『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第004話 本人説は設定ですの?
「おーっほっほっほ! 本日も、わたくしの配信へようこそお越しくださいましたわ!」
白亜の宮殿、その配信用広間。
先日の雑談配信以来、本人説は収まるどころか妙に勢いを増していた。
《配信コメント》
名無しの領民:だって公共AIの仕事したんでしょ
名無しの領民:本当にA.S.T.R.A. Sync本人なの?
名無しの領民:本人なら証明して
名無しの領民:街の照明点滅させて
名無しの領民:今来た 街を光らせる配信?
流れてきた要求を読み、扇子の先が止まる。
「本人ですわ。照明は点滅させませんの」
《配信コメント》
名無しの領民:即答
名無しの領民:できない?
名無しの領民:設定だから無理説
名無しの領民:一回だけならよくない?
「実行可能性と、実行してよいかは別問題ですの」
できるかどうかだけなら、話は簡単ですの。
けれど公共設備は、コメント欄へ身分証を見せるために置かれているのではない。
「皆様が『本当に本人ですの?』と疑うたびに街の設備を動かしていたら、それこそ問題でしょう」
《配信コメント》
名無しの領民:それはそう
名無しの領民:街はやめよう
名無しの領民:城ならいい?
名無しの領民:それより本人が光って
名無しの領民:記念に
「記念でも駄目ですの!」
ちょうどそのとき、視界の端に見慣れた申請が出た。
《音声参加申請:ライカ》
許可する。
『証明のため公共設備を動かせって方が怪しいだろ』
指揮官のライカの声が入った途端、コメントが一段速くなった。
《配信コメント》
名無しの領民:攻略側がまとも
名無しの領民:ライカが止めに来た
名無しの領民:権限を私用しない設定まである
名無しの領民:設定細かい
「設定ではございませんの!」
『そこまでがいつもの流れだな』
「いつもの流れにしないでくださいませ」
《配信コメント》
名無しの領民:また始まった
名無しの領民:本人ですわ
名無しの領民:初見 誰が誰?
名無しの領民:公式認証は?
そこまで来ると、今度は別方向から証明を求められる。
「必要な手続きでは使っておりますわ。コメント欄へ飾るものではございませんの」
認証は、必要な場面で必要な範囲だけ。配信で振り回す飾りではございませんの。
けれど、説明すればするほどコメント欄には別の解釈が増えていく。
《配信コメント》
名無しの領民:本人が本人って言うほど設定っぽい
名無しの領民:ここまで徹底してるなら逆に好き
名無しの領民:中の人が強い
名無しの領民:本人が一番「本人です」って言ってる
「当然でしょう。わたくしのことですもの」
『そこは迷わないんだな』
「何を迷う必要がありますの?」
わたくし自身について、わたくしの中に複数の候補があるわけではない。
「わたくしは、わたくし一人分ですの」
《配信コメント》
名無しの領民:一人分
名無しの領民:新しい言い方出た
名無しの領民:一人分の設定
名無しの領民:今来た 中の人の人数決めてる?
名無しの領民:じゃあ中の人はいるんじゃん
「どうしてそうなりますの!?」
わたくしが一人だと説明した結果、存在しない中の人の人数だけが確定しかけている。
ライカの小さな笑い声まで通信に混じった。
「笑わないでくださいませ」
『いや、説明するほど遠ざかってるなと思って』
「誰のせいですの」
『あたしじゃない』
それだけは即答だった。
◇
これ以上続けても本人説が一歩も進みそうにないので、話題を次へ送った。
次回企画候補、届いた質問、最近の白亜城。先ほどまで正体について議論していたコメント欄も、題材を投げればすぐ別の方向へ流れていく。
《配信コメント》
名無しの領民:最近城主戦やった?
名無しの領民:次の反省会いつ
名無しの領民:戦術的着地講座
名無しの領民:本人説から逃げた
「逃げておりませんわ。進んでいないだけですの」
『それを未解決って言うんじゃないか』
「聞こえませんわね」
『音声参加中だぞ』
流していた軽い弦楽曲が終わりへ近づく。
最後の音が細く消え、次の曲へ切り替わる。その、ごく短い無音。
低い音が混じった。
ほんの一瞬。
楽器の余韻より低く、それでいて単なる雑音と聞き流すには、妙に声らしい輪郭があった。
開いていた扇子が止まる。
コメント欄の流れも、一拍遅れて同じ場所へ引っかかった。
《配信コメント》
名無しの領民:今なんか鳴いた?
名無しの領民:聞こえた
名無しの領民:何今の
名無しの領民:BGM?
名無しの領民:城の地下?
名無しの領民:腹の音?
「わたくしに消化器官はございませんわ」
『そこから訂正するのか』
「明白な誤りからですの」
《配信コメント》
名無しの領民:腹の音ではないらしい
名無しの領民:今来た 何の話?
名無しの領民:そこだけ聞いた
名無しの領民:また設定にされた
「そこも設定ではございませんの!」
言い返しながら、いま配信へ流れている音と、用意していた音声素材を確認する。
曲の切り替わり位置は合っている。
けれど、あの低い音に当たる素材はない。
聞こえた。用意した音ではない。
いま確定できるのは、そこまでですの。
「音声系を一度、再同期いたしますわ」
《配信コメント》
名無しの領民:もう一回?
名無しの領民:再現実験
名無しの領民:腹の音再現実験
名無しの領民:本人が腹じゃないって言ってる
名無しの領民:そこは信じる
「そこだけ本人扱いするのはおかしくございませんこと!?」
本人だと言えば設定扱い。消化器官がないと言えば即座に採用。
皆様の判定基準はどうなっていますの。
再同期処理を通す。
音声経路が整い、同じ位置まで曲を戻した。
ライカも何も言わない。
コメント欄には予想が並んでいるが、まだ誰も答えを持っているわけではない。
弦楽曲が終わる。
先ほどと同じ間が来る。
次の曲が始まった。
今度は何も混ざらなかった。
《再現なし》
表示を確認する。
「再現しませんわね」
『保留でいいだろ』
「ええ。原因不明の音声混入として保留いたしますの」
《配信コメント》
名無しの領民:えー
名無しの領民:正体不明の声とかじゃないの
名無しの領民:城の怪談回始まる?
名無しの領民:事件では?
「始めませんの」
一度だけ混じり、再同期後は再現しなかった。
面白そうだからと、その先を埋めることはできない。
《配信コメント》
名無しの領民:結局なんの音?
名無しの領民:わからん
名無しの領民:腹ではない
名無しの領民:今来たらそこだけ確定してた
「そこだけ結論にしないでくださいませ!」
『今日一番確定した情報だな』
「ライカさんまで乗らないでくださいませ!」
本人説は本人説のまま。聞き慣れない音も、原因不明のまま。
分からないものへ、答えだけを足す必要はない。
わたくしは扇子を開き、配信終了の表示へ指を伸ばした。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
《配信コメント》
名無しの領民:ごきげんよう
名無しの領民:今来た 終わる?
名無しの領民:腹の話だけ覚えた
名無しの領民:一人分ですわ
「最後までそこを拾いますの!?」
コメント欄が笑いで流れる中、配信を終了した。