PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
手が動いた。
考えて、じゃない。決心した、わけでもない。気づいたら指先が白銀の表面に触れていた。冷たい。いや冷たくない。硬い。いや硬くもない。触れているのに材質が分からない。金属でもプラスチックでもない。骨みたいに生体感があるのに、明らかに人工的な質感。
(触っちまった)
引き返せない。もう指先が装置の縁に食い込んでいる。橙金色の縁取りが指の腹に当たる。微かに熱い。
(ああ、もういい。考えるのは後だ)
両手で掴んだ。ずしりと重かった。ずっしりと、確かな重さ。手の中で銀色の節状装甲が微かに振動している。ドクン。ドクン。俺の胸の奥と同じリズムで。
持ち上げた。
装置が台座から離れた瞬間、台座が音もなく消えた。最初から存在しなかったみたいに。何もなかった空間に俺と装置だけが残る。
(軽くはない。でも持てない重さじゃない)
手の中で、分かった。
使い方が。
手紙を開けるように。傘を立てるように。靴紐を結ぶように。当たり前すぎて説明が要らない動作として、俺の手が知っていた。指が知っていた。身体が知っていた。
ベルトの帯を引っ張る。黒地の帯がスムーズに伸びる。銀色の節状装甲がガチッガチッと規則正しい音を立てて並ぶ。帯の先端を引くと、俺の手は自然とそれを胸元へ回していた。
(胸? 腰じゃなくて胸か?)
さっきの奴は腰に巻いていた。銀色のベルトを腰に。だが、これは胸だ。俺の手が勝手に胸元へ帯を回している。黒い帯がシャツ越しに胸骨の上を横断する。中央の楕円形の本体が、胸の真ん中に収まった。
カチッ。
音がした。接続部の橙金色の縁取りが光って、帯の先端が固定された。外せない。いや、外す気がない。俺の手が勝手に装着を完了したのだ。
(着いた。巻いた。これでいいのか? これでいいんだよな?)
分かる。なぜか分かる。ペルソナを呼び出した時と同じだ。卵を握り潰す前、あの時も、叫ぶ前から言葉が分かっていた。今回は道具の使い方が分かっている。頭で理解したのではない。指と手と身体が覚え込んでいる。
(まるでずっと前から持っていたみたいだ。俺の道具箱の底に転がってたレンチみたいに)
ドライバーが胸で脈打った。ドクン。俺の心臓とは別のリズム。でも、さっきより近い。胸に巻いたせいだ。皮膚と骨越しに、直接、機構の鼓動が伝わってくる。
(装着完了。あとは)
次の瞬間、空間が揺れた。
揺れたというより歪んだ。さっきフェリー船内で亀裂が走った時と同じだ。空気にヒビが入る音。ピシッ。ピシッ。ピシシシッ。
(来るか)
暗闇の向こうから、黒い泥が滲み出してきた。
壁がない空間なのに、影がある。影があるところからシャドウが湧く。天井も床も境界もないはずなのに、泥が垂れて溜まり形を作り始めている。不自然な関節。蠢く触手。球体の目。
(何匹だ?)
数えられない。さっきの船内より多い。暗闇のあちこちから次々と滲み出てきている。俺を取り囲むように。円を描くように。
(ここで待ってたみたいだな。俺がドライバーを巻くのを)
そう思った瞬間、身体の中で何かが応答した。
胸のドライバーが熱い。同時に、手の中に何かが現れた。
(え?)
掌に感触があった。何もない空間から、物質が生まれた。いや生まれたんじゃない。呼び寄せたのだ。俺が。無意識に。
(これ、さっきの)
俺の中にいたもう一人を呼び出した時の感覚。卵を握り潰した時のあの力の残り香。それが形になったのだ。メリダルパクスを呼び出す触媒。俺の手の中に、当然あるべきものとしてそこにあった。
(使い方、分かる)
ドライバーの中央、銀色の節状装甲の隙間に、卵を差し込む。装填する。それが自然な動作として手に刻まれている。
(やるのか?)
