『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《千の残響》
《第1段階 泥殻相》
《HP 100%》
《残り 90:00》
《WORLD RAID START》の表示が消えるより先に、中央基壇の外側で黒い鏡面床が持ち上がった。
空から何かが降ってきたわけではない。
六本の白い通路、その下。
黒い床の継ぎ目から濁った泥が押し出され、白い線の裏側へ潜り込んでいく。
第4通路の先端が沈んだ。
一メートルほど。
「足元ですの!」
六方向へ声を飛ばす。
泥は頭も脚も作らない。
中央の低い塊から、太い隆起だけが六方向へ伸びていく。通路を覆うというより、その下から持ち上げて形を変えている。
対策署名には《足元:泥外殻》とあった。
けれど、書かれていたから答えが分かるわけではない。
どこから出るかを警戒できただけ。
どう動くかは、いま見ますの。
第1固定点でライカがランスを低く構えた。
「北、触る」
穂先が泥の隆起へ入る。
叩き割るほど深くは刺さない。
衝撃。
当たった場所がへこむ。
そのまま消えるかと思った泥は、左右へ押し出され――北側へ厚く盛り上がった。
「寄せられる!」
ライカの声と同時に、わたくしも泥の形を見る。
殴った場所が、そのまま減ったのではない。
押されたぶんだけ、別の場所へ厚みが移っている。
なら。
「壊す場所を探すのではなく、厚みを一か所へ寄せて、別の場所を薄くできますのね」
ライカが一度だけ中央を見る。
「北へ寄せろ。薄くなった側を割る」
◇
六通路すべての沈み方は同じではなかった。
北側は厚い。
第4通路の中央寄りも重い。
南西はまだ薄い。
攻撃を受けた場所から別方向へ厚みが移るなら、六方向から均等に殴る必要はない。
むしろ、ばらばらに殴れば厚みもばらける。
わたくしは中央基壇を離れ、第3通路と第4通路の間へ身体を入れた。
《第1形態 アーマードドラゴン》
重い四脚。
肩から背へ重なる外殻。
第1000防衛では、わたくし自身を守るために使った身体。
今回は違う。
第4通路へ向かって膨らんできた泥の隆起へ、右肩から入る。
衝撃が外殻へ広がる。
前へ押し返さない。
通路の中央から、少し外側へ身体を傾ける。
泥が肩殻へ当たり、外へ滑る。
白い通路の中央に、人が一人通れる幅が残った。
「通れますわ!」
第4固定点側から二人が走る。
わたくしの背後を抜け、厚みの少ない場所へ攻撃を置く。
そこで初めて、イベント個体のHPが動いた。
《HP 94%》
削れた。
少なくとも、薄くなった場所への攻撃でHPが動いた。
泥の隆起そのものを真正面から殴り続けた結果ではない。
◇
第2固定点。
ガルムが塔盾を構える。
正面へ立てない。
左足を半歩引き、盾面を斜めにする。
泥が来る。
塔盾へ当たった。
重い音。
それでもガルムは押し返さない。
盾面を滑った泥が、通路中央から外周へ流れていく。
「盾じゃない。境界だ」
短い声。
その意味は、動きを見れば十分だった。
泥を止める壁ではない。
ここから内側へ入れないための面。
正面で受け切るのではなく、外へ流すための境界。
ガルムの後ろへ通路幅が残る。
第1班の二人がそこを抜け、北側から攻撃を重ねた。
北の泥がさらに厚くなる。
反対側。
南西では第5班の二人が白い通路の両端へ散った。
泥の流れる線へ、左右から攻撃を置く。
一撃ごとの威力は大きくない。
けれど泥が避ける方向を減らしている。
右へ流れれば右から触る。
左へ広がれば左から押す。
逃げ道が狭くなるほど、下から続いて出てくる泥は細い一本へ寄った。
「第5、そのまま幅を狭めろ!」
ライカ。
「了解!」
次の瞬間、第6通路がさらに沈んだ。
そこにいた班が、全員で中央へ寄ろうとはしない。
「第6、二人だけ出せ! 三人は残せ!」
