PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第5航路 放課後の遠吠え 7/7 目覚める間の奇妙な現象

朝、目が覚めたのは六時半だった。

 

南星学園都市の学生寮、二〇三号室。本土から送った段ボールが二箱、まだ開けられずに壁際で俺を睨んでいる。いや、んんではいない。段ボールだし。

 

カーテンを開けるともう日差しが強かった。七月の沖縄。朝から容赦がない。窓の外には白く光る道とその向こうに青い海。港から聞こえる波の音にかもめみたいな鳥の声が混じっている。南星学園都市は島の中央からやや北側に広がる学園特区だ。寮から見える景色は本土の工業地帯とはどこか質が違う。空気に潮の匂いが混ざって胸の奥までしっとり入ってくる。

 

 

 

「起きたか。おはよう、ネズミ君」

 

机の上で、シーサーのぬいぐるみがこっちを見ていた。

 

俺は「おはよう」と言って、洗面所へ向かう。歯を磨いて顔を洗って、制服に着替える。南星総合学園の制服は白いシャツに灰色のスラックス。校章入りの紺のネクタイを締める。腕時計を確認。七時だ。余裕がある。

 

「九衣。お前、鞄に入るのか」

 

「当たり前だろ。私、カバン要員だから」

 

「かわいくないぞ」

 

「ぬいぐるみはかわいいんだよ。中身がちょっと癖あるだけ」

 

「中身が本体だろ」

 

「配信者は中身より外見が大事なこともある。モノによる」

 

九衣が、机の上で前脚をちょいちょいと動かし「さあ、私を入れろ」と催促する。俺はシーサーのぬいぐるみを抱え、通学用のボストンバッグの隙間に押し込んだ。半分だけ顔を出して、呼吸するみたいな格好になる。

 

「暑くないか。窒息するぞ、ぬいぐるみ」

 

「死んでるから平気」

 

「だろうな」

 

「だから、死体をカバンへ入れる程度の良心でも私は嬉しい」

 

「お前本当に朝から縁起でもないな」

 

バッグの口を少し開けて、九衣を隠す。ぴくりと耳が動いた。寮の入り口のドアを出る。日差しが腕に刺さる。まだ朝なのに、もう気温が高い。風が生ぬるい。この島の空気に慣れるのは、しばらくかかりそうだ。

 

 

 

通学路は、港から延びるメインストリートと合流する。学生寮から南星総合学園までは歩いて十五分。途中に商店街があって、朝からパン屋と沖縄そばの店がやっている。クラスメイトらしい制服姿があちこちにいた。みんな涼しそうな顔をしている。こっちはまだ背中に汗が滲んでいるのに。

 

「ネズミ君、お腹空いた。ポーク玉子おにぎり買おう」

 

「お前、俺の財布を自分のものだと思ってないか」

 

「同じカバンに入ってるんだから、家族みたいなものだろ」

 

「ぬいぐるみが何を言っても響かない」

 

「むむ」

 

それでも、商店街の入り口にあった小さな店先でポーク玉子おにぎりを二つ買った。一つは九衣に渡す。店のおばあが「あんた、食べるの早いねえ」と笑った。いや俺、まだ食べてないです。コイツです。このカバンの中の幽霊です。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

南星総合学園の校門は島の石垣をモチーフにした灰色の柱でできていた。門をくぐると、渡り廊下で各校舎がつながっている。二年三組の下駄箱は昇降口の一番端。潮風が入り込む場所で、扉が少し開いている。靴を履き替えながらバッグの中の九衣が「海の匂いがする。好きだ」と呟いた。俺は小声で「声出すな」と返す。

 

教室は三階。廊下からはもう学生達の声が聞こえている。ホームルーム前の教室に入ると、五、六人がこっちを見た。去年まで一緒だった連中じゃない。この中に、転入生は俺一人。当たり前だ。全員がもう友達がいて、居場所があって今は俺という異物を確認している。

 

「静かに、席につけよー」

 

先生が入ってきて黒板の横に立った。女性の教師で、髪をアップにしている。朝の挨拶のあと居住まいを正して「今日から一緒に学んでもらう転入生を紹介します」と言った。

 

「ほら、自己紹介して」

 

教室の前へ立った。四十人以上の視線が一気に突き刺さる。胃がちょっと縮む。後ろの席のやつが、小さく「転入生か」と声を漏らした。聞こえている。こっちは耳がいい。

 

