『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第008話 六人で八分ですの?
「おーっほっほっほ! 本日の目標は、八分間――全員生存ですわ!」
《公開模擬戦》
《目標:8分間・6人全員生存》
《正式戦績:対象外》
直径約六十メートルの石造広場。その中央で、石と金属を組み合わせた十二メートルほどの訓練巨兵が、まだ開始前だというのに重そうな右腕をゆっくり持ち上げている。
対する六人は、前に三人、後ろに三人。盾、長柄、杖、短刃、共有窓、弓が、開始表示の灯るのを待っていた。
今回、確かめる相手は巨兵ではない。
わたくしの指示体系ですの。
「個別通知を送りますわ。危険方向、歩数、回避角度まで、それぞれに最短のものを――」
『聞いた指示、声に出せ』
観戦側のライカが割り込んだ。
「個別通知ですから混線いたしませんわよ?」
『だからだ』
何が「だから」なのか。
問い返すより先に、開始合図とともに巨兵の右腕が頭上まで振り上がった。
中央への縦薙ぎ。落下軌道を重ねると、右外周に細い安全域が残る。六人の現在位置からそこへ入る最短経路を、それぞれ個別に算出する。
計算自体に迷うところはない。
《ブラン:右前方》
《ユアン:右》
《メイア:右後方》
《ネネ:前列後方を通過》
《テトラ:右外周》
《フィン:右外周》
「右前方!」
「右!」
「右後方!」
受け取った指示を声へ出しながら、六人が同時に動く。
ブランは盾を身体へ寄せて右前へ。ユアンは長柄を引きながら真横へ。メイアは杖を抱え、一歩下がってから右後方へ抜ける。
短刃のネネは前列の背後を縫う。共有窓を見ながらテトラが右外周へ回り、弓を持つフィンもその外を走る。
誰も遅れていない。方向を取り違えた者もいない。
そして、だからこそ。
六本の最短経路が、同じ細い安全域へ集まった。
「えっ」
ブランの盾端へメイアの杖が硬く当たる。メイアが引こうとした先にはユアンの長柄が横切っていて、ユアンが避ければ後ろから来たフィンとテトラの進路を塞ぐ。
ネネは残った隙間へ肩から滑り込み、片足をブランの盾背へ乗せた姿勢で踏みとどまった。
直後、巨兵の右腕が石床を叩く。
衝撃は六人の左を抜けた。
全員、避けている。
わたくしの指示どおりですわ。
なのに六人の周囲には、盾と杖と長柄と、互いの身体が詰まっている。攻撃を避けるために入った安全域そのものが、次の一歩を置けない場所へ変わっていた。
『次に動けない』
ライカの声が届く。
その意味を、今度は問い返す必要がなかった。
巨兵の左腕が低い位置へ引かれる。次は横薙ぎ。
「左から来ますわ!」
密集したまま、それでも六人は動いた。
ブランが《アングル・ガード》で盾を傾け、横薙ぎを上へ逸らす。メイアの《グラウンド・ホールド》が足元を固め、フィンの矢が巨兵の左肘へ光点を残した。
「そこ!」
ネネが盾の脇を抜け、標定された関節へ入る。彼女が空けた位置にはユアンが滑り込み、テトラの共有窓が六人の狙いを左肘へ揃えた。
六人の動きが、一点へ噛み合った。
鈍い破砕音とともに、訓練巨兵の左腕が砕けて消える。
できていますの。
密集してしまったあとでも、六人は指示を聞き、互いの技能を繋ぎ、巨兵の片腕を破壊した。初心者だから反応できないのでも、指示どおりに動けないのでもない。
ならば、このまま密集だけを解けばよい。
巨兵の右腕が上がる前に、六人それぞれへ離脱順と移動角度を送る。
ブラン、一。
ネネ、二。
メイア、三。
ユアン、四。
フィン、五。
テトラ、六。
一人ずつ切り出せば、どの指示も成立している。今いる場所から安全に立ち上がり、次の攻撃軌道から外れるための経路だ。
「順に離れてくださいませ!」
最初のブランが腰を上げる。
