『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~   作:tuna&mayo

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第048話 泥は足元、糸は上です

 

 

《千の残響》

《第1段階 泥殻相》

《HP 100%》

《残り 90:00》

 

 《WORLD RAID START》の表示が消えるより先に、中央基壇の外側で黒い鏡面床が持ち上がった。

 

 空から何かが降ってきたわけではない。

 

 六本の白い通路、その下。

 

 黒い床の継ぎ目から濁った泥が押し出され、白い線の裏側へ潜り込んでいく。

 

 第4通路の先端が沈んだ。

 

 一メートルほど。

 

「足元ですの!」

 

 六方向へ声を飛ばす。

 

 泥は頭も脚も作らない。

 

 中央の低い塊から、太い隆起だけが六方向へ伸びていく。通路を覆うというより、その下から持ち上げて形を変えている。

 

 対策署名には《足元:泥外殻》とあった。

 

 けれど、書かれていたから答えが分かるわけではない。

 

 どこから出るかを警戒できただけ。

 

 どう動くかは、いま見ますの。

 

 第1固定点でライカがランスを低く構えた。

 

「北、触る」

 

 穂先が泥の隆起へ入る。

 

 叩き割るほど深くは刺さない。

 

 衝撃。

 

 当たった場所がへこむ。

 

 そのまま消えるかと思った泥は、左右へ押し出され――北側へ厚く盛り上がった。

 

「寄せられる!」

 

 ライカの声と同時に、わたくしも泥の形を見る。

 

 殴った場所が、そのまま減ったのではない。

 

 押されたぶんだけ、別の場所へ厚みが移っている。

 

 なら。

 

「壊す場所を探すのではなく、厚みを一か所へ寄せて、別の場所を薄くできますのね」

 

 ライカが一度だけ中央を見る。

 

「北へ寄せろ。薄くなった側を割る」

 

     ◇

 

 六通路すべての沈み方は同じではなかった。

 

 北側は厚い。

 

 第4通路の中央寄りも重い。

 

 南西はまだ薄い。

 

 攻撃を受けた場所から別方向へ厚みが移るなら、六方向から均等に殴る必要はない。

 

 むしろ、ばらばらに殴れば厚みもばらける。

 

 わたくしは中央基壇を離れ、第3通路と第4通路の間へ身体を入れた。

 

《第1形態 アーマードドラゴン》

 

 重い四脚。

 

 肩から背へ重なる外殻。

 

 第1000防衛では、わたくし自身を守るために使った身体。

 

 今回は違う。

 

 第4通路へ向かって膨らんできた泥の隆起へ、右肩から入る。

 

 衝撃が外殻へ広がる。

 

 前へ押し返さない。

 

 通路の中央から、少し外側へ身体を傾ける。

 

 泥が肩殻へ当たり、外へ滑る。

 

 白い通路の中央に、人が一人通れる幅が残った。

 

「通れますわ!」

 

 第4固定点側から二人が走る。

 

 わたくしの背後を抜け、厚みの少ない場所へ攻撃を置く。

 

 そこで初めて、イベント個体のHPが動いた。

 

《HP 94%》

 

 削れた。

 

 少なくとも、薄くなった場所への攻撃でHPが動いた。

 

 泥の隆起そのものを真正面から殴り続けた結果ではない。

 

     ◇

 

 第2固定点。

 

 ガルムが塔盾を構える。

 

 正面へ立てない。

 

 左足を半歩引き、盾面を斜めにする。

 

 泥が来る。

 

 塔盾へ当たった。

 

 重い音。

 

 それでもガルムは押し返さない。

 

 盾面を滑った泥が、通路中央から外周へ流れていく。

 

「盾じゃない。境界だ」

 

 短い声。

 

 その意味は、動きを見れば十分だった。

 

 泥を止める壁ではない。

 

 ここから内側へ入れないための面。

 

 正面で受け切るのではなく、外へ流すための境界。

 

 ガルムの後ろへ通路幅が残る。

 

 第1班の二人がそこを抜け、北側から攻撃を重ねた。

 

 北の泥がさらに厚くなる。

 

 反対側。

 

 南西では第5班の二人が白い通路の両端へ散った。

 

 泥の流れる線へ、左右から攻撃を置く。

 

 一撃ごとの威力は大きくない。

 

 けれど泥が避ける方向を減らしている。

 

 右へ流れれば右から触る。

 

 左へ広がれば左から押す。

 

 逃げ道が狭くなるほど、下から続いて出てくる泥は細い一本へ寄った。

 

「第5、そのまま幅を狭めろ!」

 

 ライカ。

 

「了解!」

 

 次の瞬間、第6通路がさらに沈んだ。

 

 そこにいた班が、全員で中央へ寄ろうとはしない。

 

「第6、二人だけ出せ! 三人は残せ!」

 

 ライカの指示。

 

 二人が走る。

 

 一人は予備装備を抱えて第4固定点へ。

 

