『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~   作:tuna&mayo

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第032話 雷影獣、応答しろ

 

 

《診断レイド:0分00秒》

 

 転送光が消えた。

 

 六つの足場へ、ライカ隊三十人が過去三戦と同じ初期配置で散る。

 

 中央を見渡せる位置にライカ。

 

 北東の足場にはガルムの第1班。

 

 南側の高台にはセラ。

 

 峡谷を挟んだ西側へ、キリオが射線を取る。

 

 開始前に確認した配置ですの。

 

 戦場も同じ。

 

 中央に深い峡谷。

 

 周囲へ六つの足場。

 

 北壁の岩肌も、東側の細い回廊も、過去映像と変わらない。

 

 管理側から共有を許可された非公開観測表示にも、開始直後の確認が並ぶ。

 

《ボス接続:正常》

《現在個体:雷影獣《ヴァルゼク》》

《形態数:3》

《敵座標:取得不能》

 

 表示上、《ヴァルゼク》の現在個体接続は成立している。

 

 ですが。

 

 戦場のどこにも、黒い四脚の身体がありませんの。

 

 第1形態も。

 

 第2形態も。

 

 第3形態も。

 

 ありません。

 

「配置を崩すな」

 

 ライカの声が六班へ飛んだ。

 

 誰も中央へ寄らない。

 

 探しに走らない。

 

 キリオが積層長弓を上げ、峡谷の向こうへ照準を伸ばす。

 

 射線は通っている。

 

 けれど、矢は放たれない。

 

「射線はあるっす。でも、起点がない」

 

 岩しかない場所を撃っても、何を攻撃したことになるのか分からない。

 

 開始前までは、現在個体署名も三形態も正常だった。

 

 いまも現在個体の接続表示は正常のまま。

 

 その横で、《敵座標:取得不能》だけが返っている。

 

 接続が成立していることと、戦場に本体が見つからないことが噛み合っていませんの。

 

     ◇

 

 十秒。

 

 峡谷の底から吹き上がる風が、六つの足場の縁を擦っていく。

 

 誰も最初の攻撃を急がない。

 

 攻撃すべき対象が見えていない。

 

 二十四秒。

 

 北壁にも、東回廊にも、黒い導電毛は現れない。

 

 青白い蓄電棘もない。

 

 通常なら、第1形態がどこかの壁面へ移るだけでも、岩を掴む鉤爪か身体の影が一度は視界へ入る。

 

 それすらない。

 

 三十秒。

 

 ライカがボス側通信路を開いた。

 

「レグル。応答しろ」

 

《ボス側同期経路:接続中》

《レグル本人側音声応答:なし》

 

 返答はありませんの。

 

 開始前、レグル本人が《ヴァルゼク》へ同期した。

 

 現在個体署名は一致。

 

 三形態正常。

 

 継承先行なし。

 

 開始操作も正常。

 

 その接続自体はいまも切れていない。

 

 だからこそ、応答がないという一点だけを先に原因へしない。

 

「レグル。聞こえてるなら返せ。出せないなら、それでいい」

 

 ライカがもう一度呼ぶ。

 

 返答なし。

 

 音声も戻らない。

 

 共有された同期経路情報を再走査する。

 

 少なくとも表示上、同期経路は切断されていない。

 

 戦場外へ別の接続が伸びている表示もない。

 

 現在確認できる範囲では、《ヴァルゼク》として応答する終端だけが、この診断戦場の中に見つからない。

 

《現在個体応答:なし》

《移動入力:なし》

《攻撃入力:なし》

《形態移行入力:なし》

 

 レグル本人の現実側の身体状態や意識状態について、ここから確定できることはない。

 

 分かるのは、診断戦場へ同期経路が接続されたまま、操作も応答も返っていないことまでですの。

 

 強制切断の要求案まで組み立てる。

 

 実行には送らない。

 

 正常署名のまま接続されている経路を、こちらから即時に切れば、現在個体側の連続情報まで巻き込む可能性がある。

 

 切断できることと。

 

 いま切ってよいことは別ですわ。

 

 管理AIが、事前登録した条件へ一致を返した。

 

《警告:現在個体応答なし》

 

 同じ警告だけが、三十人へ同時に送られる。

 

 位置情報はない。

 

 推奨行動もない。

 

 攻撃候補もない。

 

