PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
ムトンとの戦いは続いている最中。
「なっ!?」「これはっ」
そうしていると、こちらに迫る攻撃に気づく。
泥の触手が、又一つ伸びた。
今度は倉庫の壁面を這ってくる。影のような軌跡を残しながら、其の先端が避難する人々の方へ蠢いていく。俺はマイスエッジを振って其れを弾こうとした。だが其の一歩で足元が崩れた。異界化した地面が、俺の踵を抜けない。泥が靴底へ張り付く。
(動けない。此の一瞬で、あの触手が──)
「真瀬君!」
優菜の叫びが届いた。同時に、横から影が動いた。
姫華だ。
彼女は避難する人々の前へ走り出していた。玲央の腕を引き、倉庫の壁際に蹲る夫婦の前へ立つ。其の背中が、迫る触手と人々の間に割り込んだ。
「姫華さん、下がれ!」
俺は叫んだ。だが姫華は止まらなかった。其の掌に、ライドエグズが握られている。銀色の殻に桜色の紋様。鳥の意匠。あの夜、家族を守るために呼び寄せた力。
「ボクは、あの時、此れを呼んだ。守りたいと思ったから。玲央を、家族を」
姫華の声は震えていた。だが其の足は止まっていない。
「今も、同じだ。あの人たちを、玲央を、真瀬君を。守りたいって、思ってる」
触手が迫る。三メートル。二メートル。
姫華は其の場に立ち、ライドエグズを胸元へ構えた。其の動作は、あの夜ガルーダを呼んだ時と同じだった。だが今度は、呼ぶのではない。
「だから、ボクが使う」
ライドエグズを、マイスドライバーではない別の装置へ装填する。其の装置は、姫華の腰に現れたのだ。いつの間にか。俺が気づかなかった間に。銀色の帯に、鳥の意匠が刻まれたバックル。
カチリ。
円盤が噛み合う音が、異界の空気を裂いた。
『エッグリューション!』
音声が響く。胸元から光が広がった。あの夜と同じ、桜色の光だ。だが今度は、其の光が姫華の身体の周囲へ留まらず、其の全身を包み始めた。
光が収まり始める。其の中から、色が現れた。
桜色だ。
胸部から肩にかけて、羽根を重ねたような装甲が連なっていく。一枚一枚が鋼の板として成形され、其の縁が銀色に光る。薄い。だがタートルフレームの重厚な甲羅とは違う、羽根が重なることで強度を生む構造だ。肩の装甲が腕へと続き、其の接合面が カチリ、カチリ と金属音を奏でる。
腕と脚は、動きを妨げない引き締まった輪郭だった。胸元や肩の装甲とは厚みが違う。軽い。だが其の軽さは、脆弱さではない。翼で風を受けるために、其処だけが薄く設計されているのだ。
光が頭部へ上がる。
装甲が閉じる。其の輪郭が変わる。額から側頭部へ、翼を模した意匠が添えられる。硬質なマスクが口元を覆い、其の上に──
金色の複眼が灯った。
鷲の眼差しだ。暗い異界の中で、其の金色だけが鋭く光る。姫華が顔を上げた。迫る触手へ、其の金色の目を向ける。其の視線は、恐怖に縁取られていなかった。
背中で音がした。
金属の擦れる音。折り畳まれていた鋼翼が、左右へ開き始める。羽根状の装甲板が、根元から順に広がっていく。一枚、又一枚。銀色の縁と桜色の翼面が交互に現れ、其の展開が背中の幅を超えて広がっていく。
翼が開くにつれて、姫華の背後が覆われていく。蹲る人々が、其の翼の陰に入る。其の大きさは、大人二人を十分に庇えるほどだった。
「九衣、あれは」
「見てるよネズミ君。ネットの噂だとね、同じ種類の力を持つ者が覚醒した時、其の力はペルソナと呼ばれる仮面としてだけじゃなく、装甲としても具現化するらしい。記録では、過去に沖縄で起きた異変の時も、力を持つ者が仮面を纏って戦ったって報告がある。ただし断定はできないけど」
「断定できなくていい。あれは──仲間だ」
触手が、翼の縁へ届いた。
其の瞬間、鋼の羽根から火花が散った。触手の先端が、翼の表面を滑る。弾かれる。其の衝撃で姫華の足元が ズリ と滑る。泥の地面が踵を噛む。だが踏みとどまった。翼の内側へ、避難する人々の顔が見える。其の目は、翼の裏側を見上げている。
「大丈夫。ボクが守るから」
姫華の声が、装甲越しに響いた。其の声は、あの夜より確かだった。あの夜は呼ぶだけだった。今は、其の力を纏って、立っている。
触手が又来る。今度は二本同時に。一本が翼の正面へ。一本が側面へ。
姫華は片翼を盾のように差し出し、正面の触手を受け止めた。火花が散る。足元が又滑る。だが其の膝は折れない。側面の触手を、もう一方の翼で払った。鋼の羽根が泥を弾き飛ばす。触手が軌道を逸らされ、倉庫の壁へ突き刺さる。
「今のうちに! ボクの翼の内側へ!」
姫華が叫んだ。玲央と夫婦が、其の声にかれたように翼の下へ走る。優菜が其れを見送り、達臣が出口の方向を確認する。