ライカの指示。
二人が走る。
一人は予備装備を抱えて第4固定点へ。
もう一人は途中で止まり、キリオ班が使っていた座標表示を受け取る。
同じ技能を引き継ぐのではない。
空いた手と位置で、いま必要な仕事だけを受ける。
残った三人は第6通路を捨てない。
「全部を埋めるのではございませんのね」
「全部埋めたら、元の場所が空く」
ライカが返す。
当然のこと。
でも、この戦場ではその当然を守る方が難しい。
◇
ライカ班が北へ泥を寄せる。
ガルム班が外周へ流す。
第5班が南西側の流路を狭める。
第6班の二人が欠けた場所だけを支える。
その結果、中央へ戻ってきた泥の一本が細くなった。
わたくしはそこへ入る。
肩殻を正面から重ねる。
押し返さない。
補充の勢いだけを受ける。
泥が外殻の曲面へ広がり、横へ流れる。
中央南側。
厚みが一段落ちた。
「キリオ様!」
「見えてるっす」
第4固定点。
弓はもう引かれていた。
わたくしの肩越し。
泥が薄くなった継ぎ目だけを狙う。
一本。
矢が入り、継ぎ目が裂ける。
泥が崩れる。
《HP 82%》
けれど、裂けた場所の下からすぐ次が盛り上がった。
「補充が続きますのね」
壊したから終わりではない。
足元から泥が出続けている。
第5班の前衛二人が、補充される泥の両側へさらに寄る。
攻撃を交互に置く。
泥の幅が細くなる。
そこへわたくしがもう一度肩を入れた。
今度は守るためではなく、通路へ広がらせないために。
泥が外殻へ貼りつく。
厚くなる。
そのぶん、別の場所が薄い。
「いまですの!」
キリオの矢。
左右から別班の攻撃。
《HP 76%》
ここまで来て、ようやく戦い方が一本に繋がった。
攻撃で泥を消す。
ではない。
どこを厚くさせるかを選ぶ。
通路へ広がる泥を境界で外へ流す。
流路を狭める。
補充をわたくしの外殻で受ける。
その結果、薄くなった継ぎ目だけを穿つ。
ひとつ前の役割が、次の攻撃場所を作っている。
六班と、わたくし。
誰か一人の火力で成立している削り方ではありませんの。
◇
《残り 72:13》
《HP 76%》
十五秒遅れの公開俯瞰でも、泥が北へ厚く寄っていることまでは見えているはずですの。
ただ、各班の内部同期や対策署名の出典までは公開されない。
見えるのは、六固定点と、第1形態のわたくしと、泥の動きだけ。
「集中、北へ寄せる!」
第1固定点からライカがランスを振り抜く。
北側の泥が膨らむ。
第5班は南西通路の両側へ散り、補充線を二方向から絞る。
第2固定点ではガルムが塔盾の角度を保ったまま足をずらした。
泥を受けるたび、少しずつ外へ流す。
わたくしは第4通路前へ身体を入れる。
隆起を肩で受ける。
中央南側の泥が薄くなった。
「そこっす!」
キリオ。
一本目。
裂け目。
二本目は急がない。
裂けた線へ左右の班から攻撃が順番に入る。
泥が別方向へ厚みを戻す前に、継ぎ目だけを広げる。
《HP 75%》
中央の泥外殻が、縦に裂けた。
黒い鏡面床が、一瞬だけ覗く。
――けれど、泥は消えていない。
裂けた左右にも残っている。
六通路の下にも、まだ濁った層が動いている。
「変化が――」
言い切る前に、上空で光った。
反射ではない。
白い線。
戦場上空に浮いていた断片から、細いものが垂れる。
一つ。
二つ。
三つ。
最初の一本が、六固定点の間へ向かって伸びた。
泥は足元に残っている。
それなのに、今度は上。
《第2段階 晶網相》
白い結晶糸が、ゆっくりと広がる。
対策署名にあった《上方:結晶糸》。
けれど、何をする糸なのかはまだ分からない。
拘束か。
分断か。
接触したら何が起きるのか。
まだ何も取得していない。
だから、見えることだけを言う。
「――次は上ですのね」
足元には泥。
頭上には糸。
二つとも、同じ戦場に残っていましたの。