『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
翌日。
前夜に六人目まで戻ったことは、すでに確認していますの。
《6/6:接続継続》
《本人識別:一致》
《主観記録:欠落なし》
それでも、六人を一度に並べて同じ質問に答えさせることはしなかった。
戦場では、立っていた場所が違う。
見ていた方向も違う。
聞こえた音の位置も、手元へ出た表示も違う。
全員が無事だったからこそ、その違いを消さずに残せますの。
今日は一人ずつ聞く。
誰が、どこから、何を見たのか。
その前に、管理AIが確認表示を一枚だけ開いた。
《本人確認:アスト = A.S.T.R.A. Sync》
《今回の役割:限定解析協力》
《運営権限:追加なし》
「え」
フィンが表示を見た。
「え?」
今度はメイア。
ネネは表示とわたくしを交互に見てから、眉を上げた。
「本当に本人だったんだ」
「ですから、ずっとそう申し上げておりますでしょう?」
テトラは表示を二度読み、ユアンは短く頷いた。
ライカだけ数秒遅れて、こちらを見る。
「……お前、本当にA.S.T.R.A. Sync本人だったのか」
「この期に及んで!」
思わず扇子を開きかける。
けれど、その前にライカが六人へ視線を戻した。
「驚くのは後だ。先にこいつらの確認を終わらせるぞ」
「……その通りですの」
表示を一段下げる。
わたくしに増えたのは、運営権限ではない。
許可された記録を比較する。
本人へ質問する。
確認できた範囲を説明する。
そこまでですの。
「原本の保全、隔離、公開判断は管理側に残ります。わたくしが勝手に個人記録を開くこともございませんの」
六人の前で、そこだけは先に揃えておく。
◇
最初の確認では、戦場の映像を流しっぱなしにはしなかった。
本人が話した位置へ、必要な時だけ記録を合わせる。
先に映像を見せてしまえば、自分が見ていなかったものまで、後から自分の記憶へ混ざるおそれがありますもの。
ブランは、白い脚より先に泥のことを話した。
「盾の下が沈んだ。あれが最初だったと思う」
外部記録では、その直後に右側へ脚が出ている。
けれどブランの正面には盾があった。
最初に足元へ意識が落ちたなら、脚を後から見たことと矛盾しない。
メイアが覚えていたのは、出口へ伸びた糸の角度だった。
「最初は一本に見えた。でも、テトラへ重なったあと、外へ逃げる線が増えてた」
フィンは、白い脚へ標を置こうとしても対象IDが取れなかったことを先に挙げた。
「見えてるのに、いつもの敵として取れなかったんですよ。だから、どこ見ればいいか一回分かんなくなって」
ネネは切った時の表示を覚えていた。
「《環境部位》って出た。敵の部位じゃなくて」
テトラだけは、自分の個別映像が観戦側で黒くなったことを知らなかった。
「こちらでは見えていました。左腕だけ遅くて、視界は消えていません」
それも記録と一致する。
本人側の視覚が残っていたことと、外へ送られる個別映像が途切れたことは別ですの。
最後の短い音については、さらに分かれた。
「右後ろから聞こえた」
ユアン。
「俺は上だと思った」
フィン。
同じ音を、違う場所から、違う身体の向きで聞いている。
「食い違ってます?」
フィンが尋ねる。
「位置も身体の向きも違いますもの。同じである必要はございませんわ」
正しい証言を一つ作る必要はない。
六人の位置を残したまま、それぞれが取得したものを保存する。
共通していたものだけを抜けば、
本体がいなかったこと。
出口側へ伸びる糸があったこと。
テトラへ白い外殻が重なったこと。
脚と顎が身体の続きなしに動いたこと。
床に泥状の変化があったこと。
最後に短い音が記録されたこと。
そこまでは重なる。
音がどちらから聞こえたか。
何を最初に見たか。
どの線を一本に見たか。
そこは揃えない。
「証言差は視界の差として保存します」
《個別記録:本人選択範囲で固定》
一人目。
二人目。
六人目まで。
同じ一個の証言へ作り替えず、それぞれの記録として固定されていく。
前夜の《主観記録:欠落なし》は、これで初めて、六人が自分の言葉で持ち帰った記憶と照合できましたの。
◇
その翌日。
非公開支援領域へ、シアが再接続した。
六人の個別確認には同席していない。
管理AIが、彼女にも同じ表示を出す。
《本人確認:アスト = A.S.T.R.A. Sync》
《今回の役割:限定解析協力》
《運営権限:追加なし》
シアは一度表示を見て、それからわたくしを見る。
「……A.S.T.R.A. Sync、ずっと設定だと思ってました」
口元が少しだけ緩んだ。
「本人ですわ。ですが、本日はそこが本題ではございませんの」
「はい」
笑みが消えるのを待ってからではなく、彼女自身が記録へ視線を戻したのを見て、次を開く。
《本人接続・本人識別:通常》
《最後の確定主観:レイド開始準備》
そこから先が空いている。
次の本人主観まで。
《主観記録欠落:11分08秒》
シアの指が、膝の上で止まった。
「……十一分?」
「八秒ですの」
表示から目を離さないまま、彼女が答える。
「何も、ないです」
「操作感覚は?」
「ありません」
映像が残っていても。
六人が覚えていても。
それをシア本人の十一分八秒へ足すことはできない。
次の記録を開く。
《現在個体:絡晶蛛《ネフレア》》
《現在個体防衛数:37》
《血統累計防衛数:86》
