『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《配信タイトル》
世界レイド後・通常配信へ戻りますわ
「おーっほっほっほ! 領民の皆様、ごきげんよう!」
《配信コメント》
名無しの領民:戻ってきた
名無しの領民:高笑い助かる
名無しの攻略勢:世界レイドの説明ある?
名無しの領民:通常配信だ
名無しの領民:今日は何を壊すんです?
「壊しませんわ!」
反射で返してから、わたくしは開いていた配信窓を少しだけ横へ寄せた。
白亜城の大広間。
いつもの配信位置。
世界レイドの戦場でも、安全観測室でもない。
高笑いが天井へ抜け、コメント欄がそれをいつもの速度で追いかけていく。
その流れが戻ってきたこと自体は、素直に嬉しい。
けれど今日は、わたくし一人だけを映す配信ではなかった。
大広間の端にある安全扉は、すでに開いている。
呼びつける操作はしていない。
抱き上げて連れてくることもしない。
出てくるかどうかは、本人に任せる。
《配信コメント》
名無しの領民:右の扉なに?
名無しの領民:なんかいる?
名無しの領民:白いの見えた
名無しの領民:ちっちゃい竜?
扉の向こうから、白い鼻先が少しだけ出た。
すぐにはこちらへ来ない。
未命名個体は境界の手前で止まり、大広間を見回す。床へ前肢を置く。戻らない。しばらく周囲を見たあと、二歩目を出し、翼を畳んだままゆっくり外へ出てきた。
白い鱗。
身体のところどころに、星空を閉じ込めたような淡い光点。
身体に対して少し大きな翼と、まだ短い角。
公開時に使用する安全表示身体。
それ以上の内部分類は、この配信では出さない。
未命名個体はわたくしへ一直線には来なかった。
床を確かめるように歩き、階段の下まで行き、そこから配信窓の光を見上げる。大広間を一周するほどの距離を使ってから、ようやくこちら側へ戻ってきた。
玉座へは上がらない。
肩にも来ない。
わたくしの隣にある低い手すりへ前肢をかけ、身体を持ち上げると、そこに座った。
一歩分。
手を伸ばせば届きそうで、こちらから伸ばさなければ触れない距離。
本人が選んだのは、そこだった。
《配信コメント》
名無しの領民:かわいい
名無しの領民:白い子いる!
名無しの領民:肩乗りじゃないんだ
名無しの領民:距離感リアル
名無しの攻略勢:これ世界レイドの?
そこで、公開できる表示だけを開く。
《世界レイド報酬》
《非戦闘型ペットアバター登録枠》
《登録個体:未命名》
《公開仕様》
《戦闘参加:不可》
《譲渡:不可》
《売買:不可》
《複製:不可》
《配信同行:可能》
「登録枠は報酬ですわ」
コメント欄が一段速くなる。
名無しの領民:やっぱペット報酬?
名無しの領民:レイド報酬でドラゴン増えた?
名無しの攻略勢:非戦闘型か
名無しの領民:白亜城主が白い竜飼い始めた
「ですが、この子自身は、報酬アイテムではございませんわ」
一度、そこで切る。
手すりの上の幼竜は、こちらの声へ顔を向けたあと、また配信窓の光へ視線を戻した。
「少なくとも、わたくしはこの子を道具として扱いませんわ」
「生きておりますの」
《配信コメント》
名無しの領民:急に重い
名無しの領民:ペット家族ロール始まった?
名無しの領民:高度学習型?
名無しの攻略勢:設定凝ってるな
名無しの領民:本人扱いなのね
それでいい。
一般へ渡してよいのは、いまの範囲までだ。
内部で何が確認されたのか。
どういう条件で保護されているのか。
どこから生じたのか。
公開されていないものを、わたくしが代わりに埋めるつもりはない。
◇
世界レイド後の公開掲示板では、《モルグラ》《ネフレア》《ヴァルゼク》へ付与された《千の残響》の補填表示も何度も引用されていた。
専用外装。
専用エフェクト。
戦闘性能補正なし。
そこから三体の戦闘記録と世界レイドを結びつける推測も流れている。
《配信コメント》
名無しの検証勢:三体の補填やっぱ関係ある?
名無しの攻略勢:戦闘記録使われたってこと?
名無しの領民:あの保守レイドから全部つながってた説
名無しの検証勢:公式はそこまで言ってないぞ
「ええ。公開されていない部分について、わたくしから追加説明はいたしませんわ」
分かっていることと、公開してよいことは別だ。
それは世界レイドの最中から変わらない。
コメント欄が少し落ち着いたところで、別の流れが増え始める。
名無しの領民:で、白い子の名前は?
名無しの領民:未命名かわいそう
名無しの領民:シロ
名無しの領民:ホシ
名無しの領民:ちびアスト
名無しの領民:アストJr.
