『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
白い糸が、天井から三本落ちた。
「分かれる!」
メイアの風が横へ走る。細すぎて正面からは線にしか見えなかった三本が揺れ、洞窟の空気を切り分ける薄い面として浮かび上がった。
入口から八メートルほど。
六人の中央を縦に割る一本。その左右にも二本。入口を背に寄っていた六人を、今度は内側から分断する位置ですの。
ブランが盾を正面へ立てた。糸そのものを受けるのではなく、その向こうから何が来ても前へ抜けさせない角度。
けれど、次に動いたのは前ではなかった。
灰白の岩床が、盾の下で柔らかく沈む。
「泥!?」
ブランが片足を抜くのと同時に、フィンの照準が右へ振れた。
糸と糸が交わる場所。
そこから白い脚だけが伸びている。
胴体はない。頭部も腹部も、その脚を動かすはずの身体がどこにも続いていない。それでも関節は曲がり、床へ先端を置いて、六人の方へ踏み込もうとしていた。
フィンの矢が飛ぶ。
《環境部位:損傷》
「敵じゃない扱い!?」
脚は弾かれた。白い表面が欠ける。
ですが、敵のHP表示は動かない。
その確認を終える前に、左側の糸が大きく撓んだ。
今度は顎。
細長い白い顎だけが、糸の交点から突き出される。
「ユアン!」
ネネが《ウィーブ・スルー》で横へ抜けた。顎そのものへ飛び込まず、その根元を支えている糸へ短刃を滑らせる。
《スレッド・カット》
糸が切れ、支えを失った顎が床へ落ちる。
《環境部位:破壊》
それでも、敵のHPは変わらない。
脚を壊しても。
顎を落としても。
倒した相手が、処理上どこにもいない。
「次どれ!?」
「待って、面が増えてる!」
「位置取れない!」
三人の声が重なった。
右では脚が残り、左では切った糸の奥から別の細線が伸び、足元では泥がまだ盾の縁へまとわりついている。ひとつを見て動けば、別の何かが視界の外から入り込む。
六人の足が、それぞれ違う方向へ開きかけましたの。
訓練で最初に失敗した時と同じ。
全員が間違っているのではない。
見ている危険が違う。
そのまま各自が正しい相手へ動けば、六人の間にあった順番が消える。
わたくしには、切断候補に見える位置がいくつかある。
けれど、正式レイドはすでに始まっている。
こちらから攻略上の答えは送れない。安全処理は管理側へ要求できても、六人の次の一歩までこちらが決めることはできない。
観戦席のライカも口を閉じたまま、六人の映像を見ていましたの。
先に声を出したのはブランだった。
「六歩前進! 前でやった通り!」
盾を立てたまま、右の脚へ向いていた身体を中央へ戻す。
「相手が何かは後だ! 見えてる場所と、次に動く奴だけ言え!」
名前のないものを、ひとつの敵としてまとめる必要はございませんの。
右の脚。
左の糸。
足元の泥。
誰が先に動けるか。
誰が止まっているか。
誰の後ろが空いているか。
六人の声が、対象名ではなく現在位置へ戻っていく。
「右、まだ脚!」
「左は切った。次の糸きてる!」
「中央、通れない!」
「後ろ空ける!」
ユアンが中央へ寄りすぎず、ブランの一歩後ろへ長柄を置いた。ネネは左から帰り切らず、その位置で次の糸を見る。フィンも敵そのものを追う照準をやめ、六人の間を横切る線へ弓を向け直した。
そこへ泥が盛り上がる。
岩床の上にあったはずの灰色が、塊のまま持ち上がり、その表面だけが硬い外殻へ変わった。
頭はない。
脚もない。
ただ、前へ押し出される外殻の塊だけがある。
「前!」
ブランの盾へぶつかった。
鈍い衝撃で盾面が一度沈む。ブランは正面から押し返さず、足をずらして塊を外へ滑らせる。
その脇をネネが抜けた。
「左、通る!」
「待機!」
ユアンの声でフィンが一歩を止める。
ネネが戻る。
「今!」
フィンが入れ替わる。
敵の正体は分からない。
ですが、六人の次の一歩は、また互いに見えるようになっていましたの。
◇
テトラが入口側へ半歩下がった時だった。
「足元、来てます」
白い泥が、彼女の靴の周囲へ薄く広がった。
ブランが振り向きかける。
「前そのまま!」
テトラ自身が止める。
泥は足首の周囲から形を変え、白い外殻のように身体へ沿った。
膝を越えない。
その代わりに、細い糸が腰の外側から左腕へ伸び、そのまま背中へ回り込む。
「これ、装備じゃない」
メイアが杖を向け、可視化表示を重ねた。
白い外殻とテトラの身体が、同じ場所に二重に見える。
「テトラの身体と同じ位置に重なってる。外側から」
「切れる?」
ネネがすぐに聞く。
「まだ待って。本人側との境界が出てない」
ネネの刃が止まった。
フィンも引きかけた弓を戻す。
撃てる場所はある。
けれど、それが外殻だけを撃つ場所なのか、テトラまで通る場所なのかが分からない。
白い外殻の背面が盛り上がった。
小さな脚の付け根だけが、そこから生える。
床にも天井にも繋がらず。
今度は、テトラ自身の身体を足場にするように。
《通常解除:無効》
表示を見たブランが即座に盾を返した。
「隔離幅、取る!」
《パス・クリア》
盾を斜めへ開き、テトラの左右に立っていた二人を外へ流す。一人分ずつ距離が空き、六人がテトラを押し合わずに囲める形へ変わった。
その瞬間。
