『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《診断終了まで:1分06秒》
管理AIは条件を表示したまま、選ばない。
わたくしからも、戦術は送れない。
《戦術送信:不可》
峡谷底には、終了処理側へ伸びた線が残っている。
その手前には、半分露出した導電核。
付着を受けた二人には、まだ白い糸と黒い鉤爪の接続が残る。
ガルムは二人と重なろうとする側の間へ塔盾を差し込み、セラは三十人から管理AI保護領域までの同期経路を維持している。
全部を同時に完全な形で取れる時間は、もうない。
「セラ」
ライカが呼ぶ。
「三十名、管理AI保護領域までの接続を維持しています。これ以上は帯域を外せません」
「ガルム」
「付着二人。動かしゃ境界が崩れる」
「キリオ」
「核の分離、あと二射必要っす」
答えを聞くたび、ライカの視線が移る。
南高台のセラ。
北側で二人を守るガルム。
峡谷を挟んで射線を残すキリオ。
最後に、白く開いた終了処理の輪。
完全に塞ぐなら、今ですの。
ですが、終了処理側をいま閉じれば、まだ分離し切れていない付着と、三十人を保護領域へ戻す同期経路まで巻き込む可能性が残る。
封鎖を優先するなら、その危険を先に取ることになりますの。
どれかを守るということは、どれかを後へ回すことですわ。
わたくしには、その優先順位を命じる権限はない。
ライカが決める。
「全員と記録を持ち帰る。核も取る。終了処理側は後だ」
誰も聞き返さなかった。
討伐完了は、その中に入っていない。
◇
「一射目、雷固定線。行くっす」
キリオが弦を放した。
矢は導電核の中心を外れ、青白い固定線だけを穿つ。
裂けた線から放電が跳ねた。
導電核が明滅する。
その光に引かれるように、二本の雷が迎撃側へ弧を描いた。
「追うな!」
ライカ。
第4班は雷の軌道を追わない。
自分たちが退く先へ絶縁域を置く。
一本目がそこへ落ち、白い火花を散らす。
二本目は足場の縁を掠めて峡谷へ落ちた。
その間も、ガルムは押し返さない。
盾の外側へ触れている黒い鉤爪と、付着者の身体。その間隔だけを保ったまま、同じ速度で後退する。
「右、二歩」
救助役が合わせる。
本人との距離を急に変えない。
動かすこと自体が目的ではない。
境界を崩さず、安全側へ位置を移す。
セラの表示が一度揺れた。
《主観同期記録:三重保存 継続》
《操作入力:別経路保存 継続》
《戦闘ログ:別経路保存 継続》
「三十名、維持しています」
管理AIへ届く経路はまだ切れていない。
◇
《導電核:分離可能域》
《終了処理参照線:露出》
青白い核の外周が、泥外殻から離れ始める。
同時に、終了処理側へ伸びた線もはっきり見えた。
片方だけが開いたのではない。
証拠を分けられる位置と、向こうへ流れられる位置が同時にできている。
「二射目。終了参照へ入る手前だけ切るっす」
キリオは核へ照準を置かない。
終了処理の輪そのものも撃たない。
その手前で、導電核と混成側を繋いでいる線が一瞬だけ離れる。
「今」
ライカ。
《ボーダー・ピアス》
矢が通る。
一本の白い糸と、青白い接続線が交わった一点だけが弾けた。
導電核が泥外殻から外れる。
落ちる前に、管理AIの隔離処理が重なった。
《導電核断片:隔離保全》
《管理AI封印:完了》
核は残った。
その瞬間、付着者二人の側でも変化が出る。
黒い鉤爪の形が崩れた。
白い糸が緩む。
「離れた!」
救助役の声。
ガルムは盾を押し込まない。
付着者から離れた部分だけを盾の外へ残し、そのまま角度を開く。
本人側へ重なっていた線が外れる。
《付着:解除確認》
《対象:2》
セラの表示から、二人の個別優先が消えたわけではない。
解除できたことと、同期経路の保護をすぐ通常へ戻してよいことは別ですの。
「二名、個別優先を維持します」
セラはそのまま経路を守る。
そこで、導電核を失った混成側の輪郭が崩れ始めた。
泥の胴。
白い糸。
青白い蓄電部位。
四脚らしく見えていた形が、一つずつ輪郭を失う。
崩れた断片は峡谷底へ落ちず、白く開いた終了処理側へ引かれていった。
管理側の安全処理でいま封鎖することはできる。
付着は外れた。ですが、三十人を保護領域へ戻す終了経路の確定は、まだ終わっていない。
ここで封鎖すれば、これから始める参加者保護転送まで巻き込む可能性は残っていますの。
だから、ライカが選んだ優先順位では、そこは後ですの。
「追うな。通せ」
ライカが言った。
迎撃側が動きを止める。
キリオも次の矢を撃たない。
わたくしも、その判断へ別の答えを送らない。
こちらが通した断片は、終了処理側へ流れていく。
それを「逃走」と呼ぶ材料は、まだありませんの。
◇
《診断終了まで:0分12秒》
管理AIが診断終了手順へ入る。
《参加者保護転送:開始》
付着のない参加者から、保護経路のまとまりごとに白い転送光へ消えていく。