俺は其の光景を、泥に足を取られたまま見ていた。姫華の背中。桜色の装甲。金色の複眼。鋼翼。
其の一つの姿が、異界の青白い光の中で浮かび上がっていた。
(あいつ、立ち上がった。自分で。俺が手を差し伸べる前に、自分の足で)
触手が又迫る。今度は上から。翼の展開角度では防げない軌道だ。姫華は翼を上へ向けた。だが其の動きには、まだ慣れがない。翼の先端が重さに遅れる。一瞬の隙。
「──今だ」
俺は其の隙を埋めた。マイスエッジをシューターモードへ切り替え、上からの触手へ向けて撃った。エネルギー弾が触手の軌道を逸らす。泥が飛び散り、触手が倉庫の天井へ突き刺さる。
姫華が俺を見た。金色の複眼が、俺の目を捉える。其の視線には、感謝よりも確信があった。自分一人では防げない。だが二人なら、防げる。其の確信だ。
「真瀬君。上と下、分けよう」
其の声は、震えていなかった。姫華は翼を上へ向けた。空からの攻撃を、其の鋼翼で受け止める構えだ。
「俺が下を。お前が上を」
「分かった」
短い応酬だった。だが其の一秒の中に、役割が分かれた。俺は地面を、姫華は空を。触手が地面を這うなら俺が。空から降るなら姫華が。
泥の塊が、又動いた。触手が増える。だが今度は、俺たちの間を通る前に、二つの影が動く。
俺は地面を蹴った。マイスエッジをスライサーモードへ戻し、地面を這う触手を断ち切る。泥が弾け、切れた触手が黒い水へ戻っていく。
頭上で金属音が響く。姫華の鋼翼が、空から降る触手を弾いた。火花が上空で散り、泥の破片が夜の闇へ消えていく。
「真瀬君、来る! 今度は多いよ!」
優菜の声が下から響いた。見上げる。泥の塊の表面から、触手が一斉に伸びている。十本以上。其の半数が空から、半数が地面から。
(上と下、同時に。此れなら──)
俺は地面を蹴り、触手の群れへ突っ込んだ。マイスエッジを振り、地面を這う触手を次々と弾いていく。其の間、頭上では姫華の鋼翼が空からの触手を弾き続けている。金属音と泥が弾ける音が重なる。
一本、又一本。触手を弾くたびに、泥の塊が悲鳴を上げる。いや、声ではない。羽根の擦れる音が歪んだ悲鳴のように響く。だが倒れない。まだ本体は健在だ。
(此のまま削っていけるか。だが、本体を狙わないと終わらない)
俺は姫華を見上げた。姫華も又俺を見下ろした。金色の複眼が、俺の意図を読んだかのように細くなる。
「本体は、あそこだ」
姫華の翼が、泥の塊の中心を指した。青白い仮面の窪み。あれが核だ。あそこを狙わないと、触手はいくらでも再生する。
俺は頷いた。姫華も頷いた。
其の瞬間、泥の塊が、咆えた。
音にならない音。空気其のものを震わせる振動。触手が、今までの倍に増えた。
「ネズミ君!」
九衣の叫びが響く。だが俺はもう動いていた。マイスエッジを握り直し、本体へ向かって地を蹴る。
姫華の鋼翼が、頭上で大きく開いた。其の翼が、空から降る触手の群れを一括に受け止める。火花が雨のように降る。だが翼は撓んでも折れない。鋼の羽根が、其の衝撃を表面で受け流す。
其の翼の下を、俺は走る。
マイスエッジを、本体の核へ向けて構える。あと十メートル。あと五メートル。
泥の塊の表面が、ぐらりと揺れた。青白い仮面の窪みが、俺を睨む。触手が、本体を守るように其の前方へ集まり始める。
「やらせるかよ」
俺はマイスエッジを、スライサーモードからシューターモードへ切り替えた。触手の壁へ向けて、連射する。エネルギー弾が触手を弾き、其の隙間を縫って本体へ迫る。
だが足りない。触手の壁は厚い。隙間を作っても、すぐに塞がれる。
「真瀬君!」
頭上から声が降った。姫華の鋼翼が、大きく羽ばたいた。其の一撃が、空気の壁を作る。其の壁が、触手の群れを押し返す。一瞬。たった一瞬。だが其の一瞬に、触手の壁が割れた。
其の隙間へ、俺は滑り込んだ。
本体の核。青白い仮面の窪み。そこへ向けて、マイスエッジを振る。
「──喰らえ!」
刃が、泥の表面を裂いた。深い。此れまでのどの一撃よりも深い。泥が弾け、青白い光が裂け目から漏れる。本体が悲鳴を上げた。羽根の擦れる音が、悲鳴に変わる。
だが、倒れない。
裂け目が又閉じていく。泥が再生する。俺の一撃では足りない。
「もう一回だ。今度は、もっと深く」
俺は後退した。姫華の鋼翼の下へ戻る。翼の陰で、二人が並ぶ。桜色の装甲と、俺のマウスフレーム。金色の複眼と、俺の黄色い複眼。其の二つが、同じ方向を見ていた。
泥の塊が、又触手を伸ばす。だが今度は、俺たちの間を通る前に──
俺は地を蹴り、姫華は翼を羽ばたかせた。
地上と空中。二つの軌道が、同時に本体へ向かう。
反撃が、始まった。