PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第11航路 探偵 1/7 荒海の予感

赤い光が消えた。

 

廊下に残ったのは、焦げた木の匂いと、白い煙と、床に散らばった黒灰色の欠片だけだった。瞳シャドウの体が——なかった。崩れ落ちた跡が、床板の上に黒い煤として残っているだけだ。

 

(消えた)

 

アイギスがアテナを収めた。背中の光が縮んで、黄金の輪郭が消えていく。アイギスの肩が下がった。息が荒い。戦闘の疲れが、戦いが終わった瞬間に一気に出たのだろう。

 

俺もマイスエッジを下ろした。シューターモードの銃身が折り畳まれ、スライサーモードに戻る。刃を脚部に量子変換で収納する。銀色の刃が光の粒子となって消える。

 

背中の炎の衣が揺れた。ファイヤーフレームの炎が、少しずつ薄くなっている。戦闘が終われば、炎も収まっていくのだろう。

 

(終わった。とりあえず)

 

けれど——まだ終わっていない。友達はまだ扉の中にいる。けれど瞳シャドウは消えた。扉が消えたかどうかは——

 

廊下の突き当たりを見た。壁がある。さっきまで扉があった場所。いや、扉が現れた場所。今は——壁だ。元の壁に戻っている。

 

(扉が消えた)

 

瞳シャドウが消えたと同時に、扉も消えた。壁に白い線が残っている。書きかけの扉の輪郭。けれど完成していない。途中で止まっている。

 

(友達は——)

 

分からない。扉の中に入っていった友達が、どこにいるか。扉が消えた今、どこにいるのか。

 

「結人さん。周囲の安全を確認しましょう」

 

アイギスの声が来た。少し息が整っている。けれどまだ荒い。

 

「ああ。そうだな」

 

俺は頷いた。マイスの仮面越しに廊下を見渡す。煙がまだ漂っている。焦げた木の匂い。炎は收まりかけている。掲示物の燃えカスが床に落ちている。

 

「校舎の外も確認しなきゃ」

 

「はい。避難した生徒さんの安否も」

 

俺たちは廊下を戻った。渡り廊下を渡る。一号館の階段を下りる。玄間から外に出る。

 

空はもう暗くなりかけていた。西日が消えている。夕闇が校舎を覆い始めている。けれど校庭の方に明かりがあった。懐中電灯の光だ。数人の人影が校庭の隅に集まっている。

 

近づくにつれて、声が聞こえてきた。

 

「おい、ゆっくりでいい。歩けるか? 無理すんな」

 

荒い声だった。男の声だ。低い。けれど——荒い言葉の割に、声のトーンは穏かじゃない穏やかじゃない。落ち着いている。

 

「足首、痛いか。そこ座れ。いやそこじゃねえ、もっとこっち。壁に寄れ」

 

声が続く。言葉はぶっきらぼうだ。けれど——相手の歩幅に合わせているのが分かった。声の遠近が一定だ。歩く相手の速さに合わせて、自分もゆっくり歩いている。

 

校庭の隅に、ベンチがあった。生徒が一人座っている。足首を抱えている。怪我をしているらしい。その隣に——男が立っていた。

 

俺は立ち止まった。男を見た。

 

年は——俺たちより上に見える。高校生だ。けれどうちの学校の制服とは少し違う。別の学校か、あるいは——

 

男が生徒をベンチに座らせた。座らせる時に——手が触れないようにしていた。足首のあたりに手を回さない。肩と背中だけを支えて、ゆっくりと腰を下ろさせる。

 

(怪我した箇所に触らないようにしてる)

 

ぶっきらぼうな言葉とは別に、手が細かく動いていた。

 

「動かすなよ。じっとしてろ。救急車呼ぶから」

 

男がポケットからスマートフォンを取り出した。画面をタップする。片手で。もう片方の手は——生徒の肩に置いたままだった。支える手。

 

(あの手は——離さない)

 

俺はそこで声をかけた。

 

「大丈夫ですか」

 

男が顔を上げた。

 

俺を見た。マイスの姿を見た。銀色の装甲。青い複眼。鼠の耳を思わせる頭部。胸のマイスドライバー。

 

男の目が俺を捉えた。それから——アイギスを捉えた。

 

「…あんたら、あの中で何をしてた」

 

声が低い。警戒している。

 

「シャドウを。あいつを倒しました」

 

アイギスが答えた。声が落ち着いている。

 

男の目が俺に戻った。

 

「あいつを倒した」

 

繰り返した。それから俺の全身を——マイスの装甲を、マイスドライバーを、背中の炎の衣の残りを、見た。

 

「…お前ら、まだ学生か」

 

声が少し変わった。荒さの中に——何か別のものが混じった。

 

「ああ。学生だ」

 

俺は答えた。マイスの仮面越しに。

 

男の目が——少しだけ細くなった。何かを読取るような目だった。

 

「…学生が、あの中に入ってたのか」

 

「入るしかなかったんです。あの中に人がいたから」

 