「真瀬結人です。えっと、本土から引っ越してきました。まだこっちのことに慣れてなくて、分からないことだらけです。よろしくお願いします」

 

深くお辞儀をする。教室がわっと小さく沸いた。最後尾の窓側の席を指されて、俺はそこへ向かう。すれ違いざま一人の女子と目が合った。前髪を横に流した明るい顔の子だ。口元だけで「よろしく」と言われた気がした。

 

席に座って、バッグを机の横に下ろす。九衣がもぞと動いた。こいつ、絶対くつろいでる。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

一時間目のチャイムが鳴って、教科書を開く。島の学校は編入者に合わせた補助のカリキュラムがあるらしい。先生が「真瀬君、分からないことがあれば近くの席に聞いてね」と言った。近くの席。隣は、空いていた。いや一限目が始まってすぐ、遅れて一人男子が滑り込んでくる。

 

「遅刻したか。危なかった」

 

小さい声で、そう言って座る。短い黒髪に浅黒い肌。シャツの袖をまくっていて、クーラーバッグからペットボトルを取り出した。俺へ目を向けて、軽く会釈する。

 

「真瀬君、よろしく」

 

「よろしく」

 

声は低めでやけに落ち着いていた。麻尾達臣。あとで優菜が「家庭教師みたいな副部長」と紹介する例の男である。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

二時間目と三時間目の間の休み時間例の女子が声をかけてきた。

 

「ねえ真瀬君。南星に来たばかりで部活決まってないでしょ?」

 

明るくて、間近で見ると目が大きい。前髪の奥の瞳が好奇心で光っている。彼女は瑞生優菜という。同じクラスで、この春から「ちょっと変な部活」を始めたそうだ。

 

「変な部活?」

 

「失礼。島の文化にまっすぐな部活だよ」

 

「部活名からしてすごい気になる」

 

横から、さっき遅れてきた麻尾が補足する。

 

「不可思議事件研究会。この島の伝承や、都市伝説、あと実際に起きた失踪事件の記録を調べてる。部としては結構まともだ。部長がたまにすっ飛ばすだけで」

 

「ちょっと、副部長。すっ飛ばすって何」

 

「すっ飛ばすって言っただろう」

 

「言ったのいま」

 

優菜がぷく、と頬を膨らませる。俺は少し笑った。二人の掛け合いが、妙に完成されている。こういうクラスに新しい人間が入るのは簡単じゃないけど、向こうから声をかけてくれるのは助かった。いや、助かったでは済まない気はする。

 

「真瀬君、今日の放課後良かったら部室に来ない?」

 

「いきなり勧誘か」

 

「勧誘です」

 

「面白い部活だと思うよ。幽霊の一体や二体、すぐ見つかる」

 

「いや幽霊はダウトだろ」

 

俺のカバンの中で、九衣が身じろぎした。お前じゃない。お前は違う。たぶん。

 

「怪談は好きか?」

 

麻尾が、こちらを見ていた。黒い目が静かで笑ってるのに奥を探られている気配がする。

 

「どっちかって言うと、機械を触る方が得意だけど」

 

「ふうん。この島は、古いものと新しいものがごっちゃになってる。得意なことがあると、調べ物に役立つ」

 

「なに、麻尾は私の部活を売り込んでくれてんの」

 

「部費のため」

 

「結局それかよ」

 

笑いながら、優菜が俺の机にプリントを置いた。活動日と部室の場所が書いてある。「強制はしないから、来たくなかったら来なくていいよ」とそこで初めて少し声を低くした。

 

放課後まで、あと四時間ある。俺は窓の外を見た。青い空に薄い雲が出ている。海がきらきら光っていた。

 

そのとき窓に人が映った。

 

廊下を通る生徒の影。一瞬だ。誰かの後ろ姿が、一歩遅れて、ガラスの中を滑っていくように見えた。気のせいだ。そう思う。でも、バッグの九衣が小さく鳴った。

 

「…今の」

 

俺にしか聞こえない声だった。

 

「あとで話す。いいな」

 

とだけ、九衣は言って黙った。

 

教室の空気は、どんどん明るくなる。休み時間のざわめきに、遠くの船の汽笛が混ざってどこか夢みたいな騒がしさが続いていた。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

午後の授業は眠かった。教室の温度が上がって目がしょぼしょぼする。歴史の先生が淡々と沖縄の歴史を語っている声がBGMみたいだ。

 

ふと窓を見た。

 

廊下側の窓ガラスに人が映っている。向こうを歩く生徒の影だ。二組の女子が歩いていく。影がガラス越しに揺れる。

 

(あれ?)

