『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《千の残響》
《第2段階 晶網相》
《HP 75%》
最初の白い糸は、第1固定点と第4固定点の間へ落ちた。
地面へ届く前に横へ広がり、白い通路をまたぐ薄い壁になる。次が第2と第5、その次が第3と第6。三枚の壁が中央を囲み、さきほどまで自由に行き来できていた六方向を、三つの扇形へ分けた。
通信は切れていない。各班の声も位置表示も届く。
切られたのは、移動経路ですの。
「上を切りますの」
第1形態の残存耐久はまだある。
けれど、厚い四脚の身体で糸壁の間を回るより、いま必要なのは上から交点を選べる身体だ。
任意移行を選ぶ。
《第2形態》
足裏へかかっていた重さが抜けた。
刃状の前肢を開き、白い壁を作っている糸を目で追う。一本だけを見れば細い。けれど上へ辿ると、複数の線が交わる白い形成点へ集まっている。
そこを切れば崩せるかもしれない。
ただし、その下には味方がいる。
その直下と向こう側には味方がいる。第1固定点の向こうに第4班。別の壁の向こうには第2班と第5班。形成点だけ見て刃を振れば、切断後の射線まで読めない。
糸が危険だからといって、味方ごと切るわけにはまいりませんの。
糸壁の切れ目へ回り込み、刃が届く形成点を探す。
まだ振らない。
◇
第5通路のさらに外側で、白い光が縦に伸びた。
門。
戦闘終了時に使う転送経路とよく似ている。
《戦場外転送経路》
一瞬だけ、正規の終了口と同じ表示形式に見えた。
けれど、管理AIの照合が重なる。
《管理AI署名:なし》
《未登録出口。進入禁止》
「第5、下がれ!」
ライカの声が飛ぶ。
第5班の前衛二人が門から距離を取る。最後尾の一人も足を引いた、その直後だった。
門の下端から細い糸が一本落ちた。
床へ着いた白線が、黒い鏡面の上を這う。
「接触!」
右足首。
避け切れない。
糸が触れた。
HP表示を見る。
減っていない。
状態異常欄を見る。
何も出ない。
《状態IDなし》
《未登録接続》
「状態名はありません」
だから安全、ではない。
本人が左足を一歩出す。
右足だけが半拍遅れた。
自分で動かしているのに、身体の返りが揃っていない。
救護役が拘束解除を飛ばす。白い光が足首を包む。
変化なし。
別の一人が状態回復薬を開いた。
《対象取得不能》
「既知解除は止めますの!」
状態IDがない以上、既知の解除処理では対象を取れない。
その間にも足首の糸は太くなった。
白い薄殻が脛を覆い、膝を越える。腰、肩へ這い上がる。肩からさらに一本が伸び、本人の身体側を通って頭上へ続いた。
「動かすな! 周囲を空けろ!」
ライカ。
左右の二人が一歩ずつ離れる。
第5通路の中央に、白い外殻をまとった一人だけが残った。
本人ごと孤立させるのではない。
次に何が増えても、別の人へ接触を広げないための空間を作る。
◇
《匿名対策署名照合》
《部分一致》
わたくしの視界へ、保全済み記録から抽出された匿名署名と現在観測が重なる。
足首から始まった付着。
本人の操作入力に対して半拍遅れる身体反応。
肩から上空へ伸びる接続線。
誰の記録かは出ない。
過去の映像も、欠落時間も出ない。
必要なのは、いま目の前の一人を戻すための照合結果だけ。
《主観記録 多重保存》
《戦闘ログ分離》
《保護領域退避》
保存処理はシステムと管理AI側。
わたくしが見るべきは、その保存先へ現在の本人情報が届き続けるかですの。
「セラ、同期だけ!」
「維持する!」
第3固定点で救護表示が切り替わる。
回復量の出力が下がり、代わりに付着した隊員の操作入力と現在感覚を保護領域へ繋ぐ同期線が太くなる。
治すのではない。
まず、本人が本人のまま戻れる線を切らさない。
第5通路までの直線は白い糸壁に塞がれている。壁の端に、一人が身体を横へすれば抜けられる程度の隙間だけが残っていた。
ガルムが塔盾を身体の横へ寄せる。
正面に構えれば通れない。
肩幅を狭め、盾ごと隙間を抜けた。
付着した隊員の左斜め前で止まる。
塔盾を白い外殻へ叩きつけない。
下端を床へつけ、薄い側面だけを本人の身体と外殻の境目へ滑り込ませる。
「境界固定!」
