PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第10航路 戦乙女 7/7 狙い撃ち

炎が背中で揺れる。重い。けれどその重みが重心を作っている。前に向かう重心だ。

 

胸から手足へ熱が行き渡る。さっきまで強張っていた膝が解けた。肘が動く。指が動く。マイスエッジの柄を握る右手に力が戻る。

 

(動ける)

 

けれど——動いても、当たらない。

 

瞳シャドウの肩の目が光る。攻撃の軌道を見ている。俺が振れば避ける。俺が避ければ追ってくる。枠の中に俺の姿が映っている。動きが読まれている。

 

アテナの盾が瞳シャドウの手を受け止めている。ガキンという金属音。黄金の盾が押されている。アイギスの足が滑った。床板が軋む音。

 

「結人さん。ファイヤーフレームの出力上昇を確認。現在の炎の制御範囲は——」

 

アイギスの声が報告するように続く。分析している。俺の力を。

 

「広範囲に拡散できますか」

 

「広範囲? どういう意味だ」

 

「敵の観測範囲を遮断するためです。枠の中に私たちの姿が映らないようにする。炎で視界を塞ぐのです」

 

視界を塞ぐ。枠の中に映らないようにする。

 

「周囲の物を燃やせば、煙と炎で視界が遮られます。敵の目は光を感知して動きを読んでいる。光の量が多ければ、個別の動きを追えなくなるはずです」

 

「燃やすのか。校舎を」

 

「廊下の備品で十分です。机、椅子、掲示物。可燃物は多い。火災報知器は——異界の中では作動しない可能性が高い」

 

理屈は分かる。けれど。

 

(校舎を燃やすなんて)

 

迷いが指先に残る。けれどアイギスの声は止まらない。

 

「時間がありません。アテナの盾が限界です」

 

ガキン。

 

盾が一際大きく鳴った。アイギスの足がさらに滑る。床板が割れる音。アテナが盾を支えているけれど、瞳シャドウの手が押し込んでいる。

 

(分かった)

 

俺はマイスエッジを振った。

 

スライサーモードの刃に炎が走る。赤い光。壁際にあった掲示物に向かって振る。刃が掲示物の端を裂く。紙が燃え上がった。ファイヤーフレームの炎が紙に触れた瞬間、オレンジ色の火が広がる。

 

炎が広がる。紙を焼く音がする。パチパチと小さな音。煙が上がる。

 

(これで——)

 

瞳シャドウの肩の目が光った。

 

光った目が——揺れた。

 

今まで一斉にこっちを見ていた目が、一斉に炎の方を向いた。炎の光。オレンジ色の光。それに目が反応している。

 

(効いてる)

 

俺はもう一度マイスエッジを振った。今度は床に置かれていた椅子に向かって。刃が椅子の脚を叩く。木が割れる。割れた木片に炎が移る。炎が広がる。煙が上がる。

 

廊下のあちこちで炎が上がる。掲示物。椅子。机。次々に炎が移る。煙が廊下を覆い始める。

 

瞳シャドウの目が動き回っている。炎の光を追っている。右、左、上、下。一斉に別々の方向を見ている。けれど焦点が合わない。光が多すぎて。

 

「出力上昇。炎の拡散範囲が広がっています」

 

アイギスの声が報告する。煙の中で金の髪が揺れている。アテナの盾から瞳シャドウの手が離れた。瞳シャドウが一歩下がった。肩の目が揺れている。枠の中に——俺の姿が映っていない。煙が枠の中を覆っている。映像が見えない。

 

「視界封鎖。成功です」

 

アイギスの声が少し明るくなった。

 

俺は炎の向こうで瞳シャドウを見た。肩の目が動き回っている。けれど焦点が合わない。周囲の炎と煙で見えていない。俺の姿も、アイギスの姿も。

 

(見えない。あいつは見えない)

 

マイスエッジを握る右手に力が戻った。震えはまだある。けれど握れる。

 

(今なら——)

 

瞳シャドウの肩の目が、一斉にこっちを向いた。けれど焦点が合わない。炎の光の中で、俺の位置が分かっていない。

 

ファイヤーフレームの炎によって瞳シャドウの視界が封じられた。

 

炎が廊下を覆っている。

 

