PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
其れが、倉庫の屋根から降りてきた人影の正体だった。
女子だ。だが俺たちより年上だろう。二十代前半。淡い色の和装の上に、少し洋風の裁断が入った外套を羽織っている。百年前の日本で西洋の要素を取り入れた服装。所謂ハイカラコーデと呼ばれるものだ。だが其れを現代の倉庫街で着こなす姿は、異彩を放ちながらも妙に似合っていた。
「ケン様が気になる、其のペルソナの力。確かめさせて貰う」
其の声は柔らかかった。少し眠たげな、だが確かな意志を含んだ声。ペルソナ。聞き慣れない単語だ。だが其の響きには、何かの力を指す重みがあった。
「ペルソナ? おい、其れは何だ」
俺は問い返した。だが其の女子は答えなかった。其の目が、俺の胸元を一瞥した。マイスドライバーがある位置だ。其の視線が、一秒だけ止まる。そして又俺の目へ戻る。
「あんたが持っている力。ケン様が報告してくださった。人の心から生まれる仮面の力。其れが、我々の知る悪魔の力と同じかどうか。妾が、確かめる」
我々の知る悪魔の力。十二支同盟の言葉だ。ヴァンケンと同じ立場の人間。だがヴァンケンとは違う。ヴァンケンは静かに調べようとした。此の女子は、確かめると言った。其の違いが、俺の背筋を冷やす。
「待て。其れは戦うってことか」
「かもしれぬ。あんたが答えるなら、戦わずに済むかもしれぬけど」
女子は言いながら、腰の装置へ手を伸ばした。其の手つきには迷いがない。此の動作を何度も繰り返してきた人間の手つきだ。俺は其の手を止めるべく前に出ようとした。だが其の一歩で、足元の異界化した地面が揺れた。黒い水が波打ち、重心が安定しない。
(今は此処で戦うわけにはいかない。優菜と達臣と夫婦がいる。避難が先だ)
だが其の女子は、俺の迷いを見たようだった。ゆっくりと、其の装置を取り出した。
マイスドライバーとは似て非なるものだ。銀色の表面に、羊の意匠が刻まれている。 curvedな曲線。鷲の翼とは対極の、丸みを帯びた装飾。
「ふぅぅ…」
女子は息を吐いた。其の吐息に、微かに眠気の色が混じる。だが其の目は覚めている。右手を装置のスイッチに置き、構えを取る。左手に、何かを握りしめていた。柄のようなもの。其の先から、槌のような形状が見える。此の女子の武器か。
「形質転換────」
女子が其の言葉を口にした時、其の左手に握られた柄を、天へ向けて掲げた。槌の形状が、異界の青白い光に照らされて浮かび上がる。蹄を模したような、丸い打撃面。
「変身」
低い声だった。だが其の声は、異界の空気を震わせた。バックルのスイッチが押される。カチリ。其の音が、静かに響いた。
『未!』
音声が鳴った。羊の音。次の瞬間ドライバーから光が発せられた。其の光は女子の周囲へ収束し、一つの形を成す。卵だ。紫の光が卵状のエフェクトへ変化し、彼女の身体を包み込む。
「九衣、今の音声」
「聞いたよネズミ君。『未』。十二支の第八。羊。此の子は十二支同盟の構成員だ。十二支の各員がそれぞれの動物の力を持ったライダーなのかもしれない。ネットの噂だとね、過去に沖縄で起きた異変の時も複数の仮面戦士が現れたって報告がある。ただし断定はできないけど」
「断定できなくていい。だが今の其の光、俺の変身とは違う」
紫の卵の中で、エグズに描かれた羊の絵柄が出現した。其の羊の目が光る。金色の光だ。すると、其の絵柄が卵に衝突し、粉々に砕け散った。其の破片が、光の中にぼんやりと浮かぶ女子の身体へ、足元から収束していく。
紫の光が消え、破片が一つずつ身体へ張り付いていく。スーツが形成され、其の上に装甲が重なる。白を基調に、ピンクの差し色。他のライダーと同じく直線を中心としたデザインだが、やや丸みを帯びている。他のライダーより柔らかい印象だ。だが其の柔らかさは、脆さではない。丸みは蹄の硬度を秘めた、打撃に適した形状だ。
両腕部に、蹄を模したナックルガードが形成される。白い装甲の縁に、ピンクの蹄意匠が重なる。其のガードが前腕を覆い、拳を保護する。
頭部の装甲が形成される。額に羊の角を模した意匠が現れる。複眼が灯る。淡い紫の光。
最後に、胸元のドライバーが光を収める。
『仮面ライダー!』
『ムトン!』
音声が響き、変身が完了した。白とピンクの装甲が、異界の青白い光の中に浮かび上がる。羊のライダー。仮面ライダームトン。彼女は其の場に立ち、左手の槌を軽く肩に担いだ。其の姿は、眠たげな動作のまま構えを取っている。だが其の構えには隙がない。
俺は其の変身を見届けていた。優菜と達臣が俺の背後で固まっている。夫婦も倉庫の壁際で其の光景を見ている。だが其の目は虚ろのままだ。まだ声に捕らわれている。
「ネズミ君、あの子。ヴァンケンさんと同じ十二支同盟だ。但しヴァンケンさんとは態度が違う。ヴァンケンさんは調べると言った。あの子は確かめると言った。其の違いは──」
「戦うつもりか、ってことだろ」
「かもしれないね。配信者として言えば、変身してきた時点で交渉の余地は減ってるよ。ただし断定はできないけど」
「断定しなくていい。だが此処で戦う訳にはいかない。避難が先だ」
ムトンが一歩踏み出した。其の一歩で、異界の地面が微かに震えた。羊の蹄が、泥の表面を叩く音がした。コツ、と小さく。だが其の小さな音が、異界の空気を一瞬だけ震わせる。
「あんたの力。見せていただけるか」
ムトンが言った。其の声は装甲越しでくぐもっている。だが其の響きは静かだった。眠たげな、だが確かな意志。
「今は其れどころじゃない。そこの二人が巻き込まれてる。助けなきゃならない」
「其れはあんたの事情。妾の事情は、ケン様が気になさった力を確かめること」
「其れと助けるのは両立できないのか」
「できないかもしれぬ。できるかもしれぬ。あんた次第」
あんた次第。其の言葉が、胸の奥で小さく響いた。俺は背後の優菜と達臣と夫婦を見た。避難させなきゃならない。だが其の為には、目の前のムトンを何とかしなきゃならない。そして不可思議もまだ此処にいる。頭上の影が、又動いた。
(三方面を気にしなきゃならない。不可思議とムトンと避難。此れを同時にやるのか)
俺はマイスドライバーへ手をかけた。だが其の瞬間、ある違和感が胸を過った。ムトンの変身。あの言葉。
「形質転換」
俺は其の言葉を口の中で繰り返した。エッグリューションではない。別の系統の変身。だが同じ仮面ライダー。同じ力の系統。其れが別の経路を通って、別の形をとっている。
「形質転換?」
俺は思わず呟いた。其の言葉が、何かの鍵のような気がした。だが其の鍵が何を開けるのかは、まだ分からない。