PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
アイギス。そう名乗った少女の名前が、廊下の静けさの中に落ちた。
対シャドウ特別制圧部隊、シャドウワーカー。
聞いたことのない名前だった。けれど「対シャドウ」という言葉は分かる。シャドウ。人を襲う影。港で戦った引き潮のシャドウ。この廊下に現れた尾。俺が知っている敵と、この少女が追っている敵は同じだ。
「シャドウワーカー」
俺はその名前を繰り返した。舌の上で転がすように。
「対シャドウ専門の、鎮圧部隊、でありますか」
アイギスの言葉が続いた。問いの形をとっていたが、すでに答えを知っているような声だった。
「ああ。さっきのあれを見れば、分かるだろ。俺も、シャドウと戦ってる」
「はい。認識しています。あなたの変身、そして戦闘行動。シャドウに対抗する力を持つ者であると」
アイギスの青い瞳が、俺の胸元——マイスドライバーの方へ一瞬だけ視線を落とした。それから顔に戻る。
「けれど」
アイギスの声が少し低くなった。
「シャドウワーカーの存在は、一般には伏せられています。この地域でも、同様です」
「極秘、ってことか」
「はい。あなたの力も、同様に周囲には明かさない方がよろしいかと。シャドウの存在を知らない人々に、混乱を招かないためです」
アイギスの言葉は丁寧だった。命令ではない。提案のような口調。けれど、その中には経験に裏打ちされた確信があった。シャドウの存在を知らない人々。混乱。そういう事態を、この少女は見てきたのだろう。
「分かった。黙ってる」
俺は頷いた。元々、マイスの正体を広めるつもりはない。優菜や達臣以外には。
「ありがとうございます。真瀬結人さん」
アイギスが丁寧に頭を下げた。制服の袖が揺れる。その動きの中で、手首のあたりに金属の部品がちらりと見えた。機械の身体。少女の外見をしているけれど、中身は——
(今はそれを聞くときじゃない)
聞きたいことはある。けれど今は、目の前の事案が優先だ。友人がいなくなった。扉の中に入った。戻ってこない。そして、この少女も同じような事案を追っている。
「情報を交換する」
俺は言った。アイギスの提案に応える形で。
「俺が知ってることと、あんたが知ってること。照合しよう」
「はい。その方が効率的であります」
アイギスが頷いた。真っ直ぐな目。
その時だった。
胸元が、熱くなった。
マイスドライバーの中のライドエグズが、熱を帯びた。さっきまで沈黙していた卵が、内側から光り始めている。熱い。けれど痛くない。
(え)
胸元に手を当てた。ライドエグズの表面が震えている。脈動している。ドクン、ドクンと。俺の心臓の鼓動と同じリズムで。
(何だ。これ)
これは初めてだ。港でファイヤーフレームになった時とは違う。あの時は自分の意志でライドエグズが光った。けれど今は——自分の意志じゃない。ライドエグズが勝手に反応している。
視線を上げた。アイギスを見た。
アイギスも胸元に手を当てていた。いや——胸元ではない。首元。赤いタイの下。そこに何かあるのか。アイギスの表情が変わった。青い瞳が少し見開かれている。驚き。戸惑い。
「…共鳴」
アイギスが小さく呟いた。
「え?」
「あなたの力と、私の力が。共鳴しています」
アイギスの声が震えていた。戸惑いの震え。けれどそこには、確信も混じっていた。
「ワイルドの力。あなたも、それを持っているのですね」
「ワイルド」
その言葉は、知っていた。俺が持つ力の名前。複数のペルソナに対応する性質。メリダルパクスだけじゃなく、他の力も扱える——そう、イゴールが教えてくれた名前。
「ああ。持ってる。けれど——」
「私も、かつて継承しました。ワイルドの力を」
アイギスの青い瞳が、俺を見ていた。遠くを見るような目。過去を振り返るような目。
「あなたの力と、私の力が共鳴している。それが、何を意味するのか。今は分かりません。けれど」
アイギスの声が戻った。報告するような声から、決意を含んだ声に。
