『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~   作:tuna&mayo

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第033話 追ってはいけません

 

 

《経過:1分40秒》

 

「追うな!」

 

 ライカの声が飛んだ。

 

 第4班の先頭は、壁へ向けていた身体をその場で止める。

 

 もう一人は半歩遅れた。

 

 正常な《ヴァルゼク》戦なら、間違った動きではありませんの。

 

 壁面へ加速した相手を見失わない。

 

 再加速へ入る前に圧を掛ける。

 

 次の足場へ先回りする。

 

 過去三戦で覚えた、正しい攻略ですわ。

 

 だからこそ、踏み出した足はすぐには止まり切らない。

 

 右足を引き戻す、その前。

 

 北壁を走る四脚の輪郭ではなく、進路脇の岩肌から白い糸が斜めに伸びた。

 

 足首へ一周。

 

 踏み込んだ勢いを拾ったまま、糸が張る。

 

「っ――!」

 

《付着:未登録》

《主観同期遅延:微増》

 

 同時刻帯に二つの変化が記録された。

 

 どちらが先行したのか、因果まではまだ置けない。

 

 HPが大きく削れたわけではない。

 

 それでも、踏み込んだ本人の右足だけが戻りきらない。

 

「切る!」

 

 近くの救助役が寄ろうとした。

 

「待て。進路に出る!」

 

 ライカが止める。

 

 次の瞬間、追跡者の正面――北西岩棚が黒く濡れた。

 

 泥が盛り上がる。

 

 そこから黒い鉤爪が一本だけ伸び、岩へ刺さった。

 

 脚全体はない。

 

 頭部もない。

 

 四脚の輪郭すら、そこには揃っていない。

 

 追う側が進もうとした先へ、部位だけが先に現れた。

 

《参加者移動経路上の未登録付着:増加》

 

 管理AIが返したのは、それだけですの。

 

 追跡をやめろとは言わない。

 

 攻撃位置も示さない。

 

 次にどこへ出るかも教えない。

 

 すでに観測された変化だけが、三十人へ共有される。

 

 わたくしの非公開観測にも、同じ記録が重なった。

 

 第4班の一人が動き、その経路で未登録付着が増え、進行先へ鉤爪が形成された。

 

 ここまでなら事実ですの。

 

 追わせる意図がある。

 

 待ち伏せしている。

 

 こちらの習慣を理解している。

 

 そこまでは、まだ言えない。

 

 ですが、通常の《ヴァルゼク》攻略と同じ前提で追い続けてよい根拠も、もうございませんわ。

 

     ◇

 

「進行先へ置け。敵じゃなく、次に出る場所を見ろ」

 

 ライカが配置を変える。

 

 第4班は追跡をやめる。

 

 北西岩棚へ向けるのは、人ではなく攻撃線だけ。

 

 第5班は南西。

 

 第3班は、泥や糸が最初に形を持つ地点を見る。

 

 残る班も、走る輪郭そのものへ全員で食いつかない。

 

 頭部のない四脚が東壁から消えた。

 

「北西!」

 

 声が上がる。

 

 北西岩棚の泥が盛り上がるより先に、置かれていた攻撃がそこへ入った。

 

 黒い鉤爪が一本だけ出る。

 

 岩へ掛かりきる前に泥が散り、脚にならないまま崩れた。

 

 次は南西。

 

「来る!」

 

 盾が先に置かれている。

 

 白い糸が岩陰から伸び、盾面へ触れた。

 

 正面から受け止めたわけではない。

 

 糸は斜めの盾面を滑り、足場の外へ流れる。

 

 追わなくても、次に現れた場所へ対応できる。

 

 完全には止まりませんの。

 

 東側では別の泥が膨らみ、北壁にはまだ白い糸が残っている。

 

 空中の青白い蓄電棘も消えていない。

 

 それでも、管理側の付着記録では、三十人が輪郭を追って走るのをやめてから、新しく付く糸の増え方が落ちた。

 

 だからといって、追跡が原因だと確定したわけではない。

 

 止めたあとに減った。

 

 いま使えるのは、その比較までですわ。

 

 ライカも、そこから先を決めつけなかった。

 

 北西。

 

 南西。

 

 東壁。

 

 現れた場所だけを拾いながら、三十人の配置を一度見渡す。

 

「討伐を中断。救助、観測、迎撃、切断へ変える」

 

 勝ち筋そのものが変わった。

 

 いいえ。

 

 正常な勝ち筋を、そのまま使うのをやめたのですの。

 

 敵座標を取る。

 

 HPを削る。

 

 形態を進める。

 

 最後まで追い詰める。

 

 いまの戦場には、その前提になる敵本体の座標がない。

 

《現在個体:雷影獣《ヴァルゼク》》

《形態数:3》

《敵座標:取得不能》

 

 表示は変わっていませんの。

 

 なら、見えていない本体を討伐する形へ三十人を押し込むより、いま目の前で起きているものを分けて扱う。

 

 付着を受けた人を戻す。

 

