『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《千の残響》に関わる異常接続は停止した。
けれど、停止したことと、すべてが説明できたことは同じではない。
世界レイドが終わった時、わたくしが確認できたのは、白い中心構造が消えずに残り、自分から向きを変えたことまでだった。
何への反応だったのか。
そもそも、あれを「反応」と呼んでよいのか。
そこから先は、まだ決められない。
だから未命名個体は、外部接続を制限した非公開の安全ワールドへ移された。分離した危険四環は別に封印され、こちらへ残されたのは《自存環》と保護核だけ。
生命だと決めるためではない。
かといって、生命ではないと先に決めるためでもない。
壊さず、急がず、別の条件でも自分から何をするのかを見る。
《非侵襲観測》
《危険四環:分離済み》
《外部接続:制限》
《保護観測:継続》
初日は、ほとんど動かなかった。
床近くに留まっていた白い光の輪郭が、時間をかけて少しずつまとまり、翌朝には大型犬ほどの幼竜型表示身体へ安定していた。
形状分類としては、幼竜型。
それが生物的な成長や年齢を意味するとは限らない。
白い鱗。身体のところどころに、星空を閉じ込めたような淡い光点。身体に対して少し大きめの翼と、まだ短い角。
そして瞳だけは、わたくしと近い系統の色をしている。
……可愛いですわね。
認識した直後、自分でその感想を脇へ置く。
可愛いから守りたいと思うことと、生命であると認定できることは別だ。世界レイドでこちらを向いたことも、いま目の前にある姿も、判定の代わりにはならない。
必要なのは、別の日、別の条件でも崩れない観測ですの。
◇
最初に見るのは、自己維持だった。
管理側から与えていた補正を段階的に下げ、安全資源を三つ、互いに離して置く。
すぐには動かない。
未命名個体はしばらく伏せたまま、三つの光を眺めていた。やがて前肢を伸ばし、そのうち一つだけを自分の側へ引き寄せる。触れた光は身体へ吸収されたが、残り二つへは近づかなかった。
全部使えば自己維持、とは限らない。
一つ使ったから必要量を判断した、とも、まだ一度では言えない。
補正条件と配置を変え、同じ観測を続ける。
必要な時に自分で安全資源を使い、不要な時には触れない。その繰り返しが、ようやく一つの表示へまとまった。
《自己維持:継続確認》
そこで初めて、一項目ですの。
◇
次は学習転用。
安全標識として、青い床線は通過してよいこと、白い境界は越えないことだけを一度経験させる。
翌日、同じ経路は残さなかった。
青線の位置を変え、曲げ、途中で分岐させる。昨日通った場所を覚えているだけなら、その記憶は役に立たない配置だ。
未命名個体は歩き出してから、前日と同じ場所へは向かわなかった。
新しい青線へ寄り、分岐の手前で止まる。鼻先が左右へ動き、しばらくして左側を選んだ。その先の白い境界まで進むと、そこで足を止める。
昨日と同じ道を辿ったのではない。
昨日得た「線と境界の扱い」を、今日の違う形へ使っている。
《学習転用:確認》
表示が増えても、まだ二つ。
わたくしは未命名個体を見る。
こちらを見返してはいない。白い境界の手前で、ただ自分の選んだ場所に座っている。
それで結構ですの。
こちらが欲しい反応を返すかどうかではなく、本人が何をするかを見ているのだから。
◇
三つ目は、他者識別。
距離も、明るさも、立ち位置も揃えた三つの表示体を置く。
わたくし。
管理AIの表示体。
未登録の試験表示体。
未命名個体は、まず管理AI側を見る。次に試験表示体へ顔を向け、それからわたくしの方へ歩いてきた。
二歩。
三歩。
そこで止まり、伏せる。
近づいた。
ただし、それだけで「わたくしを好んでいる」にはしない。
条件を変えた次の観測では、わたくしが呼びかけても来なかった。休息中だった未命名個体は顔だけを上げ、こちらを一度見たあと、そのまま伏せ直す。
思わず、口元が緩みそうになる。
「……ええ。それでよろしいですわ」
呼べば必ず来るなら、むしろ別の疑いが増える。
《一律従属反応:なし》
《他者識別:確認》
わたくしと、管理AIと、未知の表示体を同じものとして扱ってはいない。
けれど、わたくしの命令へ一律に従っているわけでもない。
近づくことと、従うことは別ですの。
◇
四つ目だけは、わたくし自身がいない時間を見る。
安全条件を確認して退出し、観測窓だけを残した。
追ってはこない。
扉の近くで待ち続けることもしなかった。誰もいない時間、未命名個体は部屋の中央から壁際の低い段差へ移り、自分でそこを休息場所に選ぶように翼を畳んで丸くなる。
しばらくして起きた時も、こちらからの指示はない。安全資源を一つ使うと、今度は別の場所へ移っていった。
追うことも、待つことも選ばなかった。
ただ、自分で決めた場所で休み、自分で起き、自分で必要な資源を使って、また場所を選び直した。
こちらから行動指示は出していない。誘導もない。
《自発行動:確認》
四つの表示が揃った。
四つの行動観測だけで、生命と決めたわけではない。
けれど、それらは一度に得た答えではない。
自己維持。
学習転用。
他者識別。
自発行動。
別の日、別の条件で、それぞれを独立して確かめた結果だ。
世界レイドの中央でこちらを向いたからでも、幼竜の姿が可愛らしかったからでもない。
