『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《世界レイド残り時間 03:00》
声にした三秒は、もうわたくしだけの数字ではない。
右腕の分離刃はある。左腕の半球防壁も、脚部の固定も残っている。身体も動く。ただ、必要な形へ選び直せない。
《再構成負荷 100》
《再構成不能 3秒》
半球防壁の内側には《自存環》と白い中心構造。外には、すでに切り離した四環側の残骸と、まだ中央へ戻っている一本だけの線がある。
《取得環》から伸びた、最後の最細線。
細すぎるから難しいのではない。防壁の縁へ沿うように潜り込み、守る側と切る側の境界をかすめている。いまの刃でも届くが、切るべき一本だけを選べる角度ではない。
だから右腕を変えようとした。
同時に、左腕の防壁もその切断角度へ合わせ直そうとした。
そこで、負荷が上限へ届いた。
その三秒を、わたくしは六つの固定点へ渡した。
「三秒、全員で持つ」
返ってきたライカの声は、それだけだった。
《固定カウント 3.0》
中央を囲む六点が、一斉に仕事を変える。
わたくしの右側では、外周から押し戻されてきた泥の塊が防壁の縁へ重なろうとしていた。ガルムがそこへ塔盾を差し込み、正面から押し返すのではなく、半球の外へ流す角度で受ける。盾の下端が沈み、重装の足がわずかにずれたが、後ろの一人が空いた側へ入り、縁を浮かせない。
反対側では、セラの班が中央側へ通していた同期線を保つ。防壁を厚くするためではない。守る対象がどこにあり、外へ切り離す側がどこまでなのか、その境界を三秒のあいだ失わないための線だ。
上では結晶糸がほどけきらずに垂れ、下では泥がまだ押してくる。外周の向こうでは赤い放電が短く走った。
キリオの班は撃たない。
最後の線そのものへ矢を入れれば早い。けれど、その先は白い中心構造へ近すぎる。二人の射線は切断対象ではなく、そこへ重なろうとする残骸の進路に置かれていた。
撃てるから撃つのではなく、わたくしが切れる三秒後まで、切る場所を残すために。
《2.0》
左前方の固定点が、泥の押圧で一瞬だけ浅くなる。
人が倒れたわけではない。固定そのものが抜ける前に、第6班の一人が横から入った。元の担当が半歩ずれて荷重を逃がし、その空いた位置を代行が埋める。六点の形は崩れない。
誰が入ったのかを確かめる必要はなかった。空いた位置が埋まり、六点が残る。それで十分だった。
第5班は外周を閉じたまま、中央へ寄ってこない。
助けに来ないのではない。外へ逃がしたものを戻さないために、そこを離れない。
わたくしの前へ人が集まらないからこそ、六つの場所が持つ。
右腕を動かしてみる。分離刃は問題なく追従する。
動けるのに、次の形だけは選べない。判断はもう終わっているのに、身体側の制約が解除されるまで先へ進めない三秒だった。
ならば、この刃で無理に埋める必要はない。
一本の最細線が、防壁の縁でかすかに震えた。その向こうにある白い中心構造は、まだ残っている。《自存環》も維持されている。
わたくしが見るものを減らすために、三十人へ役割を渡した。
いま、その答えが目の前にある。
《1.0》
上から落ちた結晶糸が、残線へ重なる軌道に入る。
キリオの矢が一本だけ走った。
狙ったのは糸の交点。白い中心ではない。矢に弾かれた結晶糸が外へ逸れ、半球防壁の表面を擦って流れていく。
ガルムの盾側では泥がまた膨らむ。
「持つぞ」
低い一声と同時に、盾の角度が変わった。
セラの班からは、同期線が途切れていないことだけが共有される。ライカは追加の説明をしない。
三秒前に渡した数字だけで、全員が自分の場所を見ている。
わたくしも、自分の一本だけを見る。
《0.0》
《再構成不能 解除》
選べる。
右腕へ通した再構成要求が、今度は弾かれない。分離刃の形状を最細線へ合わせ、左腕の半球防壁も縁だけをわずかに引き直す。
局所変更の途中で、身体を前へ出さない。
完了を確認する。
刃の外側には《取得環》。
防壁の内側には、白い中心と《自存環》。
切るものは一本だけ。
「切りますわ」
右腕を振る。
大きくは動かさない。
刃先が最細線へ入り、白い筋が張った。ほんの一瞬だけ、中央と外側のあいだに残っていたつながりが形を持つ。
その一点を抜く。
線が切れた。
《取得環接続:分離》
《危険四環:分離完了》
《自存環:維持》
外側で、泥の押し方が変わった。結晶糸は新しい交点を作らず、赤い放電も中央へ戻ってこない。
けれど、誰もそこで中心へ攻撃を向けなかった。
通常なら、残っている耐久を削る場面に見える。
《レムナント・キメラ HP 20%》
数字はゼロではない。
だからこそ、わたくしは半球防壁の内側を見る。
白い中心構造が残っている。
《自存環》も、その内側にある。
危険側だけを切り離しても、消えていない。
それを確認した直後だった。
白い中心構造が、わずかに動いた。
