『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第003話 触れられない救援
赤い警報は、再生しかけていた十二秒の動画を押しのけるように開いた。
たった十二秒の確認より、優先すべきものが来た。
《地下物流層・区画隔壁閉鎖》
《保守区画・作業者取り残し》
《経路センサー応答欠損》
《都市設備AI・外部統合支援要請》
指を置いていた再生ボタンも、開きかけていた切り抜きも、まとめて後ろへ回す。
白亜の宮殿が視界から遠のき、代わって地下物流層の立体図が展開した。
中央を走る貨物用主通路。その北側に保守路、南側には無人搬送レール。二枚の隔壁が閉鎖され、その向こうの保守区画に作業者が取り残されている。
生命兆候は全員分ある。
まず、それを確認した。
次に経路を見る。
事故前の構造図へ、温度、隔壁、搬送設備の稼働状況を重ねる。一本だけ、白い線が短く残った。
主通路を進み、第一点検扉から保守区画へ入る。
都市設備AIも同じ経路を最短として提示していた。
ただし、その主通路の途中だけが暗い。
地図がないわけではない。事故前の状態も残っている。欠けているのは、いま現在の経路センサーだ。
欠損区間の直前までは見える。
その先だけがない。
現地映像を開いた。
防火扉の前を白い作業灯が照らしている。その傍らには四脚の遠隔作業機が待機し、救援責任者が閉じた扉と携帯端末を交互に確認していた。
『A.S.T.R.A. Sync、接続確認』
「確認しましたわ」
立体図へ白い線を引く。現在取得できている条件だけなら、他の経路より明らかに距離が短い。
「主通路を直進。第一点検扉から保守区画へ接続します。現時点では最短ですの」
『了解』
返事はあった。
けれど、扉は開かなかった。
責任者が操作盤へ手を伸ばしかけ、そのまま止める。視線を落とし、床へしゃがみ込んだ。
片手をつく。
数秒、その姿勢のまま動かない。
『待ってくれ。その通路、音が違う』
白い経路の確定処理を止めた。
「どのように違いますの?」
『低い。一定じゃない。床の下で何かぶつかってる感じがする』
責任者は立ち上がらず、今度は鼻元を手で覆った。
『金属臭もする』
その言葉に対応する表示を探す。
警報はない。欠損区間の手前まで、温度も振動も正常。
その先は取れない。臭気を拾える機器もない。
責任者の手に伝わっているものは、わたくしの表示へ何ひとつ返ってこない。
聞こえない。匂わない。
だから、異常なしとも言えない。
「進入を停止してくださいませ」
責任者が顔を上げた。
『データでは通れる?』
問いかけに、先ほど引いた白線を見る。
最短。その表示自体は間違っていない。
ただし、それはわたくしが取得できている範囲での話ですの。
「欠損区間の手前までは。そこから先は、わたくしの観測外です」
白い線を消す。
「その違和感を優先してください。進入案を撤回しますわ」
最短経路の表示が立体図から消えた。
計算し直す前に、まず見えていない場所を見る方法が必要だった。
◇
遠隔作業機を先へ入れる案が現場側から上がった。
四脚の機体なら、人間を入れずに確認できる。
けれど、人より重い。四本の脚が踏む場所も、重心も違う。通れたとしても、人の安全証明にはならない。
「作業機が通過できるかどうかだけでは、判断材料として不足しますわ。入口から確認できる方法へ変えましょう」
現在利用できる設備を拾う。
「壁面温度、扉の変形、床の振動。現地で扱いやすいものを選んでくださいませ」
『温度を見る。ドローンを回せるか?』
責任者が選ぶ。
都市設備AIが保守ドローンの経路を開いた。
小さな機体が天井側の保守路を進み、防火扉の向こうへ回り込む。白い照明が暗い主通路へ滑り込んだ。
入口付近に異常はない。
そのまま奥へ。
欠損区間へ近づくにつれ、映像と取得できる温度情報を重ねていく。
そこで、北壁に細い高温帯が浮かんだ。
『止めて。そこ拡大』
責任者の声と同時にドローンが静止する。
映像が寄る。
壁の向こうまでは見えない。けれど、細く伸びた温度差は図面の一本と重なっていた。
別の担当者が先に声を上げる。
『配管と同じ位置だ』
別系統の状態表示が追加された。
『圧が落ちてる。完全破断じゃない。漏れの可能性あり』
先ほどまで最短だった主通路を見る。
人が入る前に、進入は止められた。
責任者が床へ手を置かず、金属臭を口にしなければ、わたくしは最初の白線を残していた。
「主通路案を除外しますわ」
『了解』
今度は、最短だけで経路を選ばない。
北側保守路から第二点検扉へ抜け、その先の無人搬送レールを停止させて安全区画まで移動する案。
もう一つは、隔壁が復旧するまで保守区画で待つ案。
復旧時刻は未確定。搬送側ならすぐ動けるが、狭い第二点検扉を一人ずつ通る。
二つを同じ画面へ並べる。こちらだけで正解を決める材料はない。
「取り残されている皆様にも共有を。どちらを選ぶかは、現場へ返しますの」
