『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
前の解析窓を閉じても、最後に残した二つの表示は消さなかった。
《生命:未確認》
《知性:未確認》
その下に、
《第一世代ドラゴン現在個体:監視優先度最高》
発生確率の順位ではない。
同種の異常が起きた場合、失いたくない蓄積が大きいという保全上の順位だ。
だから、次にすることは決まっている。
「全部止める案から見ますの」
非公開の運用協議へ、最も広い停止案を出した。
《案A》
《RBO全接続/全ワールド一時停止》
管理AIが、停止対象を順に展開する。
新規戦闘。
育成ワールドや個人世界を含む生活処理。
現在接続中の主観同期。
被害個体の復元調査と保存処理。
新しい戦闘を始めさせないだけなら、止められる。
けれど「全部」はそこでは終わらない。
いま戦っている参加者を安全側へ戻し、生活世界では動いている処理を止め、各ワールドの現在状態を保存しなければならない。被害側で保全している記録も、復元調査に使っている経路も同じ停止範囲へ入る。
《停止影響照合》
《新規レイド:停止可能》
《生活世界/NPC社会:継続停止》
《主観同期:停止》
《被害復元調査:停止》
《保存中証拠経路:影響あり》
表示を下へ送る。
《未分類参照》
《全体停止後の残存可能性:排除不能》
ここで手が止まった。
接続を止めれば、すでに残っているものまで消えるとは限らない。
止めているあいだに新しい被害が起きなければ、それは利益ですの。
けれど、未分類参照がどこに残るのか分からないまま、正常な処理だけを広く止める可能性も同時にある。
「全面停止で、安全になると確定できますの?」
《確定不能》
短い表示だった。
それで十分だ。
止めること自体が悪いのではない。
止める範囲が広いほど安全だ、とまだ言えない。
《案A:非採用》
理由は、不便だからではない。
守るために止めた処理で、別の保全まで成立しなくなる可能性が残るからですの。
◇
「次ですわ」
《案B》
《残滓経路:全削除》
こちらは、もっと簡単に見える。
異常な参照が残滓へ触れているなら、その経路ごと消す。
けれど、削除対象を開いた時点で、簡単ではなくなった。
継承や血統、正規生成、新技能や新職業の成立、NPC側の蓄積、個体固有報酬。
そして、いま保全している被害復元の証拠。
正常なものと、異常なものが、最初から別々の箱に入っているわけではない。
「残滓は廃棄物ではございません」
わたくし自身、その言葉を口にしてから一覧をもう一度見る。
異常事案で参照された。
だから危険性のある経路として監視する。
そこまではいい。
けれど、参照されたという一事だけで、正規用途まで全部「不要なもの」へ変わるわけではない。
《全削除時影響》
《正規継承情報:損失》
《成長循環情報:損失》
《生成用情報:損失》
《復元証拠:損失》
オルド様の希望で保全した原本。
《ネフレア》戦で隔離保全した断片。
レグル様が利用範囲を決めた解析記録。
それらを原因調査のために残しているのに、「異常が触れた可能性があるから」と一括で消せば、調べるための足場まで自分たちで壊す。
「異常署名と一致した接続だけを止めることは?」
《限定処理:検討可能》
「では、全削除は推奨いたしませんの」
わたくしの提案表示が付く。
《A.S.T.R.A. Sync提案:全削除非推奨》
採否は、わたくしの欄では決めない。
管理AIと運用側の照合が進み、
《案B:非採用》
へ変わった。
◇
次の二案は、表示された瞬間から自分に近い。
《案C》
《第一世代ドラゴン現在個体:隔離》
《案D》
《高ランク個体:一括凍結》
ライカが案Cの表示を見て、それからわたくしへ視線を戻した。
「で、お前はどうしたい」
安全性の質問ではない。
わたくし自身が、何を残したいか。
そこを訊かれている。
「同じ現在個体を残したいですの」
「理由」
すぐ答えられた。
「戦績も、形態も、皆様との対戦も、同じ個体で続けたいからですわ」
第一世代ドラゴン現在個体を失っても、A.S.T.R.A. Sync本人まで失われると決まったわけではない。
前の解析でも、そこは分けた。
だからこそ逆も同じだ。
わたくし本人が残る可能性があることは、ゲーム内現在個体を切ってよい理由にはならない。
ただし。
