PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路― 作:ボルメテウスさん
炎が背中で揺れる。重い。けれどその重みが重心を作っている。前に向かう重心だ。
胸から手足へ熱が行き渡る。さっきまで強張っていた膝が解けた。肘が動く。指が動く。マイスエッジの柄を握る右手に力が戻る。
(動ける)
けれど——動いても、当たらない。
瞳シャドウの肩の目が光る。攻撃の軌道を見ている。俺が振れば避ける。俺が避ければ追ってくる。枠の中に俺の姿が映っている。動きが読まれている。
アテナの盾が瞳シャドウの手を受け止めている。ガキンという金属音。黄金の盾が押されている。アイギスの足が滑った。床板が軋む音。
「結人さん。ファイヤーフレームの出力上昇を確認。現在の炎の制御範囲は——」
アイギスの声が報告するように続く。分析している。俺の力を。
「広範囲に拡散できますか」
「広範囲? どういう意味だ」
「敵の観測範囲を遮断するためです。枠の中に私たちの姿が映らないようにする。炎で視界を塞ぐのです」
視界を塞ぐ。枠の中に映らないようにする。
「周囲の物を燃やせば、煙と炎で視界が遮られます。敵の目は光を感知して動きを読んでいる。光の量が多ければ、個別の動きを追えなくなるはずです」
「燃やすのか。校舎を」
「廊下の備品で十分です。机、椅子、掲示物。可燃物は多い。火災報知器は——異界の中では作動しない可能性が高い」
理屈は分かる。けれど。
(校舎を燃やすなんて)
迷いが指先に残る。けれどアイギスの声は止まらない。
「時間がありません。アテナの盾が限界です」
ガキン。
盾が一際大きく鳴った。アイギスの足がさらに滑る。床板が割れる音。アテナが盾を支えているけれど、瞳シャドウの手が押し込んでいる。
(分かった)
俺はマイスエッジを振った。
スライサーモードの刃に炎が走る。赤い光。壁際にあった掲示物に向かって振る。刃が掲示物の端を裂く。紙が燃え上がった。ファイヤーフレームの炎が紙に触れた瞬間、オレンジ色の火が広がる。
炎が広がる。紙を焼く音がする。パチパチと小さな音。煙が上がる。
(これで——)
瞳シャドウの肩の目が光った。
光った目が——揺れた。
今まで一斉にこっちを見ていた目が、一斉に炎の方を向いた。炎の光。オレンジ色の光。それに目が反応している。
(効いてる)
俺はもう一度マイスエッジを振った。今度は床に置かれていた椅子に向かって。刃が椅子の脚を叩く。木が割れる。割れた木片に炎が移る。炎が広がる。煙が上がる。
廊下のあちこちで炎が上がる。掲示物。椅子。机。次々に炎が移る。煙が廊下を覆い始める。
瞳シャドウの目が動き回っている。炎の光を追っている。右、左、上、下。一斉に別々の方向を見ている。けれど焦点が合わない。光が多すぎて。
「出力上昇。炎の拡散範囲が広がっています」
アイギスの声が報告する。煙の中で金の髪が揺れている。アテナの盾から瞳シャドウの手が離れた。瞳シャドウが一歩下がった。肩の目が揺れている。枠の中に——俺の姿が映っていない。煙が枠の中を覆っている。映像が見えない。
「視界封鎖。成功です」
アイギスの声が少し明るくなった。
俺は炎の向こうで瞳シャドウを見た。肩の目が動き回っている。けれど焦点が合わない。周囲の炎と煙で見えていない。俺の姿も、アイギスの姿も。
(見えない。あいつは見えない)
マイスエッジを握る右手に力が戻った。震えはまだある。けれど握れる。
(今なら——)
瞳シャドウの肩の目が、一斉にこっちを向いた。けれど焦点が合わない。炎の光の中で、俺の位置が分かっていない。
