『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《千の残響》
《第3段階 雷影相》
《HP 50%》
上空から落ちた赤い四脚は、黒い床へ触れた瞬間に走り出した。
中央へは来ない。
泥の残る通路を蹴り、第5固定点のさらに外――終了処理側へ近い外周へ向かう。
「追う!」
第5班の一人が反射的に前へ出る。
「追うな。来る場所を塞げ」
ライカの声が先に届いた。
踏み出しかけた隊員が止まり、その場で身体を返す。四脚の背を追うのではなく、南西の白い通路へ走った。もう一人も少し角度を変えて続く。
わたくしも第2形態のまま、外周へ消えかける赤い輪郭を見る。
追えば距離は縮められるかもしれない。
けれど、足元には泥が残り、頭上には切り切っていない結晶糸がある。
その間を三十人で追走すれば、こちらから隊列を崩すことになる。
それだけではありませんの。
◇
赤い四脚が泥を踏んだ。
一歩目。
輪郭の後ろ半分が薄れる。
二歩目。
消えかけた脚が前方で作り直される。
三歩目では、身体の中心まで一度ほどけたように見えたあと、進行方向へ少し先んじた位置に四脚の形が揃った。
同じ身体が地面を蹴って移動しただけ、とは見えない。
「進行先で、形を作り直しているように見えますのね」
言葉にしてから、もう一度見る。
第5班の二人が南西通路の左右へ散り、四脚の前方へ射撃を一本ずつ置いた。
赤い輪郭が射線へ届く直前にほどける。
次に形が出たのは右側。
しかも、消えた場所と現れた場所の間に、細い放電が一拍遅れて残った。
「来るぞ!」
第2固定点からガルムが走る。
塔盾を真正面には置かない。
再形成された四脚が走り出す線へ、盾面を斜めに差し込む。
赤い肩の輪郭が外縁を擦った。
ガルムは止めようと踏ん張らず、右足を引きながら盾の角度を開く。
「右へ流す!」
四脚の進行線が右へずれた。
その先には、第5班が先回りしている。
二人の射線が交差する。
赤い輪郭がまたほどける。
次に出られる位置が一つ減ったぶん、再形成先は中央寄りになった。
追っていない。
いまいる場所を囲んでもいない。
次に形を作れそうな場所だけを狭めていますの。
◇
第2形態の残存耐久表示が視界端に残っている。
近距離なら、この身体でも切り込める。
けれど、相手が次に形を作る候補地は六方向へ散る。地上から一つずつ追えば、また背中を追うことになる。
残っている耐久を使い切る理由はない。
任意移行。
《第3形態》
翼が開く。
地面を蹴り、六固定点が同時に見える高さまで上がる。
赤い四脚そのものへ照準は置かない。
先。
左外周。
第4通路との間。
次に形が出そうな空間へ先に射撃を落とす。
白い光が床へ刺さった。
四脚の輪郭がほどける。
現れたのは右側。
そこへ第5班が射線を置く。
さらに中央寄り。
今度はガルムの盾面が待っている。
速さへ勝つのではない。
受ける場所を変えれば、次に出られる場所も変わる。
「もう一度、内側へ!」
第5班が追わずに位置を詰める。
ガルムも四脚へ寄らない。中央側へ流せる角度だけを取り直す。
速く動けても、出られる場所が少なければいい。
◇
キリオ班の照準だけが、四脚の胴から少し外れていた。
赤い輪郭が崩れる。
泥と結晶糸の間で、次の前脚が作られ始める。
その一瞬だけ。
床の泥から新しい前脚へ、細い赤線が伸びた。
「再形成線、見えたっす」
「撃て!」
ライカ。
キリオの矢は胴を狙わない。
赤線の中央へ入る。
線が弾けた。
作られかけていた前脚が遅れ、着く位置がずれる。
四脚の姿勢が崩れたところへ、第1班と第5班の攻撃が重なった。
《HP 37%》
削れる。
赤線を切ったから必ずHPが減る、とまではまだ言わない。
けれど、再形成が遅れた瞬間に通常攻撃が通ったことは見えた。
「同じ機会を作りますの!」
第3固定点の外側で、一人が雷撃を受けて戦闘不能になる。
前にいた人が消え、その通路だけが空いた。
「第6班、第3固定点の外を代行!」
第6班から二人が走る。
一人は戦闘不能者を内側へ引く。
