『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第005話 一人分の配信ですわ
「おーっほっほっほ! 本日も参りますわよ!」
配信開始と同時に、三つの公開窓を並べた。
《周年名場面投票》
《次回配信相談》
《城攻め映像・二次利用申請》
《配信コメント》
名無しの領民:三つある
名無しの領民:今日は忙しい
名無しの領民:城主が三人いる
名無しの領民:増えた?
「増えておりませんの」
まず周年名場面投票を見る。
八周年配信で使った過去映像が一位になっていた。結果は保存する。けれど、その票数で過去の事実まで書き換わりはしない。
「人気と公式記録は別ですの」
《配信コメント》
名無しの領民:一位なのに?
名無しの領民:人気投票なんだから一位でいいじゃん
名無しの領民:記録は記録ってこと?
名無しの領民:城主こういうとこ固い
「投票結果は投票結果として残しますわ。それと、何が実際に起きたかは別でしょう?」
保存を終えると、その窓は開いたまま次回配信相談へ視線を移す。
《質問》
《次の城攻めで攻略側が使ってきそうな対策は?》
候補欄には視聴者の予想がいくつも並んでいる。
公開済みの戦闘から言えることはある。まだ使われてもいない対策に、もっともらしい答えを作る必要はない。
「未確認の対策は答えませんわ」
《配信コメント》
名無しの領民:予想もなし?
名無しの領民:城主なら読めるでしょ
名無しの領民:予想と確定を分ける女
名無しの領民:また始まった
「予想として遊ぶなら構いませんの。でも、確認した事実のようには申し上げませんわ」
そのまま三つ目。
城攻め映像の二次利用申請には、使用希望区間が示されている。映像そのものは公開済みだが、途中で別参加者の音声が重なっていた。
重複区間だけを、当人の確認待ちへ回した。
《配信コメント》
名無しの領民:待って
名無しの領民:今三つやった?
名無しの領民:裏に何人いるの
名無しの領民:投票担当?
名無しの領民:今来た 城主増えた?
名無しの領民:最低三人
「一人分ですわ」
《配信コメント》
名無しの領民:一人分とは
名無しの領民:今来た 三人いるの?
名無しの領民:城主が増殖してる
名無しの領民:草
名無しの領民:中の人複数説、再浮上
「なぜ増やしたがりますの?」
周年投票へ戻る。
二位の候補を開き、採用条件を確認する。票が多いことと、今回の用途に合うことは別なので保留。
次回配信相談へ戻る。
視聴者から追加された質問のうち、答えられるものだけを拾う。確認できていないものには、答えをつけない。
二次利用申請へ戻る。
返答待ちの区間は、そのまま待つ。
三つとも別の仕事で、別の理由で止まっている。
けれど、こちらの都合で答えを作らない点だけは同じですの。
《配信コメント》
名無しの領民:三窓とも保留で草
名無しの領民:誰も決めない
名無しの領民:全員性格似すぎでは?
名無しの領民:今来た 誰の会社?
名無しの領民:教育が行き届いてる
「だから一人ですの!」
《音声参加申請:ライカ》
表示された名前を見て、そのまま許可する。
『決めないところまで全部同じだ。嫌になるほどお前だよ』
「接続直後に失礼ですの」
『褒めてる』
「どこがですの?」
『三つとも、勝手に答えを決めないところ』
言われて三つの窓を見る。
投票結果。
未確認の質問。
返答待ちの申請。
確かに、どれも途中で止まっている。
けれど、それぞれ止めた理由がありますの。
《配信コメント》
名無しの領民:ライカ証言入りました
名無しの領民:一人らしい
名無しの領民:いや声しか聞いてないぞ
名無しの領民:むしろ説が増えた
名無しの領民:草
「減らすお話をしていたはずですのに!」
『本人が何言っても設定扱いされるんだから無理だろ』
「諦めが早すぎませんこと?」
《配信コメント》
名無しの領民:じゃあ同時に高笑いできる?