名無しの領民:高笑い二号
「後半三つは却下ですわ!」
思わず声を上げる。
隣で白い耳が動いた。
首がこちらへ向く。
ただ声の方向へ反応しただけかもしれない。
それを「自分の名前候補に抗議した」などとは扱わない。
「名前については、こちらでも候補を一つ考えておりますの」
表示はまだ《登録個体:未命名》のまま。
わたくしは手を伸ばさない。
白い幼竜も、距離を詰めてこない。
その一歩分を残したまま、翼膜に散る光点を見る。
星。
最初に見た時から、そう見えた。
けれど、過去の残骸を、この個体自身の名前へ固定したくはなかった。
過去を消すためではない。
いま自分でここに座っている現在個体へ、別の呼称を贈るために。
その理由は公開しない。出生に触れる情報まで含んでしまう。
外へ渡す意味は、もっと単純でいい。
《候補名:ステラ》
《所有権:なし》
《主保護責任者:A.S.T.R.A. Sync》
「この子には、新しく現れた星という意味で――《ステラ》といたしますわ」
一拍。
《配信コメント》
名無しの領民:ステラ!
名無しの領民:星!
名無しの領民:自爆しそう
名無しの領民:必殺技名じゃん
名無しの攻略勢:戦闘不可なのに名前だけ最終技
名無しの領民:最後に光になって消えるやつ
「星という意味ですわ!」
コメント欄がさらに跳ねる。
名無しの領民:必死で草
名無しの領民:絶対爆発する
名無しの領民:最終局面で「ステラァァァ!」って叫ぶやつ
名無しの攻略勢:城主より技名っぽい
「消えませんわ!」
声を張った瞬間だった。
隣の白い身体がびくりと跳ねる。
翼が半分ほど開き、手すりの上を二歩ぶん離れた。
そこで、わたくしの声も止まった。
離れた。
それ以上の意味は決めない。
照れたのでも、遊んだのでも、わたくしを嫌ったと確定したのでもない。
大きな音の直後に距離を取った。
取得できるのはそこまでですの。
「……失礼いたしました。大きな声を出しましたわね」
配信音量を下げる。
コメント表示の流速も一段落とした。
わたくしからは近づかない。
「こちらへ戻らなくても構いませんの」
幼竜は二歩離れた場所に残っている。
白い尾が手すりの外へ垂れ、翼はゆっくり畳まれていく。
しばらくして、
「きゅ」
小さな声がした。
《音声反応:取得》
《意味判定:保留》
《配信コメント》
名無しの領民:鳴いた!
名無しの領民:かわいい
名無しの領民:返事した?
名無しの領民:ステラって言った?
「単語ではございませんわ。返事と決めるのも早いですの」
可愛い鳴き声ではある。
だからこそ、分かったことにしない。
◇
候補名を出したからといって、一度の反応で本人が理解したことにも、受け入れたことにもならない。
《名称反応学習:記録開始》
《登録呼称:変更可能》
《本人意思による改名要求:受理対象》
いま言葉の意味を理解していないなら、成熟した同意をでっち上げることもできない。
それでも、呼称として使い始めることはできる。
将来、意味を理解して別の名を望むなら変えればいい。
名前は所有印ではない。
わたくしは通常の声量へ戻して、一度だけ呼ぶ。
「ステラ」
動かない。
《配信コメント》
名無しの領民:無反応
名無しの領民:もう一回
名無しの領民:覚えてない?
「一回で決めませんの」
そのまま別の話題へ移る。
通常防衛の再開予定。
世界レイド参加者へ公開済みの報酬。
三対象へ付与された補填外装。
数分置いて、話題の切れ目で表示を閉じる。
「ステラ」
白い耳が動いた。
顔はまだ上がらない。
《呼称反応:再現候補》
それだけ記録して、また待つ。
次は管理AI側の確認条件が整ってから。
別の話を一つ挟み、コメント欄の流れも変わったあとで、もう一度。
「ステラ」
今度は、白い顔が上がった。
青白い瞳がこちらを向く。
《呼称反応:再現》
《意味理解:未確定》
振り向いた。
だから名前の意味を理解した、とはしない。
それでも、呼ばれた方向を見るという行動は、間を置いて二度確認できた。
それなら、登録呼称として使い始める材料にはなる。
「では、候補名《ステラ》を登録いたしますわ」
《呼称登録:本人拒否反応なし》
《登録名:ステラ》
《所有権:なし》
《配信コメント》
名無しの領民:ステラ!
名無しの領民:決まった!
名無しの領民:星の子
名無しの領民:かわいい
名無しの領民:高笑い覚える?
「そこは教育予定にございませんわ!」
今度は声量を上げない。
隣を見る。
ステラは手すりから離れなかった。
◇
「では、本日の配信はここまでにいたしますわ」
終了操作へ伸ばしかけた手を止める。
ステラはまだ手すりにいる。
先に配信を切って抱えて戻す必要はない。
安全扉を開く。
「帰り道はこちらですわ」
命令ではなく、移動先だけを示す。
わたくしは扉の近くへ寄らない。
後ろから追い立てることもしない。
ステラはすぐには動かなかった。
こちらを見る。
開いた扉を見る。
少しして、前肢を手すりから下ろした。
床へ降りる途中で翼を一度広げ、身体を支える。そのまま自分の足で扉へ向かっていく。
わたくしは後ろから追わない。
白い身体が境界を越える。
最後に尾だけが残り、それも安全扉の向こうへ消えた。
そこで初めて、配信終了へ触れる。
《配信終了》
名前を贈ることはできた。
その名前が何になるのかを決めるのは、これからのステラですの。