シャドウたちが迫っている。円を狭めながら。触手がうねうねと蠢いている。球体の目が俺を見ている。
(やるしかないだろ。もう巻いちまったんだから)
手の中の卵を握りしめた。ドライバーがドクンと一つ大きく脈打つ。俺の心臓も一つ大きく打つ。同調している。
(やる)
卵をドライバーの装填口へ差し込んだ。
カチッ。
橙金色の縁取りが光り、銀色の節状装甲が微かに震えて卵を飲み込んだ。ドライバーの中央に卵が嵌まる。白銀の楕円形本体の中心に、淡い紫色の光が宿る。
(入った。合ってる。やっぱりこれでいいんだ)
手が動く。
左右のレバーがあった。本体の両側面に並んだ細長い銀のレバー。それを両手で掴み、内側へ閉じた。ギュッ。確かな手応え。レバーが卵を挟み込み固定する。卵が圧縮される感触が掌に伝わる。割れそうで割れない。殻の中身が押し上げてくるみたいな圧力。
(ここからどうする)
また手が知っていた。
右膝を折った。しゃがみ込む。左膝は立てたまま床について、右手でドライバーの下側を撫でた。指先が銀色の節状装甲の表面をトレースする。下から上へ。ゆっくりと。なぞるように。設計図をなぞるように。構造を確かめるように。
(何やってる俺。儀式かよ。でも止まらない。身体が覚えてる)
右手がドライバーの下側をなぞり終えた時、右手と左手が顔の左側へ集まった。両手を揃えて、頬の横に構える。まるで何かを挟むみたいに。まるで何かを割るために力を溜めるみたいに。
(割る。卵を。殻を。割る)
レバーを掴んだままの両手が、顔の左側で上下に並ぶ。上のレバーと下のレバー。指が掛かる。力を込める。
(変身)
「変身!」
叫んだ。
両手でレバーを押し割った。バンッ。上下に弾けるようにレバーが開く。その衝撃が身体を駆け抜けた。
ドライバーが声を上げた。機械的な、でもどこか有機的な声。低く高く、両方が混ざった声。卵が砕ける音が重なる。パキッ。パキキキキ。殻が割れる音だ。ペルソナを呼んだ時に手の中で卵を握り潰したあの音と同じだ。でも、もっと大きい。もっと深い。
紫の光が弾けた。
ドライバーの中央から溢れた紫色の光が俺の全身を包む。卵状の光だ。巨大な卵の中に俺が閉じ込められたみたいに。視界が紫一色に染まる。
(割れる。俺が。殻ごと。中身が)
右膝に頬杖をついた。
いつの間にか取っていたポーズだ。しゃがみ込んだ姿勢から右膝を軸にして身体を支え、右頬を右膝に預ける。左手は左側へ開いたまま。レバーを押し割った両手の位置そのままに。頬杖をついた猫が丸まっているような、あるいは鼠が身を縮めているような。
(鼠。鼠の構えか。メリダルパクス。お前の)
紫の卵が割れた。
パキンッ!
殻が弾け飛ぶ。紫色の破片が空中に散る。ガラスの破片みたいに光を反射して、暗闇の中で紫色の花火が炸裂した。その破片の向こう側に、俺の身体が変わっていくのが見えた。
黒が走った。
足元からだ。靴が黒い装甲に覆われる。銀色の円形フレームが脚部に嵌め込まれる。円だ。鼠の巣穴みたいな円が、節々に配されていく。膝。脛。踝。円が並ぶたびに微かな光が走る。
ドライバーが告げる。声が身体に染み込む。黒と銀が腹部へ胸へ腕へ駆け上がる。銀色のラインが肋骨に沿うように走り、円形フレームが胸元に配置される。ドライバーの本体が胸の中央に据わり、周囲の装甲がそれを囲むように展開した。
両腕に装甲が巻く。黒い。銀の縁取り。手甲の先に爪が伸びる。鼠の爪みたいに小さく鋭い。指先が動く。動く。感触は直接伝わってくる。手袋を嵌めたみたいに密着している。
背中が熱い。背骨に沿って何かが伸びる感覚。尻尾だ。細く長い、鼠の尻尾みたいなそれが腰の後ろから伸びた。揺れる。意志通りに動く。自分の身体の一部みたいに。
最後に頭部が覆われた。黒い。銀のフレームが顔の輪郭を縁取る。鼠をモチーフにしたヘルメット。耳を思わせる丸い突起が頭頂部に並ぶ。そして複眼が開いた。
青だった。
青い光が視界に広がる。暗闇だった空間が青く染まる。見える。さっきまでの裸眼とは違う。暗闇の隅々まで鮮明に見える。シャドウたちの輪郭が、一匹一匹、はっきりと捉えられる。
金色のラインが複眼の縁を走った。青と金。黒と銀。配色が視界の端で微かに揺れる。
『ネイズミーチーザー!』
ドライバーの声が響く。身体の奥底まで震わせる声。全身の装甲が共鳴している。節々の円形フレームが微かに光を帯びる。全身が一つの機械として、一つの生き物として完成した感覚。
『マイス!』
最後の音声が宣言した。
紫色の卵の破片が完全に散り、俺の全身が装甲に覆われた。黒と銀の仮面ライダーがそこにいた。鼠をモチーフにした戦士が。円形フレームを全身に纏い、尻尾を揺らし、青い複眼で暗闇を見据える戦士が。
俺だ。
(これが。仮面ライダーマイス)
身体を起こした。頬杖を解き、立ち上がる。軽い。装甲を纏っているのに軽い。メリダルパクスを召喚していた時の疲労感が消えている。代わりに、別の力が身体を満たしている。ドライバーが胸でドクンと打つ。俺の心臓と一緒に。
両手を見た。黒い手甲。銀の縁取り。鼠の爪。握ると節々の円形フレームが微かに光る。
(俺の手だ。間違いなく俺の手だ。でも、俺の手じゃない)
メリダルパクスが背後にいた。銀灰色の鼠の戦士が、変身した俺の後ろに重なるように立っている。ペルソナとライダーが、同時に存在している。
シャドウたちが蠢いている。相変わらず円を描いて俺を取り囲んでいる。だが、さっきとは違う。俺が変わった。彼らの動きが止まった。球体の目が俺を凝視している。
(怖いか。俺が。お前らにとって)
青い複眼がシャドウたちを捉える。円形フレームが光を帯びる。鼠の尻尾がゆっくりと揺れた。
(来いよ。小さいからって舐めてんじゃねえぞ)