その瞬間、盾背から降りようとしたネネの肩と盾がぶつかった。
二人とも転ばないように止まる。
メイアは三番目の指示に従って杖を胸元へ引いたが、その前を四番目のユアンが動かす長柄が横切った。ユアンもぶつけないために足を止める。
五番目のフィンが指定された経路へ入ろうとしたところで、引いた弓がテトラの共有窓と重なった。六番目のテトラは待つしかない。けれど、そのテトラの立ち位置が、フィンが弓を引いたまま抜けるための空間を塞いでいる。
順番は決まっている。
それでも、五番目が動けないから六番目も動けない。
六人の位置を見れば、次にどこへ動かせばよいかは分かる。
修正版を――。
巨兵の右腕が落ちてくるほうが早かった。
「そのままでは――」
《公開模擬戦:終了》
《経過時間:1分34秒》
攻撃が届く直前、六人の戦闘がそこで止まった。
六人とも、まだ立っている。
けれど八分の目標に対して、表示されている時間は一分三十四秒。
石造広場が静かになった。
《配信コメント》
名無しの領民:早い
名無しの領民:全員ちゃんと動いてたよね?
名無しの領民:指示ミス?
名無しの領民:同じ道に詰まった
コメントの最後の一行で、さきほどの光景がそのまま戻ってくる。
全員が通知どおりに避けた。密集したまま左腕まで壊した。離脱でも、届いた順序と角度を守ろうとした。
失敗した者を探すなら、六人の中にはいない。
再生を開こうとしたところで、公開画面とは別の端に内部報告が一件だけ出た。
《軽微な表示異常》
《自動報告済み》
戦闘中には、誰も異常として拾わなかった箇所ですの。
記録された一フレームを開く。
左腕が破壊され、消去される直前。その石の表面に、半透明の鱗のような模様が浮かんでいる。
次のフレームには、もうない。
存在しない表示が、一度だけ混ざった。
それ以上は分からない。
原因を示す材料も、同じ表示の再現も、今ここにはない。
報告を閉じる。
今の模擬戦で、わたくしが確認しなければならない失敗とは別件ですの。
六本の移動記録を重ねる。
まず一人ずつ表示する。
《センチネル》のブラン。成立。
《ヴァンガード》のユアン。成立。
《エレメントシフター》のメイア。成立。
《シャドウランナー》のネネ。成立。
《リンクオペレーター》のテトラ。成立。
《ホークアイ》のフィン。成立。
個別に見れば、歩数も角度も問題はない。
次に六本を同時に重ねる。
右外周へ線が束になった。
盾の幅がある。長柄がある。杖がある。弓がある。そして当然、六人それぞれの身体がある。
わたくしが渡したのは、一人ずつが危険から逃れる正しい経路。
別の五人も入った時に、身体と装備がどこを塞ぐか。そこが抜けている。
「……個別の回避経路は、すべて成立しておりますわ」
『うん』
「六人も、指示どおりに動いております」
『見りゃ分かる』
ライカは先ほどから、答えを先回りして言わない。
少々、腹立たしい。
ですが今回は、その沈黙のおかげで逃げ道もありませんの。
画面の上では、正しい六本の線が同じ場所へ重なっている。
「六人分の占有範囲が互いに干渉することを、指示の条件に入れておりませんでしたわ」
もっと正確にしても駄目。すでに正確で、最短ですの。
足りなかったのは、他の五人もそこにいるという前提でしたわ。
『全員へ違う正解を送って、同じ場所へ集めたんだよ』
「簡潔に言わないでくださいませ」
『簡潔な方が分かる』
否定しづらい。
右外周へ重なった六本の線を、一本ずつ閉じていく。
このまま個別の最適解を増やしても、次はもっと精密にぶつかるだけですわ。
なら、変える場所は六人ではない。
わたくしの側ですの。
「次は、正しい道を減らしますわ」
『ようやくそこか』
ライカの返事を聞きながら、最後の一本を閉じた。