PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
ジャオの鎌が、又迫った。
今度は連続だ。上段中段、下段。三連撃が俺のマントを狙う。ヘッジホッグプラスを正面へ回し、棘の面で受け止める。一撃二撃、三撃。金属が棘を削る音と火花が夜の倉庫街に散る。衝撃はマント越しに腕へ走るが、棘が力を分散させている。
「其のマント、面白い」
ジャオが鎌を引いた。其の赤い複眼がマントの棘を計算している。触れれば刺さる。接近には棘の面がある。ならば──
鎌が投げられた。
回転する黒い刃が上から迫る。俺はマントを上へ回して其れを受けた。棘に鎌が食い込み火花が散る。防げた。だがジャオの攻撃は此れで終わらない。
蛇腹だ。
其の長い尾が、地面を這うように低く薙ぎ払われる。狙いは俺の足元。マントは上へ回している。下は無防備だ。
「──っ!」
俺は跳んだ。だが遅かった。蛇腹の先端が左足の脹脛を掠める。バランスが崩れる。膝が落ちる。咄嗟にマントを下へ回したが、其の隙にジャオが距離を詰めてくる。
「ネズミ君、足元!」
九衣の叫びが届いた瞬間俺は既に体勢を立て直し始めていた。マントを身体の前へ回し、棘の面をジャオへ向ける。ジャオが踏み込みを止めた。棘に触れるのを避けたのだ。
息を吐く。まだ終わっていない。だが、此のままだとジリ貧だ。
(マントだけじゃ足りない。ジャオは投擲で上を引き、蛇腹で下を狙う。俺がどちらかに対応すれば、もう片方が来る)
別方向の戦いも激しさを増している。ホヌスはダットのラビットソードを水流で受け流しながら、後退を繰り返している。ダットの加速が速い。ホヌスの水流でも完全には追いつかない。
「真瀬君、あたしは大丈夫! 此方は何とかするから!」
ホヌスの声は強気だ。だが其の足運びには余裕がない。ダットの跳躍を横へ流しながら、必死に間合いを維持している。
ライカンはリドと対峙している。氷の粒子と黒い装甲が睨み合う。リドは動かない。ライカンも動かない。互いに牽制し合っている。だが其の静止もいつ破れるか分からない。
(三人とも押されている。此処で俺がジャオを止めないと、全員が潰れる)
俺はマントの持ち方を変えた。片手で其の一端を掴み、身体の横へ構える。小さく速く動かせるように。全面を守るのではなく、必要な方向へだけ回す。
ジャオが又動いた。
鎌を投げる素振りを見せる。俺はマントを上へ回す。だが──
投げなかった。
ジャオの手が鎌を握ったまま、其の身体が低く滑り込む。蛇腹が地面を這う。俺はマントを下へ回す。だがジャオは鎌を上段に構え直す。上下の揺さぶりだ。どちらが本命か分からない。
(此れがジャオの戦い方か。二方向から圧力をかけて、俺の守りを分散させる)
俺はマントを上へ回したまま、足元を見た。ジャオの蛇腹が来る。だが其の軌道は一定ではない。蛇腹全体がしなり、角度を変えながら迫る。読みづらい。
蛇腹が左足へ絡みつこうとした。俺は跳んだ。だが今度は高く跳ばない。低く横へ流れる。マントを身体ごとひねり、蛇腹の軌道から逃れる。其のまま回転の遠心力を乗せてマントを振った。
棘付きの縁が、ジャオの腕装甲を叩く。
「──っ」
ジャオが後退した。其の腕に浅い棘の痕が走る。だが深くはない。ジャオの装甲は軟体化で衝撃を流している。棘が刺さる瞬間に身体をしならせ、貫通を防いでいるのだ。
「効かんな」
「其の程度でどうにかなると思ったか」