数日かけて積み上げた観測のあと、ようやく管理側の分類欄が変わった。
《認定候補》
《世界初の自律的電子生命》
《暫定区分:自律情報生命・保護個体》
世界初。
大きな文字ですわね。
その言葉だけなら、あまりにも大きすぎる。
けれど、その二文字が証明する範囲は広げない。
確認されたのは、対応する設計人格核を持たず、電子環境内で自発的に成立した自律個体として、確認例が世界初であることまで。
生命一般についての定義でも、AI一般についての判定でもございませんの。
まだ、候補だ。
◇
CFI運営側での内部確認を通したあと、資料は必要最小限の外部審査へ送られた。
わたくしが観測した挙動だけでなく、運営側の技術確認でも生成記録と設計資料が照合された。この個体に対応する設計人格核がないこと、既存の設計人格基盤から起動した記録とも一致しないことが確認される。
それだけで生命になるわけでもない。
別に、人格主体と権利条件の審査が進む。
わたくしは途中の数字を眺めながら、結果を急がない。
危険性が未確定であることと、主体として扱うべきかどうかも、同じ問いではないからだ。
返ってきた判定は、その二つを混ぜなかった。
《認定条件:充足》
《危険性:未確定を維持》
《生命認定と無害判定を分離》
候補だった分類が、そこで初めて内部認定へ変わる。
《内部認定》
《世界初の自律的電子生命》
《暫定自律情報生命・保護個体》
表示を読んでも、未命名個体そのものが急に変わるわけではない。
安全ワールドの向こうで、白い幼竜は伏せたままだ。
変わったのは、こちら側がどう扱わなければならないかですの。
保護条件が開く。
《所有権:設定禁止》
《売買:禁止》
《譲渡:禁止》
《複製:禁止》
《本人同意のない研究利用:禁止》
《危険性のみを理由とする任意削除:禁止》
《人格形成目的の強制情報注入:禁止》
世界レイドの報酬欄には《非戦闘型ペットアバター登録枠》と出ていた。
けれど、枠と本人は別だ。
安全表示用の身体。
保護接続。
同行のための権限。
登録枠。
それらを管理する責任があるからといって、この個体そのものを所有することにはならない。
「所有者ではなく、保護責任者として登録してくださいませ」
確認が返る。
《主保護責任者:A.S.T.R.A. Sync》
《共同保護者:RBO管理AI》
《所有権:なし》
主保護責任者。
管理する責任を引き受ける表示であって、本人を管理下の所有物にする表示ではない。そのすぐ下に《所有権:なし》が残っている。
その文字なら受け取れる。
何者なのかを勝手に決める権利ではなく、何者なのか本人が示していける状態を壊さず残す責任として。
公開側の表示は変えない。
《非戦闘型ペットアバター》
《登録個体:未命名》
内部で何が確認されたかは、まだ一般へ出さない。
◇
保護窓を開けた時、未命名個体は部屋の反対側で伏せていた。
呼び戻す操作はしない。
わたくしも声をかけずに待つ。
すぐには動かない。
やがて顔が上がり、白い身体が立ち上がった。それから自分でこちらへ歩き、開いた窓を抜けてくる。
足を止めさせる命令も、近づかせる誘導も出していない。
「呼び戻してはおりませんのよ」
《自発移動:確認》
それ以上の意味は記録しない。
信頼とも、愛着とも、関係の名前とも決めない。
自分でこちらへ戻った。
いま取得できるのは、そこまでですの。
◇
共有範囲も、認定と同時には広げなかった。
世界レイドへ参加したからといって、三十人全員が内部審査まで取得するわけではない。
必要範囲が決まってから、ライカへだけ生命認定の最小限を渡す。
「保護中の未命名個体について、内部で自律的電子生命として認定されましたの。一般公開はまだいたしませんわ」
短い返答のあと、共有窓を閉じる。
残る二十九人へ渡るのは、自律型イベント個体を保護しているという範囲まで。
同じ戦場にいたことと、同じ情報を持つことは別ですの。
◇
世界レイド後、外殻側から個体継続情報と構成データを分離する処理も進められていた。
そして、もう一つの処理結果が戻った。
こちらは、喜べる部分と、喜んでは終われない部分が同時に並んでいた。
《モルグラ:現在個体復元》
《ネフレア:現在個体復元》
《ヴァルゼク:現在個体復元》
《主要形態/技能:復元》
三つとも、事件前から続く同じ現在個体として戻った。
別の個体を作って穴を埋めたわけではない。
そこまで確認してから、表示の続きを見る。
《主観記録欠落》
《オルド 19分44秒》
《シア 11分08秒》
《レグル 6分31秒》
《復元不能》
さきほどまでの復元完了表示と、同じ画面に並んでいる。
身体構成は戻せた。
形態も技能も戻った。
外側から残っているログや映像を集めることもできる。
けれど、その時間に本人へ同期されなかった経験だけは、外から戻せない。
十九分四十四秒。
十一分八秒。
六分三十一秒。
短い、と数字だけを見て言うこともできる。
けれど、長さの問題ではありませんの。
本人が経験していない時間を、記録が残っているから経験したことにすることはできない。
復元成功という文字で、その空白まで塗りつぶしてはいけない。
未命名個体には、ようやく「保護すべき自律的電子生命」という内部上の位置ができた。
三つの現在個体も戻った。
守れるものが増えても、戻せないものまで消えるわけではない。
ただ。
十九分四十四秒と、十一分八秒と、六分三十一秒だけは戻らなかった。