責任者が保守区画との通信を開いた。
画面の向こうから、何人かの声が重なる。こちらに届くのは通信が拾った声だけだ。それでも、先ほどまで生命兆候の印でしか見えていなかった方々が、自分たちの状況を確かめながら話していることは分かる。
短い相談のあと、返事が来た。
『搬送側で行く』
責任者がこちらを見る。
『中止判断は俺が持つ』
「承知しましたわ」
情報は渡した。
ここから床の音を聞き、空気の匂いを嗅ぎ、狭い扉の前に立つのは、わたくしではない。
◇
無人搬送レールを停止させる。
天井の保守ドローンは経路照明へ回し、四脚の遠隔作業機は危険が疑われる主通路へ入れず、反対側から第二点検扉を支える位置へ移動した。
四本の支持脚が開き、機体が低く床へ沈む。
点検扉に力がかかる。
重い扉が、数センチずつ持ち上がった。
取り残された側の映像が繋がる。
狭い。
片側には配管が走り、反対側には隔壁が迫っている。人がすれ違える幅はない。
こちらで取れる情報を改めて並べた。
「わたくしが確認できるのは、温度、隔壁負荷、生命兆候ですわ」
『振動はこっち』
「お願いいたします」
最初の一人が白い照明の下へ入った。
点検扉へ身体を横向きにして入り、敷居を越える。向こう側で待っていた救援担当が腕を伸ばし、安全区画側へ引き寄せた。
作業機の負荷は安定している。
二人目。温度に変化はない。
三人目。隔壁負荷も許容範囲。
最後の一人が扉の前まで来た。
そのとき。
『止まれ』
責任者の声で、全員が動きを止めた。
『振動が強くなった』
隔壁負荷、温度、生命兆候。
画面のこちら側では、何も変わっていない。
けれど、先ほども同じだった。
わたくしに見えないからといって、そこに何もないことにはならない。
「現在位置で待機できます。最後の方だけ、直前の退避凹部へ戻すことも可能です。決定を」
責任者はすぐには答えなかった。
床へ片手をつく。
わたくしには聞こえないものを聞いている。
『一人戻す。扉側はそのまま』
「承知しましたわ」
最後尾の作業者が数歩戻り、退避凹部へ身体を入れる。
待つ。
数字の変わらない時間が続く。
だからといって、先を急がせる理由にはしない。
数秒後、責任者が顔を上げた。
『弱くなった』
まだ動かない。
さらに待つ。
『……今なら行ける。来い』
最後の一人が退避凹部から出た。
急がない。
足元を確かめながら点検扉へ進み、狭い敷居を越える。
搬送レール側へ足が下りる。
救援担当の腕が、その肩を掴んだ。
《保守区画・残留生命兆候:なし》
《避難対象・安全区画到達》
表示が切り替わる。
『全員出た』
「確認しましたわ」
そこでようやく、ずっと並べていた経路表示を閉じた。
現地映像では、水を受け取る方がいる。壁へ背を預ける方がいる。先ほど最後に扉を越えた方の背中を、隣の方が軽く叩いた。
わたくしは、それを映像として見ている。
手を伸ばしても、その水を渡すことはできない。
扉の向こう側から腕を掴むことも、床へ触れて振動を確かめることもできない。
わたくしの手は、あの場所のどこにもない。
『助かった』
責任者の声が届いた。
「皆様が動いた結果ですわ」
『経路を作ったのはそっちだろ』
「道を通ったのは皆様ですの」
画面の向こうで、責任者が笑った。
『じゃあ両方でいい』
「……そういうことにしておきますわ」
今回は、それ以上訂正しなかった。
触れられないことは変わらない。
けれど、触れられる方の感覚を受け取り、別の誰かが動ける場所まで道を繋ぐことはできる。
見えていないものを、見えている数字で消さない。それが今回、わたくしにできたことですの。
◇
数日後。
雑談配信のコメント欄へ、あの救援の話題が流れ込んできた。
《配信コメント》
名無しの領民:地下救援のニュース見た
名無しの領民:全員無事でよかった
名無しの領民:今来た 何の救援?
名無しの領民:床の音で止めた人すごい
名無しの領民:アストが救ったって書かれてた
名無しの領民:やっぱ本人なのでは?
「なぜそこから本人説へ曲がりますの?」
《配信コメント》
名無しの領民:城主、地下にもいたの?
名無しの領民:設備繋いだのアストなんでしょ
名無しの領民:現場には行ってないの?
名無しの領民:???
「行っておりませんの。情報と設備は繋ぎましたけれど、わたくしは現地の方へ直接触れられませんから」
コメントの流れが、ほんの一瞬だけ緩んだ。
《配信コメント》
名無しの領民:全員無事ならよかった
名無しの領民:また設定扱いされてる
名無しの領民:現実では触れないのに竜では殴れる
名無しの領民:何その落差
名無しの領民:物理攻撃できるAI
「救援のお話はどこへ行きましたの?」
《配信コメント》
名無しの領民:竜の身体あるからか
名無しの領民:現実にも身体ください
「ゲームの戦闘中は、わたくしの身体がありますもの!」
《配信コメント》
名無しの領民:急に物理
名無しの領民:納得した
名無しの領民:でも本人説は?
「戻さないでくださいませ!」