『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
――その三分ほど前。
《外部行動停止可能時間 180秒》
《外部行動停止処理の再実行:不可》
数字を視界の左上へ固定する。
百八十秒。
異常接続そのものが消えた時間ではない。外部へ作用する行動側を止められる、その一度きりの上限ですの。
中央には、さきほどまで第1000防衛の後処理を並べていた管理AIの表示が残っている。
《第1000防衛結果:確定済み》
《現在個体防衛数:1000》
《第1000防衛記録:保全完了》
《挑戦者30名:戦場外転送完了》
《挑戦者30名:正式敗北》
ここはもう動かさない。
八時間の戦いは終わった。
千は、千のまま。
その横に残っているのが、別の問題ですの。
《第4形態所有記録:固定》
《起動履歴:なし》
《検証状態:未実施》
第4形態は生成された。
けれど、まだ起動していない。
未検証。
いま必要だからといって、知らない身体を先に使う理由にはならない。
わたくしは第4形態欄を閉じ、制度一覧へ視線を移した。
「レイドボスとハンターが、同じ陣営で戦う正式制度はございましたかしら」
《該当する恒久制度:なし》
《既存公開イベント層に仮設枠を生成します》
指が一度止まる。
「……いきなり新規コンテンツですの?」
冗談を言っている場合ではない。
けれど、そう言うほかない表示だった。
既存の公開イベント層へ、今回だけの仮設枠を作るということですの。
管理AIの提案線が、隔離処理の欄から公開イベント層へ繋がる。
完全に閉じたままでは、未分類の接続が複数の正規権限へ触れ続けている。
提案された仮設枠では、参加者、戦場、勝利条件、外部行動が、既存イベント規則の項目へ割り当てられる。
異常接続そのものを「解決した」ことにはならない。
触れられる場所と、外へ出られる場所を狭めるための枠ですの。
《残り 165秒》
◇
《ワールド間取引層 保留》
《外部書き込み 停止》
《現在個体継続情報 保護領域へ複製》
表示が三つ並ぶ。
わたくしの思考は止まらない。
現在個体の継続処理も、確認できる範囲では動いている。
一方、《照合不能ID》の接続欄では参照先が入れ替わり、接続状態だけが更新を続けていた。
停止できたのは外へ作用する側。
中まで静かになったわけではない。
管理AIの処理が次へ進む。
《公開イベント層 仮設枠生成》
《公開状態:待機》
その下へ、今回の枠に必要な項目が順に入る。
《イベント分類:世界レイド》
《イベント名:千の残響》
《イベント個体:レムナント・キメラ》
《世界境界戦場:白亜断層》
名前を見ても、正体が分かったことにはならない。
《レムナント・キメラ》は、このイベントで管理する対象名。
《白亜断層》は、これから生成する戦場名。
それ以上を、この表示だけから足さない。
《公開映像 15秒遅延》
公開側へは無加工の内部画面を出さない。
被害記録も、欠落時間も、第4形態の内部詳細も出さない。
世界レイドとして必要な戦場情報だけを、十五秒遅れの俯瞰へ渡す。
《残り 126秒》
◇
非公開待機側へ、参加確認が送られる。
鋼路戦団。
三十名。
待機に同意したことと、ここから実際に戦場へ入ることは別ですの。
《緊急参加確認》
《参加:任意》
《不参加時不利益:なし》
六班の名簿が縦に並ぶ。
返答が、上から順に点く。
一。
三。
八。
十五。
二十二。
三十。
《個別同意:30/30》
そこで初めて、待機ロスターが実参加ロスターへ移る。
《鋼路戦団 再登録》
ライカの声が入った。
「隊員、事前手順三番。編成を切り替えろ」
誰も作戦案を出さない。
百八十秒は、新しい正解を考える時間ではない。
事前に登録した編成、装備、役割、代行順位を実行へ移す時間。
「考えるな。決めてある場所へ入れ」
短い返答が重なる。
第1000防衛の三十人とは別だ。
あの三十人はもう戦場外へ出ている。
いま動くのは、事前に緊急待機へ個別同意していた鋼路戦団の三十人。
五人ずつ、六班。
《第1固定点:突破・指揮》
《第2固定点:防壁・境界》
《第3固定点:救護・同期保護》
《第4固定点:穿孔・弱点照準》
《第5固定点:進路制限・妨害》
《第6固定点:交代・予備》
ライカ。
ガルム。
セラ。
キリオ。
残る二班も、登録済みの位置へ分かれる。
同じ技能を持つ者を並べ直すのではない。
