PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第8航路 再会 5/7  翼が拓く帰路

泥の塊が咆えた。

 

音にならない音。空気其のものを震わせる振動。触手が十本以上一斉に伸びる。半数が空から、半数が地面から。俺たちは同時に動いた。

 

姫華が上へ跳ぶ。鋼翼が一気に展開し、空気を掴むように羽ばたく。初めての飛行だ。だが其の翼は、本能的に風を読む。だが──

 

「あっ」

 

空中で体勢が傾いた。旋回と射撃を同時にしようとして、翼の角度が定まらない。クイーグルの装甲に備わったシューターが発射されるが、狙いが逸れて泥の塊を掠めるだけで終わる。

 

「上を狙え! 旋回は後だ」

 

俺は叫んだ。だが其の声が届く前に、シャドウが姫華へ向けて触手を放った。上から二本。横から一本。姫華は避けようと翼を動かすが、空中では足場がない。翼の動き一つで重心が大きく揺れる。

 

「──っ!」

 

泥の触手が、クイーグルの翼へ絡みつこうとした。其の一瞬、俺はシャドウの正面へ踏み込んだ。マイスエッジをスライサーモードで振り、泥の本体を斬りつける。其の衝撃でシャドウが触手の軌道を変える。空へ向かっていた触手が、俺の方へ逸れた。

 

「邪魔をするな」

 

ムトンが、俺の横から飛び出した。白い装甲が泥の触手へ突っ込む。シープハンマーが横薙ぎに振られ、触手を弾き飛ばす。重い音。泥が弾け飛ぶ。

 

「避難が先だ。あの二人を守れるのはあんたしかいない」

 

俺はムトンへ叫んだ。ムトンは其の言葉を聞いて一瞬だけ俺を見た。だが次の瞬間、其の目が避難する人々の方へ向いた。玲央と夫婦。優菜と達臣が其の後ろにいる。

 

「──分かった。妾はあの人たちを守る。あんたは、あの鳥と敵を」

 

ムトンは踵を返し、人々の前に立った。シープハンマーを構え、其の白い背中が壁になる。

 

「クイーグル! 上から敵と避難経路を見ろ! 経路を俺たちに伝えろ!」

 

姫華が、其の声に反応した。上空で体勢を立て直す。鋼翼を左右に広げ、風を捕まえる。其の翼が、上昇気流を掴んで安定した。空中で静止する。金色の複眼が、泥の塊と避難経路を見下ろす。

 

「南側の倉庫の裏手! あそこに道が残ってる。でも敵が二体、其の経路を塞いでる!」

 

姫華の声が、装甲越しに響いた。クイーグルのシューターが発射される。今度は狙いが定まっている。経路を塞ぐ触手の一本を弾き、泥の壁に穴を開ける。だがもう一本が其の穴を塞ぎに動く。

 

「俺が引く。ムトン、経路を守れ!」

 

俺はシャドウの正面へ回った。マイスエッジをシューターモードへ切り替え、泥の本体へ連射する。其の衝撃で、シャドウの注意が俺へ向く。触手が一斉に俺の方へ伸びる。だが、其の背後でムトンが人々を退避させ始めた。

 

「早く! 妾の背中の後ろへ!」

 

ムトンのシープハンマーが、追ってくる触手を弾き飛ばす。其の一撃で泥が飛び散り、避難経路の視界が開く。優菜が玲央と夫婦を引っ張りながら走り出した。達臣が其の背後を確認し、残りの触手を避けて倉庫の陰へ入る。

 

「経路確保!」

 

クイーグルの声が上から響いた。其の報告を聞いた瞬間、俺はマイスエッジをスライサーモードへ戻しシャドウへ斬り込んだ。本体の核へ向かって、一気に距離を詰める。

 

だがシャドウは、一本の触手を盾にして俺を弾いた。泥の壁。マイスエッジが其れに食い込むが、深くは入らない。又再生する。硬い。一撃では届かない。

 

「クイーグル! 敵の動き、どう見える」

 

「正面の触手が右に偏ってる! 左側が薄いよ!」

 

上空からの視線が、敵の隙を見抜いていた。姫華は空中で旋回し、敵の左側へ回り込もうとする。だが今度も翼の操作に迷いがあった。旋回と射撃を同時にやろうとして、体勢が傾く。シューターが空を切る。

 

「まずは止まれ! 旋回と撃つのは別だ」

 

俺は叫んだ。姫華が其の声で翼を畳み、一瞬だけ静止する。だが其の一瞬に、シャドウが上空へ向けて触手を伸ばした。クイーグルの翼へ。姫華は回避しようと翼を動かすが、空中では其の動きが遅れる。触手の先端が翼を掠める。火花が散り、体勢が大きく崩れた。