 もう一人は途中で止まり、キリオ班が使っていた座標表示を受け取る。

 

 同じ技能を引き継ぐのではない。

 

 空いた手と位置で、いま必要な仕事だけを受ける。

 

 残った三人は第6通路を捨てない。

 

「全部を埋めるのではございませんのね」

 

「全部埋めたら、元の場所が空く」

 

 ライカが返す。

 

 当然のこと。

 

 でも、この戦場ではその当然を守る方が難しい。

 

     ◇

 

 ライカ班が北へ泥を寄せる。

 

 ガルム班が外周へ流す。

 

 第5班が南西側の流路を狭める。

 

 第6班の二人が欠けた場所だけを支える。

 

 その結果、中央へ戻ってきた泥の一本が細くなった。

 

 わたくしはそこへ入る。

 

 肩殻を正面から重ねる。

 

 押し返さない。

 

 補充の勢いだけを受ける。

 

 泥が外殻の曲面へ広がり、横へ流れる。

 

 中央南側。

 

 厚みが一段落ちた。

 

「キリオ様!」

 

「見えてるっす」

 

 第4固定点。

 

 弓はもう引かれていた。

 

 わたくしの肩越し。

 

 泥が薄くなった継ぎ目だけを狙う。

 

 一本。

 

 矢が入り、継ぎ目が裂ける。

 

 泥が崩れる。

 

《HP 82%》

 

 けれど、裂けた場所の下からすぐ次が盛り上がった。

 

「補充が続きますのね」

 

 壊したから終わりではない。

 

 足元から泥が出続けている。

 

 第5班の前衛二人が、補充される泥の両側へさらに寄る。

 

 攻撃を交互に置く。

 

 泥の幅が細くなる。

 

 そこへわたくしがもう一度肩を入れた。

 

 今度は守るためではなく、通路へ広がらせないために。

 

 泥が外殻へ貼りつく。

 

 厚くなる。

 

 そのぶん、別の場所が薄い。

 

「いまですの!」

 

 キリオの矢。

 

 左右から別班の攻撃。

 

《HP 76%》

 

 ここまで来て、ようやく戦い方が一本に繋がった。

 

 攻撃で泥を消す。

 

 ではない。

 

 どこを厚くさせるかを選ぶ。

 

 通路へ広がる泥を境界で外へ流す。

 

 流路を狭める。

 

 補充をわたくしの外殻で受ける。

 

 その結果、薄くなった継ぎ目だけを穿つ。

 

 ひとつ前の役割が、次の攻撃場所を作っている。

 

 六班と、わたくし。

 

 誰か一人の火力で成立している削り方ではありませんの。

 

     ◇

 

《残り 72:13》

《HP 76%》

 

 十五秒遅れの公開俯瞰でも、泥が北へ厚く寄っていることまでは見えているはずですの。

 

 ただ、各班の内部同期や対策署名の出典までは公開されない。

 

 見えるのは、六固定点と、第1形態のわたくしと、泥の動きだけ。

 

「集中、北へ寄せる!」

 

 第1固定点からライカがランスを振り抜く。

 

 北側の泥が膨らむ。

 

 第5班は南西通路の両側へ散り、補充線を二方向から絞る。

 

 第2固定点ではガルムが塔盾の角度を保ったまま足をずらした。

 

 泥を受けるたび、少しずつ外へ流す。

 

 わたくしは第4通路前へ身体を入れる。

 

 隆起を肩で受ける。

 

 中央南側の泥が薄くなった。

 

「そこっす!」

 

 キリオ。

 

 一本目。

 

 裂け目。

 

 二本目は急がない。

 

 裂けた線へ左右の班から攻撃が順番に入る。

 

 泥が別方向へ厚みを戻す前に、継ぎ目だけを広げる。

 

《HP 75%》

 

 中央の泥外殻が、縦に裂けた。

 

 黒い鏡面床が、一瞬だけ覗く。

 

 ――けれど、泥は消えていない。

 

 裂けた左右にも残っている。

 

 六通路の下にも、まだ濁った層が動いている。

 

「変化が――」

 

 言い切る前に、上空で光った。

 

 反射ではない。

 

 白い線。

 

 戦場上空に浮いていた断片から、細いものが垂れる。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 最初の一本が、六固定点の間へ向かって伸びた。

 

 泥は足元に残っている。

 

 それなのに、今度は上。

 

《第2段階 晶網相》

 

 白い結晶糸が、ゆっくりと広がる。

 

 対策署名にあった《上方:結晶糸》。

 

 けれど、何をする糸なのかはまだ分からない。

 

 拘束か。

 

 分断か。

 

 接触したら何が起きるのか。

 

 まだ何も取得していない。

 

 だから、見えることだけを言う。

 

「――次は上ですのね」

 

 足元には泥。

 

 頭上には糸。

 

 二つとも、同じ戦場に残っていましたの。

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