セラは最後まで、三十人と管理AI保護領域までの同期経路を維持する。
ガルムは付着を受けていた二人から離れない。
「俺ァ二人と行く」
同じ転送単位へ三人が入る。
白い光が塔盾ごと包み、三人を戦場から外した。
キリオの射撃ログ。
導電核の分離記録。
隔離保全された断片情報。
それぞれが管理AI側で封印される。
残り数秒。
ライカは最後まで峡谷底を見ていた。
白い終了処理の奥へ流れた断片は、もう戦場側から追えない。
《経過:6分31秒》
《診断観測上限:到達》
《診断レイド:安全終了》
戦場が閉じた。
◇
非公開支援領域へ戻った直後、管理AIの確認が並ぶ。
《参加者:30/30》
《接続継続:30/30》
《本人識別:一致》
《主観記録:欠落なし》
《戦闘ログ:封印》
三十人。
全員いる。
本人識別も一致。
開始から終了までの本人主観記録にも、欠落表示はない。
だからといって、戦場で起きたことが安全だったことにはなりませんの。
ですが、少なくとも三十人について、持ち帰ると決めたものはここに残った。
ライカは確認を一度だけ見て、次へ視線を移した。
「レグルは」
《再接続処理:開始》
数秒後。
非公開支援領域へ、人型表示体が戻る。
《本人識別:レグル》
《一致》
レグルは周囲を見回さない。
最初にライカを見た。
「何分だ」
わたくしは答えない。
管理AIが、本人側に残った主観記録と、保存されている診断ログの時刻を分けて照合する。
《最後の確定主観:診断開始直前》
《次の本人主観:診断終了後》
《主観記録欠落:6分31秒》
六分三十一秒。
最後の確定主観は診断開始直前。
次の本人主観は、診断終了後。
つまり、観測上限として設定した六分三十一秒、その全区間が本人主観には残っていませんの。
レグルが右手を握る。
一度だけ。
すぐに開いた。
「……中、何もない」
ライカ隊三十人には戦場の記憶がある。
映像もある。
操作入力も。
戦闘ログも。
ですが、それらをレグルへ見せれば、本人の六分三十一秒になるわけではない。
欠けている時間へ、外から記録を流し込んで埋めることはしない。
◇
管理AIが現在個体側の確認へ移る。
《現在個体:雷影獣《ヴァルゼク》》
《接続:不能》
《継承段階:開始》
《正常敗北:なし》
《本人選択:なし》
《現在個体防衛数:118・保全》
《血統累計防衛数:322・保全》
正常敗北はない。
レグル本人が継承を選んだ記録もない。
それでも、《ヴァルゼク》現在個体への接続はできず、継承段階だけが始まっている。
《確認済み被害:3》
三件目。
高ランク上位。
第3形態保有。
監視範囲へ含めた条件が、そのまま原因だったと証明されたわけではない。
ただ、監視対象に含めていたことで、今回の経過を記録できましたの。
回収した導電核断片の解析表示が開く。
《第2形態蓄電構造:一致候補》
《第3形態神経加速構造:一致候補》
正常時の《ヴァルゼク》で確認していた構造と一致する候補が、隔離した核側に残っている。
一方、終了処理側へ流れた断片について、封印ログから確認できたのは、
《高速四脚構造》
《蓄電/放電》
《追尾攻撃》
《第3形態構造》
《複数形態情報・同時保持》
《正規接続署名形式との接触痕跡》
まで。
接触痕跡ですの。
高ランク帯の正式な接続権限を取得した、とまでは確定できない。
何がそれを保持しているのか。
一つの何かなのか。
意思があるのか。
どれもまだ分かりませんわ。
分かるのは、こちらが回収できた情報と、終了処理側へ流れた断片に残る情報が同じではないこと。
そして、第3形態に近い構造の一部を含む断片が、終了処理側へ流れた記録が残ったことまでですの。
◇
通常討伐の結果表示は出なかった。
勝利報酬もない。
外部へ出るのは、
《ライカ隊対ヴァルゼク戦》
《システム都合により中止》
それだけ。
レグルの六分三十一秒も。
《ヴァルゼク》の接続不能も。
導電核も。
終了処理側へ流れた断片も。
外へは出さない。
ライカは、封印された戦闘ログの表示をしばらく見ていた。
「逃げられたんじゃない」
誰も返さない。
「こっちが逃がした」
ライカの言う「逃がした」は、何者かの逃走を確認したという意味ではない。
終了処理側へ流れる経路を、こちらが閉じなかった。
確認できているのは、そこまでですの。
終了処理側を封じるより先に、人を守った。
三十人の主観記録を残した。
付着を外した。
導電核を持ち帰った。
そのために、通る線を残した。
取り逃がしたのではない。
全部を取れない時間の中で、持ち帰るものを選んだ結果ですの。
失ったものまで、小さくはなりません。
《ヴァルゼク》現在個体には接続できず、レグルには六分三十一秒が残っていない。第3形態に近い構造の一部も、終了処理側へ流れた。
それでも、三十人はここにいる。
ライカが選んだ結果は、その全部でしたの。