ファイヤーフレームの炎によって瞳シャドウの視界が封じられた。
炎が廊下を覆っている。
掲示物。椅子。机。次々に燃え広がった炎が、廊下のあちこちで揺れている。煙が天井に届き始めている。オレンジ色の光が木質の床を照らしている。
瞳シャドウの肩の目が動き回っている。けれど焦点が合わない。周囲の炎の光が多すぎて、俺とアイギスの位置が見えていない。
(今だ)
今なら、あいつに届く。視界が封じられている今なら。
俺はマイスエッジを握り直した。スライサーモードのまま。刃に青い光が走る。
踏み込もうとした。
その瞬間だ。
(あ)
背中が、焼けた。
マオウの炎がよぎる。バーンゴクエンの爆音。紅い炎。地面に背中を打ちつけた痛み。肋骨が砕ける音。自分の声にならない声。
(いや)
指が固くなる。マイスエッジの柄を握る右手が強張る。手首が固い。肘が曲がらない。
(動け)
足が止まった。一歩目が出ない。膝が固い。さっきまで動いていた膝が、攻撃に向かう瞬間に固まる。
(まただ。また——)
瞳シャドウの肩の目が動いた。一斉にこっちを向いた。
いや、こっちではない。炎の方を見ている。けれどその動きの中に——俺の方を探す目が混じっている。視界が封じられているけれど、完全には封じきれていない。
(来る。あいつが見つけたら来る)
アイギスの声が聞こえる。
「結人さん。今です。視界封鎖は長く持ちません」
アテナの盾が瞳シャドウの正面を塞いでいる。黄金の盾が炎の光を反射している。けれどアテナの姿が少し揺れている。アイギスの体力が限界に近い。
(今しかない)
マイスエッジを構え直そうとした。スライサーモードのまま踏み込む。距離を詰めて斬る。それしかない。
けれど——足が出ない。
一歩が出ない。膝が曲がらない。マオウに打ち倒された時の記憶が、筋肉の奥から這い上がってくる。あの熱。あの痛み。あの——為す術もなかった感覚。
(斬れない。近づけない)
スライサーモードでは、距離を詰めなきゃいけない。近づかなきゃ刃が届かない。近づくために足を動かさなきゃいけない。けれど足が動かない。
(じゃあ)
スライサーモードじゃなくて——。
マイスエッジの柄を握る右手が動いた。震えている。けれど動く。指が柄の上を滑る。スライサーモードの刃が折り畳まれる。銃身が展開する。シューターモード。
(離れていても撃てる)
足を動かさなくても。距離を詰めなくても。ここからでも——届く。
けれど。
(当たるか)
さっきシューターモードで撃った時、肩の目が光って避けられた。光弾が外れた。視界が封じられていても、弾の軌道を見れば避けられるかもしれない。
(いや。今は炎で見えない。あいつの目は炎の光に奪われている)
なら——撃つしかない。
左手が動いた。脚部の収納へ。手が触れた。硬い塊。卵型の殻。表面に——鬣のような節がある。ライオウシードエグズ。
掌の中で節のざらつきが指の腹に触れる。硬い。熱い。熱い? さっきまで触れていたダンゴムシシードエグズとは違う熱さ。節のある表面が、指の間で熱を持っている。
(これを)
マイスエッジの柄の根元にあるスロットに、ライオウシードエグズを押し込んだ。
カチリ。
掌の中の鬣のような節が、最後に一度指の腹を撫でて消えた。シードエグズが柄の中に吸い込まれる。
マイスエッジが熱いくなった。
柄が指の間で熱を持つ。青い光が——変わる。赤い光が柄の表面を走り始めた。ライオウシードエグズの熱が、柄から銃身へ流れる。
銃身が熱いくなる。シューターモードの照準が赤く光る。青かった光が——橙に、赤に変わっていく。
(熱い。けれど——)
痛くない。ファイヤーフレームの時と同じだ。内側から外へ向かう熱。
