PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
マオウが動いた。
ゆっくりと、だが確実に距離を詰めてくる。其の歩みには焦りがない。赤い装甲が月光を受けて鈍く光る。猫を思わせる頭部の複眼が、俺を正面から捉えたまま外れていない。
一歩。又一歩。
俺はマイスエッジを構えた。スライサーモード。刃の角度を相手の進路へ合わせる。警戒すべきは其の腰のドライバーだけじゃない。此のライダーは変身のプロセス其のものを戦いに組み込んでいた。其の落ち着きが、俺の判断を遅らせる。
(来るぞ。だがいつだ。此のまま近づいてくるか、それとも──)
三歩目。マオウの右手が動いた。
其の手が腰の装甲の上を滑る。何かを掴む動作。だが其れはドライバーの操作ではなかった。其の手が、空を切るように横へ払われた。
炎が現れた。
マオウの右手の上に、炎が集まる。光だ。だが其の光は確かに熱を帯びていた。俺の頬が、其の熱気で微かに焼ける。
炎が形を成していく。長い。重い。刃だ。
大剣。
炎が収束し、一本の剣が其の手に現れた。赤い刀身。黒い柄。刀身に炎の意匠が刻まれている。其の重さは、見るだけで分かった。あれは軽い武器ではない。一撃一撃が、地面を砕く質量を持っている。
『マオウブレイド!』
音声が響いた。武器の名を告げる声。だが其の声は宣言ではなく、警告に近かった。此の武器が現れたということ。即ち、攻撃が始まるということ。
マオウが踏み込んだ。
速い。
さっきまでのゆっくりとした歩みが嘘だった。赤い装甲が一瞬で目の前にある。マオウブレイドが振り上げられ、其のまま真っ直ぐに振り下ろされる。
俺はマイスエッジを上へ向けた。スライサーモードの刃を盾にして、其の一撃を受け止める。
金属が衝突する音が、夜の倉庫街を裂いた。
重い。
想像を超えていた。ジャオのスネークサイズともダットのラビットソードとも違う。もっと根本的な質量。マオウブレイドの刀身がマイスエッジの刃を押し潰していく。俺の腕が折れそうだ。肩の関節が軋む。足が泥の地面を削る。踵が滑る。
「──っ!」
力負けした。
マイスエッジが弾かれた。マオウブレイドの刀身が俺の防御をこじ開け、其のまま俺の身体を弾き飛ばす。俺の背中が倉庫の壁を叩いた。コンクリートが砕ける音。肺の空気が一気に押し出される。視界が白く弾けた。
身体が壁から滑り落ちる。膝が泥の地面に突く。腕が震えている。マイスエッジがまだ掌にある。だの其の感触が、唯一の頼りだった。
(一撃で此れか。タートルフレームでも受け止めきれるか分からない)
俺は顔を上げた。マオウは、其の場に立っていた。追撃は来ていない。マオウブレイドを下ろし、其の赤い複眼で俺を見下ろしている。
「立ち上がれ。鼠」
其の声は低かった。だが其の中には、明確な試す色があった。
「まだ、終わっていないだろう」
「まだ、終わっていないだろう」
マオウの声が、泥の地面を震わせた。
俺は膝から立ち上がった。肺が痛い。だが腕はまだ動く。マイスエッジを握り直した。スライサーモードからシューターモードへ。遠距離から撃てば、あの重い剣の間合いに入らずに済むかもしれない。
だが其の考えは、マオウの一歩で崩れた。
マオウが、又ゆっくりと歩みを進めてくる。先ほどと同じ速度。だが其の一歩一歩が、俺との距離を正確に測っている。踏み込もうとすれば其の一歩が速くなる。距離を取ろうとすれば其の一歩が広がる。逃げも攻めも、全て先読みされている。
(此のままじゃジリ貧だ。攻撃を受けながら動くしかない)
俺はマイスエッジをシューターモードへ切り替えた。引き金を引く。エネルギー弾がマオウの胸装甲へ向かって飛ぶ。
だがマオウは、マオウブレイドを横へ振っただけだった。一刀。其の一閃で、エネルギー弾が弾かれる。火花が散り、弾が倉庫の壁へ突き刺さる。
軽い。まるで蚊を払うような動作だった。
(此の一撃で弾かれた。ジャオのスネークサイズとは違う。もっと正確に、もっと無駄なく。百年の経験が込められてる)
俺は又撃った。今度は三連射。軌道をずらして、左右から挟むように。