 

俺は目を細めた。

 

女子二人の影がガラスの中を滑っていく。でも本物の女子はもう角を曲がって見えなくなっているのに影だけが一瞬遅れて角へ消えていった。

 

(遅れてる? 影だけ)

 

心臓がドクンと跳ねた。

 

何だ今の。現象か? 勘違いか?

 

俺は思わず廊下側を見た。誰もいない。影も消えている。

 

(気のせいか…)

 

そう思って前を向くと達臣と目が合った。達臣は俺が廊下の方を見ていたことに気づいていたらしい。無表情のままじっとこちらを見ている。何も言わない。ただ見ているだけだ。

 

(見られてる…)

 

背中が少し痒くなった。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

放課後チャイムが鳴ると同時に教室中が動き出した。

 

「真瀬君行こう!」

 

優菜が俺の手首を掴んだ。

 

「えちょっと」

 

「部活見学! 麻尾鍵頼んだ!」

 

「ああ」達臣は鞄から鍵を取り出した。「行くぞ」

 

三人で特別棟へ向かう。渡り廊下を抜けると空気が変わった。本棟より古い建物だ。壁がコンクリート剥き出しで配管がむき出しになっているところがある。

 

「ここ旧校舎だからちょっと古いけど」優菜が説明する。「でもその分静かで集中できるの」

 

(集中って何に)

 

鍵を開ける達臣の手つきは慣れていた。「不可思議事件研究会」の手書きプレートがかかった扉。

 

カチャリ。

 

鍵が回る音がやけに大きく響いた。

 

「お待ちどうさま」優菜が扉を開けた。

 

古い本の匂いと埃っぽい空気が流れ出してくる。

 

俺はその空気を吸い込みながら一歩踏み出した。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

十二支同盟のアジトは、南星学園都市から海を渡った小島の地下にあった。

 

旧日本軍の地下壕を改装した会議室。コンクリートの壁に真鍮の配管が走り、天井から下がる裸電球が、長い机の上に並ぶ資料を白く照らしている。潮の匂いが微かに漂う。機械の駆動音と換気扇の回転音が、絶え間なく低い背景音を作っていた。

 

麻尾達臣が会議室へ入ると、既に全員が揃っていた。

 

長い机の上には、事件資料、島々の地図、報道記事を表示する端末が並んでいる。古い記録と現代の機器が同じ机の上に混在している。其れが此の組織の時間の厚みを表しているようだった。

 

達臣は自分の席へ着き、手元の調査報告書を机の上へ置いた。紙の端を指先で揃える。癖だった。思考を整える動作だ。

 

「全員揃ったね」

 

嶺髙華武利が、机の上座に腰掛けたまま言った。其の声は柔らかく、提案のように響く。だが其の瞳は、全員の顔を一巡していた。

 

「直近の報告から聞こうか。達臣」

 

達臣は頷き、報告書を開いた。

 

「第五航路の不可思議事件は解決した。瞳不可思議と仮称する敵を撃破。被害者は全員救助済み。一般市民への影響は最小限に抑えた」

 

「一般市民の中に、あの鼠のライダーはいたのかね」

 

華武利の問いは短かった。だが其の一語が、室内の空気を一度だけ締めた。

 

達臣の指が報告書の端で止まった。

 

「いた。仮面ライダーマイス。本名は真瀬結人。南星総合学園高等部二年生。転入して一ヶ月弱の一般人だ」

 

「一般人、ね」

 

ダットが懐中時計を開き、時間を確認してからパチリと蓋を閉じた。其の音が静かな室内に小さく響く。

 

「一般人が不可思議を倒す? 早すぎるわ」

 

「早い遅いじゃないだろ」ティグルがダットの言葉を受ける。「問題は経緯だ。その真瀬という人間が、どうしてライドエグズを手にしたのか。どうして変身できるのか。そこを確認しないと」

 

ティグルの声は穏やかだが、其の目は達臣の報告書を見ていた。情報の出所と危険性を確かめる目だ。

 

