PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第10航路 戦乙女 3/7 ワイルド

アイギス。そう名乗った少女の名前が、廊下の静けさの中に落ちた。

 

対シャドウ特別制圧部隊、シャドウワーカー。

 

聞いたことのない名前だった。けれど「対シャドウ」という言葉は分かる。シャドウ。人を襲う影。港で戦った引き潮のシャドウ。この廊下に現れた尾。俺が知っている敵と、この少女が追っている敵は同じだ。

 

「シャドウワーカー」

 

俺はその名前を繰り返した。舌の上で転がすように。

 

「対シャドウ専門の、鎮圧部隊、でありますか」

 

アイギスの言葉が続いた。問いの形をとっていたが、すでに答えを知っているような声だった。

 

「ああ。さっきのあれを見れば、分かるだろ。俺も、シャドウと戦ってる」

 

「はい。認識しています。あなたの変身、そして戦闘行動。シャドウに対抗する力を持つ者であると」

 

アイギスの青い瞳が、俺の胸元——マイスドライバーの方へ一瞬だけ視線を落とした。それから顔に戻る。

 

「けれど」

 

アイギスの声が少し低くなった。

 

「シャドウワーカーの存在は、一般には伏せられています。この地域でも、同様です」

 

「極秘、ってことか」

 

「はい。あなたの力も、同様に周囲には明かさない方がよろしいかと。シャドウの存在を知らない人々に、混乱を招かないためです」

 

アイギスの言葉は丁寧だった。命令ではない。提案のような口調。けれど、その中には経験に裏打ちされた確信があった。シャドウの存在を知らない人々。混乱。そういう事態を、この少女は見てきたのだろう。

 

「分かった。黙ってる」

 

俺は頷いた。元々、マイスの正体を広めるつもりはない。優菜や達臣以外には。

 

「ありがとうございます。真瀬結人さん」

 

アイギスが丁寧に頭を下げた。制服の袖が揺れる。その動きの中で、手首のあたりに金属の部品がちらりと見えた。機械の身体。少女の外見をしているけれど、中身は——

 

(今はそれを聞くときじゃない)

 

聞きたいことはある。けれど今は、目の前の事案が優先だ。友人がいなくなった。扉の中に入った。戻ってこない。そして、この少女も同じような事案を追っている。

 

「情報を交換する」

 

俺は言った。アイギスの提案に応える形で。

 

「俺が知ってることと、あんたが知ってること。照合しよう」

 

「はい。その方が効率的であります」

 

アイギスが頷いた。真っ直ぐな目。

 

その時だった。

 

胸元が、熱くなった。

 

マイスドライバーの中のライドエグズが、熱を帯びた。さっきまで沈黙していた卵が、内側から光り始めている。熱い。けれど痛くない。

 

(え)

 

胸元に手を当てた。ライドエグズの表面が震えている。脈動している。ドクン、ドクンと。俺の心臓の鼓動と同じリズムで。

 

(何だ。これ)

 

これは初めてだ。港でファイヤーフレームになった時とは違う。あの時は自分の意志でライドエグズが光った。けれど今は——自分の意志じゃない。ライドエグズが勝手に反応している。

 

視線を上げた。アイギスを見た。

 

アイギスも胸元に手を当てていた。いや——胸元ではない。首元。赤いタイの下。そこに何かあるのか。アイギスの表情が変わった。青い瞳が少し見開かれている。驚き。戸惑い。

 

「…共鳴」

 

アイギスが小さく呟いた。

 

「え?」

 

「あなたの力と、私の力が。共鳴しています」

 

アイギスの声が震えていた。戸惑いの震え。けれどそこには、確信も混じっていた。

 

「ワイルドの力。あなたも、それを持っているのですね」

 

「ワイルド」

 

その言葉は、知っていた。俺が持つ力の名前。複数のペルソナに対応する性質。メリダルパクスだけじゃなく、他の力も扱える——そう、イゴールが教えてくれた名前。

 

「ああ。持ってる。けれど——」

 

「私も、かつて継承しました。ワイルドの力を」

 

アイギスの青い瞳が、俺を見ていた。遠くを見るような目。過去を振り返るような目。

 

「あなたの力と、私の力が共鳴している。それが、何を意味するのか。今は分かりません。けれど」

 

アイギスの声が戻った。報告するような声から、決意を含んだ声に。

 

「この事案に、あなたの力が必要であることは確かです。私の力だけでは、不足かもしれません」

 

「不足」

 

「はい。行方不明者の数。現場の数。シャドウの活動範囲。私一人では、全てをカバーできません。あなたの力があれば——」

 

アイギスの目が、真っ直ぐ俺を見た。

 

