PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第10航路 戦乙女 5/7 見つめる悪夢

廊下の突き当たりから、奥へ続く道があった。

 

境目が消えた後、廊下は元に戻ったはずだった。コンクリートの床。蛍光灯の白い光。掲示物の並ぶ壁。いつもの校舎だ。

 

けれど——いや。いつもの校舎じゃない。

 

「真瀬結人さん。壁を見てください」

 

アイギスが壁を指差していた。指の先にあるのは——掲示物だ。ポスターが三枚並んでいる。さっきまでと同じ位置に。同じ並びで。

 

「掲示物だ。何か——」

 

「いいえ。掲示物の下です」

 

アイギスの指が掲示物の下の壁を指した。壁の表面。コンクリートのざらついた表面に——線が走っている。

 

白い線だ。

 

壁の表面に、白い線が走っている。薄い。けれど確かに描かれている。線が壁の表面を這っている。直角に曲がる。曲がって、また走る。

 

「この線——」

 

俺は壁に手を触れた。指先で線をなぞる。壁の表面に凹みがあるわけではない。壁そのものは平らだ。けれど線が見える。壁の表面に白い線が浮き出ている。

 

「校舎図と同じだ」

 

俺はポケットから——いやマイスドライバーの横から、さっき優菜がくれた校舎図のコピーを取り出した。マウスフレームの指で紙を広げる。一号館二階。廊下の配置図。

 

白い線が——壁の上の線と、同じ形を描いている。

 

「壁に図面が浮いてる」

 

「浮いている、のではありません」

 

アイギスが静かに言った。声が低い。

 

「書かれているのです。この壁自体に。校舎の構造が」

 

俺は壁の線を目で追った。廊下の線。教室の四角い枠。階段の階段状の記号。全てが壁の表面に白い線で描かれている。薄い。けれど確かに。

 

「まるで——設計図だ」

 

「ええ。この校舎そのものが、書き換えられようとしている」

 

アイギスの声が変わった。報告するような声だ。

 

「廊下の配置。教室の位置。扉のあるなし。全てがこの線によって定義されている。先ほど現れた扉も、この線の一部だ」

 

俺は壁を見た。線が走っている。廊下の突き当たり——さっきまで壁があった場所。そこに——線が途切れている。

 

途切れているのではない。

 

書きかけだ。

 

線が途中で止まっている。扉の輪郭を描き始めている。けれど完成していない。途中で止まっている。

 

「ここが——扉の出た場所か」

 

「はい。この線が完成すれば、扉が現れる。設計図が書き換えられることで、現実の校舎も変わる」

 

俺は壁の線を見た。書きかけの扉の輪郭。さっき動画の中で見た扉と同じ位置に、同じ形で。

 

「じゃあ、友達は——この線が完成した場所に入っていったのか」

 

「可能性は高いです。扉が完成し、その先にある空間が形成される。人がその中に入る。そして扉が閉じる」

 

アイギスの声が少し硬くなった。

 

「閉じた空間の中に人が取り残される。それがこの事案の構造だとすれば——」

 

「友達はまだ中にいる」

 

俺は拳を壁に当てた。銀色の装甲が白い線に触れる。線が——一瞬だけ、明るくなった気がした。

 

(線が反応した?)

 

俺は壁から手を離した。

 

「アイギス。この線を描いているのがいるか」

 

「必ずいます。この規模の構造改変を行うには、それを維持する核となる存在が必要です」

 

「どこに」

 

「線の始まりを辿れば——」

 

アイギスが廊下の奥を見た。突き当たりの壁の向こう。線が走っている方向。廊下に沿って白い線が走っている。壁を這い、床を渡り、天井へ——全てが一つの方向から広がっている。

 

「奥です」

 

アイギスが歩き出した。廊下の突き当たりの壁——いや、壁ではない。線が途切れている場所。扉が書きかけの場所。その手前から、線が逆に辿れる。廊下を戻るのではなく、壁の中へ。

 

壁の中に線が走っている。

 

壁の表面だけではない。壁の中に白い線が見える。透けているわけではない。壁そのものが——薄くなっている。

 

「壁が——薄い」

 

俺がそう言った瞬間、足元の床が変わった。

 

コンクリートの床ではなかった。木の床だ。廊下の床が木質になっている。廊下の床板が剥き出しになったような——いや、教室の床だ。教室の床と同じ木質の床が廊下に続いている。

 

「床が変わった」

 

「領域が侵食しています。校舎の構造が書き換えられつつある」

 

アイギスの足音が変わった。金属の足音が木質の床を叩く音に変わる。俺の足音も——マウスフレームの装甲が木の床を叩く音に変わる。

 

廊下の壁が変わっていく。

 

