『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
ステラに名前を贈ってから数日。
公開配信を切った状態で、わたくしは残滓隔離領域へ入った。
白い床の中央に、透明な処理窓が一つ。
その向こう側は管理側の隔離領域で、こちらから直接触れられる場所ではない。
ステラは、わたくしの右後ろにいる。
大広間の時のように先に歩かせることはしない。ここは遊び場でも食事をする部屋でもなく、世界内へ残った不要な情報断片を安全に処理できるか確かめるための場所だ。
《試験対象:1件》
《管理AI監視:有効》
「管理者権限は与えません」
ステラがこちらを見る。
言葉の意味を理解した反応かどうかは分からない。
わたくしは続けて、管理側へ条件を返した。
「処理候補は一件ずつですわ」
一覧を渡して、好きなものを選ばせることもしない。
人格を変えて危険を避けさせるのではなく、最初から触れられる範囲を管理側で制限する。本人が扱えるのは、隔離された小さな処理窓だけだ。
わたくしの都合で選ぶのではない。ステラへ渡す前に、触れてはいけないものを外す。
管理AIが最初の一件を接続する。
《残滓候補》
《現役個体接続:なし》
《個人記憶:なし》
《人格情報:なし》
《復元・保全用途:なし》
《危険性:未確定》
一次条件を通っている。
だから安全、ではない。
ここではまだ、ステラへ渡さない。
《管理AI一次判定:処理候補》
《ステラ判定待ち》
透明窓の向こうには、白い光の断片が浮いている。
ステラが一歩近づいた。
鼻先を透明面の手前で止め、少しだけ角度を変える。前脚が上がり、けれど触れないまま下りた。
翼膜に散る光点だけが、普段より細かく明滅する。
わたくしは声をかけない。
近づけとも、触れとも言わない。
しばらくして、窓の表示が変わった。
《接続分離候補:検出》
白い残滓の中から、一本だけ異なる線が浮かび上がる。
赤い。
《未解析危険断片》
一次判定では処理候補へ入っていた。
けれど、そのまま通してよい一件ではなかった。
「切り離してくださいませ」
管理側の処理だけが動く。
赤い細線が白い残滓から外れ、別の隔離枠へ移された。
《危険断片:隔離》
残った白い粒は、透明窓の中でゆっくりと明滅を落ち着かせる。
まだ開けない。
もう一度、管理側へ戻す。
《管理AI再検証:安全》
《処理許可》
そこで初めて、透明窓のこちら側が開いた。
ステラはすぐには入らない。
開いた境界を見てから、わたくしを見る。
それから自分で一歩進んだ。
白い粒へ鼻先を近づける。
小さく、
「きゅ」
鳴いて、光へ触れた。
粒の一つがほどけるように伸び、翼膜へ吸い込まれる。
次の瞬間、翼の光点が星屑のように一度だけ流れた。尾先にも細い光が走り、普段とは違う輪郭を作って、すぐ消える。
見た目は変わった。
だからといって、世界レイドで分離した危険機能が戻ったわけではない。
処理した情報が、表示身体の外見へ一時的に漏れているだけ。
《安全資源処理:完了》
「わたくしが便宜上『食べる』と呼んでおりますけれど、確認できたのは安全資源としての処理までですのね」
見た目どおりの捕食だと決める必要はない。
管理側の判定が終わるまで待つ。
危険反応は出ない。
ステラも、その場で次を探そうとはしなかった。
「お仕事と言いましたけれど、命令ではございませんのよ」
白い耳が少し動く。
意味を理解したとは記録しない。
それでも、命令して次を食べさせる理由はない。
◇
次に提示するのは、処理させるための残滓ではなかった。
境界確認用の参照表示。
現物へは接触できない。
保護ガラス越しで、ステラ側に処理権限もない。
管理AIの一次分類だけなら、処理候補側へ入る境界にある。
《管理AI一次判定:処理候補》
《ステラ判定待ち》