 

「──っ!」

 

落ちる。姫華の身体が重力に引かれて下へ向かう。だが其の前に、俺はマイスエッジを上へ向けて投げた。刃が空中の触手へ当たり、軌道を逸らす。触手が泥の塊へ戻っていく。姫華は其の隙に翼を広げ、強引に体勢を立て直した。乱暴な着地。だが落ちてはいない。

 

「今、立て直せ! 旋回はしなくていい。其の場で、敵の動きを見ろ」

 

「分かった…」

 

姫華の声は少し震えていた。だが其の目は、敵を正確に捉えている。金色の複眼が、泥の塊の表面を走る触手の一本一本を追っている。空中で静止し、射撃の姿勢を取る。今度は旋回しない。其の場で、狙うだけだ。

 

シャドウが、又俺に触手を伸ばす。俺は避けずに受けた。マウスフレームの腕で、泥の触手を弾く。衝撃で腕が痺れる。だが其れで良い。俺が此処で敵の注意を引く。其の間に、ムトンが避難を完了させる。そして、姫華が敵の隙を撃つ。

 

「真瀬君! 避難完了したよ!」

 

優菜の声が下から届いた。俺は一瞬だけ振り返り、頷いた。倉庫の裏手へ人々が消えた。退避経路は確保されている。

 

「ムトン! 避難完了した。此処からは俺たちの番だ」

 

「分かっておる。あんたが前へ出るなら、妾は横から潰す」

 

ムトンが、俺の左側へ並んだ。シープハンマーを構え、泥の塊の側面を睨む。其の構えは、獲物を包囲する狼の姿に見えた。だが其れは羊だ。柔らかい毛の下に、蹄の硬度を秘めた。

 

「クイーグル、上から援護射撃だ。俺とムトンが前と横を塞ぐ。敵の核を露出させろ」

 

「分かった。其処を狙う」

 

上空で姫華が頷いた。クイーグルのシューターが、敵の背後へ向けて撃たれる。狙いは正確だ。だがシャドウは、背後の触手を束ねて弾幕を作る。泥の壁がシューターの弾を吸収する。

 

「前から行くぞ」

 

俺はマイスエッジを構え、シャドウの正面へ突っ込んだ。スライサーモードで触手を次々と斬り払う。一本、又一本。泥が弾け飛ぶ。シャドウが防御のために触手を俺の方へ集中させる。其れでいい。俺が正面から圧力をかけ続ければ、敵は横へ逃げる余地がなくなる。

 

「其処じゃ」

 

ムトンが、左側から踏み込んだ。シープハンマーが、泥の塊の側面へ叩きつけられる。重い一撃。だが効かない。白い装甲に触手が絡みつく。だがムトンは其れを引き剥がすように、槌を振り回す。柔らかい毛が触手を弾き、蹄のガードが泥を砕く。

 

「右へ逃げる隙はない。左も塞いだ。残るは上だけじゃ」

 

ムトンの言葉が、俺の耳に届いた。シャドウが、背後へ逃げようとする。だが其の背中は、クイーグルの射線に晒されている。

 

「今だクイーグル! 敵の背中が露出した」

 

「了解!」

 

姫華が上空から急降下した。鋼翼を畳み、一直線に敵の背後へ向かう。クイーグルのシューターが、至近距離から撃たれる。泥の壁を突き破り、背中の装甲を砕く。泥が弾け飛び、青白い光が漏れる。

 

「其処が核か」

 

俺は視線を其処に固定した。シャドウの中心。背中に隠れていた青白い仮面。其れが今、露出している。

 

「ムトン、右から! 俺は左から!」

 

「分かった!」

 

二人同時に踏み込む。俺はマイスエッジで左側の触手を断ち切り、ムトンはシープハンマーで右側の触手を弾き飛ばす。其の二方向からの攻撃で、シャドウの守りが崩れる。背中の核が、完全に露出した。

 

「クイーグル! 行け!」

 

「うん!」

 

上空から、桜色の光が降ってきた。クイーグルが翼を大きく広げ、急降下の体勢を取る。其の翼が、風を切る音。鋼の羽根が一斉に展開し、核へ向かって真っ直ぐに突っ込む。

 

「イーグルドロップ!」

 

姫華の声と共に、クイーグルの右足が青白い核を貫いた。

 

衝撃。異界の空気が震える。泥が弾け、青白い仮面が砕ける。其の破片が、光の粒子となって夜の闇へ溶けていく。泥の塊が、内側から崩壊する。其の質量が、音もなく消滅していく。

 

着地。姫華が翼を広げ、衝撃を吸収する。だが足元が少しだけ震えた。初めての必殺技の反動だ。

 