コンクリートの壁に、窓枠のような枠が浮き出てきた。窓枠の中は暗い。ガラスがない。ただの枠だ。けれど枠の中が——暗いだけではない。

 

動いている。

 

枠の中に何かが動いている。

 

(何だ)

 

俺は枠の中を覗き込んだ。

 

映っていた。

 

枠の中に——映像が映っている。廊下だ。別の廊下が映っている。窓があって、光が差していて、誰かが歩いている——いや、あれは。

 

俺だ。

 

さっきまでここにいた俺が映っている。マウスフレームの銀色の背中が枠の中に映っている。

 

「鏡か」

 

「いいえ」

 

アイギスが枠を覗き込んだ。青い瞳が枠の中の映像を追う。

 

「鏡ではありません。過去の記録です。この廊下で起きたことが、枠の中に記録されている」

 

「記録」

 

「この校舎で起きた出来事を、観測している何かがいる」

 

アイギスの声が低くなった。偵察モードに入ったような声だ。

 

「観測——」

 

俺は枠の中を見た。さっきの俺が映っている。そして、その前に歩いていた生徒も映っている。落ちていった生徒も——映っている。

 

全てが記録されている。

 

この校舎で起きたことを、何かが見ている。記録している。

 

(観測している)

 

背筋に冷たいものが走った。

 

(見られている。さっきからずっと——)

 

枠の中の映像が動いた。さっきの俺が動いている。けれど——それだけではない。枠の中の廊下の奥に、何かが見えた。

 

さっきは見えなかったものが、今見える。

 

枠の中の廊下の奥に——人が立っている。

 

いや人ではない。

 

人型だ。けれど——細長い。人間より細い。黒灰色の体。肩に——目がある。

 

俺は枠に顔を近づけた。

 

枠の中の廊下の奥に立っている人型の肩に、大小の目が並んでいる。目が——動いている。全てが、別々の方角を見ている。

 

「あれは」

 

俺は枠の中の人型を見た。人型の顔に——白い仮面がある。仮面の中央に赤い大きな目がある。その目が——枠の中から、こっちを見ている。

 

(見ている)

 

俺を見ている。

 

(さっきから見ていたのか)

 

枠の中の人型が、ゆっくりと顔を上げた。

 

赤い目が、俺を捉えた。

 

枠の中だけではない——枠の外の廊下にも、同じ気配がある。

 

俺は枠から目を離して、廊下を見た。

 

廊下の突き当たり。書きかけの扉の場所。その向こう——壁の線が集まっている場所。線が一箇所に集まって、そこから四方へ広がっている。

 

線の始まりの場所。

 

そこに——立っていた。

 

人型。

 

黒灰色の体。細長い肢体。肩に並ぶ大小の目。白い仮面に赤い大きな目。

 

窓枠の中に映っていたものと同じ。

 

枠の中だけでなく——廊下にいる。

 

「アイギス」

 

俺は声を低くした。マイスエッジに手をかけた。

 

「あれは——シャドウか」

 

アイギスが人型を見た。青い瞳が人型を捉える。

 

アイギスの表情が変わった。

 

今までの剣幕——戦闘中の冷静な顔でもない。調査中の丁寧な顔でもない。

 

「……これは」

 

アイギスの手が——震えた。

 

金の髪が揺れる。青い瞳が人型を見据えたまま動かない。けれどその瞳の奥で、何かが揺れている。

 

「シャドウです」

 

アイギスの声が出た。低い。硬い。

 

「けれど——これまで私が遭遇したどのシャドウとも、異なります」

 

「異なる?」

 

「構造が違います。通常のシャドウは自我の混沌から生まれる存在です。けれどこの個体は——」

 

アイギスの声が途切れた。

 

人型の肩の目が動いた。大小の目が、一斉に俺とアイギスの方を向いた。

 

全ての目が、こっちを見ている。

 

人型の仮面の赤い目が——ゆっくりと瞬いた。

 

瞳シャドウがその姿を現した。

 

赤い目が俺を捉えたまま、黒灰色の手がゆっくりと上がった。長い指先が——壁をなぞっている。白い線が指の先から溢れて、壁に新たな線を描いていく。

 

描いている。

 

この校舎を。

 

「来ます」

 

アイギスの声が鋭くなった。

 

瞳シャドウがその姿を現した。

 

黒灰色の人型が、廊下の突き当たりに立っている。肩に並ぶ大小の目が、一斉にこっちを見ていた。

 

人型の仮面の赤い目がゆっくりと瞬いた。

 

黒灰色の手が上がった。長い指先が壁をなぞる。指の先から白い線が溢れて、壁に新たな線を描いていく。

 

描いている。

 

この校舎を。

 

書き換えている。

 

俺はマイスエッジを握り直した。

 

指が震えている。

 

けれど、あいつを見ている。

 

赤い目が俺を捉えている。

 

(来る)

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