「協力していただけますか。真瀬結人さん」

 

俺はアイギスを見た。金色の髪。青い瞳。少女の外見。けれどその中にあるのは、戦う意志。人を守る意志。さっき、生徒を助けるためにペルソナを呼び出した時の——あの真っ直ぐな目。

 

(所属だけで判断しない)

 

俺はそう決めている。十二支同盟でも、敵か味方かは行動で見る。シャドウワーカーでも同じだ。この少女が何者で、どこから来たのか。それは後で聞けばいい。今は——

 

「ああ」

 

俺は頷いた。

 

「協力する。友達を助けるためなら」

 

「ありがとうございます」

 

アイギスが深く頭を下げた。制服の袖が揺れる。機械の手首が見えた。けれど今は、それが何を意味するのかは聞かない。

 

「では、情報の共有から始めましょう。私が把握している事案の概要を、お伝えします」

 

アイギスが廊下の奥を見た。突き当たりの壁。さっきまで扉があった場所。

 

「ここで起きたこと。あなたが見たこと。私が調査していること。全てを照合すれば、この事案の核心に近づけるはずです」

 

「分かった」

 

俺も廊下の壁を見た。図面にはない扉。動画の中だけにあった扉。けれどさっき、この場所に亀裂が走って、海が見えて、シャドウが来た。

 

(友達は、あの扉の中にいる)

 

助けなきゃいけない。それが、俺がここにいる理由だ。

 

「行こう」

 

俺は言った。

 

「この事案を解決するために。一緒に」

 

アイギスが頷いた。青い瞳に、決意の光が宿った。

 

「はい。真瀬結人さん。共に」

 

 

 

アイギスの青い瞳が、俺を見ていた。

 

 

 

「ありがとうございます。では、場所を移しませんか。ここでは——」

 

 

 

アイギスの視線が廊下の突き当たりの壁に移った。亀裂が消えた壁。けれど、また何かが現れるかもしれない。アイギスがそう考えているのが、俺にも分かった。

 

 

 

「部室が近い。そこなら資料もある」

 

 

 

俺が言った。アイギスが頷く。

 

 

 

「助かります」

 

 

 

優菜に連絡を入れた。返事はすぐに来た。

 

 

 

「来る。五分くらい」

 

 

 

*  *  *

 

 

 

部室に戻ると、優菜がもういた。

 

 

 

「結人くん、早かったね。あの子は?」

 

 

 

「下駄箱の方へ行った。怪我はない。助かった」

 

 

 

「そう。よかった」

 

 

 

優菜が安堵したように息を吐いた。それから俺の隣に立っている少女に目を移した。

 

 

 

「この人は?」

 

 

 

「アイギス。さっき廊下で会った。同じシャドウを追っている」

 

 

 

「同じシャドウを?」

 

 

 

優菜の目が少し鋭くなった。研究会の代表として、事件の調査にあたる時の目だ。

 

 

 

「ああ。あの子も調査中だ。力も持っている。詳しいことは後で話す」

 

 

 

俺はそう言って、優菜にアイギスを、アイギスに優菜を、それぞれ紹介した。アイギスが軽く頭を下げた。

 

 

 

「アイギスです。よろしくお願いします」

 

 

 

「瑞生優菜です。不可思議事件研究会の代表をしています」

 

 

 

優菜が椅子を引いた。アイギスに座るように、と示している。アイギスが少し迷ってから座った。

 

 

 

「では、私たちの持っている情報を見せていただけますか」

 

 

 

「ああ。これが校舎図」

 

 

 

優菜が机の上に校舎図を広げた。昨日、三人で見比べた一枚だ。一号館二階。渡り廊下から左へ。掲示物が三枚。角を曲がる。廊下の奥。突き当たり。

 

 

 

「ここだ」

 

 

 

優菜の指が止まった。廊下の線の終わり。壁の線。

 

 

 

「図面では壁。けれど映像には扉があった」

 

 

 

「映像にだけ」

 

 

 

アイギスがその言葉を繰り返した。青い瞳が図面の上を辿っていく。渡り廊下から。掲示物の位置。角。廊下の奥。壁の線。

 

 

 

「この映像を見せていただけますか」

 

 

 

「これです」

 

 

 

優菜がスマートフォンを取り出した。相談者から預かった映像。画面を机の上に置く。三人がのぞき込めるように、横向きに直した。

 

 

 

再生する。

 

 

 

廊下。掲示物。バスケ部の男子が走っている。ドスン、ドスンとバスケットボールが床を弾く音。歓声。日常の音だ。

 

 

 

画面の左側。渡り廊下の向こう。

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