PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
部室の空気は張り詰めていた。
達臣がパソコンの画面に二つの波形を並べている。スピーカーから流れるのは昨日録音した声だ。
「おいこっち来いよ」
同じ言葉が三回続く。だが波形は違う。一つ目は昨日の現場録音。二つ目は一ヶ月前の別の証言者が録音したデータだ。
「息継ぎの位置が同じだ」達臣が波形の一点を指差した。「『こっち』と『来い』の間。0.2秒の空白。そして『よ』の上がり幅。全く同じ癖がある」
「同じ癖? 人が話す時って毎回少し変わるよね」優菜が画面を覗き込む。
「変わる。だから此れは録音だ。誰かが記録した声をそのまま再生している。しかも同じ箇所をループさせてる」
ループ。其れが此の怪異の正体だ。聞いた人の声を切り取って何度も流す。だから同じ言葉が繰り返される。
「追加証言も来てる」優菜が端末を見た。「『おいこっち来いよ』って聞こえたって。場所は港近くの倉庫街」
「港か」俺は地図を見た。「また海の方だ」
「行くよ」優菜が即断した。「此れ以上放置できない」
* * *
倉庫街は港のすぐ裏にあった。
鉄骨の骨組みが夕闇に溶け込み錆びたコンテナが壁のように並んでいる。潮の匂いが濃い。其の奥に海が見える。
「此処だね」達臣が地図と照らし合わせる。「証言の場所は此の辺り」
其の時だった。
「おいこっち来いよ」
右から声がした。俺たちの後ろ。
「今の聞こえた?」優菜が振り返る。
「おいこっち来いよ」
今度は左。同じ声だ。同じ間合い。
「来た」達臣が低く言った。「此処でも鳴ってる」
「おいこっち来いよ」
前から。そして後ろから。四方から同じ声が重なって響く。
「優菜! 達臣! 離れるな!」俺は叫んだ。
だが其の声は届かなかった。優菜が右へ歩き出す。「あっちから聞こえる」達臣も左へ向く。「此方だ」
二人の足音が別々の方向へ消えていく。
「待て!」追いかけようとした瞬間背後から強い風が吹いた。
「ネズミ君右!」九衣の声。
俺は咄嗟に右へ転がった。黒い羽根が矢のように俺の今いた場所を突き刺す。翼不可思議だ。空から羽根を降らせている。
立ち上がり周囲を見渡す。優菜も達臣も見えない。倉庫の壁が迷路のように入り組んでいる。
「九衣声の方角分かるか」
「ネットの噂だとね此の怪異は声をばら撒いて進路を惑わせるらしいよ。ただし断定はできないけど」
「断定できなくても構わない! 偽物の声じゃなくて本物の人間の居場所を探すんだ」
俺は走り出した。九衣の案内で倉庫の隙間を抜ける。其処で見かけた。
倉庫の影にうずくまる男子生徒。其の頭上から黒い翼が舞い降りようとしていた。
「危ない!」
叫んだ瞬間別の人影が割り込んだ。
白いシャツに濃灰色のベスト。長身の男が生徒の前に立ち塞がる。
大神だ。
「大神さん!」
彼は振り返らなかった。ただ立っている。其の耳が微かに動いているのが分かった。
「…右壁から反響してる」大神が呟いた。「偽声は反響がない。直接頭に響く音だ」
彼は聞き分けている。偽物と本物を。
「大神さんそいつは声を録音して繰り返す怪異だ! 息継ぎの場所で止まる!」
俺の声に大神は一瞬だけ反応した。其の灰青色の目が俺を見る。
「研究会か」其の声は静かだった。「調査してたのか」
「ああ! 協力してくれ! 生徒を守りたいんだ!」
大神は視線を外した。「同盟のために動くつもりはない」
同盟? 其の言葉の意味は分からない。だが今は其れを問うている場合じゃない。
「同盟とか関係ないだろ! 目の前に人がいる! 守るんだろ!」
大神の手が握りしめられた。其の奥歯が微かに軋む。
「……ああ」
其の時だった。
翼不可思議が羽根を放った。生徒めがけて黒い矢が降り注ぐ。
大神が動いた。迷わず生徒の前に踏み出る。其の背中で覚悟が決まった瞬間周囲の音が遠のいた気がした。
大神の手の中に光が現れた。
狼を思わせる意匠の卵。ライドエグズだ。
其れと同時だった。
俺の手の中にも熱が走った。
掌を見る。其処にはもう一つの卵があった。いつの間にか現れていた。大神の卵と同じ種類だが意匠が違う。二つの卵が淡く輝き短い共鳴音を響かせる。
(此れは……)
驚く暇はない。大神の手元を見たままだ。
彼は戸惑いながらも其の卵を握りしめた。そして腰へ手を伸ばす。其処には既にドライバーがあった。
『狼!』
音声が響く。
大神は短く叫んだ。
「変身!」
白い装甲が其の身体を包み込む。頭部に鋭い意匠が形成され肩と腕へ装甲が乗る。胴体と下半身帯は黒く染まり最後に赤い複眼へ光が灯った。
そして両足へ義足型の武器が装着された。脹脛にブースターが展開し内部機構が低く唸る。足元に冷気と氷の粒が走った。
『仮面ライダー!』
『ライカン!』
白と黒の装甲が夕闇に浮かび上がる。
大神ではない。仮面ライダーライカン。
彼は生徒を背にかばい翼不可思議へ向き直った。
俺は自分の手元にあるもう一つの卵を見つめた。
共鳴した意味を考えるよりも先く此処で俺は変身しない。今は彼に任せるしかない。
風が吹き抜け冷気と潮の匂いが混ざった。