ステラが窓へ近づく。
一歩。
さきほどより遅い。
二歩目へ入る前に、翼が身体へ閉じた。
翼膜の発光も細くなる。
そのまま止まる。
鼻先は窓へ向いたまま。
少しして、一歩下がった。
「……きゅぅ」
低い声。
さらに下がり、わたくしの側まで戻ってくる。
それでも対象から顔は背けない。
近づかなかった。
触れなかった。
戻った。
何を理由にそうしたのかは分からない。
少なくとも、接触を選ばなかったという行動は観測できる。
「接触回避を確認。接続先を再検査してくださいませ」
管理AI側の照合がもう一段深くなる。
短い待機のあと、境界候補に残っていた参照先が開示された。
現役個体の継承準備領域へ残る接続。
現役個体そのものへ触れられる経路ではない。
それでも、処理対象へ含めてよい残滓ではない。
候補表示が閉じる。
《処理対象外》
わたくしはステラを見る。
褒めない。
ご褒美も出さない。
正解だったと教えて、次も同じ反応をするよう条件づけることもしない。
管理AIの一次判定だけでは拾いきれない境界を、ステラ側の反応が止めた。
だからといって、ステラだけへ判定を任せてもいけない。
最初に管理側が絞る。
ステラ本人が触れる前にもう一度確かめる。
その反応を受けて、管理側が再検証する。
どれか一つを正解にするのではなく、重ねるから安全になる。
「次の候補は、管理側の安全確認後ですわ」
正式な運用条件は、わたくし一人で決めない。
管理AIと運営側へ、今回の拒否と再照合結果をそのまま渡す。
◇
その後、追加候補を一件だけ、安全確認まで進めた。
けれど、処理窓は開かない。
ステラの歩幅が少し短くなっていた。
伏せるまでが早い。
床へ腹をつけると、翼の位置もいつもより低い。光点の明滅も、最初の一件を処理した直後より遅くなっている。
眠気。
あるいは処理負荷。
感情名を決めなくても、休ませる材料としては十分だった。
「追加処理は停止を提案いたしますわ」
管理側へ現在反応を渡す。
正式な停止条件と次候補の可否を決めるのは、管理AIと運営側だ。
返ってきた表示を確認する。
《試験上限:1件》
今回の正式試験枠としては、一件。
境界確認は処理件数へ含めない。
追加候補も、安全確認だけで止める。
管理側に残っている候補はある。
けれど、今日はもう接続しない。
ステラが伏せたまま、尾を身体の横へ巻く。
「保護と発達支援ですわ」
誰へともなく言ってから、自分で少し引っかかった。
お仕事、と呼んだのはわたくしですけれど。
仕事だから続けさせるわけではない。
処理できるから処理量を増やすわけでもない。
処理できる量ではなく、本人が接触を選ばないこともでき、疲れたら休めて、こちら側にも止める判断が残ることまで含めて、この運用ですの。
◇
しばらくすると、ステラの呼吸に合わせるように身体の光がゆっくり明滅し始めた。
眠っている。
追加候補は閉じたまま。
わたくしも観測窓だけを残して、表示を減らす。
その時、翼膜の端から細かな光粒が一つ落ちた。
床へは落ちない。
低い位置を漂う。
もう一つ。
三つ目。
さきほど処理した情報の残りに見えるが、見た目だけでは決めない。
光粒は少しずつ、一か所へ寄っていく。
一粒。
もう一粒。
離れていた光が、五つの先端を持つような位置へ並び始める。
星に見えた。
けれど、それを星と呼ぶには、まだ何も足りない。
そこで表示を確認する。
《独立個体表示:なし》
《危険反応:なし》
《残滓処理後光粒:安定》
安全な処理後光粒。
独立した個体表示もなく、自分で動いていると確定できる反応もない。
ステラは眠ったまま。
尾先だけが一度、わずかに動いた。
わたくしは形成途中の光と、眠っている白い身体を交互に見る。
残滓処理は世界維持業務。
眠るまで見ているのは、保護責任ですの。
……たぶん。