名無しの領民:三窓で同時に
名無しの領民:一人なら一声だよな
名無しの領民:証明チャンス
「同じ音声を三つ流しても、一人分の証明にはなりませんの」
『で、やるのか』
「一度だけですわよ!」
扇子を開く。
三つの窓は、それぞれ別の内容を表示したまま並んでいる。
わたくしはその中央で息を整え――。
「おーっほっほっほっほ!」
三つの窓へ、一つの声が通った。
《配信コメント》
名無しの領民:証明になってない
名無しの領民:録音?
名無しの領民:同時って何
名無しの領民:音圧は一人分じゃない
名無しの領民:悪化した
「ですから先に申し上げましたの!」
『もう諦めろ』
「諦めませんわ!」
◇
その後は、普通の配信へ戻った。
名場面二位は今回不採用。次回企画は候補のまま。二次利用申請は本人の返答待ち。
一つ処理するたびに、コメント欄では「投票担当」「企画担当」「申請担当」と存在しない担当者が増えていったけれど、訂正しても減らないので途中から拾うのをやめた。
《配信コメント》
名無しの領民:今質問担当が戻ってきた
名無しの領民:投票担当と口調同じ
名無しの領民:全員ですわって言う職場
名無しの領民:今来た 何人いるの?
名無しの領民:採用条件厳しそう
「存在しない職場の採用条件を作らないでくださいませ」
やがて、ライカが通話を切る。
『反省会で』
「逃げましたわね?」
『時間だ』
「正当な理由を出さないでくださいませ!」
返事の代わりに音声参加表示が消えた。
《配信コメント》
名無しの領民:逃げた
名無しの領民:ちゃんと予定があるだけ
名無しの領民:反省会でまた会うじゃん
「分かっておりますの!」
城攻めの雑談をして、残った質問を拾い、最後には本日の高笑い回数を数えていた視聴者を叱る。
「回数を数えるために配信しているのではございませんわ!」
《配信コメント》
名無しの領民:本日二回
名無しの領民:三窓だから六回?
名無しの領民:もう分からん
名無しの領民:草
「増やさないでくださいませ!」
そのまま笑いに流されながら、配信を終了した。
◇
三つの公開記録を統合する。
別々に並んでいた三つの窓が、一つの記録へ順に収まる。今日の処理に問題はない。
統合を終えたところで、自動検出一覧に一件だけ印が残った。
《音声差分検出》
《長さ:0.82秒》
《発生:前回配信・BGM切替直後》
《再現:なし》
「残りましたのね」
前回、一度だけ混ざった低い音。再同期後には戻らなくても、元の記録へ入った0.82秒までは消えていない。
確認用に切り出し、既存の公開素材ライブラリと照合する。
《完全一致:なし》
竜型の咆哮は、高さも立ち上がりも違う。
大型獣の環境音は一部だけ似ている。破損素材も、同じものではない。
候補を閉じる。
0.82秒。
短い音から、存在しない続きまで作ることはできない。
《再同期後:再現なし》
《関連異常ログ:なし》
再現せず、既存素材とも一致しない。だからといって、別の何かだと決める材料にもならない。
《分類:未確定・孤立音》
《再利用素材:対象外》
「素材には使いませんの」
元の配信記録はそのまま保持する。
消す必要はない。
今回の照合のために作った0.82秒の切り出しだけを処理対象へ移した。
《原記録:保持》
《確認用孤立音:破棄》
《追加調査:なし》
実行する。
確認用の一行だけが一覧から消えた。
原因は分からず、再現もしない。ここから先を事件にする理由はない。
空いた場所へ、次の予定が上がってきた。
《次回予定》
《第36回城攻め・反省会》
開く。
《進入開始時の隊列》
《北側射線形成》
《左翼損傷後の追撃判断》
「……」
下へ送る。
まだ続く。
参加者別の確認欄まで並んでいる。
0.82秒だった表示の跡は、もうどこにもない。
代わりに目の前には、次に確認すべき記録が三十人分。
「一秒にも満たない音声より、三十人分の確認事項のほうがよほど手がかかりますわね」
反省会の先頭へ戻り、最初の項目を開いた。