『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《世界レイド残り時間 23:00》
五環と中央基壇、その外側を囲む六つの固定点を同じ視界へ入れる。
第4形態《レギナ》の胸部感覚を広げれば、位置だけなら全部見える。
けれど、見えることと、一人で維持できることは別ですの。
泥外殻はまだ足元から押し上がり、切り残した結晶糸も上空に残っている。外周では赤い放電が短く走る。その中央で、五つの環だけが白い縦光を囲んで回り続けていた。
ここから切る。
その前に、切っている間も崩れない場所を作る。
「正式作戦《五環分離》を開始しますの」
《正式作戦名を登録》
《五環分離》
《第1工程:六点固定》
中央から外周へ、六本の固定線が表示される。
第1固定点は北。
第2は北東。
そこから時計回りに、第3、第4、第5、第6。
わたくしが線を見ている間に、鋼路戦団の三十人が動き始めた。
「第1、正面を取る。第2は境界。第3は同期維持。第4は接続点。第5、外周を狭めろ。第6は空いた場所だけ埋めろ」
ライカの指示は短い。
誰が強いかではなく、どこを残すかだけが六方向へ飛ぶ。
五人ずつ、六班。
わたくし一人の身体へ積めなかった役割が、外周へ分かれていく。
◇
最初に押されたのは第2固定点だった。
足元から泥外殻が盛り上がり、白い固定線を下から持ち上げる。
ガルムは塔盾を正面へ向けない。
左足を引く。
盾面を斜めにする。
泥が当たった。
重い衝撃で盾の縁が沈む。
それでも押し返さない。
「受けるな。外へ流す!」
盾を傾けたまま、ガルムが半歩ずつ横へずれる。
泥が塔盾の表面を滑り、固定点の外側へ流れる。
中央へ向いていた厚みが、少しずつ外へ逃げた。
盾の内側。
一人が通れるだけの幅が残る。
「第6、一人入れ!」
第6班から一人が走る。
ガルムの背後を抜け、第2固定点の後ろへ膝をついた。
固定具を床へ落とす。
《外殻支持線:第2》
《固定》
《第2固定点:成立》
泥は消えていない。
ガルムもその場から離れない。
第6班の一人が第2へ入ったからといって、ガルムの技能を代わりに使うわけでもない。
空いた手で、固定すべき線を保持する。
それだけ。
でも、その一人がいるからガルムは泥の境界へ集中できますの。
◇
白い結晶糸が上から落ちる。
第4固定点。
キリオが弓を上げた。
糸そのものへは撃たない。
三本が交わる白い結節へ、一本。
「今は中央に近い線を切らないっす」
「ええ。固定点側だけですの」
矢が飛ぶ。
白い交点の外縁だけを穿った。
糸壁が左右へほどける。
一枚全部が消えたわけではない。
中央側の線も残っている。
けれど、第4固定点へ落ちていた張力だけが緩んだ。
《外殻支持線:第4》
《固定》
《第4固定点:成立》
キリオは次の矢をつがえたまま、五環へ照準を移さない。
まだですの。
今は道を作る工程。
切断対象が見えていても、先に切らない。
◇
第3固定点では、セラ班が中央へ近づかない。
白い縦光との間に出ている同期表示を、第3点から維持している。
「記録保護はシステムと管理AI。セラは自存環への同期を維持してください」
「了解。保存側には触らない。現在同期だけ持つ!」
セラの手元に並ぶのは、保存処理そのものではない。
中心側へ残す同期経路。
復帰可能な線。
その二つだけ。
《同期経路:維持》
《外殻支持線:第3》
《固定》
《第3固定点:成立》
中央の白い縦光は変わらない。
自存環も回り続けている。
こちらから刺激を入れていない。
それを確認して、次を見る。
◇
第1固定点ではライカ班が正面の泥を押し返していた。
真正面から潰すのではない。
攻撃を左右へ散らし、中央へ厚みが集まらない角度を作っている。
《第1固定点:成立》
第5固定点では、外周へ伸びる《終了接続環》の線の前へ妨害板が二枚置かれた。
一直線には並べない。
一枚目が進路を右へずらす。
二枚目が、その先の幅をさらに狭める。
終了処理側へ伸びていた線が、板の間を通れる側へ経路をずらした。
環本体を動かした、とまでは言わない。
少なくとも、外へ伸びる接続線の通れる幅は狭くなった。
「第5、そのまま。閉じ切るな」
「了解!」
完全に塞いだ時、どこへ接続が返るかはまだ分からない。
だから出口は一方向だけ残す。
《外殻支持線:第5》
《固定》
《第5固定点:成立》
最後の第6固定点。
さきほど一人を第2へ送った班は、残る四人で位置を詰めている。
足りない一人分を、技能で埋めようとはしない。
固定線の保持。
周辺監視。
退路。
いま残っている四人で維持できる範囲へ役割を減らしている。
《外殻支持線:第6》
《固定》
《第6固定点:成立》
六つ。
全部が白く点いた。
《第1工程:六点固定 完了》
◇