「其れについては、まだ分からないことが多い」達臣は正直に言った。「彼がライドエグズを手に入れた経緯は、俺の調査範囲外だ。だが戦闘能力は確かだ。複数のフォームを使い分けている」

 

「複数?」ジャオが身を乗り出した。短く断定的な声。「一つのライドエグズで複数の姿か。それは確かなのか」

 

「確かだ。俺自身が目撃している」

 

達臣の脳臣の脳裏に、倉庫街での戦闘がよぎった。ウルフフレームへの変身。白銀の装甲が夜を裂く加速。大神の覚醒に共鳴して現れた新しい卵。だが其れを言葉にする前に、視線を報告書へ戻した。

 

「マウスフレーム、タートルフレーム、ウルフフレーム。最低でも三つの形態を確認している」

 

「三つ…」エンデが研究ノートを開き、ペンを走らせた。「一つのライドエグズが複数の神話を保持している可能性がある。通常は一つの仮面に一つの役割だが、彼の場合は例外なのか。それともライドエグズ自体に多面性があるのか」

 

「エンデ、仮説は後でいい」華武利がエンデの言葉を止めた。「過去の事件資料との照合を先にやろう。ダット、君の報告を」

 

ダットが頷き、机の上の資料を前に出した。

 

「影時間とタルタロスについて調べた。情報の出所は限られているが、深夜にのみ現れる異変の記録が複数ある。特定の時間帯にのみ活動する敵と、其の時間に巻き込まれた人間の無気力状態。証言の内容は一致している」

 

「日時は」ティグルが訊いた。

 

「十年以上前だ。正確な年月日は出所の信頼性によってばらつきがある。但し、深夜に発生した点と、被害者が記憶を失っている点は共通している」

 

「記憶喪失か」ヴァンケンが歌集に挟んだ栞を指で押さえた。「我々の知る不可思議の被害とも共通するな」

 

ケイがスマートフォンを操作し、画面を机の中央の端末へ映し出した。当時の新聞記事のスキャン画像が表示される。

 

「此れ、当時の地方紙の記事。深夜に若者が意識不明で発見されたって書いてある。原因不明。記事自体は短いけど、同じ時期に同じ地域で複数件報告されてるよ。転載や引用も確認した。出所は本物だと思う」

 

「本物か。だが記事に書かれていない部分もあるはずだ」ジャオが腕を組んだ。「敵の強さは。倒すのに必要な戦力は。其れは記事には残らない」

 

「残ってないね」ケイが端的に認めた。「だからネットの噂と記事を分けて整理してる。噂の方は、もっと詳しいんだよね。異世界が出現したとか、巨大な塔が出現したとか。信憑性は低いけど量はある」

 

「量はあるが正確さはない。其の区別をしないと、仮説が事実に化ける」ティグルが釘を刺した。「ダット、影時間の証言で、具体的な敵の姿は確認できたか」

 

「形状の記述はある。だが信頼性は低い。共通しているのは『深夜にだけ現れる』という点だけだ」

 

ダットは短く答え、懐中時計をもう一度開いた。時間を確認する癖。達臣は其の動作を見ながら、ダットが此の報告にどれだけの時間をかけたかを想像した。

 

 

 

「次はヴァンケン。稲羽市の事件だ」華武利が促した。

 

ヴァンケンが歌集を閉じ、別のファイルを取り出した。落ち着いた動作だ。

 

「稲羽市で起きた連続失踪事件と、マヨナカテレビと呼ばれる都市伝説の比較を行った。失踪事件は実際に起きている。報道もされている。但し、マヨナカテレビの噂と失踪事件の直接的な因果関係は、報道では確認されていない」

 

「現地調査は」ティグルが訊いた。

 

「ムトンが同行した」

 

ムトンが、それまで伏せていた顔を上げた。眠たげな目。だが其の口は明確だった。

 

「ケン様と一緒に行った。現地の人に話を聞いた。夜中にテレビを見ると誰かが映るって言ってた。実際にテレビを見て失踪した人もいるって」

 

「確認できたのか」ジャオが訊いた。

 

「現地の人はそう言ってた。でも其れが本当にテレビのせいなのかは分からない。ただ、其の時期に失踪者が増えたのは事実だ」

 

