『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
「四つある!」
メイアの声と同時に、彼女の可視化表示がテトラの背中から外へ伸びた細線を拾った。
一本は床へ沈み、一本は頭上へ伸びる。残る二本は入口の処理輪、その左右へそれぞれつながっている。
先ほどまで見えていたのは、あくまで切断候補でしたの。
ですが今は、六人自身が同じ四本を見ている。
テトラ本人からの個別映像はまだ黒いまま。それでも外部観戦視点では、背中へ重なった白い外殻と、そこから四方へ引かれた線の位置がはっきり分かるようになっていた。
「中央、テトラ。前は俺」
ブランが盾を構え直す。
「ユアン、入口。メイア左後ろ。フィン後ろ。ネネ右」
呼ばれた五人が、返事より先に位置をずらした。
テトラを囲むのではない。彼女の周囲へ、確認する者、切る者、異常身体を流す者、出口を残す者がそれぞれ動ける空間を作る。
六人が同じものを見ても、一斉に動けば、また順番が消えますの。
最初にそれを止めたのはブランでした。
「同時に切らない」
『はい』
黒い個別窓からテトラの声が返る。
『処理の影響がこちらへ戻る可能性があります。一本ずつ確認してください』
断定ではない。
ですが、同時切断を試す理由もない。
一本を切る。世界の返りを見る。次へ進んでよいか確かめる。
六人がここまで選んできたのは、まさにそのやり方でしたの。
「順番」
ブランが聞く。
短い間を置いて、テトラが答えた。
『床、天井、右輪、左輪』
「フィン」
「全部見えてる。順に固定する!」
弓が上がる。
《マーク・ショット》
最初の標が床へ伸びる一本に止まった。
そこはテトラの身体ではない。外殻から床へ落ち、その先で白い泥の中へ消えている線。
ネネもすぐには入らなかった。
「境界、見えてる」
「本人側は?」
『重なってません』
テトラ自身の返答。
それを聞いてから、ネネが一歩前へ出る。
同じ瞬間、床の泥が盛り上がった。
灰白の塊が硬い外殻をまとい、頭も脚もないまま正面から押し出されてくる。
「来い!」
ブランの盾が斜めに入った。
真正面で止めない。
ぶつかった重さを盾面で受け、右へ流す。外殻の塊はブランを押し潰す代わりに進路をずらされ、その脇に一人分だけ空間が開いた。
「ネネ!」
「行く!」
小柄な身体が盾の横を抜ける。
フィンの標から視線を外さず、ネネは床線へ短刃を合わせた。
《スレッド・カット》
白い線が断たれる。
すぐには次へ行かない。
六人の目が、切れた場所とテトラを往復する。
床側の線だけが光を失い、テトラの輪郭は変わらない。個別窓の接続表示も残っている。
『本人側、変化なし』
「一つ」
ネネが短く数えた。
わたくしもそこで初めて、次の一本へ視線を移しましたの。
「天井!」
◇
二本目は、頭上へ伸びている。
フィンが標を移すより早く、白い脚が右の糸から生えた。
「右!」
ユアンが長柄を差し込み、脚の踏み込みを入口側へ逸らす。
倒さない。
追わない。
切断確認の空間へ入れないために、進む方向だけを変える。
その間にフィンの標が天井線へ止まった。
「本人側と交差なし!」
メイアが可視化表示を重ねる。
『確認しました』
テトラの声。
ネネが上を見る。
床線を切った時より一拍長く、刃の角度を探した。線だけを切るために身体を寄せすぎれば、次の脚や顎に逃げ道を塞がれる。
「届く」
短刃が上がる。
《スレッド・カット》
二本目が切れた。
切れた線は天井から落ちてこない。その場で光を失い、見えていた細さのまま消える。
テトラの接続は継続。
身体の輪郭にも変化なし。
床、天井。
二本を一本ずつ処理して、無事だった結果が二回分積み上がる。
まだ成功ではありませんの。
けれど、少なくとも二本目までは本人を巻き込んでいない。
「右輪」
ブランの声で全員の注意が入口へ移った。
右の処理輪へ伸びる線は、二本目までより横に長い。その途中を、また白い顎が塞いだ。
顎だけ。
根元に頭部はない。
大きく開いたそれが、ネネの進路へ横から入る。