防壁の内側で、わたくしの方へほんの少しだけ寄る。
それだけだった。
命令表示も、誘導線も出ていない。何を意味する動きなのかは分からない。
分からないから、撃たない。
「攻撃停止」
ライカの声に、三十人の武器が止まる。
キリオの弓は引かれたまま下がり、ガルムは盾を外さない。セラの同期線も残る。第5班の外周封鎖も、第6班を含む六点固定も解除されない。
攻撃だけを止める。
守るための境界と、外へ戻さないための配置は残す。
《第6工程:保護移行》
《危険機能:隔離》
《中心構造:保護状態》
《外部接続:制限》
勝つために必要だったのは、中心を消すことではなかった。
四つを外し、一つを残し、その一つと中央を攻撃対象から保護状態へ移す。
管理側の判定が切り替わる。
《WORLD RAID CLEAR》
《千の残響 攻略成功》
《参加者:31》
《戦闘終了処理》
《千の残響》内で観測されていた異常接続は、そこで停止した。
第1000防衛直後から続いていた接続異常についても、少なくとも外部作用は収束状態へ移った。
一拍遅れて、戦場から攻撃判定が落ちた。
誰かが勝鬨を上げるより先に、わたくしは六点を見る。
全部残っている。
中央まで約三メートルを進んだ時から、ずっと外側を持ち続けた三十人。最後の三秒も、その三十人が一斉に中央へ寄ることはなかった。
それぞれが、それぞれの位置にいたから終わった。
半球防壁の内側も見る。
白い中心構造は、そこに残っている。
消していない。
その事実を確認してから、ようやく戦闘終了後の表示へ視線を移した。
◇
《世界レイド参加報酬》
《基礎討伐ポイント》
《称号:千の残響を越えた者》
《記念アクセサリー:共闘徽章》
《世界レイド戦績:記録》
三十一名への共通報酬に続き、役割別の欄が開く。
ライカには《ライン・リレー》、ガルムには専用大盾《バウンダリー・アンカー》、セラには《シンク・ステッチ》、キリオには《リミット・ピアス》。残る二十六人にも、それぞれが担った役割に応じた報酬が並んだ。
そのあとに、わたくし側の表示が開く。
《特殊称号:ワールドエネミー》
《固有スキル:共闘戦域》
《特別報酬:非戦闘型ペットアバター登録枠》
《登録個体:未命名》
視線が止まったのは、最後の二行だった。
報酬になっているのは登録枠であって、半球防壁の内側に残る白い中心そのものではない。名前も、関係も、まだ決まっていない。
戦績クラスや個別ランクの更新表示もない。
続いて、参加報酬とは別の窓が開く。
《戦闘記録参照対象アカウント:記念補填》
《対象:モルグラ/ネフレア/ヴァルゼク》
《永続称号:千の残響》
《専用外装:アカウント共通/永続》
《専用エフェクト:アカウント共通/永続》
《戦闘性能補正:なし》
三つの戦闘記録を参照したことへの補填で、三十一名の参加報酬とは別処理だ。
補填表示が閉じる。
そこで終わりではなかった。
◇
公開側の報酬表示が閉じると、戦闘終了処理とは別の管理窓に、白い中心構造の扱いだけが残る。
外部危険機能は分離した。
けれど、それで安全性まで確定したわけではない。
管理AIの判定欄には、危険性未確定のままの項目と、先ほど確認した自発的な位置変化が未分類挙動として残っている。
《処理候補:削除》
《処理候補:隔離継続》
削除候補が出る理由は分かる。
何なのか分からない。
自分で動いたように見える。
しかも、さきほどまで世界レイドの中心にあった構造だ。
だからといって、分からないものを、分かる前に消す必要があるとは限らない。
わたくしが決めることでもない。
わたくしにできるのは、観測した事実と、残せる選択肢を管理側へ渡すことだけ。
「削除を急ぐ必要はございませんわ。保護隔離を提案しますの」
《提案受領》
《管理AI/運営審査》
すぐに採用表示へは変わらない。
わたくしは半球防壁を解除せず、待つ。
ガルムも盾を下ろさない。セラの班は保護側の同期を残し、外周の班も位置を維持している。戦闘は終わっているのに、誰も中央へ踏み込まない。
白い中心構造も、その間は動かなかった。
やがて審査欄が更新される。
《保護隔離:採用》
そこで初めて、次にすることが決まる。
倒すのではない。
外部接続を制限したまま、保護して分ける。
その判断は、わたくし一人のものではない。提案を受けた管理AIと運営側が審査し、正式に採用した処理だ。
半球防壁の内側へ視線を戻す。
白い中心構造が、またほんの少しだけ動いた。
今度は位置ではなく、向きが変わる。
こちらへ向いた。
わたくしの側へ。
何への反応なのかは分からない。今ここで答えをつける材料もない。
だから、意味は決めない。
ただ、見たことだけを残す。
四つの危険な接続を外して。
一つを守って。
三十一人で、最後の三秒を持って。
それでも中央は消えず、こちらを向いている。
「これは討伐ではありませんでしたの」
戦闘終了の表示の向こうで、未命名の白い構造はまだ残っていた。