 形成点を見る。

 

 出てきたものだけを迎える。

 

 本人へ近すぎない接続だけを切る。

 

 ライカ隊は六班を解散しない。

 

 役割だけを変えた。

 

     ◇

 

 最初に糸を受けた第4班の一人が、救助側へ下がる。

 

 右足首には、まだ白い糸が一周したままですの。

 

 本人が左足を動かす。

 

 右足が、わずかに遅れてついてくる。

 

 歩けないほどではない。

 

 けれど、入力と身体反応の間にあった差は、さきほどより大きい。

 

 セラの表示が更新された。

 

《主観同期遅延:上昇》

《保護領域への接続:個別優先》

 

「主観同期遅延が上がっています。保護領域への接続を、この方だけ個別優先へ切り替えます」

 

 セラが維持するのは、本人側から保護領域までの同期経路。

 

 記録そのものを保存するのは管理AIですの。

 

 回復役だから、何でも本人の中へ戻せるわけではない。

 

 いま切らしてはいけない経路を守る。

 

 その間にも、足首の糸は消えない。

 

 救助役が解除技能を重ねようとしたところで、ライカが止めた。

 

「まだ触るな。線を見ろ」

 

 状態異常としての名前は出ていない。

 

 何を解除すればよいのかも確定していない。

 

 なら、名前のないものへ既知解除を重ねるより、いま本人へ何が繋がっているかを見る。

 

 わたくしの観測にも、足首から伸びる白い線が重なる。

 

 一本は足元の岩へ。

 

 一本は北壁側へ。

 

 そして、肩の近くを通って上へ伸びる細い線。

 

 キリオは、四脚の輪郭を狙っていなかった。

 

 積層長弓を構えたまま、付着者の肩より少し上へ照準を置いている。

 

「肩じゃない。上へ伸びる線がある」

 

「撃てるか」

 

 ライカ。

 

「今は本人に近すぎるっす。線が離れれば」

 

「待て」

 

「分かってるっすよ」

 

 弦は引いたまま。

 

 矢は放たれない。

 

 切れるだけの射線があることと。

 

 いま切ってよいことは、やはり別ですの。

 

 本人側へ重なっている部分まで一緒に切れば、救助ではない。

 

 いま必要なのは、付着しているものを消すことではなく、本人を残したまま外せる部分を見つけることですわ。

 

 わたくしから「ここを撃て」と送ることもできない。

 

《戦術送信:不可》

 

 管理AIも、射撃位置までは示さない。

 

 ライカ隊が、自分たちで線を見ている。

 

     ◇

 

 北西岩棚がもう一度黒く濡れた。

 

「来る」

 

 第3班の声とほぼ同時に、泥が盛り上がる。

 

 今度は前脚だけではない。

 

 肩に相当する灰色の外殻ができ、その上へ青白い帯電部位が重なる。

 

 白い糸が二本、その形を岩へ縛る。

 

 追っていない。

 

 それでも形成は止まらない。

 

 追跡停止だけで、形成そのものが消えるわけではありませんの。

 

 泥の肩から、黒い鉤爪が伸びた。

 

 向きは、北西ではない。

 

 救助側へ下がっている付着者。

 

 その左肩へ届く高さですわ。

 

「ガルム!」

 

 ライカが名前を呼ぶ。

 

「見えてる!」

 

 ガルムが塔盾を抱えたまま走る。

 

 鉤爪へ盾面をぶつけない。

 

 付着者の前へ立って、伸びてくる鉤爪を正面から受ける形にも入らない。

 

 左肩へ伸びる爪と本人の身体。

 

 その狭い間へ、塔盾の縁を滑り込ませる。

 

 盾面を正面へ向ければ、爪と盾が広く触れる。

 

 ガルムはそうせず、薄い側面だけを本人と鉤爪の間へ差し込んだ。

 

「俺ァ本人と、くっついてる方の間へ入る」

 

 黒い鉤爪が盾の縁へ触れ、泥側の肩が引かれる。白い糸が張る。

 

 ガルムは押し返さず、盾の角度だけを変えた。

 

「受けるんじゃない。分ける」

 

 塔盾が、攻撃を止める壁ではなくなる。

 

 本人。

 

 付着部位。

 

 その二つを同じ場所へ重ねないための一枚になる。

 

 セラは同期経路を維持したまま。

 

 キリオは本人に近い線を撃たず。

 

 ほかの班は走る輪郭を追わず、次の形成点へだけ向きを置く。

 

 誰も、正常な《ヴァルゼク》戦の勝ち方を続けていませんの。

 

 それでも戦闘を放棄したわけではない。

 

 守る対象を変えた。

 

 切る対象を選び直した。

 

 本人を残したまま、本人へ重なったものだけを外すために。

 

 ガルムの盾の縁が、黒い鉤爪と味方の肩の間へ残る。

 

 盾で受け止めるための一撃ではありませんでした。

 

 味方と、味方へ重なろうとするものの間へ、盾を置く必要がありましたの。

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