掲示物。椅子。机。次々に燃え広がった炎が、廊下のあちこちで揺れている。煙が天井に届き始めている。オレンジ色の光が木質の床を照らしている。

 

瞳シャドウの肩の目が動き回っている。けれど焦点が合わない。周囲の炎の光が多すぎて、俺とアイギスの位置が見えていない。

 

(今だ)

 

今なら、あいつに届く。視界が封じられている今なら。

 

俺はマイスエッジを握り直した。スライサーモードのまま。刃に青い光が走る。

 

踏み込もうとした。

 

その瞬間だ。

 

(あ)

 

背中が、焼けた。

 

マオウの炎がよぎる。バーンゴクエンの爆音。紅い炎。地面に背中を打ちつけた痛み。肋骨が砕ける音。自分の声にならない声。

 

(いや)

 

指が固くなる。マイスエッジの柄を握る右手が強張る。手首が固い。肘が曲がらない。

 

(動け)

 

足が止まった。一歩目が出ない。膝が固い。さっきまで動いていた膝が、攻撃に向かう瞬間に固まる。

 

(まただ。また——)

 

瞳シャドウの肩の目が動いた。一斉にこっちを向いた。

 

いや、こっちではない。炎の方を見ている。けれどその動きの中に——俺の方を探す目が混じっている。視界が封じられているけれど、完全には封じきれていない。

 

(来る。あいつが見つけたら来る)

 

アイギスの声が聞こえる。

 

「結人さん。今です。視界封鎖は長く持ちません」

 

アテナの盾が瞳シャドウの正面を塞いでいる。黄金の盾が炎の光を反射している。けれどアテナの姿が少し揺れている。アイギスの体力が限界に近い。

 

(今しかない)

 

マイスエッジを構え直そうとした。スライサーモードのまま踏み込む。距離を詰めて斬る。それしかない。

 

けれど——足が出ない。

 

一歩が出ない。膝が曲がらない。マオウに打ち倒された時の記憶が、筋肉の奥から這い上がってくる。あの熱。あの痛み。あの——為す術もなかった感覚。

 

(斬れない。近づけない)

 

スライサーモードでは、距離を詰めなきゃいけない。近づかなきゃ刃が届かない。近づくために足を動かさなきゃいけない。けれど足が動かない。

 

(じゃあ)

 

スライサーモードじゃなくて——。

 

マイスエッジの柄を握る右手が動いた。震えている。けれど動く。指が柄の上を滑る。スライサーモードの刃が折り畳まれる。銃身が展開する。シューターモード。

 

(離れていても撃てる)

 

足を動かさなくても。距離を詰めなくても。ここからでも——届く。

 

けれど。

 

(当たるか)

 

さっきシューターモードで撃った時、肩の目が光って避けられた。光弾が外れた。視界が封じられていても、弾の軌道を見れば避けられるかもしれない。

 

(いや。今は炎で見えない。あいつの目は炎の光に奪われている)

 

なら——撃つしかない。

 

左手が動いた。脚部の収納へ。手が触れた。硬い塊。卵型の殻。表面に——鬣のような節がある。ライオウシードエグズ。

 

掌の中で節のざらつきが指の腹に触れる。硬い。熱い。熱い? さっきまで触れていたダンゴムシシードエグズとは違う熱さ。節のある表面が、指の間で熱を持っている。

 

(これを)

 

マイスエッジの柄の根元にあるスロットに、ライオウシードエグズを押し込んだ。

 

カチリ。

 

掌の中の鬣のような節が、最後に一度指の腹を撫でて消えた。シードエグズが柄の中に吸い込まれる。

 

マイスエッジが熱いくなった。

 

柄が指の間で熱を持つ。青い光が——変わる。赤い光が柄の表面を走り始めた。ライオウシードエグズの熱が、柄から銃身へ流れる。

 

銃身が熱いくなる。シューターモードの照準が赤く光る。青かった光が——橙に、赤に変わっていく。

 

(熱い。けれど——)

 

痛くない。ファイヤーフレームの時と同じだ。内側から外へ向かう熱。

 

マイスエッジを構えた。シューターモード。銃身の照準を瞳シャドウに向ける。

 

手が震えている。両手で銃身を支えても震えが止まらない。照準が揺れる。瞳シャドウの胴体が照準の中でぶれる。

 