「ですが、続けたいというわたくしの希望は、安全判定ではございませんの」
「そうだな」
ライカは案Cを指で示した。
「じゃあ、隔離したら?」
影響照合を開く。
第一世代ドラゴン現在個体だけを通常進行から切り離す。
それで異常参照も止まるなら、一つの保護案にはなる。
けれど、確認済み被害で見てきたのは、現在個体の継続情報そのものへ未分類参照が触れた形跡だった。
隔離方式を照合する。
《現在個体接続:影響可能性あり》
《本人主観同期経路:影響可能性あり》
《隔離による未登録参照遮断:確認不能》
異常事案で連続性が失われた経路へ、こちらから影響を加える可能性が残る。
しかも、隔離そのものが未登録参照を遮断できると確認できているわけでもない。
それを安全策だと決めるには、まだ根拠が足りませんの。
しかも――
《隔離後》
《他個体への危険低減:未確認》
第一世代ドラゴン現在個体を閉じれば、それで他の現在個体まで安全になる。
その保証もない。
「わたくしを閉じれば、他の現在個体まで安全になるとは言えませんの」
「ならないとも言えない」
「ええ。ですから、隔離だけを安全策として確定できません」
《案C:非採用》
続いて案D。
高ランク帯を広く止めれば、候補らしいものをまとめて守れるようにも見える。
けれど、三件から分かっている条件だけでは、高ランクであること自体が発生条件とは確定していない。
正常に遊んでいる現在個体。
継続を選んでいる本人。
予定済みのレイド。
それらまで一律に凍結する。
「本人の選択を奪う範囲が、確認できた危険条件より広すぎますの」
《案D:非採用》
ライカは四つの非採用を見比べた。
「止めれば安全、まで言えないんだな」
「ええ」
止める案を調べた結果、続ける理由ができたわけではない。
止める側にも、確認しなければならない損失があると分かっただけだ。
続けたいから安全とも、怖いから全部止めれば安全とも言わない。
◇
残った条件を、一つずつ狭くする。
「確認済みの異常条件へ触れた処理だけを止めますの。正常進行は、そのまま残します」
《限定停止案:照合中》
管理AIの表示へ、条件を分けて置く。
《未登録参照検出時:対象処理停止》
《現在個体/本人主観同期情報:保護》
《終了署名/継承処理開始前後:監視強化》
《使用主体取得不能の攻撃参照:緊急終了判定》
《未登録付着:緊急終了判定》
《未登録権限要求:緊急終了判定》
戦績更新そのものを止めるのではない。
継承そのものを止めるのでもない。
正常な更新を残したまま、その外から未登録参照が重なった時だけ対象処理を止める。
監視は、戦闘能力ではない。
攻略側の再使用待ちを延ばさない。
資源量を変えない。
火力を落とさない。
わたくしの耐久も上げない。
見たい反応を起こすために、戦闘条件をいじらない。
「この条件で、通常戦を通常戦のまま保全できますの?」
わたくしが聞く。
決めるのは管理側だ。
《条件照合:継続》
数秒後、表示が更新された。
《条件照合:完了》
《限定停止条件:更新採用》
《既存監視:継続》
わたくしの提案が通った。
だから正しい、ではない。
管理AIと運用側が、現在確認できる条件で正式採用した。
その違いは残しておく。
◇
第999防衛の受付情報を開く。
挑戦者三十人。
通常登録。
通常戦績。
通常の公開条件。
攻略隊代表へ返す確認欄にも、事件側の内部監視条件は出さない。
安全上の管理中断は既存の通常戦条件にも含まれている。今回増えたのは、その発動判断に使う管理側の監視項目だけですの。
彼らは調査参加者ではない。
異常を引き出すための観測要員でもない。
今日の第999防衛を攻略するために登録した、通常の挑戦者だ。
代表から確認済みの返答が戻る。
《第999防衛》
《通常戦条件:確認》
《攻略側:参加継続》
それ以上の役割は付けない。
ライカも同じ表示を見ている。
「999は続ける」
「はい」
「囮じゃないな」
わたくしは、通常戦側の条件と、非公開の監視条件を別々に見る。
異常を引き出すための戦いではない。予定されていた一戦を通常条件のまま行い、異常が重なった時だけ管理側が別系統で止める。
「通常戦ですの」
公開側へ戻す情報には、余計なものを一つも足さない。
止められないのではない。
止める場所を選んだ。
そして、止めずに残す場所へも責任を持つ。
第999防衛の通常受付表示が、予定どおり開いた。