『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
ライカ隊と《ヴァルゼク》の再戦招待は、まだ通常の公開戦として受けられる状態でしたの。
《雷影獣《ヴァルゼク》》
《現在個体防衛数:118》
《血統累計防衛数:322》
《ライカ隊・対戦記録:3敗》
《直近:第3形態・残存8%》
数字だけなら、前回までの続きですわ。
高ランク上位。
第3形態保有。
正式運用で拡張された監視範囲には入る。
ですが、それだけで被害個体になるわけではございませんの。
通常の再戦招待は、まだ通常の再戦招待ですわ。
受諾操作へ進む前に、ライカとレグルを非公開通話へ入れる。
レグルは公開戦績を見ても、招待文を言い直さなかった。
「前は八%残した。次は残さないんだろ」
「当然だ」
ライカも短い。
「なら、先に前の三戦を見せていただきますの」
「作戦会議か?」
「正常な《ヴァルゼク》を確認するためですわ」
詳細診断を提案するかどうかは、そのあとですの。
いま異常を探すために、過去の映像を異常の答えへ作り替えてはいけませんもの。
まず、三回の敗北で実際に見えていたものを、そのまま見る。
◇
第一戦の公開映像を開く。
断崖の壁面へ、黒い四脚が低く沈んだ。
《第1形態《伏影型》》
全長は約十四メートル。
翼はない。
長い前脚と鉤爪が岩へ掛かり、黒い導電毛は身体に沿って寝ている。
地面を走っていた身体が壁へ移っても、姿そのものが消えたわけではない。
壁面の角度。
岩の影。
死角へ入る一瞬。
それを重ねて、正面から追う側の視界から外れる。
ライカ隊の二班が壁際へ寄った。
追う。
《ヴァルゼク》が上へ跳ぶ。
二班も向きを変える。
その瞬間、黒い身体が壁から離れ、斜め後ろへ落ちた。
尾が振られる。
細い刃のような先端が、追いすぎた隊列の横へ入った。
「ここで二班が追いすぎた」
ライカが言う。
「追ったから取った」
レグル。
「次は追わない」
「言ったな」
過去映像の中では、言葉どおり二班が崩れている。
現在の通話では、それ以上を言わない。
前回の失敗が、次回も同じ形で起きるとは限りませんもの。
◇
第二戦。
壁面へ寝ていた導電毛が立つ。
《第2形態《雷装型》》
首筋から背へ、青白い蓄電棘。
着地点へ短い放電域が残る。
接触した前衛の動きが鈍り、追尾する雷球が退避先へ遅れて回り込む。
第1形態で使っていた壁面移動を、そのまま強くした身体ではない。
蓄電。
放電。
行動速度。
接触麻痺。
戦場へ残る帯電域。
見るべきものが変わっている。
「ここですのね」
高蓄電へ入った瞬間、胸部外殻が左右へ開いた。
内部に、青白い核。
《導電核》
ライカ隊の射撃が一斉にそこへ向いた。
命中する。
《ヴァルゼク》の身体が一度だけ沈む。
けれど、露出時間は長くない。
外殻が閉じ、次の放電へ移る。
「二戦目で見つけた」
ライカが映像を止める。
「見つけただけだ」
レグルが返す。
「三戦目では当てた」
「倒してない」
「次は倒す」
会話だけなら、いつもの再戦前ですの。
それでいい。
診断を理由に、その関係まで別のものへ変える必要はございませんわ。
◇
三戦目。
映像の《ヴァルゼク》が、第2形態の終盤へ入る。
蓄電棘が強く光った。
そのまま、さらに棘を増やすのではない。
背の外殻が割れた。
肩。
腰。
脚。
蓄電を抱えていた外殻の大部分が落ちていく。
《第3形態《轟駆型》》
身体が細くなり、露出した四肢と長い前脚、鉤爪の輪郭が際立つ。一本の鞭のように伸びた尾刃の後ろで、青白い光が関節と脚部、首筋だけを短く走った。
次の瞬間。
《ヴァルゼク》がいた場所から、黒い像が外れた。