ジャオが鎌を構え直す。其の赤い複眼はまだ冷静だ。此の戦いで初めて、ジャオが俺の攻撃を完全に受け止めた。
(やっぱり決定打にならない。棘は牽制にはなる。だが此れだけじゃ倒せない)
ジャオが又動いた。今度は距離を取ってきた。投擲と蛇腹を組み合わせた攻めに切り替える構えだ。其の動きを見て、俺はある考えに至る。
(此奴を倒すんじゃない。退避経路を確保するんだ。マリナと大神さんと対象者を守りながら、出口まで持っていく)
「九衣、対象者と出口の位置」
「聞いてるよ。対象者はホヌスの後方、コンテナの陰にいる。出口は南側の通路。だがジャオが其の経路を塞いでる」
「分かった」
俺はマントを構え直した。守るべきものは目の前の敵ではない。背後の対象者と、出口への通路だ。
ジャオの鎌が飛んでくる。俺はマントで其れを受け、身体をひねって棘の縁を振る。ジャオが其れを避ける。其の隙に、俺は半歩だけ横へ移動した。ジャオが俺の側面へ回り込もうとする。其の動きをマントの棘の裾で牽制する。
「何だ其の動き」
「守りながら動くだけだ」
ジャオの眉が微かに動いた。其の赤い複眼が俺の立ち位置を測る。俺は出口と対象者を結ぶ線を塞がない位置に立ち、ジャオを引きつけている。
ホヌスの声が響く。
「今!」
俺は振り返らなかった。聞こえた足音と水流の音だけで判断する。ホヌスが対象者を抱え、次の遮蔽物へ移った。ダットが其れを追おうとするが、ライカンが横から氷の壁を張り、進路を塞ぐ。リドが其の隙間を縫って対象者へ近づこうとする。だがホヌスはもう次の遮蔽物の陰に移動している。
「ネズミ君、経路が見えた。ホヌスが対象者を運んで、ライカンが追撃を遮れば出口まで三回の移動で行ける。其の間、君がジャオを引きつけてくれれば」
「分かってる」
俺はジャオへ向き直った。マントを全面に広げ、棘の列を相手に見せる。ジャオの動きが一瞬止まる。此のマントがある限り、正面からの突破は難しくない。だが側面と足元は隙だらけだ。だからジャオは其処を狙う。
(其れでいい。其処を狙わせている間に、二人が動く)
ジャオが蛇腹を低く薙いだ。俺は跳んだ。鎌が上から来る。マントを上へ回す。蛇腹が下から来る。マントを下へ回す。二方向への対応を繰り返しながら、俺は一歩ずつ横へ動く。ジャオを出口から引き離す方向へ。
「結人、上手い」
九衣の声が通信から響いた。
「ジャオを出口から遠ざけながら、対象者の移動を妨害させない。其れが今の最善だね。ただし此のままだと君が消耗する。長くは持たないよ」
「分かってる」
ホヌスが対象者を三度目の遮蔽物へ移した。ライカンがダットの追撃を遮り、リドの進路に氷の壁を張る。リドは其の壁を跳び越えるが、着地と同時にライカンがフェンリスのブースターで側面へ回り込む。其の連携で対象者は出口へ近づいていく。
ジャオが俺の横へ回ろうとした。
其の瞬間、俺はマントの向きを変えた。棘の裾を振り、ジャオの踏み込みを止める。ジャオが後退する。其の一秒の間に、ホヌスが対象者を最後の遮蔽物へ移した。出口まであと少しだ。
「行け!」
俺は叫んだ。ホヌスが頷き対象者を抱えて走る。ライカンが其の背後を守るように氷の粒子を撒く。リドとダットが追うが、ライカンの氷とホヌスの水流が其れを阻む。
対象者が出口へ消えた。
ホヌスもライカンも其の後に続く。
「ネズミ君、あんたも来な!」
ホヌスの声が響く。俺はジャオへ向き直った。其の赤い複眼が俺を見ている。鎌を構え、蛇腹を低く這わせている。
「逃げるか」
「逃げるんじゃない。退くだけだ」
「同じだ」