もう一人はその外へ入り、空いた通路へ武器を向ける。
倒れた本人の技能を引き継いだわけではない。
空いた位置と、そこから残すべき仕事だけを受け取る。
他の班は一斉に押し込まない。
攻撃した班が下がる。
後ろから別班が一歩出る。
消耗した装備は交換する。
蘇生も使う。
けれど、終盤まで残す分までここで使い切らない。
《HP 28%》
◇
足元の泥は消えていない。
頭上にも結晶糸が残る。
その間を赤い四脚が何度もほどけ、別の場所で作り直される。
三つの現象が同じ戦場に残っている。
それ以上の関係は、まだ決めない。
ライカが北側へランスを振る。
四脚が南へ折れる。
ガルムが斜めの盾面を入れ、走行線を外へ逃がす。
第5班は、その先へ先回りする。
わたくしは上から、さらに外側の再形成候補へ射撃を置く。
出口側へ行ける空間が減る。
四脚の次の輪郭が中央寄りへ出た。
「キリオ!」
「見えてるっす!」
赤線。
矢。
前脚が遅れる。
第6班の一人が、損耗した班の外周位置へ入って射線を一本残す。
第3固定点ではセラが同期経路を維持したまま、戦闘不能者の復帰側を切らさない。
六班が同じ場所へ集まらず、攻撃した班から順に引き、空いた側へ次の班が入る。
追撃ではない。
輪転ですの。
わたくしも四脚を追わない。
上から見える、次に使えそうな場所だけを一つずつ潰す。
《HP 21%》
四脚の進路が、さらに中央へ寄った。
◇
中央へ一本、味方の射線が通る。
白い粒子が内側へ押し潰された。
その瞬間。
音ではないものが、わたくしの内側を横切った。
耳から入ったわけではない。
戦場音声にもない。
短い高音に似た波形。
《外部音声入力:該当なし》
《A.S.T.R.A. Sync内部同期層:未分類波形》
息が一瞬だけ止まる。
「……悲鳴に、似て」
口にしてから、すぐに切る。
似て聞こえただけですの。悲鳴だと確認できたわけではない。
「今の波形、共有されておりますの?」
第1固定点のライカがこちらを見る。
「何も聞こえてない」
ライカ側には届いていない。
わたくしのA.S.T.R.A. Sync内部同期層だけ。
それも、一度。
一度だけなら止める根拠には足りない。
ですが、同じ刺激を重ねる理由もありませんの。
中央へ、もう一本の射線が入る。
白い粒子が同じ向きへ潰れた。
同じ位置。
同じタイミング。
同じ波形が、もう一度だけ内部同期層へ走る。
《未分類波形:再現一致》
「中央射線、止めてくださいませ」
「理由」
「未分類の反応ですの。確認前の刺激は危険と判断しますわ」
ライカは問いを重ねない。
片手を上げた。
「中央、外せ!」
中央へ向いていた照準が順にずれる。
赤い四脚へ通す射線も、白い粒子が集まる中心だけは避ける。
その状態で、最後の通常攻撃が外側へ入った。
《HP 20%》
《通常耐久減少、停止》
数字が止まる。
「攻撃停止。中心を見ろ」
ライカの声。
三十人の武器が止まった。
わたくしも翼上の射撃を切る。
◇
中央に残っていた泥外殻へ、縦の亀裂が入った。
左右へ剥がれ落ちる。
その奥から、五つの環が露出する。
同じ大きさではない。
位置も違う。
一つは低い。
一つは斜め上。
残る三つも、別々の方向へ細い線を伸ばしている。
表示される機能名はない。
まだ、どれが何をする環なのかは分からない。
そして五つの環の中央。
白い縦光が一本だけ残っている。
わたくしは第3形態の照準を一つの環へ合わせた。
白い中心が、その奥へ重なる。
角度を変える。
やはり重なる。
別の環。
そこでも同じ。
環だけを撃とうとすると、その先に白い中心が入る。
近距離なら第2形態の刃で切れるかもしれない。
第1形態なら、周囲を受け止められるかもしれない。
第3形態なら、離れた位置から各線を見分けられる。
けれど。
五つの環だけへ作用し、中央を刺激せずに済む方法は、まだ取れていない。
第4形態の所有表示が、視界端には残っている。
未起動。
未検証。
今ここでは、まだ触らない。
わたくしの照準の中で、機能の分からない五つの環と、正体を決めてはいけない白い縦光が、同じ中心へ重なっていましたの。