PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
「・・・奴は本当に悪魔とは何も関係ないんだな」
ジャオは、今回の戦いにて、同行したリドこと達臣に睨みながらも呟く。
「えぇこれまでの経歴もそうですが確かに」
「だったらこれまでの戦いではどういう事。ライドエクズだけじゃなくてシードエクズまで」
弱々しい返答が気に入らないダットは呆れながらも、手元にあるシードエクズを見つめながら。
「・・・それは僕にも分かりません」
「お前も分かっているはずだろ、このシードエクズには、悪魔の力が込められているのを」
ダットの長い耳が ピクリ と動いた。其のマゼンタ色の複眼が、手元のシードエグズからジャオの方へ向けられる。机の上に置かれた白い卵。表面に浮かぶ棘の意匠。ヘッジホッグ。ハリネズミの力を宿した、シードエグズだ。
「悪魔の力。そう、其れは確かだ」
ダットは短く認めた。だが其の認め方は、ジャオが求めたものとは違った。
「だがあいつは其れを姿に被らなかった。ライドエグズを使えば身体其れものが変わる。だがあいつはシードエグズを起動した時、マウスフレームのままだった。姿は変わらず、背中に棘付きのマントが広がっただけだ」
「其れが問題なんだ」
ジャオが机を一つ叩いた。コン、と乾いた音が会議室に響く。其の拳には力が込められていたが、音は控えめだった。此処は十二支同盟のアジト。壁が厚い。だが声の響きは、其の分だけ静かになる。
「シードエグズは武装として展開した。あいつは其れを防御に使った。マントを前に回して鎌を受け、棘の面を向けて接近を牽制した。使い方は間違っていない。だが──」
ジャオは一瞬目を細めた。赤い複眼が、机の上の資料へ向けられる。達臣が提出した戦闘報告書。其の文章の中に、ジャオ自身が記述した戦闘記録が含まれている。
「防御範囲を過信していた。マントを正面に広げた瞬間、足元が空いた。あそこで蛇腹を一本通せば潰せた。実際、一度は通した」
「一本通したけど、二本目は止められた」
ダットが端から補足した。其の声は素っ気ないが、事実は正確だ。
「あいつ、一度足元を掠めた後に修正した。マントの広げ方を変えたんだ。全面に広げ続けるんじゃなくて、必要な方向へだけ回す。其れに気付くのが早かった」
「早かった、か」ジャオが其の言葉を噛んだ。「だが其れはお前の追撃が足りなかったからだろ」
「足りてたよ。だがホヌスが割り込んだ。水流で進路をずらされた。あいつ一人じゃなくて、三人で動いてた」
ダットは懐中時計を取り出した。蓋を開く。 カチリ。 時間を確認する癖。其の音が小さく響いて、会議室の空気が一瞬だけ変わった。
「ホヌスとライカン。あの二人もあいつに力を貸してる。真瀬結人は一人じゃない」
「其れは報告書にも書いてある」達臣が小さく言った。其の声は低く、ジャオとダットの応酬に挟まれるように響く。「三人で連携して撤退しました。対象者も無事に退避させました」
「撤退か」ジャオが其の言葉を拾った。其の口元に、微かな苦味が浮かぶ。「逃げた、と言えばいい。あいつらは逃げたんだ。俺たちから」
「逃げたんじゃない。人を守って退いたんだ」
達臣の言葉に、ジャオの赤い複眼が細く向けられた。其の視線は、戦闘中の鎌と同じだけの重さを持っていた。達臣は其の視線を受け止めた。受け止めた上で、視線を落とさなかった。
「・・・お前、あいつらを庇ってるのか」
「庇ってない。事実を報告してるだけです」
「事実ね」ジャオは腕を組んだ。其の長い尾が、椅子の横で微かに揺れている。「なら事実をもう一つ確認するぞ。あのハリネズミの力。あいつは初めて使ったんだな」
「初めてでした。シードエグズを起動した直後にマントが形成されました。其の後、数分で使い方を修正しています」
「数分で修正だと」
ジャオの声が少し硬くなった。其の反応は、驚きではなく警戒だった。達臣は其の変化を肌で感じた。ジャオは強い相手を認める。だが其の認め方は、敬意ではなく標的の評価に近い。
「初めて使った武装を、数分で戦闘に組み込む。あいつ、何度目だ。其の短期間で新しい力を適応するのは」
「三度目ですね。マウスフレーム、タートルフレーム、ウルフフレーム。其れにシードエグズによるヘッジホッグプラス。四つの力を一ヶ月未満で扱っています」
「四つ…」