マイスエッジを構えた。シューターモード。銃身の照準を瞳シャドウに向ける。
手が震えている。両手で銃身を支えても震えが止まらない。照準が揺れる。瞳シャドウの胴体が照準の中でぶれる。
(震えてる。当たらないかもしれない)
引きTriggerに指がかかった。
かかったけれど——引けない。
指が固い。トリガーを引く指が、マオウの炎の記憶で固まっている。引こうとしても指の関節が動かない。
(引け)
引けない。
(引けよ)
瞳シャドウの肩の目が動いた。一斉に——こっちを見た。
見つけた。炎の中から俺を見つけた。
(しまった)
肩の目が光った。
白い光。攻撃の予兆——いや、観測の光。俺の位置を確定した。
瞳シャドウの腕が動いた。黒灰色の手が上がる。指先から白い線が溢れる。壁に、床に、新しい線が走る。
(線が——ここに来る)
線が廊下を這って俺の方へ来る。床を這う白い線。俺の足元に向かって。
「結人さん!」
アイギスの声。
「撃ってください。今しかありません」
アテナの盾が瞳シャドウの腕を防いでいる。ガキンという金属音。盾が軋む音。アテナが限界に近い。
(撃つ)
指に力を入れた。
トリガーにかけた指に力を込める。関節がきしむ。固まっている指が——動く。ゆっくりと。震えながら。けれど動く。
(怖い)
まだ怖い。マオウの炎が背中を焼く。あの熱がよぎる。
(けれど——)
友達が、まだ扉の中にいる。
(撃つ)
トリガーを引いた。
『エクズシュート!』
マイスエッジから音声が鳴った。
銃身が熱いくなった。赤い光が銃身の中で膨れる。ライオウシードエグズの熱が——弾になる。
熱い。
銃身から弾が放たれた。
赤い光弾だ。いや——光弾ではない。形がある。輪郭がある。
ライオンだ。
炎のライオンの形をしたエネルギー弾が、銃身から放たれた。鬣が燃えている。赤い炎の鬣。四肢が折り畳まれて弾の形になっている。けれど輪郭は——ライオンだ。
炎のライオンが廊下を駆ける。
速い。
熱風が俺の顔を叩く。炎のライオンが走っていく熱気。煙が割れる。炎が割れる。熱い風が廊下を走る。
瞳シャドウの肩の目が光った。
遅い。
光った瞬間に、もう——届いていた。
炎のライオンが瞳シャドウの胴体に食い込んだ。
ドォン!
衝撃音。
赤い光が炸裂した。炎が瞳シャドウの胴体を包む。黒灰色の体に赤い炎が走る。鱗が——いや、黒板のような甲板が焼ける。白い線が焦げる。肩の目が——一斉に閉じた。
閉じた。
初めてだ。あいつの目が——閉じた。
(効いた)
瞳シャドウの体が揺れた。一歩下がる。足元の床板が割れる。体が傾く。
炎のライオンが瞳シャドウの胴体を燃やし続けている。赤い炎が黒灰色の体を食い破っていく。胸の甲板に亀裂が走る。亀裂の中から——赤い光が漏れる。
(胸の——目だ)
胸の甲板の下に隠されていた大きな目。本当の目。それが——開きかけている。亀裂の中から赤い瞳が覗いている。
けれど——開ききらない。
炎が甲板を焼いて、開きかけた目を——焼き尽くしていく。
赤い光が瞳シャドウの全身を包む。
体が崩れ始めた。
肩の目が——溶けた。大小の目が一つずつ光を失って溶けていく。腕の枠が——割れた。枠の中の映像が消える。俺の姿も、廊下の映像も、全て消えて枠が空洞になる。
脚部が崩れた。机や椅子の脚を思わせる節くれだった脚が、赤い光の中で砕け散る。
背中の板が——剥がれた。扇状に重なった窓枠のような板が一枚ずつ剥がれ落ちて、赤い光に溶ける。
胸の甲板が——割れた。
開きかけた本当の目が、赤い光に飲まれる。瞳が光を失う。
ドォン。
最後の音がした。
赤い光が炸裂して——消えた。