外殻が盾の縁へ触れた。
そのまま盾側へ薄く伸びようとする。
ガルムは押し返さない。左手を引き、塔盾の上端だけを外へ傾ける。
伸びかけた白い殻が盾面へ沿って外側へずれた。
本人側へ戻らない。
「その角度で止めてくださいませ!」
「動かさん!」
境界ができた。
本人と、付着しているものの間に。
ここまで来て、ようやく切る対象を分けて見られる。
◇
第2形態のまま、第5通路側へ走る。
地上の本人から伸びる白線を、足元から順に追う。
第4固定点ではキリオが弓を上げている。
四本。
同じ方向には伸びていない。
一本目は、足首から肩まで本人の身体へ沿ったまま残っている。
操作入力と身体反応の遅れに重なって見える線。
二本目は、肩の外殻から床へ下り、足元に残っている泥外殻へ繋がる。
三本目は肩から頭上へ伸び、三本の結晶糸が交わる白い形成点へ戻る。
最後の一本は床すれすれに第5通路の外へ走り、さきほどの未登録出口へ繋がっていた。
四本全部を切ればいいわけではない。
一本目は本人の身体側へ沿っている。安全に分離できる境界が確認できるまでは、そこへ刃を入れない。
「本人側の一本は撃たないっす」
キリオの照準も、同じ一本を外している。
「ええ。いまは触れませんの」
状態名はなくても。
接続先の違いは見える。
まず、本人から遠い三本を一つずつ切り分けますの。
キリオが弓を引き切る。
最初の矢は低い。
第4固定点から白い通路の上を走り、肩の外殻から泥へ下りていた一本だけを途中で穿つ。
線が切れた。
足元の泥側へ伸びていた白線が消える。
その返りを見てから本人を見る。
肩を覆っていた外殻が、わずかに薄くなった。
一つ切っても、本人側へ沿う一本は変わらず残っている。
「次、上ですの!」
三本の結晶糸が交わる白い結節を見上げる。
壁全部を消すのではない。
本人へ伸びている接続の戻り先、その外縁だけ。
結節の真下へ踏み込み、石床を蹴る。
跳び上がった勢いのまま、刃状の前肢を横へ振る。
白い結節が裂けた。
下に張られていた糸壁が、上から片側ずつほどける。
完全には消えない。
別の固定点間にはまだ白い糸が残る。
その代わり。
未登録出口へ伸びる最後の一本だけが、目に見えて太くなった。
「ガルム、そのまま!」
「動かさん!」
第3固定点のセラも同期線を維持したまま。
キリオが三本目の矢をつがえる。
門そのものへは向けない。
未登録出口を壊した時、どこへ処理が返るかは分からない。
狙うのは、床すれすれを走る線が門へ入る、その少し手前。
矢が放たれた。
白線だけを穿つ。
切れた。
本人の肩から外殻が浮く。
ガルムが盾の角度を崩さないまま、半歩だけ外へ離した。
白い殻が本人の身体を追わず、盾面の外側へ滑る。
肩。
脇。
脚。
最後に足首。
本人から外れた。
《外殻断片 封印》
《現在主観記録欠落:検出なし》
そこで初めて、息を吐く。
本人が右手を開く。
閉じる。
次に自分で腕を上げた。
遅れない。
「動ける」
「よろしいですの」
状態の名前は最後まで出なかった。
何だったのかも、誰がそうしたのかも、分からない。
それでも。
本人側へ沿う一本には触れず、泥へ行く線を切る。
上空の形成点へ戻る線を切る。
未登録出口へ入る線を切る。
名前を知らなくても、接続先を分ければ、少なくとも本人を巻き込まずに外せましたの。
ガルムが救助した隊員を内周へ下がらせる。
第5班の残りが、空いた通路をもう一度開く。
◇
足元には、まだ泥が残っている。
頭上にも、切り切らなかった結晶糸が残っている。
救助が終わったから、第2段階そのものが消えたわけではない。
頭上に残る白い形成点へ、複数の射線が重なる。
《HP 50%》
白い交点が赤く光った。
糸が消えるのではない。
赤い光が、その交点から下へ走る。
地面へ届くより先に、四本の脚の輪郭ができた。
胴。
背。
けれど、頭部はない。
赤い放電だけをまとった四脚の影が、上空から落ちてくる。
《第3段階 雷影相》
着地より先に、脚の構造だけが見える。
高速移動に向いた形には見える。
けれど、実際にどう動くかまではまだ分からない。
泥も残っている。
糸も残っている。
その上へ、今度は赤い四脚が加わりましたの。