「違う。此処でお前を止めるのが目的じゃない。人を守るのが目的だ。其れは果たした」
ジャオが微かに笑った。いや、笑ったかどうかは分からない。だが其の構えが少しだけ緩んだ。
「次は逃がさない」
「其れは次に言え」
俺はマントを畳み後退した。ジャオは追わなかった。だが其の赤い複眼は、次こそはと燃えている。俺は出口へ走った。背中にジャオの視線を感じながら。
出口をくぐり抜けると現実の港の空気が頬を打った。潮の匂いと、遠くの船の汽笛。異界の膜が背後で閉じていく。
「真瀬君!」
マリナが駆け寄ってきた。ホヌスの装甲はもう解け、元の姿に戻っている。対象者の女子生徒は大神が支えていた。意識はある。目を開けて、此方を見ている。
「大丈夫か、あんた」
「はい…何だか、夢みたいな」
「夢じゃないよ。でももう終わったから」
マリナが女子生徒の肩を軽く叩いた。大神は何も言わずに女子生徒の様子を確認している。
変身を解いた。ヘッジホッグプラスのマントが光となって消える。疲労がどっと肩へ乗る。膝が笑う。だが立っている。
「ネズミ君、どうやら相手も退いたみたいだね」
九衣の声が鞄の中から響く。
「ネットの噂だとね、十二支同盟って組織は獲物を追う時は執拗だけど、引く時は綺麗に引くらしいよ。ただし断定はできないけど」
「断定できなくていい。今は此れで十分だ」
俺は振り返った。異界の入り口はもう閉じている。港の倉庫街が、いつもの夕暮れに包まれている。だが其の向こうに、まだ見えない敵がいる。ジャオの赤い複眼が、頭から離れなかった。
(裏切り者、か。誰のことを言ってるんだ)
答えは出ない。だが次に会った時、聞くしかない。
「帰ろう」俺は言った。「此の子を送ってから」
「うん」マリナが頷く。「あの、真瀬君」
「何だ」
「あの黒い猫のライダー。あの人、此の子を助けたよね。一度だけ。任務に戻ったけど、あの時あの子を庇ってくれた」
「ああ。見てた」
「敵なのかな、味方なのかな」
「分からない。でも人を助けた。其れは事実だ」
マリナは少し考えてから頷いた。大神は何も言わなかった。ただ女子生徒の手を引き、港の方へ歩き出した。其の背中は、いつも通り冷静で何を考えているか分からない。
俺は三人の後を追いながらポケットの中でシードエグズを握った。ヘッジホッグプラス。ハリネズミの力。棘は牽制になる。完全な解決にはならない。だが使い方次第で、仲間を守る時間を作れる。
(次は此れを使いこなす。其れまでに、もっと強くならなきゃならない)
夕陽が水平線へ沈んでいく。空が紫と橙に割れている。其の境界線の向こうに、十二支同盟が待っている。次はいつ来るか分からない。だが来るなら、受けて立つ。今度はもっと上手く。
カバンの中で九衣が小さく呟いた。
「ネズミ君、お疲れさま。配信的には最高の素材だったよ。でも視聴者としては、次はもっと安全な回を希望するかな」
「努力する」
「其れと、あのジャオって人。蛇っぽい動きだったね。ネットの噂だとね、蛇の力を宿すライダーって執念深い人が多いらしいよ。ただし断定はできないけど」
「お前の噂は当たるのか外れるのかどっちなんだ」
「どっちでもないよ。噂は噂だからね。でも一つだけ言える」
「何だ」
「次に会った時、気をつけて。あの人多分まだ君を狙ってる」
俺はポケットの中のシードエグズを握り直した。其の硬い感触が、次への備えになる。
「分かってる」
俺たちは夜の港を歩いた。遠くで汽笛が鳴った。低く長く、夜の海へ溶けていく音だった。