「この事案に、あなたの力が必要であることは確かです。私の力だけでは、不足かもしれません」
「不足」
「はい。行方不明者の数。現場の数。シャドウの活動範囲。私一人では、全てをカバーできません。あなたの力があれば——」
アイギスの目が、真っ直ぐ俺を見た。
「協力していただけますか。真瀬結人さん」
俺はアイギスを見た。金色の髪。青い瞳。少女の外見。けれどその中にあるのは、戦う意志。人を守る意志。さっき、生徒を助けるためにペルソナを呼び出した時の——あの真っ直ぐな目。
(所属だけで判断しない)
俺はそう決めている。十二支同盟でも、敵か味方かは行動で見る。シャドウワーカーでも同じだ。この少女が何者で、どこから来たのか。それは後で聞けばいい。今は——
「ああ」
俺は頷いた。
「協力する。友達を助けるためなら」
「ありがとうございます」
アイギスが深く頭を下げた。制服の袖が揺れる。機械の手首が見えた。けれど今は、それが何を意味するのかは聞かない。
「では、情報の共有から始めましょう。私が把握している事案の概要を、お伝えします」
アイギスが廊下の奥を見た。突き当たりの壁。さっきまで扉があった場所。
「ここで起きたこと。あなたが見たこと。私が調査していること。全てを照合すれば、この事案の核心に近づけるはずです」
「分かった」
俺も廊下の壁を見た。図面にはない扉。動画の中だけにあった扉。けれどさっき、この場所に亀裂が走って、海が見えて、シャドウが来た。
(友達は、あの扉の中にいる)
助けなきゃいけない。それが、俺がここにいる理由だ。
「行こう」
俺は言った。
「この事案を解決するために。一緒に」
アイギスが頷いた。青い瞳に、決意の光が宿った。
「はい。真瀬結人さん。共に」
アイギスの青い瞳が、俺を見ていた。
「ありがとうございます。では、場所を移しませんか。ここでは——」
アイギスの視線が廊下の突き当たりの壁に移った。亀裂が消えた壁。けれど、また何かが現れるかもしれない。アイギスがそう考えているのが、俺にも分かった。
「部室が近い。そこなら資料もある」
俺が言った。アイギスが頷く。
「助かります」
優菜に連絡を入れた。返事はすぐに来た。
「来る。五分くらい」
* * *
部室に戻ると、優菜がもういた。
「結人くん、早かったね。あの子は?」
「下駄箱の方へ行った。怪我はない。助かった」
「そう。よかった」
優菜が安堵したように息を吐いた。それから俺の隣に立っている少女に目を移した。
「この人は?」
「アイギス。さっき廊下で会った。同じシャドウを追っている」
「同じシャドウを?」
優菜の目が少し鋭くなった。研究会の代表として、事件の調査にあたる時の目だ。
「ああ。あの子も調査中だ。力も持っている。詳しいことは後で話す」
俺はそう言って、優菜にアイギスを、アイギスに優菜を、それぞれ紹介した。アイギスが軽く頭を下げた。
「アイギスです。よろしくお願いします」
「瑞生優菜です。不可思議事件研究会の代表をしています」
優菜が椅子を引いた。アイギスに座るように、と示している。アイギスが少し迷ってから座った。
「では、私たちの持っている情報を見せていただけますか」
「ああ。これが校舎図」
優菜が机の上に校舎図を広げた。昨日、三人で見比べた一枚だ。一号館二階。渡り廊下から左へ。掲示物が三枚。角を曲がる。廊下の奥。突き当たり。
「ここだ」
優菜の指が止まった。廊下の線の終わり。壁の線。
「図面では壁。けれど映像には扉があった」
「映像にだけ」
アイギスがその言葉を繰り返した。青い瞳が図面の上を辿っていく。渡り廊下から。掲示物の位置。角。廊下の奥。壁の線。
「この映像を見せていただけますか」
「これです」
優菜がスマートフォンを取り出した。相談者から預かった映像。画面を机の上に置く。三人がのぞき込めるように、横向きに直した。
再生する。
廊下。掲示物。バスケ部の男子が走っている。ドスン、ドスンとバスケットボールが床を弾く音。歓声。日常の音だ。
画面の左側。渡り廊下の向こう。