マオウは、一歩も動かなかった。マオウブレイドが三度、短く振られる。一撃目で右の弾を。二撃目で左の弾を。三撃目で中央の弾を。其の一閃一閃が、正確に弾の軌道を捉えている。
(無駄だ。遠距離からじゃ通じない)
ならば。
俺は地を蹴った。
マウスフレームの加速。一気に距離を詰める。マオウブレイドの間合いに入る前に、横へ滑り込む。右側から。マオウの死角へ回り込もうとする。
だがマオウは、其の一歩を予測していたかのように右へ踏み出した。其の一歩で俺の進路が塞がれる。マオウブレイドが横薙ぎに振られる。
俺は滑り込んだ勢いを殺さずに、身体を低くした。頭上を赤い刀身が通り過ぎる。髪が焦げる熱。だが当たってはいない。
「──ッ!」
俺は其の下からマイスエッジを突き出した。マオウの腹部へ。スライサーモードへ戻し、刃の先端を其処へ向ける。
だがマオウは、其の一瞬でマオウブレイドを逆手に持ち替えた。刀身の峰で俺の刃を弾く。金属が噛み合う音。俺の腕が痺れる。だが止まらない。
俺は又動いた。今度は左へ。マオウの左側面へ回り込む。マオウブレイドが追ってくる。上段からの一撃。俺は横へ跳んで避ける。着地と同時にマイスエッジをシューターモードへ切り替え、至近距離から撃つ。
マオウは其の弾を、マオウブレイドの柄で受け止めた。柄の金属が弾を弾く。火花。だがマオウの体勢が一瞬だけ揺れた。
(今だ)
俺は其の隙に踏み込んだ。マイスエッジをスライサーモードへ戻し、マオウの右腕を狙う。剣を持つ手を封じれば、あの重い一撃は止まる。
刃が、マオウの右腕の装甲に当たった。
だが──
其の手は、全く動かなかった。
マオウの右腕が、俺の一撃を受け止めている。マイスエッジの刃が装甲の表面を滑る。だが深くは入らない。ジャオの軟体化とも、ムトンの羊毛のような装甲とも違う。硬い。だが其の硬さは、ただ頑丈なだけではない。俺の一撃の力を、正確に受け止めている。
「なんで戦わないといけないだよ!」
俺は叫んだ。其の声は、自分でも驚くほど荒かった。息が切れている。だが其れでも言わずにはいられなかった。
「第一! あんたらはなんなんだ!!」
其の問いに、マオウは答えた。
マオウブレイドを静かに下ろした。其の動作に攻撃の色はない。ただ、俺の一撃を弾いた右腕を、ゆっくりと元の位置へ戻しただけだ。
「君の力への興味だよ」
其の声は、低く、静かだった。だが其の一語には、何百年もの好奇心が凝縮されているようだった。
「人の心から生まれる力。悪魔とは違う、もう一つの仮面。其れが何なのか。確かめたいだけだ」
マオウは、俺を見下ろしていた。赤い複眼が、俺のマウスフレームを一瞥する。其の視線は、敵意ではない。観察だ。俺という存在を、正確に理解しようとする目。
「だから戦う。君の力が何なのか、其れを見せてもらう」
マオウブレイドが、又構えられた。
俺はマイスエッジを握り直した。指先が震えている。だが其の震えは、恐怖だけではない。怒りだ。
(興味だって? 俺を試すために、こんなことを? あの人たちを巻き込んで?)
背後で、優菜と達臣が避難している気配がする。姫華とムトンも此処にいる。全員が、俺とマオウの一騎打ちを見守っている。
(俺が此処で倒れたら、あいつらはどうなる。あんたの興味のために、あいつらを犠牲にするのか)
「答えろ」
俺は低く言った。
「あんたの興味のために、俺はあいつらを守れないのか」
マオウは、少し目を細めた。其の表情は、やはり読めない。だが其の沈黙の中に、何かが揺れた気がした。
「守る、か」
マオウは短く呟いた。其の声には、嘲笑も軽蔑もなかった。ただ、何かを確かめるような響きだけがあった。
「其れが、君の力の答えなら。其れを見せてもらおう」
マオウブレイドが、又振り上げられた。
俺は地を蹴った。
今度は逃げない。避けるだけでもない。正面から、マオウの一撃を受け止める。守るために。
マイスエッジとマオウブレイドが、又衝突した。
夜の倉庫街に、金属音と火花が散った。
マオウの左手が動いた。
腰の装甲の隙間から、小さな卵を取り出した。白い殻。だが其の表面に浮かぶ意匠は、ライドエグズとは違う。もっと小さく、もっと淡い光。
(シードエグズ──!)
