PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
「十三代目葛葉ライドウ」
其の名前を、俺は口の中で繰り返した。聞いたことがない。だが其の響きには、何かが詰まっていた。
「九衣、あんた知ってるか。葛葉ライドウって」
「分からない、けど一体」
「・・・ふぅん、そこにいるのは魂のみか、けど、今は良いか」
ライドウは俺の沈黙を待たなかった。帽子を被り直し腰の装置へ手を伸ばす。其の動作は静かで無駄がない。だが其の静けさが逆に俺の警戒を強めた。
「待て」俺は言った。「あんたが何者か分からない。此処で戦う理由も分からない。其れに──」
「其れに?」
「あんたが敵じゃないなら、此処で無駄に力を使う必要はない。敵なら、俺は全力でやる。どっちだ」
ライドウは少し目を細めた。笑ったのか。だが其の表情は帽子の影に隠れて読めない。
「敵か味方か。其れはあんたが決めることじゃない。私が決めることだ。だが今は、其れよりも確かめたいことがある」
ライドウの手が腰の装置を掠めた。黒い帯に固定されたバックル。マイスドライバーとは似て非なるもの。だが同じ系統の力を持つ装置であることは、俺の鼠の尾が感知していた。
ライドウがポケットから卵を取り出した。
赤い殻。炎の意匠。猫の紋様が表面に刻まれている。ライドエグズだ。俺のものとは色も意匠も違う。だが其の質感は同じだ。掌に収まる大きさで、表面が微かに脈打っている。
ライドウは其の卵を腰のマオウドライバーへセットした。
カチリ。
装填音が夜の倉庫街に響く。其の音は乾いていた。だが其の乾いた音の直後ドライバーが黄色く発光し始めた。機械的な待機音が流れる。低い唸り。一定のリズム。心臓の鼓動に近い。
俺は其の手元を追った。右足を半歩後ろへ引き体重の中心を下げる。いつでも動ける位置だ。相手が変身を完了する前に踏み込むか、完了後に距離を取るか。其の判断を保留したまま、俺は見ていた。
ライドウの手が、ドライバーの四つのスイッチへ向けられた。
まず丸いスイッチを引いた。
『バク!』
短い機械音。黄色い光が一拍強くなる。
次に隣のボタンを押した。
『エン!』
又別の音。今度は少し高い。光が橙色へ変わる。
ローラー状のスイッチを転がす。指先で転がす動作は滑らかだった。何度も此の手順を繰り返してきた人間の手つきだ。
『レツ!』
音が重なる。低い音と高い音が混ざり合い待機音のリズムが速くなる。
最後に尖った形のつまみをひねった。
『ゴウ!』
四つの操作が終わると待機音が変わった。威圧感のある音。低く、重く、空気其のものを圧するような響き。ライドウは慌てなかった。四つの操作を淀みなく行った。其の一連の動作に隙はない。変身のプロセス其のものが、既に戦いの一部だった。
ライドウが俺を見据えた。帽子の下から覗く目が、俺を正面から捉える。
「形質転換、変身」
其の声は低かった。だが其の一語には、何百年もの歴史を持つ人間の覚悟が籠もっていた。ライドウの手がT字型のレバーを握り押し込む。
ドライバー上のエグズが開いた。中から炎が溢れる。其の炎は本物の火ではない。光だ。だが其の光は、確かに炎の形をしていた。炎をまとった猫の絵柄が現れる。赤い猫。其の目が光る。
発光が強まった。倉庫街の闇が、其の光で白く染まる。俺は目を細めた。其の光の中で、ライドウの身体が変わっていく。
『ボーン!』
低く響く起動音。機械音声なのか効果音なのか分からない。だが其の音は、骨の髄まで響くような重さを持っていた。
炎がライドウの身体を包んだ。赤い光の中で其の輪郭が変わっていく。最初は胸部だ。赤い装甲が形成される。炎の形をしたプレートが一枚一枚重なり胸から腹へとかみ合っていく。次に肩。其処から腕へ。赤い装甲が前腕を覆い、手甲が拳を包む。脚部へ装甲が下りる。膝から脛へ。足首に爪先まで。
俺の視線が頭部へ移る。炎の中で猫を思わせる頭部が形成される。耳の輪郭。額の装甲。其の下で複眼が灯る。
炎が収まった。
『仮面ライダー!』
音声が響く。一音ずつ刻むような、ゆったりとしたリズム。其のリズムが、余裕を持って此の場に響き渡る。
『マオウ!』
最後の音声が宣言のように響いた。赤い装甲が夜の倉庫街に浮かび上がる。猫を思わせる頭部。赤い複眼。其の姿は、俺の知るどのライダーとも違っていた。十二支同盟のライダーとも、俺たちマイス陣営のライダーとも。其の装甲はもっと古く、もっと重い。百年の時を経て磨かれた刃のような、研ぎ澄まされた赤。
マオウは俺を見ていた。変身が終わっても、其の視線は外れていない。微動だにしない。赤い複眼が、俺を正面から捉えている。
俺は拳を握り直した。
変身中は無防備なはずだ。だがライドウは変身のプロセス其のものを戦いの中に組み込んでいた。四つのスイッチを操作する間、俺は踏み込む判断ができなかった。相手の落ち着きが、俺の足を止めたのだ。
俺はマイスドライバーへ手をかけた。ライドエグズを装填する。カチリ。円盤が噛み合う。
「あの時の」
「久し振りと言うべきだね」