男が——一瞬だけ黙った。

 

俺は男を見ていた。制服はうちの学校じゃない。けれど学生だ。俺たちと同じくらいの年齢に見える。

 

「…悪いな。俺も、こいつら避難させてた」

 

男がベンチの生徒の方を見た。座っている生徒の足首が腫れている。

 

「校舎の中から逃げてきたやつらを、ここまで引っ張ってきた。何人かは足を挫いてた」

 

「助かりました。ありがとう」

 

アイギスが言った。男は——少し顔を背けた。

 

「…別に。近くにいたからやっただけだ」

 

ぶっきらぼうな声だった。けれど——ベンチの生徒の肩から手を離していなかった。

 

その時だ。

 

校門の方から足音が聞こえた。走ってくる足音だ。速い。

 

「雹!」

 

声が来た。女の声だ。

 

俺は振り返った。校門の方から女子生徒が走ってくる。うちの学校の制服ではない。男と同じ学校の制服だろうか。

 

「雹! 無事だったの!」

 

女子生徒が男の前に来た。息を切らしている。走ってきたのだろう。

 

男——雹が顔を上げた。

 

「…ああ」

 

短い返事だった。

 

女子生徒が雹の前に立っている。雹の顔を見ている。無事を確かめる目だ。

 

雹は——面倒そうな顔をした。

 

「なんだよ。連絡したって送ったじゃねえか」

 

「送ってくれたけど! でも心配だから来た!」

 

「…そうか」

 

雹はそう言ったけれど——待たせたことについては何も言わなかった。「待たせてごめん」とも「来てくれてありがとな」とも言わなかった。

 

けれど——女子生徒の方は気にしていない様子だった。雹の無事を確かめただけで、安心したような顔をしている。

 

「…店の人から連絡来てたぞ」

 

雹がポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「店? アルバイト先?」

 

女子生徒が尋ねた。

 

「ああ。帰り遅くなるって言っといたんだけど、無事かってよこしてきた」

 

雹の声が——少し落ち着いた。「店の人」という言葉を出した時、荒さが少しだけ緩んだ気がした。

 

「店の人も心配してるんだな」

 

俺は口を出した。雹が俺を見た。

 

「…まあな。前、店のに不可思議が出た時があるからよ」

 

雹の声が少し低くなった。

 

「不可思議」

 

その言葉が——俺の胸に響いた。

 

不可思議。シャドウ。同じものだ。

 

「店のに出た時、俺が片付けた。それから……店の奴らが心配してくれるようになった」

 

雹は言いかけた言葉を途中で止めた。「それから」何かがあったのだろうけれど、それ以上は言わなかった。

 

けれ俺は分かった。雹も——守るために戦ったのだ。店の人を守るために。アルバイト先の人々を守るために。

 

(俺と同じだ)

 

港で銀二さんたちを守るために戦った。友達を助けるためにここに来た。

 

雹も——同じように人を守るために戦ったのだ。

 

「雹」

 

女子生徒が雹の袖を引いた。

 

「帰ろう。もう大丈夫でしょ」

 

「…ああ」

 

雹は頷いた。

 

それから——俺たちの方を見た。

 

「お前らも休めよ。学生が無理すんな」

 

荒い言葉だった。けれど——その中に心配が混じっていた。

 

雹は踵を返した。女子生徒と並んで歩き出す。

 

「雹!」

 

俺は声を上げた。

 

雹が立ち止まった。振り返る。

 

「ありがとう。助かった」

 

俺は言った。

 

雹の目が——少しだけ動いた。

 

「…名前、聞いてもいいか」

 

俺は尋ねた。

 

雹は——少し間を置いた。

 

間の中で、雹の目が俺のマイスの仮面を見ていた。青い複眼を見ていた。

 

「…虎堂雹だ」

 

短く言った。

 

「虎堂雹」

 

俺は繰り返した。

 

雹は——今度は俺の方を見た。

 

「お前は」

 

「真瀬結人だ」

 

俺は答えた。

 

マイスの仮面越しに、けれど本名で。

 

雹はその名前を聞いて——一瞬だけ何か考えているような顔をした。

 

「…真瀬」

 

繰り返した。

 

それから——

 

「じゃあな、真瀬」

 

雹は女子生徒と並んで歩き出した。

 

夕闇の中に二人の背中が遠ざかっていく。

 

俺はその背中を見ていた。

 

虎堂雹。

 

口は悪いけれど、人の怪我に触れないように手を動かす男。守るために戦う男。

 

帰る場所がある男。

 

(虎堂雹)

 

アイギスが隣で小さく息を吐いた。

 

「行きましょう、結人さん。友達を探さないと」

 

「ああ」

 

俺は頷いた。

 

友達はまだ——扉の中にいるかもしれない。

 

扉は消えたけれど、友達はまだ戻ってこない。

 

(探そう)

 

俺はマイスの仮面越しに、夕闇の校舎を見上げた。

 

(必ず——見つける)

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