『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~   作:tuna&mayo

21 / 21
第021話 ボスがいませんの

 

 

 巣のどこにも、《ネフレア》は見当たりませんでしたの。

 

《正式レイド:継続中》

《ボス接続:正常》

《敵座標:取得不能》

 

 三つの表示が、同じ観戦窓に並んでいる。

 

 正式レイドは続いている。

 

 ボス側の接続表示も正常。

 

 それなのに、敵座標だけが取れない。

 

 六人は入口から八メートルほど入った位置で、それ以上進まなかった。

 

 先頭のブランは左へ寄ったまま、盾を奥へ向けている。背後には、六人がまとめて戻れるだけの幅が残されていた。

 

 フィンも弓を引かない。

 

 天井奥へ顔を向け、青い小眼が返すはずの光を探す。

 

「反射なし」

 

 右壁。

 

 左の岩棚。

 

 もう一度、天井。

 

 どこにも青い反射はない。

 

 メイアは壁際へ寄り、指先から薄い風を流した。

 

 洞窟を横切る白い糸だけが、風に触れて細く震える。

 

「糸はある。でも呼吸の揺れがない」

 

 床には、本体の姿がないまま、色を失った結晶嚢が二つ落ちている。

 

 片方は割れているのに、中から何も漏れていない。

 

 岩壁から垂れた黒い擬装膜も、包む本体がないまま風に擦れていた。

 

 あるべきものの痕跡は、いくつも残っている。

 

 けれど、その中心にいるはずの《ネフレア》だけが見えない。

 

 ネネが切れた糸の近くへしゃがんだ。

 

「直近の公開記録と、切れ方が違う」

 

 テトラが状態照合を開く。

 

《対象プレイヤー:シア》

《現在個体:絡晶蛛《ネフレア》》

《接続署名:正常》

《現在個体応答:なし》

 

「《ネフレア》側、応答なしです」

 

 ブランは奥を見たまま聞く。

 

「レイドは?」

 

「継続扱いです」

 

 ユアンが入口を振り返った。

 

 誰も、「隠れているなら探そう」とは言わない。

 

 準備の時に自分たちで決めた停止条件が、もう目の前に揃っている。

 

「討伐を中断。戻る手順へ」

 

 六人の向きが、こちらを待たずに入口側へ揃った。

 

 観戦席では、ライカが拳を強く握った。

 

 指の節が白くなる。

 

「……見えてるのに、言えねえの嫌だな」

 

「同感ですの」

 

 わたくしの頭には、入口へ戻る最短線も、避けるべき固定糸も見えている。

 

 ですが、送れない。

 

 戦闘開始後、こちらから参加者へ情報は送れない。

 

 その条件で始めた正式レイドですの。

 

 六人が自分たちで止まったことを、こちらの答えで上書きするわけにはいかない。

 

     ◇

 

 入口へ戻りながら、テトラが正常時の巣データを現在の映像に重ねた。

 

 固定点そのものは、大きく外れていない。

 

 違うのは、糸の張り方ですの。

 

 正常な《ネフレア》の巣なら、罠に使う糸と移動に使う糸では、張りにわずかな差が出る。

 

 今は、その差が見えない。

 

「識別色もないです」

 

 メイアがもう一度、糸へ風を当てる。

 

「安全糸も拘束糸も、全部同じに見える」

 

 フィンが床近くの切れ端へ照準線を置いた。

 

 撃たないまま、その先だけを追う。

 

「これ、出口側へ伸びてる」

 

 六人の視線が、一斉に入口へ寄った。

 

 床を這っていた一本の白糸が、切れた先から少しずつ伸びている。

 

 風で揺れたのではない。

 

 固定点が崩れたわけでもない。

 

 糸の先端そのものが、石床の上を進んでいる。

 

「動いた」

 

 ネネの声が落ちる。

 

 テトラが戦闘ログを開いた。

 

《技能使用:なし》

 

 映像では、糸が動いている。

 

 ログには、それを技能として使った記録がない。

 

 使用主体を示す記録も出ない。

 

 主体からの応答もない。

 

 ブランが盾を入口側へ向け直した。

 

「テトラ」

 

「既知状態と一致しません」

 

 返答はすぐだった。

 

「敵座標取得不能。技能使用者なし。主体応答なし。停止条件、成立です」

 

「なら戻る」

 

 ユアンが周囲を見てから言う。

 

「緊急終了を要求しよう」

 