九衣が鞄の中で息を呑んだ。
「あれは──」
俺の思考が其れ以上先へ進む前に、マオウは其のシードエグズをマオウブレイドの柄へ装填した。
カチリ。
乾いた音。マオウブレイドの刀身が、炎を纏い始める。さっきまでの赤い光とは違う。もっと鋭く、もっと熱い。刀身の表面を炎が這い上がり、其の刃へ凝縮されていく。
(来る。其の構えは──遠距離だ)
俺の足が動いた。マウスフレームのままでは、あの一撃を受け止められない。さっきの近距離の一撃で弾き飛ばされた。遠距離の斬撃なら、更に重い。
タートルフレーム。
其の名前が、脳裏を掠めた。マリナとの絆で得た、亀の装甲。防御に特化した、重い盾。
マイスドライバーのライドエグズを、マウスから別の卵へ換装する。手元が震えていない。不思議だった。だが今は其れを考える暇はない。
『エッグリューション』
『タートル!』
『キャメゲンサーイ!』
『マイス タートルフレーム!』
装甲が変わった。身体の軽さが消え、重さが被さる。胸部の装甲が厚くなる。肩の装甲が広がる。前腕に、盾が形成される。タートルシールド。亀の甲羅を模した、重い盾。
俺は其れを前に構えた。
間に合った。其の瞬間、マオウがマオウブレイドを振り抜いた。
炎が刀身から離れた。
放たれたのは斬撃だった。炎の形をした、一直線の斬撃。空気を裂きながら、俺へ向かって飛んでくる。速い。だが直線的だ。軌道は読める。
『エグズブレイク!』
音声が響いた。マオウブレイドのシードエグズが起動した瞬間、斬撃の威力が跳ね上がった。炎の幅が広がる。一瞬、視界が赤く染まった。
(重い──!)
斬撃がタートルシールドに当たった。
衝撃が腕を通り、肩を通り、背中を通って、地面へ逃げていく。だが其の衝撃が行く前に、俺の身体が先に動いた。足が泥の地面を削る。踵が滑る。だが──
(持った)
盾は砕けていない。タートルシールドの表面に炎の痕が走っている。だが貫通していない。甲羅の意匠が、炎の斬撃を表面で受け止めている。
(防げた。だが──)
其の時、気づいた。
装甲が、光り始めている。
タートルフレームの装甲が、其の表面から光の粒子を漏らし始めている。炎の斬撃を受け止めた衝撃で、変身の維持が揺らいでいる。
(まさか、強制解除──)
俺の考えが其れ以上進む前に、光が弾けた。
装甲が、一気に解けた。
タートルフレームの装甲が光の粒子となって散る。次にタートルシールドが、其の重さごと消滅する。最後に、マウスフレームの基本装甲までが、其の下から剥がれ落ちていく。
制服姿が現れた。
泥の地面に、膝がつく。手が震えている。マイスエッジが掌から滑り落ち、泥の上に音もなく落ちた。
(変身が、解除された──)
マオウは、其の場に立っていた。マオウブレイドを下ろし、俺を見下ろしている。赤い複眼が、俺を正面から捉えている。
「防いだか。だが、続かないか」
マオウの声は低かった。だが其の中には、明確な評価があった。
「君の力は、まだ其処までだ」
俺は泥の地面に手をついた。指先が震えている。だが──
(まだ、立てる)
膝に力を込める。立ち上がる。ふらつく。だが倒れない。
マオウが、少し目を細めた。
「立てるか。其れは良い」
其の声に、嘲笑はなかった。ただ、認める色だけがあった。
「だが、今の君では、私の相手は務まらない。其れは事実だ」
俺はマイスエッジを拾った。泥に塗れた刃を握る。其の重さが、今は頼もしかった。
「逃げない。あんたが何者だろうとっ」
其の言葉に、マオウは──
少しだけ、笑った。
「では、それを次の機会に見せて貰おうか」
そう言って、マオウ達は、炎の中にきえていった。