『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第009話 全員生存、時間切れですわ
「おーっほっほっほ! では、再挑戦とまいりますわ!」
いつもの高笑いを終え、模擬戦の開始表示を灯す。
石造広場も、訓練巨兵も、向かい合う六人も前回と同じだ。
変えたのは、わたくしが渡すものだった。
前回は、角度も歩数も離脱順も、わたくしが決めた。どれも一人なら正しかった。
だから今回は、座標も歩数も捨てる。
《先行》
《待機》
《代行》
残したのは、三つの役割表示だけですの。
「個別の座標や歩数までは指定しませんわ。危険方向と、必要な役割だけお伝えしますの」
『前列が先。後ろは待て。前が止まったら代わる』
観戦側のライカが短く言い換える。
その先まで、ライカが決めることはない。
六人がそれぞれ復唱したところで、開始合図とともに巨兵の右腕が上がった。前回、六人全員を同じ右外周へ集めた縦薙ぎだ。
危険範囲を確認する。
「右。前列からですわ」
「前列、右!」
今度は、わたくしが六人分の線を引くより先にブランの声が飛んだ。
ブランは《パス・クリア》で盾を斜めに構え、自身も半歩外へ寄る。盾で安全域を独占するのではなく、その横に一人が抜けられる幅を残した。
メイアがそこへ肩を滑らせる。
後ろのフィンはすぐには続かない。メイアの踵が抜けるまで弓を抱えて待ち、空いた瞬間に通る。ユアンは中央に残り、ネネとテトラが抜け切るまで長柄を引いたまま、自分から道を塞がない位置を保った。
巨兵の腕が石床へ落ちる。
衝撃が背後を抜けた時、六人は全員立っていた。
前回と同じ攻撃ですのに、盾と杖も、長柄と弓もぶつかっていない。
渡した情報は減った。そのぶん、六人には前の人間を見る余地がある。
巨兵が間を置かず突進姿勢へ入る。
前列と後列を時間差で左右へ分ければ、互いを巻き込まずに抜けられる。
「前列、先行。後列は――」
言い切るより前に、フィンが動きかけた。
「まだ」
テトラの声だけで、弓を抱えた身体が止まる。
巨兵は先に出た前列を追って中央を走り抜け、そのまま外周攻撃へ繋いだ。
「後ろ、今!」
三人が走る。
戻るときは、ブランが自分から声を出した。
「俺、先」
「最後いく」
フィンが返す。
横へ出ていたユアンが《スペース・リレー》で長柄を引き、中央へ戻るための幅を作る。誰が何歩という指示は出していないのに、先に行く者と待つ者が互いに見えていれば、同じ床へ同時に足を置かなくて済む。
《経過時間:1分34秒》
「越えましたわ!」
『まだ六分以上ある』
ライカの声が重なる。
六人から短い笑い声が返った、その直後だった。
テトラの共有窓が黄色へ変わる。
《同期経路混線・軽度》
《主観記録確定待ち》
一瞬だけ、前回の鱗状表示が頭をよぎる。
けれど分類が違う。《同期経路混線》は既知の軽度障害で、標準手順がある。
「同期経路混線は軽微です。標準手順を続けてくださいませ」
「新規接続を止めます。標準分離要求。未確定記録は保護領域へ」
テトラは共有窓を切り替え、そのまま隣を見る。
「ユアン、共有役を代わって」
「受ける」
ユアンが《ロール・リレー》で共有役を引き受けた。
どの共有経路を開くかまで送ることもできる。
送らない。
テトラは復旧処理を続け、ユアンは代わりに共有窓を維持したまま、次の攻撃を見る。ブランたちも二人の作業が終わるまで勝手に新しい経路へ入らない。
数秒後、管理AI側から処理結果が返る。
《記録確定》
《経路復旧》
「戻りました」
共有役がテトラへ戻る。
『標準で処理できた。で、まだ続くぞ』
ライカがそれだけ言う。
巨兵は待ってくれない。
次の円形攻撃の対象がメイアに付く。現在位置から最短で逃げれば、ネネとテトラの間を横切る線になる。
前回なら、わたくしはそこへ座標を置いていた。
今回は違う。
「通路を空けてくださいませ」
渡すのは、それだけですの。
「外あける!」
ネネが外へずれる。
「後ろ下がります」
テトラが一歩退く。
二人が作った空間を見て、メイアが走る。わたくしが角度を指定しなくても、彼女には実際に開いた道が見えている。
続く一撃でブランの盾が沈み、耐久表示が削れた。
「代わる!」
ユアンが前へ入る。
フィンは追撃しない。《マーク・ショット》だけを巨兵の肩へ残し、次に巨兵が向く方向を六人から見える形にする。
わたくしが答えを組むより先に、六人の声が順番を作っていく。
黙ることが目的ではない。危険は伝える。ただ、全員の次の一歩までは奪わない。
《経過時間:6分00秒》
《訓練巨兵HP:12%》
残り二分。
六人はまだ立っている。
巨兵の動きは、開始直後より明らかに鈍っていた。ネネは背後へ回り込める位置にいて、フィンにも射線が通っている。
このまま攻撃へ寄せれば、撃破できる可能性はある。
わたくしから見える盤面にも、その線はある。
ネネの重心が前へ落ちた。フィンの弦が半分まで引かれる。
倒せるかもしれない。
その判断に必要な材料は、六人にも見えている。
だからこそ、わたくしは何も言わなかった。
「目的、確認」
先に声を出したのはユアンだった。
「八分。全員生存」
「支援、残り少ないです」
テトラが続ける。
ブランが傷んだ盾を上げた。
「倒すより、戻れる場所を残す」
ネネが前へ落としていた腰を起こす。フィンも引きかけた弦から指を離した。
『倒せるかじゃない。何をしに来たか見ろ』
ライカの声が届いたのは、その後ですの。
六人はもう、撃破へ踏み込まない形を選んでいる。
残り三十秒。
巨兵の腕が大きく振られる。
メイアの《ウィンド・プッシュ》が六人をまとめて攻撃軌道の外へ押し、着地先ではブランが盾を傾けて通過幅を残す。ユアンが空いた前衛役を受け取り、後ろの者が抜けるまでそこを保つ。
誰か一人の最短ではない。
六人が次も動ける場所を残しながら、残り時間だけが削れていく。
《経過時間:8分00秒》
《全員生存》
《時間切れ》
訓練巨兵は立ったままだった。
その前にも、六人全員が立っている。
《配信コメント》
名無しの領民:勝った!
名無しの領民:倒してないのに勝ち
名無しの領民:八分!
名無しの領民:1分34秒から伸びた
名無しの領民:ちゃんと全員いる
前回は正しい道を六本渡し、一分三十四秒で次の一歩を失わせた。
今回は、先に行く者、待つ者、代わる者を六人が繋ぎ、八分間途切れなかった。
表示の端に、小さな通知が一つ出る。
《前回表示異常:再現なし/処理済み》
あの鱗状表示は再現せず、材料も増えていない。今ここで意味を足す必要はございませんの。
通知を閉じる。
目の前には、倒れていない巨兵と、生き残った六人がいる。
「お見事ですわ!」
わたくしは六人へ向けて、扇子を開いた。
「全員生存、時間切れですの!」