「ムトンの見聞きした事実は、あくまで証言の範囲だ」ヴァンケンが補足した。「我々が確定できるのは、稲羽市で特定の時期に失踪事件が集中したこと、そして其の時期にマヨナカテレビの噂が流布していたこと。此の二点だけだ」

 

「救助の条件は」ジャオが問うた。「敵を倒せば被害者が戻るのか」

 

「報道では、失踪者が発見された後に事件が終結している。因果関係は不明だが、時系列としては一致する」

 

「一致するなら、倒せば終わる可能性が高い」ジャオが断定した。

 

「可能性であって確定ではない」ティグルが制した。「ジャオ、飛び込む前に条件を確認しろ」

 

「分かっている」ジャオは短く返したが、其の目は戦意を宿していた。

 

 

 

「達臣。東京の事件だ」華武利が視線を向けた。

 

達臣は指先で紙の端をもう一度揃え、もう一つのファイルを開いた。

 

「東京で起きた精神暴走事件と、怪盗団と呼ばれる集団の活動について報告する。精神暴走事件は報道されている。発症者は突然異常な行動をとり、周囲に危害を加えるケースがあった。其の時期に怪盗団の予告状が公開され、其の後に事件が終結した」

 

「予告状と事件の順序は」ティグルが訊いた。

 

「予告状が先だ。怪盗団が標的を予告し、其の後に標的となった人間が精神暴走を起こし、最終的に怪盗団が介入して事件が終結した」達臣は端末の画面を示した。「ケイ、記事の時系列を」

 

「うん、確認した。予告状の公開日と、精神暴走の発症日の間には数日から一週間の差がある。順序は明確だよ。予告が先、発症が後」

 

「心への干渉だ」エンデがペンを止めた。「怪盗団が予告した人間が精神暴走を起こしたというなら、予告其のものが心への干渉のトリガーになった可能性がある。我々の知る不可思議の精神干渉と似ている」

 

「似ているが、同一ではない」ティグルが釘を刺した。

 

「勿論。仮説だ」エンデは手を止めた。「だが、心の歪みを突かれて暴走する仕組みは、不可思議が人の不安を利用して取り込む仕組みと構造が似ている。マカシキが人の心から生まれ、不可思議として実体化する流れと、精神暴走の発症メカニズムには共通項があるかもしれない」

 

「マカシキと精神暴走の関連は確定なのか」ジャオが問うた。

 

「確定ではない。記録の上では、マカシキが人の心から生まれる点は確認されている。だが精神暴走がマカシキと同じ原理かは、まだ検証していない」

 

「検証できていない仮説を戦力計算に使うな」ティグルの声が少し硬くなった。「エンデ、お前の仮説は参考にするが、行動の基準にはしない」

 

「分かっている」エンデはペンを置いた。「ただ、興味深い。マカシキから不可思議への流れと、心の歪みから精神暴走への流れ。其の構造的類似は偶然とは思えない」

 

華武利がエンデの言葉を受けた。

 

「構造が似ているなら、過去の事件で起きたことも学園都市で起きる可能性がある。其れを前提に調査を進めよう」

 

其の言葉は短かった。だが室内の空気が変わった。調査の方向が定まったのだ。

 

達臣はもう一つの資料を取り出した。

 

「もう一点報告がある。真瀬結人の複数フォームについて。彼はマウスフレーム、タートルフレーム、ウルフフレームの三形態を確認している。タートルフレームは防御特化、ウルフフレームは加速特化。マウスフレームは元の基本形態だ」

 

「一つの卵で三つの姿か」ダットが呟いた。「私のライドエグズとは違う」

 

「彼だけの特殊性なのか、それともライドエグズ自体の可能性なのか」エンデが再びペンを取った。「もしライドエグズに多面性があるなら、我々の装備開発にも影響する」

 

「エンデ、 後だ」華武利が止めた。「達臣、真瀬の複数フォームの切り替え条件は分かるか」

 

達臣は一瞬言葉を選んだ。倉庫街での戦闘を思い出す。大神の覚醒に共鳴してウルフフレームの卵が現れた瞬間。マリナとの絆でタートルフレームが目覚めた夜。其れを全て話すわけにはいかない。結人の秘密を代わりに語る権利は、達臣にはない。

 

「明確な切り替え条件は分かっていない。だが、危機に直面した時に新たなフォームが発現している点は確認できる」

 