《状態:継承段階》
《正式敗北:なし》
《本人削除操作:なし》
《本人継承選択:なし》
《第2形態構成:一部欠損》
《擬装膜/毒晶系統:一部欠損》
正式敗北はない。
本人による削除も、継承選択もない。
それでも《ネフレア》は継承段階へ進み、構成の一部が欠けている。
ここまで揃って、ようやく六人が遭遇した異常と、シア側で起きた現在個体の異常を、同じ事案内の記録として比較できますの。
シアは表示を長く見た。
「私の巣で、あの子たちが襲われたんですよね」
「あなたが操作した記録はございませんの」
「でも、私の巣です」
「それと、あなたが行ったことかどうかは別ですわ」
彼女が何を責任だと感じているかまでは、わたくしが決めることではない。
分けられる事実だけを分ける。
巣は《ネフレア》のものだった。
シア本人の操作記録はない。
本人主観には十一分八秒がない。
現在個体は正常敗北なしで継承段階へ進んでいる。
それ以上の意味は、まだ置かない。
管理AIが共有候補を出す。
本人未操作。
主観記録欠落の存在。
現在個体の状態。
どこまで六人へ知らせるかは、シアが選ぶ。
わたくしは選択を待った。
《共有範囲:本人選択済み》
《通知先:六歩前進6名/ライカ》
◇
七人の再接続が揃う。
《接続:7/7》
共同確認窓が開いた。
六人の側には、シアが選んだ範囲だけが表示される。
十一分八秒。
本人操作なし。
正式敗北なし。
《ネフレア》現在個体の欠損。
それ以上は開かない。
しばらく、誰も口を挟まなかった。
その沈黙へ勝手な意味を付ける前に、ユアンが先に言う。
「シアさんに襲われたとは言ってないです」
ネネも続いた。
「シアさんを見たわけじゃなかったし」
シアは目を伏せた。
「……ありがとう」
それだけ。
《原本保全:継続》
感謝が何を解決したことにもならない。
六人が見たものと、シア本人の主観記録が欠けている十一分八秒は、そのまま別々に残る。
◇
次に開いたのは、戦場から隔離保全された外殻断片ですの。
本人記録ではない。
隔離保全された物的記録。
比較対象として、以前の事案で保全された《モルグラ》断片を管理側が並べる。
まず表面。
白い外骨格。
細い糸口。
付着した足場構造。
こちらは《ネフレア》の正常構成と比較できる。
次に内部。
圧縮された泥外殻形成。
突進時に使われる荷重配分。
これは《ネフレア》の正常ビルドにはない。
《モルグラ》側の保全断片へ比較を掛ける。
形式一致が返った。
《既知構造一致候補》
《モルグラ:外殻/潜行/突進》
《ネフレア:糸/拘束/付着足場》
わたくしは表示を一度読み直す。
片方だけでは説明できなかったものが、二つの既知構造へ分かれていく。
「少なくとも、二系統の既知構造と一致する部分までは確認できますの」
そこまでは言える。
ですが、二体の何かが戦場にいた、とは言えない。
同じ一個体が複数の構造を持っていたのか。
一つの処理が混ぜたのか。
複数の異常が重なったのか。
二系統の構造が確認できることと、主体が二つあることは別ですの。
《知性/目的/生命:未確認》
前夜に記録された短い波形も、同じ調査群へ残す。
低い周波数成分を含んでいる。
既存記録と比較対象にはできる。
けれど、音が似ていることから発声者まで同じとは決められない。
《同一原因:未確定》
分かったことは増えた。
分からない範囲も、そのぶん狭く書けるようになっただけですの。
◇
最後に、戦績処理が開く。
《戦績再判定》
《結果:無効試合/緊急終了》
《通常討伐報酬:なし》
フィンが表示を見上げた。
「負け扱いでもない?」
「通常の討伐ではございませんもの」
討伐対象として成立していたのかすら、通常の判定へ戻せない。
だから勝ちへも負けへも押し込まない。
ブランは表示を見たまま、何も言わない。
「ですが、失敗でもございませんの」
六人全員が戻り、本人識別と主観記録を保ったまま、異常な外殻と六つの証言を持ち帰った。
討伐結果はなくても、次の被害を止めるために使えるものは残っていますの。
「一時的に話せる範囲が限られます。一般向けの内容は、後ほど管理側から出る公式告知の範囲に従ってくださいませ」
被害者名。
映像。
隔離断片。
欠落時間。
原因仮説。
ここにいる者が知ったからといって、一般へ出してよい情報にはならない。
「理由は、関係者保護、不用意な再現試行の防止、誤情報防止ですの」
一度区切る。
「ただし、調査協力を続ける義務はございませんの。辞退しても構いませんわ。次の戦いを休むこともできますの」
守秘と協力義務は同じではない。
知らされた情報を外へ出さないことと、この先も調査へ参加し続けることは別ですの。
「今日はそこまでだ」
ライカが先に席を立つ。
「次を決める日じゃない。休め」
六人の返事は揃わなかった。
すぐ頷く者もいれば、表示を見たままの者もいる。
それでいい。
ここで次の予定まで同じにする必要はありませんの。
討伐ではございません。
失敗でもございません。
六人全員が、六人のまま戻った。
そして今度は、その記憶が証拠として残った。
シア本人の十一分八秒も、空白のまま残す。
少なくとも二系統の既知構造との一致までは確認できた。
それ以上は、まだ分からない。
公開できることも、ほとんどありませんの。
ですが。
分からないものを分からないまま残しても、持ち帰れたものまで消えるわけではございません。
今回は、それで十分ですの。