一直線ではない。
右。
壁。
折り返し。
着地。
そこからさらに左。
一回の加速で終わらず、攻撃のあとにもう一度加速する。
第1形態の壁面移動。
第2形態の蓄電外殻。
それらを全部同時に残した身体ではありませんの。
一つ前の構成を捨てて、移動と鉤爪、神経加速へ出力を寄せている。
《ヴァルゼク》の正常時の第3形態は、こういう身体ですのね。
ライカ隊も、一戦目のようには追わない。
《ヴァルゼク》が北壁へ飛ぶ。
その現在位置へ全員が寄る前に、別班の盾が次の足場へ置かれる。
方向転換。
盾へ当たらない。
なら、その先。
射撃が待つ。
《ヴァルゼク》がさらに外へ抜ける。
救護役は負傷者の元へ走り切らず、その先で戻ってくる味方を受けられる位置へ寄る。
追いつけない身体へ、追いつこうとしていない。
次に使う壁。
次に踏む足場。
次に戻る線。
そこへ先に人を置いている。
「三戦目から変えた」
ライカの指が、映像の北側を示す。
「現在位置を追っても間に合わない。だから次へ置いた」
レグルは映像を見たまま答える。
「それで八%」
《第3形態・残存8%》
映像の終端。
《ヴァルゼク》はまだ立っている。
ライカ隊は三十人全員が倒れたわけではない。
それでも勝敗条件には届かなかった。
三敗目。
直近八%。
いま表示されている数字と、過去映像がつながる。
◇
「今回は通常難度を下げない」
レグルが映像を閉じずに言った。
「診断だろうが何だろうが、《ヴァルゼク》は俺の現在個体だ。弱くして結果だけ取るならやらない」
「同意しますわ。診断目的でも、勝負として成立した条件を歪めません」
こちらの目的のために、第3形態へ入りやすくする。
耐久を下げる。
行動を固定する。
そういう変更はしない。
それでは《ヴァルゼク》を見ているのではなく、こちらが作った試験用個体を見ることになりますもの。
レグルがようやく映像を閉じた。
「で、何を見たい」
ここから先は公開情報だけでは足りない。
「公開可能な範囲だけでは、あなたが判断するための情報が足りません」
「なら、足りるところまで話せ」
「ええ。本人判断に必要な情報だけ、非公開で共有しますわ」
管理AIへ共有範囲の確認を送る。
《非公開協議:開始》
《本人判断必要範囲:共有許可》
確認済みの事案では、現在個体と本人側の連続が失われた可能性がある。
正式敗北も本人選択もないまま、継承段階へ進んだ事案がある。
本人主観の記録が残っていない時間も確認されている。
別の異常戦では、複数系統の既知構造との一致候補が、同じ断片内で確認された。
そこまで。
生命。
知性。
悪意。
単一の何かが行っているのかどうか。
どれもまだ確定していない。
《ヴァルゼク》に異常があるとも、狙われているとも言えない。
だからこそ、高ランクや第3形態保有個体を監視範囲から外してよい根拠もない。
「だから、通常監視だけじゃなく詳細診断まで入れたい、か」
「ええ。ただし、それを公開再戦の裏で行うことはいたしませんの」
通常戦として観客を集め、その裏で本人の主観同期や継承処理を診断する。
それはしない。
診断するなら、通常再戦とは別の手続きを通す。
《診断レイド変更案》
《公開配信:なし》
《外部観戦:なし》
《主観記録:管理AI保護》
《戦闘ログ:分離保存》
《安全警告:事前登録条件のみ》
《アスト:非公開限定観測》
《戦術送信:不可》
「わたくしから戦闘中に座標や行動候補を送ることもできませんの。管理AIが送れるのは、事前に登録した安全警告だけですわ」
レグルは条件を上から下まで読む。
「途中でやめられるか」
「開始前なら撤回できます。参加しないことも選べますの」