 事前に決めた安全上の事実だけですの。

 

 ライカは表示を見たあと、すぐには討伐開始を宣言しなかった。

 

「そのまま待て。勝手に探しに行くな」

 

 六班が持ち場を維持する。

 

     ◇

 

 最初に動いたのは、《ヴァルゼク》の表示ではなかった。

 

 峡谷底。

 

 灰色の岩床が、一か所だけ濡れたように黒ずむ。

 

「泥?」

 

 第3班から声。

 

 黒ずみは広がらない。

 

 盛り上がりもしない。

 

 岩床に沿って細長い溝だけを作り、そこで止まる。

 

 その地点に、《ヴァルゼク》の技能使用記録はありませんの。

 

 次は東壁。

 

 白い糸が、岩肌から空中へ伸びた。

 

 糸の先は何にも結ばれていない。

 

 それでも途中で止まり、何もない空間へ一本の青白い棘を吊るす。

 

《技能参照:蓄電系統》

《発生位置:不一致》

 

「《ヴァルゼク》の棘だ」

 

 ライカが言う。

 

 形は、第2形態の蓄電棘に近い。

 

 ですが、正常時の蓄電棘は《ヴァルゼク》の外殻から伸びる。

 

 糸で空中へ吊られる部位ではありませんの。

 

 似ている。

 

 同じ使われ方ではない。

 

 その二つを分けて見る。

 

 キリオの照準が棘へ向いた。

 

「撃てます。けど――」

 

 弓を引いたまま止まる。

 

「起点がないっす。棘を抜いたあと、糸がどこへ落ちるか読めない」

 

「保留でいい」

 

 ライカの返答は短かった。

 

 撃てる。

 

 だから撃つ。

 

 にはしない。

 

 その直後、吊られた棘の先へ青白い電気が集まった。

 

「来る!」

 

 雷が落ちる。

 

 真下ではない。

 

 ガルムの第1班を外れ、退いた第2班の進路へ曲がった。

 

「追雷!」

 

 ガルムが北東の退路へ盾を入れる。

 

 雷は盾の中央へ当たらない。

 

 弧を描いた雷は盾を避けたのではなく、その外側の岩へ落ちただけですの。

 

 青白い光が弾け、焦げ跡だけが残る。

 

《攻撃参照:追尾雷球》

《技能使用主体:取得不能》

 

 第2形態の既知攻撃に近い。

 

 けれど、《ヴァルゼク》本体はいない。

 

 移動入力も。

 

 攻撃入力も。

 

 形態移行入力もないままですの。

 

「ガルム、北東そのまま!」

 

「了解!」

 

 次の雷を待つ。

 

 来ない。

 

 代わりに、さきほど止まった泥の溝が一度だけ膨らんだ。

 

 岩棚の端。

 

 第2班が下がる先に、泥から黒い前脚が一本だけ伸びる。

 

 肩から先しかない。

 

 鉤爪だけが岩へ掛かり、身体の続きは泥へ沈んだまま。

 

「北東の退路を受ける!」

 

 ガルムが盾を正面からぶつけない。

 

 左足を支点に盾面を回す。

 

 閉じかけた鉤爪が盾を擦り、泥の飛沫を散らしながら外へ流れる。

 

 黒い前脚は支点を失い、爪だけを岩へ引っ掛けたまま峡谷側へ傾いた。

 

 第2班の二人が、その脇を前後に抜ける。

 

 遅れてもう一度、追雷。

 

 一人の踵を掠め、そのすぐ後ろの岩へ落ちて青白い焦げ跡を残した。

 

《負傷:軽微》

 

 鉤爪は泥へ崩れる。

 

 岩棚の縁から落ちる。

 

 それで終わりではない。

 

 東壁から伸びた白い糸は残っている。

 

 空中の蓄電棘も残ったままですの。

 

「キリオ、撃てるか!」

 

「撃てます。けど、まだ同じっす」

 

 照準線は棘へ届いている。

 

「棘を抜いたあと、糸の落ち先が読めない」

 

「保留」

 

 ライカは撃たせない。

 

 わたくしからも、撃つべき位置を送ることはできない。

 

《戦術送信:不可》

 

 見る。

 

 記録する。

 

 登録済みの安全警告条件へ一致が出た時だけ、管理AIが警告を送る。

 

