『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
非公開の準備領域に入ると、六人はもう入口側の確認を始めていた。
少し前まで、訓練巨兵を相手に、ぶつかる動線を組み直しながら八分間を生き残った六人ですの。
今日は、模擬戦の続きではない。
《正式レイド申請:確認》
《対象:絡晶蛛《ネフレア》》
《ランク:中》
《現在個体防衛数:37》
《血統累計防衛数:86》
「中ランクへ参りますのね」
表示を読み終えたところで、ブランが入口模型の幅を見た。
「来たなあ」
隣でフィンが天井高の表示を見上げる。
「今さら帰るとか言うなよ?」
「言ってないって。上見るの俺だろ」
声には緊張が混じっている。
それでも、六人ともこちらを見て次の指示を待ってはいなかった。
ブランは入口幅。フィンは天井。メイアは壁面。ネネは糸の接続先。テトラは共有項目。ユアンは、誰かが止まった時に空く穴。
まだ何も始まっていないのに、見るものが最初から六つに分かれている。
以前なら、わたくしが六人分の正解を先に並べていたところですわね。
◇
準備領域の中央へ、シアが正常時の《ネフレア》模型を呼び出した。
人型表示体の彼女は細身で、余計な身振りを挟まず模型をこちらへ向ける。
「公開している範囲は、ここまでです」
絡晶蛛《ネフレア》。
白い外骨格を持つ六脚の身体は、脚を含めて横幅約九メートル。
中央の胴は、その広がりに比べれば小さい。六本の脚が床と壁へ大きく開き、身体を中央に吊るように支えている。
シアが模型を動かす。
前脚が天井へ固定点を作り、中脚が壁を捉える。後脚が踏み替わると、大きな腹部だけがこちらを向いた。
小さな頭部には青い小眼。腹部には複数の糸口があり、その周囲から黒い擬装膜が伸びる。背から腹部側へかけて並ぶ半透明の結晶嚢は、いまは色がついていない。
模型だけを見れば、白い蜘蛛型の獣がそこにいるようにも見える。
けれど、脚の役割まで分けて見ると印象が変わる。
一本動くだけでも、固定、移動、腹部の向き――変わる場所が違う。
「第1形態は《巣張型》です」
シアが模型の周囲へ洞窟地形を重ねた。
白い糸が天井から壁へ渡り、別の一本が床近くへ斜めに張られる。黒い擬装膜が岩肌の一部へ重なり、本体の輪郭を隠した。
「糸の固定点を使って、動ける場所を減らします。天井を見る役は置いてください。擬装膜を剥がした場合も、本体位置は共有した方がいいです」
ネネが、模型の糸と糸口を見比べる。
「切るなら、見えたやつ全部?」
「固定点を順番に、です。全部を同時に追う必要はありません」
次に模型の結晶嚢へ色が入った。
「第2形態は《毒晶型》。結晶嚢の色変化と状態異常の対応は公開情報です。拘束された人が出ても、全員で追わないでください」
フィンが眉を寄せる。
「そこまで教えていいの?」
「公開している攻略情報ですから」
シアの返答は変わらない。
挑戦者が事前に取得できる範囲を、そのまま出しているだけですの。
「ただし、始まった後は私から答えは出しません」
「ですよねー」
フィンの肩が分かりやすく落ちる。
横でライカが短く笑った。
「公開されてるから簡単、とはならないぞ」
「分かってますって!」
「ならいい」
模型の中では、《ネフレア》の白い前脚が天井へ一本固定されていた。
見えている情報は多い。
だからといって、戦場で同じ順番に見えるとは限らない。
◇
観戦条件を開く。
《非公開招待観戦》
《観戦者:アスト/ライカ》
《戦闘開始後:参加者への通信不可》
六人とシアの確認が揃った。
《実施:確認》
その裏で、管理側の監視条件も有効になる。
《記録保護/経路分離/終了処理監視:有効》
