PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
放課後、港の方が騒がしいと聞いたのは優菜だった。
「結人くん、港で何かあったみたい。漁師の人が叫んでるって」
不可思議事件研究会の部室で、優菜がスマートフォンを片手に眉を寄せていた。画面に映るのは地元の掲示板の書き込みらしい。『見えない力に足を取られた』という文字が見えた。
「見えない力に足を取られた…」
達臣が隣で呟った。その声の響きが、いつもより硬い。十二支同盟のスパイとしての顔が、ほんの一瞬だけ覗いた気がした。だが俺はそれを気のせいだと済ませる。達臣は友人だ。それ以上でも以下でもない。そう思っている。
「行ってみよう」
俺は立ち上がった。優菜も達臣も続く。
* * *
港に着いた時、状況は最悪だった。
岸壁の下、数人の漁師が必死に何かを引き上げようとしている。ロープが張られ、救命具が投げ込まれている。けれど、海面は不気味に静かだった。波がない。潮が引いたように、海面だけが不自然に窪んでいる。
「あの兄ちゃんだ!」
銀二さんの声がした。昨日の漁師だ。船の上から手を振っている。その隣で、もう一人の漁師がロープを海に投げ入れていた。
「引くぞ! しっかり持ってろ!」
ロープが張られた先、海面のすぐ下に人影があった。二人、いや三人。黒い帯のようなものが彼らの足に巻き付いているのが見えた。
(あれは…)
背筋に冷たいものが走った。あの黒い帯。見たことがある。いや——感覚として知っている。
「結人くん!」
優菜の声で我に返る。俺はマイスドライバーに手を伸ばした。胸元に装着された変身装置。ライドエグズがポケットの中で熱を帯びていた。
「変身する。皆は下がっててくれ」
「でも——」
「大丈夫だ」
俺はライドエグズをマイスドライバーに装填した。カチリと音がして、力が回路を繋ぐ。
「変身!」
銀色の光が体を包む。マウスフレームの装甲が展開し、鼠の意匠を持つ仮面が顔を覆う。澄んだ青色の複眼に、港の風景が映り込んだ。
仮面ライダーマイス。銀色の装甲が夕陽に照らされて、青い光を放つ。
(体が軽い。いや、違う。感覚が鋭い)
マウスフレームの基本形態。鼠の力が身体に馴染む。重心が低く、足取りが速い。けれど、前回のマオウ戦の感覚がまだ残っている。あの炎の熱さが——。
「助けるぞ!」
俺は岸壁を蹴って跳んだ。マイスエッジを展開し、スライサーモードで黒い帯に切りかかる。
ズン!
刃が黒い帯に触れた瞬間、衝撃が返ってきた。切れた。いや、切れたように見えた。だが黒い帯は切断面から再び伸びる、まるで最初から切れていなかったように。
(再生するのか)
厄介な敵だ。拘束の影は切っても再生する。なら本体を——。
その時、海面が割れた。
ドォン!
巨大な影が飛び出した。牙不可思議。怪魚のような頭部に広い鰭、長い尾。全身が濡れた鱗に覆われ、口から黒い帯を無数に吐き出している。引き潮のシャドウだ。
「来た…!」
銀二さんが叫ぶ。漁師たちが慌てて船に戻ろうとする。けれど、黒い帯が船体にも巻き付き始めた。
俺は敵の正面に回り込んだ。マイスエッジをシューターモードに切り替え、牽制射撃を放つ。
ババババッ!
青い光!
青い光弾が敵の鰭に当たる。だが、致命傷にはならない。敵は尾を振って海水を薙ぎ払った。波が壁となって俺を襲う。
「ぐっ!」
海水の衝撃で体が流される。だがマウスフレームはバランスを取り直す。鼠の平衡感覚が働いた。足場の崩れた岸壁を蹴り、再び空中に跳ぶ。
(救助を優先しなきゃ)
俺はロープに巻かれた漁師の方へ向きを変えた。黒い帯を切断しなきゃいけない、けれど再生する。なら、まず人を引き離すべきだ。
「銀二さん、船を寄せてくれ!」
「分かった!」
銀二さんが船を操縦する。俺は岸壁を足場に、ロープに捕まった漁師の一人に駆け寄った。黒い帯がその足首に食い込んでいる。海中へ引き込もうとする力が強い。
「離せ!」
マイスエッジで帯を断つ。今度は断面を焼くように刃を押し当てた。青い光が黒い帯の再生を妨げる——かもしれない。
(頼む、効いてくれ)
帯が緩んだ。漁師を引き上げる。銀二さんの船が横付けになり、引き上げた漁師を甲板に渡した。
「一人助かった!」
「まだいる!」
海中にまだ二人。黒い帯が水面下で蠢いている。
俺は再び海面に向かって跳ぼうとした。その時だ。
引き潮のシャドウが尾を振り上げた。
(来る!)
避けなきゃ。わかっている。頭ではわかっている。けれど——
あの炎が、また見えた。
マオウの炎。全身を包む紅い熱。倒れる前の記憶。力及ばなかった感覚。圧倒的な暴力の前に為す術もなかった——あの恐怖が、フラッシュバックのように全身を貫いた。
(動けない)
ビクビクと体が震えた。マウスフレームの装甲がガタガタと音を立てる。足が動かない。まるで金縛りにあったように、身体が命令を拒否している。
(なんで、なんで今さら——)
恐怖が戻ってきた。マオウ戦で感じた死の縁が、蘇る。あの時、確実に死ぬと思った。その感覚が身体に刻まれている。
その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。
引き潮のシャドウが新たな黒い帯を伸ばす。狙ったのは俺じゃない。救助中の銀二さんの船、そしてまだ海中にいる漁師たちだ。
「しまない!」
声が出た。けれど体が動かない。マイスエッジを構えようとして、手が震えて持ち上げられない。
(動け、俺! 目の前に人が襲われてるんだぞ!)
銀二さんが叫ぶ声が聞こえる。船が揺れる音。黒い帯が船体に巻き付く音。
それでも、足が動かなかった。