ダットが呟いた。其の長い耳が、今度は ピクリ ではなく、はっきりと立てられた。
「四つ。一ヶ月未満。其れは普通じゃない。私がライドエグズに慣れるのに三ヶ月かかった。ジャオは更にかかってる」
「おい」
「事実だろ」
ジャオは反論しなかった。其の代わりに、机の上のシードエグズを指で弾いた。 コン、と小さく転がる白い卵。
「普通じゃない。其れは分かってる。だが問題は其処だ。あいつは悪魔と関係ない。なのに悪魔の力を使う。ライドエグズもシードエグズも、其の根本は悪魔の力だ。其れを人間が、しかも複数、扱っている」
「悪魔の力」
達臣は其の言葉を繰り返した。其の響きに、微かな違和感があった。ジャオが言う「悪魔の力」。其れが何を指すのか。達臣は知っている。だが其の知識と、現場で見た真瀬結人の姿とは、どこか噛み合わない。
「悪魔の力を持っているから、奪う。其れが任務の理由なのか」
達臣は問いかけた。其の声は静かだったが、其の中には確認の色があった。
ジャオは一瞬、答えなかった。其の赤い複眼が、達臣の顔を見ている。其の視線は、戦闘中の鋭さとは違う。何かを量る目だ。
「悪魔への嫌悪。其れはある。だが其れだけじゃない」
ジャオはゆっくりと口を開いた。其の声は、先ほどまでの短く断定的な響きとは変わっていた。もう少し慎重に、もう少し正確に。言葉を選んでいる。
「同盟があいつの力を奪う理由。其れは悪魔への嫌悪じゃなくて、裏切りと継承の問題だ」
「裏切りと継承」
「同盟の記録にある。過去に沖縄で起きた異変の時も、複数の力を持つ者が現れた。其の者が力を集め、最終的に何をしたか。記録は不完全だが、力が集まるほど異界の歪みも大きくなったという報告がある」
ジャオは机の上の地図を指差した。南星学園都市と其の周辺の島々。其の上に、過去の事件の発生地点が赤い印で記されている。
「真瀬結人が力を集めるほど、此の島の異界の歪みは広がる可能性がある。其れを防ぐために、力を回収する。其れが華武利の方針だ」
「可能性、か」
達臣は其の言葉に引っかかった。可能性。確定ではない。だが其の不確定さが、達臣の胸の奥に小さな棘のように刺さった。
「可能性で人を敵に回していいのか」
其の問いは、達臣自身も予期しないものだった。口に出してから、其の重さに気づく。ジャオの赤い複眼が、達臣を正面から捉えた。
「お前、あいつに肩入れしてるのか」
「・・・している訳じゃない。ただ、現場で見た限りでは、あいつは人を守るために動いていた。其れは事実だ」
「事実は認める。だが事実と方針は別だ。あいつが人を守ったことは認める。だが其の力が此の島に更なる歪みをもたらす可能性も認める。両方とも事実だ」
ジャオの言葉は、達臣の胸に沈んだ。両方とも事実。其の重さは、達臣が現場で感じた何かと重なる。真瀬結人が人を守った。其れは確かだ。だが其の力が、此の島に何をもたらすのか。其れはまだ分からない。
「・・・で、どうするんだ。あいつの力を奪うのか」
「奪う」ジャオは短く言った。「其れが命じられたことだ。だが其の前に、あいつがどこまで適応するかを見極める必要がある」
「見極める」
「四つの力を一ヶ月未満で扱った。次は何を手に入れるか。其れによって、あいつがただの器なのか、それとも──」
ジャオは言葉を切った。其の先を言おうとしたのか、それとも言いかけて止めたのか。達臣には分からなかった。だが其の空白の中に、何かが潛んでいる気がした。
「ただの器じゃない、可能性もあると?」
ダットが割り込んだ。其の声は素っ気ないが、其の長い耳が前へ向いている。興味の色だ。
「可能性はある。だが其れを確かめる前に、力が集まりすぎるのを防ぐ。其れが最優先だ」
ジャオは立ち上がった。椅子が床を擦る音が、静かな会議室に響く。其の長い尾が、椅子の横で一つ大きく揺れた。
「達臣。お前は学園であいつの傍にいる。あいつが新しく力を手に入れたら報告しろ。其れがお前の任務だ」
「・・・分かった」
達臣は頷いた。其の頷きは、任務の受諾だった。だが其の胸の奥には、ジャオの言葉とは別の何かが残っていた。真瀬結人が人を守るために動いた。其れは事実だ。だが其の事実が、此の島に何をもたらすのか。其れを達臣は、これからも見つめ続けることになる。
「どちらにしても、向こうのシードエクズはこちらと同じかどうか分からないと言うのか」
「・・・あんたは、これからも調べなさいよ」
「そうですね」