テトラの映像だけが消えた。
◇
観戦窓の一枚が、黒くなる。
六人分の接続表示は残っている。
音声も。
『見えてます。聞こえてます』
テトラの声が届いた。
『左腕だけ遅いです。ほかは動きます』
ライカが観戦窓へ身を寄せる。
「音はある」
「本人側では視覚も維持していますの」
テトラ自身は見えている。
こちらへ映像が届いていないだけですの。
黒い画面の横で、音声経路から状態表示が読み上げられる。
《同期経路混線》
《主観同期確定遅延》
『既知の混線警告です』
その言葉だけなら、以前にも見ていますの。
公開模擬戦。
テトラの共有窓に同じ系統の警告が出て、新規接続を止め、経路を分離し、ユアンが共有を代わった。
数秒で復旧した。
だから今回も、まずは知っている手順から入る。
『新規支援接続を停止。管理AIへ戦闘ログと主観記録の経路分離、保護領域退避を要求します』
《標準分離要求:受領》
《保護領域退避:開始》
六人は動きを止めない。
ブランが前。
メイアとフィンがテトラの左右。
ネネは切れる境界が出るまで刃を入れない。
ユアンがその全員を視界へ入れる。
ここまでは、以前にも見た流れですの。
一拍。
ですが、次が違った。
《分離要求:一部失敗》
《未登録接続:継続中》
《保護領域への転送待機》
黒い画面のまま、表示だけが残った。
『……標準処理が終わりません』
テトラの声。
《同期経路混線》という警告が出た。
だからといって、今回のものまで同じ原因とは限らない。
むしろ、知っている手順を最後まで実行して、それでも戻らない。
そこまで来れば、少なくとも以前と同じ標準処理だけでは収まらないと判断する材料になりますの。
「テトラ、通常支援は?」
ユアンが聞く。
『共有順を維持できません。分離要求は継続します』
「継ぐ」
《ロール・リレー》
ユアンの側へ渡ったのは、テトラの技能そのものではない。
誰が先に動き、誰が待ち、空いたところを誰が代わるか。
六人が訓練で使ってきた、その順だけ。
「性能はいらない。順番だけ回す」
『お願いします』
テトラは分離要求と記録保護へ集中する。
ユアンは代わりに六人の現在位置を見た。
「ブラン前。メイア、テトラ左。フィン右後ろ。ネネは切れるまで待て」
「了解!」
「見てる!」
声が返る。
誰もテトラの代わりになってはいない。
ただ、テトラが今できない仕事だけを、六人の中で空席にしない。
管理AIは受け取れた記録から順に保護領域へ退避を続けている。
テトラ本人からの個別映像は黒いままですが、別の外部観戦視点には、背部へ重なった外殻と、そこから外へ伸びる細い接続が見えていた。
ひとつではない。
切断候補は四つ。
ですが、それだけでは送れない。
候補が見えていることと、そこを切って安全だと確定していることは別ですの。
本人との境界が確認できないまま、こちらの判断だけで切断位置を指定することはできない。
◇
ブランが盾越しに入口を見た。
「出口まで戻る」
ユアンがそちらへ視線を移す。
「前で決めた通りだ。倒すのは後」
討伐を続けるなら、脚も顎も外殻も壊せるだけ壊す選択はある。
けれど、HPは動かない。
使用主体を示すIDも取れない。
通常解除も効かない。
そして今は、仲間の背中へ何かが繋がっている。
何を倒せば勝ちなのか分からない戦場で、勝利だけを追う理由はもうありませんの。
「テトラの外殻を切り離す。記録を保護する。全員で出る」
ブランが言った。
誰も異論を返さなかった。
「起点、探す」
メイアがテトラの背中へ視線を固定する。
「切れるところだけ切る」
ネネの刃はまだ下がったまま。
「位置固定する」
フィンが弦へ指を掛ける。
『保護要求、再送できます』
黒い画面からテトラの声。
討伐のための役割ではなくなった。
仲間を傷つけずに外す。
戻れる出口を作る。
記録を途中で失わない。
そのために、それぞれが今できる仕事へ置き換わっていく。
管理AIから観戦側へ通知が一度だけ出た。
《緊急転送窓:生成可能性あり》
《条件:出口接続の一時分離/参加者主観記録の保護確定》
通常の退出ではない。
条件が揃った時だけ開く、安全処理側の窓。
ただし、《出口接続》とテトラ背部の接続が同一とは、まだ確認できませんの。
六人へこの通知を直接送ることはできませんの。
けれど、テトラ自身の標準要求画面には、まだ《保護領域への転送待機》が残っている。
黒い画面の向こうで、テトラが表示を確認する間があった。
『《保護領域への転送待機》、まだ残ってます。分離要求も終わってません』
「なら、つながってる方の境界を探す」
ネネが即答した。
ようやく六人が、同じ場所を見始める。
テトラ本人ではない。
彼女へ重なった外殻と、その外側へ伸びる接続。
切れる可能性があるのは、そこですの。
その背後で一本の糸が膨らんだ。
細い線だったものが急に厚みを持つ。
白い長顎が、テトラの背後へ伸びた。
「後ろ!」
ブランの盾が間へ入る。
顎の先端が盾面を擦り、白い火花を散らしながら横へ滑った。
外殻はまだテトラへ付いている。
接続も残っている。
身体だけの襲撃も終わっていない。
それでも六人は、もう脚や顎へ名前を探してはいませんでしたの。
見るのは、仲間。
出口。
そして、切ってよいか確かめる接続だけでした。