追加保護は、六人とシアの確認を受けて有効になっている。挑戦者側へ渡す攻略情報は、通常の正式中ランク挑戦の範囲から増えていない。
六人の準備窓を見る。
その瞬間、頭の中では最短の攻略線が勝手に組み上がりかけた。
入口。
最初に見える固定糸。
天井高。
前脚が置ける面。
擬装膜を剥がす順番。
その後の射線。
途中まで作って、閉じる。
最短を渡せば、六人はもっと速く動ける。ですが、それでは訓練で残したものが逆戻りですの。
「確認だけいたしますわ。役割は?」
ブランが先に答えた。
「入口幅と、全員が通れる線。俺」
「糸と面、見る」
メイア。
「天井と射線」
フィン。
「拘束されたら、つながってる方を切る」
ネネ。
「経路共有と状態照合。変化が出たら声にします」
テトラ。
「空いた役が出たら俺が入る。誰か一人を追いかけるんじゃなく、穴を見る」
ユアン。
必要な項目が、短い返答で次々に埋まっていく。
「前が止まったら、後ろも勝手に進まない」
「一人で取り返そうとしない」
「誰かが遅れたら待つ」
いくつもの声が重なる。
どれも、これまでの訓練で確かめてきたことだ。言い方は違っても、前へ進み続けることだけを正解にはしていない。
最後に、こちらから一つだけ足す。
「全員で戻ることを、勝利条件から外さないでくださいませ」
ブランが頷いた。
「そこは外さない」
その返答を確認して、わたくしは攻略線を完全に閉じた。
◇
転送が始まる。
観戦席へ移ったわたくしの正面に、立体洞窟が開いた。
入口幅、十二メートル。
天井、十八メートル。
白灰色の岩肌には古い糸が何本も渡り、奥へ行くほど上下の足場差が大きくなる。
《正式レイド:開始》
《接続:正常》
六人が入口へ出る。
ここから先、わたくしの声は届かない。
ライカも同じですの。
ブランは幅十二メートルの中央を取らず、左へ寄った。盾を構えた自分の後ろへ、六人全員が戻れるだけの通路を残している。
その横をフィンが三歩だけ進み、弓を上げる前に天井へ視線を上げた。
「上、確認」
メイアは右壁へ寄り、重なった糸の面を追う。
ネネは切断痕の近くへしゃがみ、残っている糸がどこへつながっているかを見る。
テトラとユアンは入口を塞がないよう左右へ分かれた。
誰も、わたくしの指示を待たない。
そして誰も、一人だけで先へ行かない。
訓練で残ったのは、新しい技能名ではなく、空いた役を次の誰かが埋める手順ですの。
六人が巣へ入る。
白い糸。
途中で切れている固定線。
岩壁に垂れた黒い擬装膜。
床に落ちた、色の抜けた半透明の結晶嚢。
準備領域でシアが見せた巣の構造と、本体が残したものが、そこにはある。
糸がある。
膜もある。
結晶嚢もある。
巣そのものは、《ネフレア》のものですの。
だからこそ、足りないものがすぐに分かった。
通常なら、最初に天井奥へ広がっているはずの白い六本の脚がない。
前脚の固定点も。
壁へかかる中脚も。
腹部の向きを支える後脚も。
本体だけが、どこにも見えない。
フィンは弓を引かなかった。
顔だけを動かして、天井奥を見る。
右壁。
左の岩棚。
入口側。
もう一度、天井。
「いない」
その声は観戦側へ届く。
こちらからは返せない。
テトラが状態窓を開いた。
《敵座標:取得不能》
同じ表示が、わたくしの観戦窓にも出る。
正式レイドは開始している。
戦場もある。
巣も残っている。
それでも、《ネフレア》の座標だけが取れない。
隣でライカが黙った。
わたくしも声を出さない。
出したところで届かない。
六人は、自分たちで見るしかない。
わたくしたちは、ここから見るしかない。
巣のどこにも、《ネフレア》は見当たりませんでしたの。