「始まったあと」
「開始後は、事前登録した条件に従いますの。条件が成立すれば、管理側の終了処理を優先します。ただし、戦術上どう動くかまでこちらから決めることはできませんわ」
ライカが表示を横から読む。
「三十人も同じだな」
「ええ。ライカ隊の皆様も、診断用の駒ではございませんもの」
◇
ライカ隊三十人へ、条件を個別に提示する。
五人ずつ六班。
ライカを含む三十人。
ガルム。
セラ。
キリオ。
そして、ほかの隊員たち。
参加するかどうかは一人ずつ選ぶ。
参加しないこともできる。
開始前なら撤回できる。
全員分の返答が揃うまで、開始時刻は置かない。
《参加同意:30/30》
《レグル本人同意:確認》
《管理条件:確認》
三つが別々に揃う。
ライカが先に「受ける」と言ったことは、この三十個の同意の代わりにはならない。
レグルの同意も、管理AIの条件確認の代わりにはならない。
全部揃って、初めて通常再戦から診断へ切り替えられる。
《診断レイド:条件成立》
通常公開戦の予定を取り下げる。
《ライカ隊対ヴァルゼク戦》
《実施条件調整のため公開戦中止》
外へ出すのは、それだけですの。
◇
診断戦場は、《ヴァルゼク》が通常使う断崖型戦場。
中央に深い峡谷。
その周囲へ六つの足場。
三十人は五人ずつ六班へ分かれる。
ライカは所属班から中央指揮を兼ねる。
ガルムは第1班前衛。
セラは中央後方で、保護領域へ戻せる同期経路を確認する。
キリオは第6班から、峡谷を越える射線を取る。
通常の対《ヴァルゼク》戦で使ってきた配置ですの。
診断のために、知らない隊形へ変える必要はない。
レグルはボス側準備領域へ入った。
わたくしは管理側から共有を許可された非公開観測席へ接続する。
《診断観測上限:6分31秒》
《上限到達時:終了処理》
数字を固定する。
六分三十一秒。
これは、何かが起きる時刻を予測した数字ではない。
まして、レグルの主観が欠ける時間を先に知っているわけでもない。
主観記録と戦闘ログを分離したまま、安全処理を維持して観測できる今回の最大枠。
それだけですの。
「六分三十一秒までに何もなければ?」
キリオが聞く。
「診断終了ですの」
「何かあったら?」
「管理AIから警告が出ます。戦術上どう動くかは、皆様が決めますわ」
「了解っす」
セラが自分の表示を確認した。
「記録保存は管理AI。私は、保護領域まで戻せる同期経路を維持します」
「ええ。役割を混ぜないでくださいませ」
わたくしは記録保存をしない。
セラも記録保存をしない。
管理AIが保存する。
セラは同期経路を守る。
ライカ隊は戦う。
レグルは自分の現在個体で戦う。
それぞれ別ですの。
◇
ボス側準備領域に、《ヴァルゼク》が表示された。
低い四脚姿勢。
黒い導電毛。
長い前脚。
鉤爪。
鞭状の尾。
過去映像で見た輪郭と変わらない。
レグルが同期操作へ入る。
《現在個体署名:一致》
《現在個体防衛記録:118》
《第1形態《伏影型》:正常》
《第2形態《雷装型》:正常》
《第3形態《轟駆型》:正常》
《継承先行:なし》
署名に不一致はない。
三つの形態も重なっていない。
継承処理も先行していない。
管理AIの開始前確認は、正常表示だけを返している。
ここで「正常だから安全」とは言わない。
ですが、異常が出ていない表示へ、こちらから不穏な意味を足す必要もございませんの。
レグルが開始窓へ手を伸ばした。
「行くぞ、ヴァルゼク」
選択音が一度だけ鳴る。
《診断レイド:開始》
六つの足場へ、参加者側の転送光が立ち上がった。
三つの形態は、すべて正常に表示されました。
レグルが開始を選んだところまで、記録も正常でしたの。