「下!」
ユアンの長柄が動いた。
《レスポンス・ブレード》
刃を叩き込んで壊すのではない。
迫ってきた顎の横へ長柄の刃を差し、噛み込む方向を外へ逃がす。顎はネネの肩を外れ、石床を擦った。
「そのまま!」
ネネは止まらない。
フィンの標が右輪線へ乗る。
テトラ本人との重なりはない。
ネネの短刃が走った。
《スレッド・カット》
三本目。
右輪線が切れた瞬間、入口の処理輪が低く震えた。
《終了門:一時反応》
閉じていた中央が、半分ほど白く開く。
「開いた!」
「まだ入るな!」
喜びかけた声をブランが即座に止めた。
正しい。
入口が反応したことと、六人が安全に通れることは別ですの。
残っているのは最後の一本。
左輪線。
そして、それだけが今までの三本と違っていた。
線の根元が、外殻からはっきり分かれて見えない。
テトラの背中へ張り付いた白い外殻、その縁へ入り込むようにつながっている。
ネネの刃が下がった。
「これは、まだ切らない」
誰も急かさない。
半分開いた出口が目の前にあっても、ですの。
「本人ごと切るのはなし」
『標準分離要求、再送します』
テトラが管理側へ要求を送る。
《標準分離要求:再送》
《受領済み範囲:固定》
《未確定記録:保護領域転送待機》
ここで守られるのは、すでに管理側へ届いている記録まで。
テトラ本人の記録が最後まで確定するのは、戦場接続から外れた後ですの。
だから、まだ「全部終わった」ことにはならない。
「境界、出すよ」
メイアが杖先を向ける。
今度の可視化表示は、外殻全体を強く見せるためではない。テトラの身体輪郭と、その上へ重なった白い外殻の間を見分けるために細く重ねられていく。
首の下。
肩。
背中。
左輪へ伸びる線の根元。
同じ場所に見えていた二つの輪郭が、少しずつ別れて見えた。
「フィン」
「見えた。そこ」
《マーク・ショット》
小さな標が止まる。
テトラ本人ではなく、外側の白い構造へ続く一点。
それでもネネはすぐに切らなかった。
「テトラ」
『はい』
「そこ、本人側じゃない?」
一拍。
『本人輪郭との分離、確認できます』
「メイア」
「こっちでも分かれてる」
「フィン」
「標、外側だけ」
三人分の観測が重なる。
同じ答えを言わせるためではない。
別々の位置から、切ってよいか確かめるためですの。
ネネがようやく短刃を上げた。
「仲間じゃなく、つながってる方を切る」
《スレッド・カット》
刃が入る。
白い線が途切れ、その根元と一緒に外殻がテトラの背中から剥がれた。
掌ほどの断片が床へ落ちる。
ネネは拾わない。
《外殻断片:隔離》
《接触禁止》
《保護領域:固定継続》
管理側の隔離表示が先に出る。
その直後。
黒かったテトラの個別窓に色が戻った。
洞窟の天井。
自分の左肩。
入口側へ立つユアン。
映像が順番に戻ってくる。
「見えた」
テトラが言った。
それだけ。
けれど観戦席の横で、ライカが握っていた拳を開いたのが見えましたの。
まだ五人と一緒に戦場内です。
ここで安心し切るのは早い。
◇
四本目が切れたあと、入口中央の白が一度細く閉じ、それから四角い窓として開き直った。
《緊急転送窓》
《持続:12秒》
《生成回数:1》
通常の任意退出とは違う。
管理AIが安全処理として生成した、一度だけの転送窓。
十二秒。
しかも入口側には、まだ泥も糸も寄っている。
六人全員が同時に飛び込めば、互いの進路を塞ぐ。
かといって、守る者を最初に全員出せば、残った者が窓まで届かない。
誰から帰すか。
観戦しているだけでも、残っている仕事を見れば候補は絞れましたの。
テトラは接続分離後の個別記録を確定する必要がある。
ネネは四本の切断を終えた。
フィンは標定を解けばいい。
メイアは最後まで異常身体の位置を見せられる。
ユアンとブランは、残った者の進路を守れる。
だからといって、わたくしが順番を送る必要はなかった。
ブランが全員を見回す。
「最後は役割順だ」
一度、そこで言葉を切った。
「残るって意味じゃない。全員で帰る」
五人が頷く。