(震えてる。当たらないかもしれない)

 

引きTriggerに指がかかった。

 

かかったけれど——引けない。

 

指が固い。トリガーを引く指が、マオウの炎の記憶で固まっている。引こうとしても指の関節が動かない。

 

(引け)

 

引けない。

 

(引けよ)

 

瞳シャドウの肩の目が動いた。一斉に——こっちを見た。

 

見つけた。炎の中から俺を見つけた。

 

(しまった)

 

肩の目が光った。

 

白い光。攻撃の予兆——いや、観測の光。俺の位置を確定した。

 

瞳シャドウの腕が動いた。黒灰色の手が上がる。指先から白い線が溢れる。壁に、床に、新しい線が走る。

 

(線が——ここに来る)

 

線が廊下を這って俺の方へ来る。床を這う白い線。俺の足元に向かって。

 

「結人さん!」

 

アイギスの声。

 

「撃ってください。今しかありません」

 

アテナの盾が瞳シャドウの腕を防いでいる。ガキンという金属音。盾が軋む音。アテナが限界に近い。

 

(撃つ)

 

指に力を入れた。

 

トリガーにかけた指に力を込める。関節がきしむ。固まっている指が——動く。ゆっくりと。震えながら。けれど動く。

 

(怖い)

 

まだ怖い。マオウの炎が背中を焼く。あの熱がよぎる。

 

(けれど——)

 

友達が、まだ扉の中にいる。

 

(撃つ)

 

トリガーを引いた。

 

『エクズシュート!』

 

マイスエッジから音声が鳴った。

 

銃身が熱いくなった。赤い光が銃身の中で膨れる。ライオウシードエグズの熱が——弾になる。

 

熱い。

 

銃身から弾が放たれた。

 

赤い光弾だ。いや——光弾ではない。形がある。輪郭がある。

 

ライオンだ。

 

炎のライオンの形をしたエネルギー弾が、銃身から放たれた。鬣が燃えている。赤い炎の鬣。四肢が折り畳まれて弾の形になっている。けれど輪郭は——ライオンだ。

 

炎のライオンが廊下を駆ける。

 

速い。

 

熱風が俺の顔を叩く。炎のライオンが走っていく熱気。煙が割れる。炎が割れる。熱い風が廊下を走る。

 

瞳シャドウの肩の目が光った。

 

遅い。

 

光った瞬間に、もう——届いていた。

 

炎のライオンが瞳シャドウの胴体に食い込んだ。

 

ドォン!

 

衝撃音。

 

赤い光が炸裂した。炎が瞳シャドウの胴体を包む。黒灰色の体に赤い炎が走る。鱗が——いや、黒板のような甲板が焼ける。白い線が焦げる。肩の目が——一斉に閉じた。

 

閉じた。

 

初めてだ。あいつの目が——閉じた。

 

(効いた)

 

瞳シャドウの体が揺れた。一歩下がる。足元の床板が割れる。体が傾く。

 

炎のライオンが瞳シャドウの胴体を燃やし続けている。赤い炎が黒灰色の体を食い破っていく。胸の甲板に亀裂が走る。亀裂の中から——赤い光が漏れる。

 

(胸の——目だ)

 

胸の甲板の下に隠されていた大きな目。本当の目。それが——開きかけている。亀裂の中から赤い瞳が覗いている。

 

けれど——開ききらない。

 

炎が甲板を焼いて、開きかけた目を——焼き尽くしていく。

 

赤い光が瞳シャドウの全身を包む。

 

体が崩れ始めた。

 

肩の目が——溶けた。大小の目が一つずつ光を失って溶けていく。腕の枠が——割れた。枠の中の映像が消える。俺の姿も、廊下の映像も、全て消えて枠が空洞になる。

 

脚部が崩れた。机や椅子の脚を思わせる節くれだった脚が、赤い光の中で砕け散る。

 

背中の板が——剥がれた。扇状に重なった窓枠のような板が一枚ずつ剥がれ落ちて、赤い光に溶ける。

 

胸の甲板が——割れた。

 

開きかけた本当の目が、赤い光に飲まれる。瞳が光を失う。

 

ドォン。

 

最後の音がした。

 

赤い光が炸裂して——消えた。

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