六本の外殻支持線が固定された途端、中央の見え方が変わった。
泥と糸と赤い放電が消えたわけではない。
外側から中心へ押し込んでいた動きが、六方向でそれぞれ受け持たれた。
中央だけが、少し静かになる。
《第2工程:中枢周辺安定化》
五環。
中央の白い縦光。
その周囲に残る外殻。
六方向から張られた支持線によって、外側の揺れが小さくなる。
胸部感覚を絞る。
《終了接続環》。
《権限環》。
《履歴環》。
《取得環》。
《自存環》。
五つを順番に見分ける。
切るべき四つの接続点には、キリオ班の照準補助が重なる。
ただし矢はまだ飛ばない。
中央に近い線へは一つも触れていない。
自存環側の同期は、第3固定点から維持されたまま。
第5班は終了処理側の進路を一方向へ狭めている。
第6班は第2へ一人出した状態でも、残る固定点を捨てていない。
ひとつの仕事を、一人へ集めていない。
六班全部で、中心へ触らずに外側だけを押さえている。
《第2工程:中枢周辺安定化 完了》
◇
《第3工程:切断進路確保》
中央基壇まで、まだ距離がある。
三メートルほど。
たった三メートル。
第2形態なら一歩で詰められる距離。
第3形態なら射線だけ通せる距離。
でも今のわたくしは、第4形態《レギナ》。
右腕にはこれから分離刃を作る。
左腕には中心側を守るための防壁を残す。
胸部感覚は五環識別へ使う。
脚部は、切断中に位置を持っていかれないために必要。
その状態で、泥も糸も六方向も自分一人で押さえながら三メートル進む余裕はない。
ライカ班が正面の泥を左右へ分ける。
ガルム班が横から来た外殻を防壁の外へ流す。
第4固定点からキリオの照準線が、中央を避けて四環の外側へ並ぶ。
第5班の妨害板が、終了処理側へ伸びる線を西寄りへ追い込む。
第6班が一人抜けた位置へ入り、支持線を落とさない。
その間に。
中央までの黒い床が、一本だけ空いた。
「進路、開いた!」
ライカ。
わたくしは初めて前へ出る。
一歩。
泥は来ない。
二歩目。
結晶糸は中央線へ入ってこない。
三歩目。
白い縦光まで、約三メートル。
わたくし自身が作った三メートルではない。
三十人が、六方向でそれぞれ不足を受け持った結果ですの。
中央基壇へ足を置く。
脚部固定を起動。
黒い足裏から白い杭が左右へ伸び、基壇へ沈む。
《脚部固定》
軽い身体が、床へ止まる。
これで第1形態と同じ重量になったわけではない。
押圧を受ければ、なお位置を失う可能性はある。
ただ、切断位置から勝手に滑り出す余地は減った。
◇
右前腕の構成を開く。
分離刃。
背部短翼は六方向誘導へ。
左腕防壁は中心側へ残す。
胸部識別は維持。
いま必要な変更だけを予約する。
《構成変更予約》
《背部短翼:六方向誘導準備》
《右腕:分離刃形成予約》
《実行待機》
予約を積んだ瞬間、視界端の負荷表示が上がった。
《再構成負荷 70》
赤い発光線が、一度消える。
戻る。
また消える。
《負荷70以上》
《再構成時間:1.5倍》
《感覚更新:0.1秒遅延》
「再構成負荷70。感覚更新に遅延」
声に出した直後。
第5固定点の位置表示が、ほんの一拍遅れて動いた。
実際にはもう半歩右へ移っている。
視界へ返った更新だけが遅い。
〇・一秒。
平時なら短い。
五環の細線を切る時には、十分に危険ですの。
「更新遅延込みで照準を出すっす」
キリオ。
「第5、動いたら声も入れろ。表示だけに任せるな」
ライカ。
「了解!」
視界の遅れを、わたくしだけで補正しようとしない。
位置は声でも渡す。
接続点はキリオが現位置から照準を出す。
固定点は各班が自分で維持する。
わたくしが見るべきものを減らす。
右腕だけを、切断へ使えるようにする。
ようやく。
本当にようやく。
わたくしは「切る側」だけへ寄れましたの。
◇
《第1工程:六点固定 完了》
《第2工程:中枢周辺安定化 完了》
《第3工程:切断進路確保 完了》
《第1対象:終了接続環》
《第2対象:権限環》
《第3対象:履歴環》
《第4対象:取得環》
《保護対象:自存環》
並んだ順番を見る。
順番は、まだ結果ではない。
一つ切ったあと、世界がどう返るかも分からない。
だから四つ同時には切らない。
最初の一つを処理して、返りを見る。
そのための六点。
そのための三メートル。
そのための三十人ですの。
《残り 15:00》
右腕の白い装甲が細くなり、分離刃の輪郭が浮かぶ。
まだ切らない。
最初の照準が、《終了接続環》から外へ伸びる一本へ重なる。
「わたくし一人では足りませんの」
言ってから、六方向を見る。
ライカは正面を向いたまま返した。
「知ってる。だから三十人いる」
十分ですの。
刃先を、接続線の外縁へ合わせる。
ここから先は、環を壊す戦いではない。
外へ伸びているものだけを、一つずつ分けますの。