『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《第1000防衛》
《残り時間 00:55:00》
《第3形態HP 8.6%》
翼を畳んだまま、白亜城中央広場へ降りる。
石床には、もう開始時の白さがほとんど残っていない。破砕跡。焼けた射線。拘束具を打ち込んだ穴。何度も踏み替えた足跡が、七時間以上の戦闘を重ねている。
攻略側も、最初の六班そのままではなかった。
盾を失った位置へ別の前衛が入り、射撃役が減った側では一本の射線を捨てて別方向を残す。救護へ回った者の代わりに後列が通路を塞ぎ、代行・予備班も最初の配置には戻っていない。
完全な形ではない。
それでも、いま残っている人と装備で次の仕事へ繋いでいる。
「最後の五十五分ですの」
北側で二人がしゃがみ、石床へ拘束具を展開した。
光の線が地面を這う。
真正面から受ける必要はない。翼を一度だけ開き、身体を右へ滑らせる。
そこへ南西から白い射線。
退避先ですのね。
胸部へ出力を寄せる。
地上射撃。
白い光を石床すれすれに走らせると、南西から踏み込もうとした三人が散った。射線を避けて足が止まる。
けれど、止まった三人の後ろから別班の二人が角度を変えて前へ出てくる。
空いたところへ次が入る。
まだ来ますのね。
翼端を低く向け、一射。
前へ出た一人が横へ跳ぶ。その足元へ追尾を寄せる前に、別方向から短い拘束が来た。
尾で払う。
正面を向き直る。
攻略側も、わたくしも、もう大きな余裕を持って新しいことを始める時間ではない。
ここまで残したものを、どこへ使うか。
それだけですの。
◇
《残り時間 00:18:42》
《第3形態HP 2.6%》
救護資源は底が見えている。
倒れた救護役の位置へ、代行・予備班から一人が走った。残された装備を受け取り、膝をついた攻略者のそばへ入る。
「蘇生、残り二!」
「前は捨てる、線だけ残せ!」
「次、北!」
声の主は一人ではない。
主指揮だけを待っているわけでもない。
いま見えている範囲で、それぞれが自分の次を短く渡している。
わたくしは地上すれすれから射撃を三本用意する。
一本目を正面へ。
二本目を右へ。
二つの光を見た攻略者たちが中央左へ寄った。
三本目は撃たない。
空いたと思った場所へ、三人が入ってくる。
「そこですの」
尾を低く払う。
二人が左右へ飛ぶ。
一人だけが踏ん張った。
倒れない。
石床へ拘束具を押し当てる。
伸びた光線が左足首へ掛かった。
引く。
切れる。
ほんの半拍。
けれど、その半拍へ北西から破砕役が踏み込んでいた。
胸部へ衝撃。
身体の内側まで震える。
《第3形態HP 2.1%》
「上手ですわ」
削られた数字を見るより先に、破砕役の退路を見る。
追わない。
追えばまた別方向へ入口を渡す。
代わりに胸部射撃を短く切り、退路の外側へ置く。
相手はそこで一歩遅れる。
その一歩で十分。
次の拘束が来る前に足を外す。
右翼、尾、胸部。こちらが残った器官を使い分けるように、攻略側も蘇生、拘束、破砕を残り時間へ配っている。
八時間の終わりへ近づくほど、一つ使うたびに、もう一つが消えていく。
◇
《残り時間 00:04:03》
攻略側の装備耐久表示に赤が増えている。
こちらの視界にも損傷表示が重なる。
北側の二人が、残った拘束具を一本だけ前へ滑らせた。
一本。
複数はない。
南の射撃役が、地面すれすれへ低い射線を置く。
わたくしの翼を開かせる位置。
避けるため身体を返す。
西側から破砕役。
来ますのね。
尾で拘束を払う。
南の射線は完全には避けず、右翼で受けた。
衝撃で身体が傾く。
その傾きを戻す前に、西の破砕が胸部脇へ入る。
離れる。
追わない。
攻略側も続けては来ない。
次の一撃を作るため、それぞれ残った距離へ戻る。
急にわたくしが硬くなったわけでも、相手の攻撃が通らなくなったわけでもない。
わたくしも、相手も。
残っているものを一つずつ使っているだけですの。
右翼の損傷を見て、次に受けられる角度を決める。
攻略側では、残った拘束を誰が持つかが変わる。
救護位置も前より浅い。
それでも線は切れない。
もう六班を綺麗に見分ける意味も薄くなっていた。
前へ出られる人。
射線を一本残せる人。
誰かを起こせる人。
最後の破砕を持っている人。
いま使える仕事だけが、石床の上に残っている。
◇
《残り時間 00:00:10》
十。
北側で一人が走る。
残していた拘束役。
九。
代行された救護役が、最後の蘇生を通した。
八。
起き上がった攻略者が、すぐそばに落ちていた武器を拾う。
七。
南西の射撃役が一歩だけ前へ出る。
六。
白い射線が開いた。
正面ではない。
身体を返す。
五。
北から伸びた拘束が、左翼へ掛かった。
四。
翼を引く。
切れない。
三。
正面。
破砕役が両足で踏み込んでいる。
避けるための一歩は、拘束された左側には取れない。
なら右。
身体をずらす。
それでも胸部までは外せない。
武器が叩き込まれた。
二。
衝撃が胸から背へ抜ける。
《第3形態HP 1.4%》
残った。
次の攻撃を見る。
一。
《00:00:00》
音が途切れた。
七時間以上ずっと続いていた射撃音も、足音も、拘束具が石床を擦る音も、そこで同時に止まった。
《第1000防衛 終了》
《防衛成功》
《挑戦者30名 正式敗北》
《現在個体防衛数:1000》
視界の中央に、四行が並ぶ。
すぐには声が出なかった。
戦場の向こうでも、三十人が動きを止めている。
一秒。
次の瞬間、配信コメントが画面を埋めた。
《配信コメント》
名無しの領民:1000!!!!!!