 それ以上は、ライカ隊自身が判断する戦場ですの。

 

     ◇

 

《経過:1分18秒》

 

 峡谷底に残っていた泥が動き始めた。

 

 今度は一本の溝ではない。

 

 北壁の真下へ、複数の黒い筋が寄っていく。

 

 東壁から伸びた白い糸も、蓄電棘を吊ったまま同じ地点へ引かれた。

 

 泥。

 

 糸。

 

 雷。

 

 それまで別々の位置で起きていたものが、一か所へ集まり始める。

 

 最初に、肩のような盛り上がりができた。

 

 泥の塊から二本の前脚が伸びる。

 

 岩壁へ鉤爪を掛ける。

 

 続いて後脚に相当する二本。

 

 ただし左右で形が違う。

 

 右後脚は、脚というより泥の柱に近い。

 

 左後脚だけが、《ヴァルゼク》の細い脚部構造に似ている。

 

 その上へ灰色の泥外殻が胴の形を作る。

 

 背には、三本の青白い蓄電棘。

 

 棘は身体から生えていない。

 

 白い糸で泥外殻へ縛り付けられている。

 

 尾はありませんの。

 

 代わりに何本もの白い糸が後方へ垂れ、風のない峡谷で、それぞれ別の向きへ揺れている。

 

 頭部も形成されない。

 

 全長、およそ十二メートル。

 

 肩と前脚の形だけなら《ヴァルゼク》に近い。

 

 ですが、開始前に確認した三形態のどれでもない。

 

《現在個体:雷影獣《ヴァルゼク》》

《形態数:3》

《敵座標:取得不能》

 

 表示は変わらない。

 

 目の前に身体らしい輪郭ができても、敵座標は取れない。

 

 登録された第1形態でも。

 

 第2形態でも。

 

 第3形態でもない。

 

 だからといって、登録外の第4形態だと置く根拠もございませんの。

 

 泥外殻、糸、蓄電棘、鉤爪、追雷。複数の既知構造に近い部分が、一つの輪郭へ集まって見える。

 

 そこまで。

 

 これが一個の何かなのか。

 

 同じ原因から出ているのか。

 

 意思があるのか。

 

 どれもまだ確定できない。

 

 四脚の前脚が、北壁へ深く食い込んだ。

 

 肩が沈む。

 

 泥外殻の胴が縮む。

 

 背へ縛り付けられた蓄電棘が、青白く明滅した。

 

 次の瞬間。

 

 四脚の輪郭が横へ弾ける。

 

 北壁面を、四本の脚で横向きに走った。

 

 《伏影型》の壁面移動とは違う。

 

 一歩ずつ足場を選ぶような走り方ではない。

 

 鉤爪が岩を掴み切る前に、次の脚が伸びる。

 

 泥の関節が、揃っていない角度をそのまま吸収していく。

 

 開始前に見た第1形態より速い。

 

 移動ログが、その輪郭のあとから表示された。

 

《環境部位移動》

 

 処理上は、敵本体ではなく環境部位の移動として記録されている。

 

 敵対移動ではない。

 

 ヘイト取得もない。

 

 攻撃対象を選んだ記録もない。

 

 それでも、第4班の数名が武器を上げた。

 

 東側回廊から、走る四脚を追える位置へ身体を向ける。

 

 間違った反応ではございませんの。

 

 正常な《ヴァルゼク》戦なら、壁面移動を放置すれば側面を取られる。

 

 再加速へ入る前に圧を掛け、進行先へ役割を置く。

 

 過去三戦で覚えた、正しい初動ですの。

 

 身体が正常ではなくても。

 

 動きだけは、正常攻略で身についた反応を呼び出す。

 

 ライカが第4班へ顔を向ける。

 

 その時。

 

 北壁を走っていた頭部のない四脚が、肩だけをこちら側へねじった。

 

 目はない。

 

 牙もない。

 

 表情もない。

 

 振り返った、と断定できる頭部すらない。

 

 ただ、走行中の肩の向きが一度だけ変わった。

 

《経過:1分40秒》

 

 第4班の足が、追跡へ出る直前で浮いている。

 

 正常な相手なら、追う理由がある。

 

 いま走っているものには、正常な敵座標さえありませんの。

 

 次に見るべきなのは、速さではない。

 

 追跡へ出た時、戦場の何が変わるかですわ。

 

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