「危機がトリガーか」エンデが書き留めた。

 

「あるいは他者との関係がトリガーかもしれない」ヴァンケンが静かに言った。「記録では、現御魂の力は他者との絆によって増幅される。真瀬結人の複数フォームが絆によって発現しているなら、其れは我々の知る現御魂の性質と一致する」

 

「仮説だな」ジャオが短く言った。「だが、戦闘力が上がっているなら事実として受け止める」

 

「戦闘力は上がっている」達臣は認めた。「但其れは彼が強いのか、ライドエグズが特殊なのか、其の区別はまだつかない」

 

ティグルが手元のノートを閉じた。

 

「確定事項と未確認事項を整理する。確定しているのは、過去に沖縄を含む各地で異世界に関わる事件が起きたこと。其の事件が収束したこと。現代の学園都市で不可思議事件が発生していること。真瀬結人が複数の形態を使うライダーであること。未確認なのは、過去の事件と現在の事件の因果関係、ライドエグズとペルソナの同一性、不可思議とシャドウの同一性、真瀬結人の力の来源だ」

 

「過去の事件の黒幕や能力者の個人情報は」華武利が訊いた。

 

「情報の入手経路が限られている。根拠のない推測は避ける」ティグルは端的に答えた。

 

華武利は頷き、机の上の地図を広げた。学園都市と周辺の島々が描かれている。

 

「次の調査方針を決める。ジャオ、ヴァンケン。学園都市の現地調査に行け。島で増加している不可思議事件の現場と、研究会が集めている記録を確認する」

 

「了解した」ジャオが短く頷んだ。

 

「承知した」ヴァンケンが歌集を脇に置いた。

 

「ムトンは二人に同行し、現地の証言収集を支援しろ」

 

「分かった…ケン様と一緒なら行く」ムトンが眠たげな目を少し開けた。

 

「ケイは引き続き情報収集。過去の事件と現在の事件の共通項を探せ。記事と噂を分けて整理するんだ」

 

「了解。スマホと端末回してくれたらすぐやるよ」ケイが既に画面を操作し始めていた。

 

「エンデは此処で各員の報告資料を分析する。仮説を立てるのはいいが、事実と推測を混ぜるな」

 

「分かっている。ただ、マカシキから不可思議への流れと、心の歪みから精神暴走への流れ。其の構造的類似はどうしても気になる」

 

「気にするのはいい。だが行動の基準にするな」華武利はエンデの目を見て言った。「エンデ、お前が一番ブレやすい。其れを忘れるな」

 

エンデは少し肩をすくめたが、ペンを止めた。

 

「達臣」

 

華武利の視線が達臣に向いた。達臣は背筋を伸ばした。

 

「学園での観察を継続しろ。真瀬結人の行動、研究会の活動、新たなライダーの出現。其れを報告しろ。但し、接触は最小限に留める」

 

「分かった」

 

「それと」華武利は少し間を置いた。「真瀬結人が次代の御魂遣いか、排除すべき敵か。其の判断はまだ早い。観察を続けろ。だが、彼が人を守るために動いているなら、其れは事実として記録しておけ」

 

達臣は頷いた。其の言葉の意味を噛み締める。次代の御魂遣いか、排除すべき敵か。真瀬結人は人を守るために動いている。其れは事実だ。だが事実と判断は別だ。達臣は其の判断を下す前に、もっと見なければならない。

 

華武利が会議の終わりを告げた。

 

「各自、持ち場へ戻れ」

 

達臣は報告書を閉じ、ファイルに綴じた。指先で紙の端を揃える。癖だ。思考を整える動作。

 

机の上の地図を見た。学園都市と周辺の島々。此の島のどこかで、真瀬結人が動いている。彼が次に何をするか。其れが次の調査と重なる可能性を達臣は感じていた。

 

ファイルを閉じて立ち上がる。学園へ戻る準備を始めなければならない。

 

会議室を出る時、達臣は一度だけ振り返った。机の上に残された地図と資料。過去の事件と現在の事件。其の間に埋もれている答えを、達臣はまだ見つけていない。

 

だが其れを見つけるために、達臣は学園へ戻る。

 

真瀬結人の隣で。麻尾達臣として。

 

其の夜、遠くで船の汽笛が鳴った。低く長く、夜の海へ溶けていく音だった。

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