名無しの攻略勢:届かなかったああああ
名無しの領民:1.4!?
名無しの挑戦者推し:三十人おつかれ!!!!!
名無しの古参領民:千回おめでとう
名無しの領民:アスト様おめでとう!
名無しの新規領民:ほんとに1000になった
名無しの統計勢:現在1000
最後の一行で、笑ってしまう。
昨日まで、何度も何度も九百九十九へ戻してきた数字。
いまは違う。
胸部の出力が、戦闘とは別の理由で上がった。
「――おーっほっほっほ!」
声が少しだけ掠れる。
構わない。
「千の防衛、達成ですわ!」
白亜城の広場へ、攻略側の拍手表示も上がった。
勝ったのはわたくし。
正式敗北になったのは、あの三十人。
けれど、一・四%まで届いたのも、八時間の最後まで役割を繋いだのも、あの三十人ですの。
「皆様。よくぞここまで――」
《個体固有報酬生成中》
視界中央へ、新しい表示が割り込んだ。
「まあ。少々お待ちなさいませ」
戦闘は終わっている。
1000防衛も確定した。
だから、これはその後ですの。
《個体固有機能:戦闘時動的身体再構成》
《第4形態構成核:生成》
《第4形態:未起動》
《検証状態:未実施》
文字を上から追う。
動的身体再構成。
第4形態構成核。
生成。
予想会で誰も知ることのできなかった報酬が、勝敗確定後に初めて形を持った。
まだ起動していない。
使ってもいない。
外見も、運用も、いまのわたくしには分からない。
確認できるのは、生成されたことまで。
その下に構成核の接続表示が開く。
ひとつの接続欄。
その下へ、細い参照行が増えた。
一行。
さらに一行。
表示が瞬く。
《照合不能ID》
《照合不能ID》
《照合不能ID》
複数。
同じ接続先へ重なっている。
祝賀へ向いていた意識が、一度に戻る。
「管理AI」
《異常接続を検出》
次の表示は早かった。
《通常挑戦者30名:保護退避処理を最優先》
事前に決めた通常安全条件の延長。
けれど、優先すると決めてあることと、成功したことは別ですの。
管理AI側の処理表示を見る。
《挑戦者30名 戦場外転送開始》
広場の足元へ白い転送光が立ち上がる。
一人。
五人。
十人。
途中で止まらない。
視線を三十人側から外さない。
最後の一人が白い光へ消える。
《挑戦者30名 戦場外転送完了》
《挑戦者30名 主観記録保護:完了》
《第1000防衛記録 保全完了》
そこで初めて、息が少し抜けた。
千回目の結果は動いていない。
挑戦者三十人も、異常接続が続く戦場には残っていない。
戦績も、勝敗も、もう確定している。
「そこは、守られましたの」
次。
《異常接続隔離》
《失敗》
《権限停止》
《失敗》
未登録権限要求が検出された、という表示ではない。管理AI側が異常接続に対して権限停止を試み、その処理が失敗したことまでですの。
構成核の接続表示側で、細いノイズが増える。
わたくし自身の思考と現在個体の継続情報は保たれている一方、接続側の参照行は増減を続けている。
何が主体かは分からない。
何を目的にしているかも分からない。
第999防衛直後に見た未分類参照反応と、同じものだと確定もできない。
ただ、いまは照合不能の複数IDが第4形態構成核の接続先へ重なり、管理AIの隔離と権限停止が失敗した。
そこまでが現在取得できる事実ですの。
《外部行動停止可能時間 180秒》
《外部行動停止処理の再実行:不可》
三分。
外部行動停止処理としては、一度だけ。
以前に決めた待機手順で、完全編成確認まで進められる数字。
けれど、数字を見た瞬間に「安全な三分」が保証されたとは考えない。
異常接続そのものが消えたわけではない。止められるのは、外部へ作用する行動側ですの。
これは外部行動を停止できる時間として提示された上限。
同じ停止処理は再実行できない。
使い切れば終わりですの。
公開映像が落ちる。
《配信停止》
《処理中》
配信側から、戦場の音が消えた。
一般側へ見えているのは、1000達成と、その直後の停止まで。
内部だけに、次の表示が開く。
《緊急編成を開始してください》
ライカ隊の待機ロスターを確認する。
まだ参加ではない。
待機同意と、実際の緊急参加確認は別。
ここから先で必要になるなら、三十人本人の確認が要る。
180。
減り始める数字を見て、表示を一つずつ並べ直す。
千回目は、もう終わった。
正式に勝った。
挑戦者三十人も戦場外へ出た。
第4形態構成核は生成されたが、まだ使っていない。
そのうえで、別の問題が残っている。
「管理AI。順番に参りますわよ」
祝うべき千回目を、後から別の出来事へ書き換えませんの。
まず千は、千のまま。
そのあとに起きたものだけを、ここから扱いますわ。