 倒すために奥へ進むのではない。

 

 分からないから止まる。

 

 そして六人全員で帰る。

 

 訓練前なら、わたくしが言葉にして渡していた順番を、今は六人が自分たちで選んでいますの。

 

     ◇

 

 テトラが安全処理を選ぶ。

 

《緊急終了要求》

 

 これは通常の任意退出ではない。

 

 異常時にレイドを安全側へ閉じるための手順ですの。

 

 洞窟入口に白い処理輪が灯った。

 

 円環の内側が薄くほどけ、出口が開きかける。

 

 六人が、入口へ向けて間隔を詰める。

 

 その瞬間。

 

 奥から伸びていた一本の糸が、床を滑った。

 

 さきほど出口側へ向かっていた白糸。

 

 それが六人の足元ではなく、開きかけた処理輪へ伸びていく。

 

「右!」

 

 ブランの盾が動く。

 

 けれど糸は誰にも触れない。

 

 白い輪へ届く。

 

 細い先端が、円環の内側へ一本だけ入り込んだ。

 

 開きかけていた光が止まる。

 

《正式レイド:継続中》

《緊急終了条件:未成立》

 

「拒否された」

 

 フィンの声が硬くなる。

 

 テトラは表示と直前の状態記録を見比べた。

 

「要求条件は成立していました。直前まで」

 

「もう一回できる?」

 

 メイアが聞く。

 

 テトラは処理輪へ入った白糸を見る。

 

「同じ処理輪に、同じ糸が入り込んだままです」

 

 同じ処理輪に同じ糸が残ったままでは、再送しても条件は変わらない。

 

 六人は通常の再送を選ばなかった。

 

 管理側へ、例外安全事案として隔離を要求する。

 

《例外安全事案:隔離要求》

《現在接続署名:正常》

《即時強制切断:保留》

 

 表示を見た瞬間、胸の奥が冷えた。

 

 接続署名は正常のままですの。

 

 接続署名は正常のままですの。

 ここで管理側から即時切断すれば、その切断自体が別の損傷を作る可能性がある。

 

 だから保留されている。

 

 隔離要求と、今すぐ接続を切ることは同じではない。

 

 わたくしは観戦側で、入口糸と処理輪、巣の固定点の関係を追う。

 

 どこで分ければ六人を傷つけずに出口処理を戻せるか。

 

 線は見える。

 

 計算もできる。

 

 それでも、送れない。

 

「アスト」

 

 ライカが低く呼んだ。

 

「分かっておりますの」

 

 こちらから攻略上の答えは送れない。

 

 安全処理は管理側へ要求できても、六人の次の一歩まで代わりに決めることはできない。

 

     ◇

 

 テトラの観戦映像が、一瞬だけ黒くなった。

 

《映像欠落:0.4秒》

 

「テトラ?」

 

 ブランが振り向く。

 

「見えてます。聞こえてます。わたし側では途切れてません」

 

 声は続いている。

 

 操作も止まっていない。

 

 欠けたのは、こちらへ届いた映像だけ。

 

 本人の主観まで欠けたと決める材料はございませんの。

 

 戦闘ログにも、その0.4秒に対応する特別な処理は出ていない。

 

 その直後、洞窟奥の床が柔らかく沈んだ。

 

 石床の上へ、濡れた泥のようなものが広がる。

 

 《ネフレア》の公開されている正常技能には、こんな泥の挙動はない。

 

 ブランが盾を半歩前へ出した。

 

「来るぞ」

 

 何が、とは誰も言わない。

 

 泥の中から、白いものが出た。

 

 一本。

 

 続いて、もう一本。

 

 細長い白脚。

 

 六本あるはずの脚のうち、前脚に見える二本だけ。

 

 胴体はない。

 

 腹部もない。

 

 青い小眼もない。

 

 二本の脚だけが、天井の糸に支えられるような角度で、床へ触れた。

 

 フィンの照準線が重なる。

 

《対象ID:取得不能》

 

「見えてるのに取れない!」

 

 白い脚が、一度だけ床を押した。

 

 石床へ荷重がかかり、泥の縁がわずかに広がる。

 

 次の瞬間には、二本とも見えなくなった。

 

 六人が入口を背に、互いの死角を埋めるよう円形へ寄る。

 

 ログには、使用主体を示す記録がない。

 

 対象IDも取れない。

 

 それでも。

 

 脚は、確かに床へ着きましたの。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。