誰かが欠けた時、どこまで代われるか。
どの仕事を残し、どこを捨てるか。
そこまで事前に決めてある六班ですの。
《主観記録:多重保存》
《緊急用装備:固定》
《HP/蘇生資源/装備耐久:イベント初期値へ設定》
準備表示が一気に進む。
相談がないから速いのではない。
相談すべき範囲を、始まる前に済ませていたから速い。
◇
白亜城の足元が消える。
落下感はない。
床だけが、白い石から黒い鏡面へ置き換わった。
視界が開く。
直径およそ二キロの黒い床。
中央には、直径百二十メートルほどの白亜城基壇だけが残る。
その外周へ六つの固定点が順に灯り、各点から白い通路が一本ずつ中央へ伸びた。
一本。
二本。
六本。
鋼路戦団の六班が、それぞれの固定点へ転送される。
わたくしは中央基壇。
距離が離れても、六方向の位置は一目で取れる。
上空には戦場断片が浮いていた。
黒い糸。
赤い放電。
どこかで見た機能に近い。
けれど、見覚えがあることと、これから同じ動きをすることは別ですの。
先に答えを置かない。
《参加者:31》
《仮設同一陣営》
《同士討ち判定:停止》
《相互支援:有効》
表示を二度見る。
わたくしと鋼路戦団三十人。
公開イベント層では、既存の登録区分がそのまま使われている。わたくしはレイドボス枠、鋼路戦団は攻略者枠。
けれど、この仮設枠の内部では敵対判定だけが停止され、相互支援が有効になっている。
今だけ、同じ陣営へ固定されている。
このイベント層の内側だけですの。
第1000防衛とは別の耐久表示が、右端へ開く。
第1形態。
第2形態。
第3形態。
第4形態。
四つ。
第4形態の欄だけ、状態が違う。
《所有済み》
《未起動》
《未検証》
触れない。
最初から知らないものへ頼りませんの。
《残り 55秒》
◇
対策情報の配布欄が開く。
情報源の本人名は出ない。
映像も出ない。
欠落時間も出ない。
《六歩前進》を含む保全済み記録のうち、二次利用同意が成立している対策署名だけが匿名化されている。
《対策署名》
《足元:泥外殻》
《上方:結晶糸》
《出口接続》
《混成高速移動》
四項目。
これだけ。
《六歩前進》の六人本人は、ここにいない。
戦場へ呼び戻してもいない。
リアルタイムの助言役にもしていない。
保全済み記録のうち、二次利用を許可された対策情報だけが、この三十一人へ渡る。
「足元。上方。出口。高速移動」
ライカが読み上げる。
「順番も同時性も不明だ」
「ええ。出ると決まったものでもございませんの」
「なら、見てからだ」
それで終わる。
新しい作戦会議にはしない。
《イベント個体HP:100%》
《形態段階:4枠》
《逃走判定:有効》
《レイド制限時間 90:00》
《第1000防衛:別戦績》
九十分。
第1000防衛とは別の戦闘。
さきほどの勝敗へ追加もしない。
取り消しもしない。
六固定点の最終確認が並ぶ。
《第1固定点:接続》
《第2固定点:接続》
《第3固定点:接続》
《第4固定点:接続》
《第5固定点:接続》
《第6固定点:接続》
全体座標が、わたくしとライカへ共有される。
ライカが第1固定点から六方向を見回した。
「事前手順三番。知らないものを、知ってるふりするな。見えたものだけ共有する」
「承知しておりますの」
六方向から短い返答。
第2固定点のガルムが塔盾を持ち直す。
第3固定点ではセラが同期表示を前へ置く。
第4固定点のキリオは照準をまだ上げない。
第5、第6も、開始位置から勝手に前へ出ない。
わたくしは中央で第1形態を選ぶ。
《第1形態 アーマードドラゴン》
重い四脚。
厚い外殻。
今日は城を守るためではない。
六本の通路と、そこにいる三十人のための移動防壁として使う。
共闘判定が成立した場合に使う、事前登録済みの役割ですの。
《残り 5秒》
非公開の同期保留が解除へ入る。
《参加接続:31/31》
十五秒遅れの公開側にも、登録情報が追いつく。
《イベント個体:レムナント・キメラ》
《戦場:白亜断層》
《4》
六班が動かない。
《3》
わたくしも中央で待つ。
《2》
黒い床の向こうには、まだイベント個体の形がない。
《1》
《WORLD RAID START》
外部行動が再開した。
次の瞬間。
中央基壇のすぐ外側で、黒い鏡面床が持ち上がる。
空からではない。
足元。
濁った泥の外殻が、六本の白い通路の下へ押し出されてきましたの。