俺とムトンは、其の反動を受け止めるように左右へ立った。

 

「大丈夫か」

 

「うん。多分」

 

姫華は翼を畳み、大きく息を吐いた。金色の複眼が、俺とムトンを交互に見る。其の目には、安堵と疲労と、少しの誇りが混じっていた。

 

異界の空気が薄れ始める。粘度が失われ、現実の空気が戻り始める。潮の匂い。遠くの船の汽笛。倉庫街の壁が、元の無機質なコンクリートへ戻っていく。

 

「終わった、か」

 

俺は呟いた。変身を解く。マウスフレームの装甲が光となって解け、制服姿へ戻る。姫華も又変身を解いた。桜色の装甲が消え、花柄のシャツとスラックスの姿が現れる。ムトンも又変身を解き、大正時代の令嬢のような装いに戻った。

 

「あの二人は」

 

ムトンが倉庫の裏手を見た。其処から、優菜が顔を出した。

 

「大丈夫。みんな無事。夫婦も少し休ませたけど、怪我はなかったよ」

 

「助かったよ、本当に」

 

俺はムトンへ向き直った。「避難を任せてくれて有難う」

 

「妾は、あんたに頼まれたからやったまでじゃ。礼は要らぬ」

 

ムトンは首を横に振った。だが其の頬は、僅かに赤みを帯びていた。照れているのか、疲れているのかは分からない。

 

「あの…」

 

姫華が、ムトンへ近づいた。少し緊張した顔で、お辞儀をする。

 

「助けていただいて、有難うございました。ボク、空で迷って…」

 

「迷うのは当然じゃ。初めて翼を使う者は皆、空に慣れるのに時間が要る。妾も最初は上手く飛べなかった」

 

ムトンは静かに答えた。其の声には、姫華を責める色はなかった。ただ、同じ経験者としての理解があるだけだ。

 

「でも、ボク、あの時、あんたが地上から案内してくれて…それで、ようやく分かった。ボク一人じゃ飛べない。誰かと一緒に、其の位置を見ながら飛ぶんだって」

 

「そうじゃ。翼は自分だけの力じゃない。風を読み、仲間の声を聞き、そして狙いを定める。其れが飛ぶということじゃ」

 

ムトンの言葉に、姫華は深く頷いた。其の目には、夜空の星のような光が宿っていた。笑みとも涙ともつかない、其れは純粋な感謝の色だった。

 

俺は其の光景を少し離れて見ていた。九衣が鞄の中で小さく呟いた。

 

「ネズミ君、いいもの見たね。新しい翼と、羊と、鼠の共闘。配信素材としては一級品だよ。ただし断定はできないけど」

 

「断定できなくていい。ただ、有難かった」

 

「うん。でもネズミ君、まだ終わってないみたいだよ」

 

「え?」

 

九衣の声が、急に真剣になった。其の響きに、俺は周囲を見回した。倉庫街の空気は、現実に戻っている。波の音。船の汽笛。だが、其の音の裏に──

 

別の気配が、近づいていた。

 

足音。静かで、重い。倉庫の向こうから、ゆっくりと近づいてくる。俺は其の方角へ目を向けた。姫華とムトンも、同じ方向を見ている。

 

月光の下に、一つの人影が現れた。長身。黒いコート。帽子を深く被り、其の下から覗く目は、異界の青白い光よりも鋭い。

 

俺は、其の姿を見た瞬間、息を呑んだ。

 

見覚えがあった。否、見覚えがない。だが、其の佇まいには、俺が知る誰かの面影が重なって見えた。

 

(此の気配…何だ)

 

九衣が小さく呟いた。

 

「ネズミ君、来るよ。何かが。配信者として言えば、次の回の予告みたいな感じかな。ただし断定はできないけど」

 

「断定しなくていい。ただ、来る」

 

月光の下の人影が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。其の一歩ごとに、空気が変わる。潮風の中に、別の匂いが混じる。古い書物の匂い。紙とインクと、時の積み重ねた匂い。

 

其の人物は、俺の前に立った。帽子の下から覗く目が、俺を真っ直ぐに見ている。

 

「よう、鼠」

 

其の声は、低く落ち着いていた。だが其の一語には、百年の時が凝縮されているような重みがあった。

 

「あんたは」

 

俺が訊き返そうとした時、其の人物は帽子を取った。月光が、其の顔を照らす。

 

其処にあったのは、俺が知る誰かの顔でも、知らない誰かの顔でもなかった。だが、其の目は、確かに俺を見ていた。

 

「十三代目葛葉ライドウだ。君の力、確かめさせてもらおうか」

 

其の言葉が、夜の倉庫街に響いた。

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