決まった順番は、
テトラ。
ネネ。
フィン。
メイア。
ユアン。
ブラン。
最後がブランなのは、置いていくからではない。
最後の一人が窓へ届くまで正面を流せる者が、今そこにいるからですの。
「保護要求を先に終わらせます。わたしから」
テトラが走る。
まだ反応の遅い左腕を胸元へ寄せ、右肩から白い窓へ入った。
身体の輪郭が薄くなり、戦場から消える。
《転送:1/6》
《テトラ個別記録:最終確定》
外へ出たからこそ、戦場側の未確定接続と切り離した個別記録をここで確定できる。
表示を見届ける時間はない。
「次!」
ネネが駆ける。
もう切断役として残る仕事はない。
《転送:2/6》
フィンが弓を下げた。
残していた標が消える。
「解除!」
そのまま窓へ。
《転送:3/6》
残り三人。
白い糸が入口の左から張り、泥外殻が右から押し寄せる。
メイアが杖を振った。
風が糸面を揺らし、見えにくかった細線の位置を二人へ残す。
「ユアン、右から来る!」
「見えてる!」
返事を聞いてから、メイアが後ろ向きに二歩下がる。
窓へ身体を滑り込ませた。
《転送:4/6》
残ったのはユアンとブラン。
二人になった瞬間、六人分の位置共有は要らなくなる。
ユアンはブランと窓、その間へ入る異常だけを見る。
泥外殻が正面から走った。
「ブラン、盾左!」
盾が傾く。
泥の塊は正面衝突せず、処理輪の外側へ滑った。
その空いた一瞬に、ユアンが窓へ向く。
「行く!」
《転送:5/6》
白い光がユアンを呑む。
ブラン一人。
観戦席でライカの肩がわずかに前へ出た。
わたくしも、入口とブランの距離から目を外せなかった。
けれど、誰も「残れ」とは言っていない。
ブラン自身も、残る動きをしていない。
窓までの線を作る。
ただそれだけですの。
左右の糸から、白い脚が二本ずつ伸びた。
四本。
倒す必要はない。
ブランは盾を横へ寝かせ、一番近い左脚を盾面で受ける。真正面で押し合わず、外側へ流す。その反動で右側の脚が入ってくる角度をずらし、壁際に自分一人が抜けられる幅だけを残した。
《残り:1.8秒》
走る。
泥が足首へ絡み、靴底が一度滑った。
ブランの身体が傾く。
《残り:1.2秒》
背中へ白い脚が伸びる。
振り返って倒しに行かない。
盾の縁を岩壁へ押しつけ、その反力で身体を前へ戻した。
窓まで、あと一歩。
《残り:0.7秒》
盾を捨てない。
身軽になるために手放すのではなく、最後の一歩へ入るまで背後を流すために持ったまま。
ブランが肩から白い窓へ飛び込む。
《転送:6/6》
窓が閉じた。
◇
観戦窓から戦場だけが残り、六人の参加者表示は安全領域側へ移る。
わたくしは一人ずつ数え直す必要もなく、管理表示を追った。
《6/6:接続継続》
《本人識別:一致》
《主観記録:欠落なし》
六人。
全員。
戦場へ入った本人のまま、主観記録を欠かさず戻っていますの。
そこで初めて、ライカが椅子の背へ身体を戻した。
管理AIは続けて、通常のレイド勝敗確定処理を止める。
《正式レイド勝敗確定:強制中断》
勝ったとは判定しない。
負けたとも判定しない。
通常の勝敗へ押し込めず、まず証拠と参加者を守る。
《映像/戦闘ログ/隔離断片/参加者記録:隔離保全》
《正式勝敗:未確定》
戦場映像が順に閉じていく。
脚。
泥。
糸。
誰の身体なのか、何が動かしているのか、まだ答えのないものばかり。
最後の音声経路が閉じる、その直前でしたの。
短い波形が一つだけ立った。
低い周波数成分を含んでいる。
機械音にも聞こえる。
獣の声にも聞こえる。
けれど、聞こえ方は証拠ではありませんの。
怒っていたのか。
苦しんでいたのか。
こちらを呼んだのか。
そもそも、そういうものなのか。
今のわたくしたちには、どれも分からない。
管理AIはその波形も記録側へ閉じた。
わたくしは、もう一度だけ六人の表示を見る。
《6/6:接続継続》
《本人識別:一致》
《主観記録:欠落なし》
討伐結果はありません。
正体も分かっていません。
それでも。
六人目まで、帰りましたの。