左右へ分かれた。

 

 誰も、わたくしの指示を待たない。

 

 そして誰も、一人だけで先へ行かない。

 

 訓練で残ったのは、新しい技能名ではなく、空いた役を次の誰かが埋める手順ですの。

 

 六人が巣へ入る。

 

 白い糸。

 

 途中で切れている固定線。

 

 岩壁に垂れた黒い擬装膜。

 

 床に落ちた、色の抜けた半透明の結晶嚢。

 

 準備領域でシアが見せた巣の構造と、本体が残したものが、そこにはある。

 

 糸がある。

 

 膜もある。

 

 結晶嚢もある。

 

 巣そのものは、《ネフレア》のものですの。

 

 だからこそ、足りないものがすぐに分かった。

 

 通常なら、最初に天井奥へ広がっているはずの白い六本の脚がない。

 

 前脚の固定点も。

 

 壁へかかる中脚も。

 

 腹部の向きを支える後脚も。

 

 本体だけが、どこにも見えない。

 

 フィンは弓を引かなかった。

 

 顔だけを動かして、天井奥を見る。

 

 右壁。

 

 左の岩棚。

 

 入口側。

 

 もう一度、天井。

 

「いない」

 

 その声は観戦側へ届く。

 

 こちらからは返せない。

 

 テトラが状態窓を開いた。

 

《敵座標:取得不能》

 

 同じ表示が、わたくしの観戦窓にも出る。

 

 正式レイドは開始している。

 

 戦場もある。

 

 巣も残っている。

 

 それでも、《ネフレア》の座標だけが取れない。

 

 隣でライカが黙った。

 

 わたくしも声を出さない。

 

 出したところで届かない。

 

 六人は、自分たちで見るしかない。

 

 わたくしたちは、ここから見るしかない。

 

 巣のどこにも、《ネフレア》は見当たりませんでしたの。

 

 

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