PERSONA × MY-TH UNFATHOMABLE VOYAGE ―沖縄怪異航路―   作:ボルメテウスさん

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第二航路 守神 2/7 心の仮面と影

シーサーが机の上でくるりと回った。

 

ぬいぐるみの癖にやたら動きが滑らかである。白い前脚をぴょこぴょこと動かしまるで舞台に上がる芸人みたいな身軽さで椅子の背もたれに飛び移った。俺の部屋の椅子が、こいつが立つにはちょうどいい高さらしい。ぬいぐるみなので重さなんてないも同然だがそれでも着地のたびに椅子が微かにきしむ。

 

「よーし、場も整ったことだし」

 

場って何だよ。整えてないだろ。俺の部屋だぞ。

 

「それでは始めましょうか。業界初のゴースト系配信者、いきます」

 

こいつの声は妙に明るかった。目の前の現実を無視すれば、スマホの向こうで若い声がゲーム実況でも始める直前の空気に近い。片前脚を上げて拍手を要求するポーズまで取りやがる。

 

「はい拍手ー。ぱちぱちー」

 

「いや、何の開幕だよ」

 

「ゴースト系配信者、明暮九衣です。みんなからは『くがい』って呼ばれてる。シーサーではないから気を付けてくれよな」

 

「誰も呼んでないし、お前もシーサーだろ今は見た目が」

 

そういう問題じゃないと言いたげに、九衣がかわいい顔を左右に振った。振ると首のあたりからもふっとした布の音がする。ぬいぐるみのくせに演出に凝っている。

 

「俺は元々人間で、不可解な存在に巻き込まれて死んだ。でも魂はこれだ。今はこのシーサーのぬいぐるみを依代に動いてる。術式とかではなくもっとゆるい縁でな。細かい理屈は今はいいだろ、大事なのは俺が俺であることだ」

 

「お前がお前なのは分かった。でも死んだって」

 

「死んだ」

 

九衣はきっぱりと言った。

 

拍手を求めた空気が少しだけ変わった。

 

声の温度が下がる。ぬいぐるみの黒い目が薄暗い部屋の中でやけに静かだ。

 

「そんで、これでも意外と使えるゴーストなんだよ。マイス陣営が欲しい機能俺は大体カバーできる。情報収集、通信支援あと異界の案内とかもな。幽霊ってだけで歩くGPSとか人脈は確保済みなんだよ」

 

「すごい売り込みだな」

 

「必要だからな。私はこの島でやることがあるし、この先もっと面倒なものと出会う。だから情報を渡して代わりに横に置いてほしい」

 

「横に置く」

 

「私をこの部屋に置いておいてほしい、って意味だ。ポークおにぎりも適宜よこしてくれるとなお良い」

 

「お前は俺の保護を求めているのか」

 

「めっちゃ分かりやすく言うと、それ。夜は弱いので助けてほしい」

 

弱いというかお前ぬいぐるみだから普段は動けないんじゃないのか。そう思いながらも口には出さなかった。九衣の言い方には、ふざけているようでどこか引っかかるものがある。

 

「それで、どうして九衣は不可解や異界に詳しいんだ? 死んだからって急に分かるものなのか」

 

俺が聞くと、九衣は少しだけ間を置いた。

 

前脚で自分の背中のチャックをちょんと押さえた。

 

ただの仕草だった。でも、目がそちらへ向いた。シーサーのぬいぐるみの背中にはファスナーが隠れるように縫い込まれている。

 

「死ぬ前から似た話を追ってたんだよ」

 

九衣が言った。

 

声は平静だった。明るくもなく暗くもなく、ただ事実をなぞるだけの声。

 

「ネットの書き込み、島の言い伝えまとめサイト。そういうのをずっと集めてた。死んだ後も、特に情報が途切れることもなくてな。むしろ幽霊になったことで見えるようになったものもあった。それもあって今の俺がある」

 

「追ってたって、都市伝説をか」

 

「そう。最初は本当に軽い気持ちだったんだ」

 

そう言って、九衣は小さく笑ったようだった。

 

笑ったように見えた。ぬいぐるみの口元は作りのままなのに、声だけで笑ったのが分かる。

 

「まあ、その辺の話は長くなるから今はやめとくよ。君も疲れてるだろ。俺の説明より今は寝た方がいいんじゃないか」

 

「お前、今の流れでそれを言うか」

 

「ゴースト系配信者は視聴者の健康を優先するんだよ。話はまた明日でもできる。どうせ私はずっとここにいる」

 

九衣が椅子から机の上へ戻った。

 

ぴょこんと着地した拍子に包み紙の残骸がひらりと落ちる。ポークおにぎりを食べられたことを思い出した。腹が鳴った。いや、心もだ。

 

「お前なあ」

 

「明日、君の話も聞かせてくれよ。フェリーで何があったか。赤いやつが何だったのか」

 

にやりとした声だった。ぬいぐるみの顔はにやけられないはずなのに、声だけで確かに笑っていた。

 

九衣が前脚で机の上を探り始めた。

 

ぬいぐるみの短い脚で何ができるのかと思ったが動きに迷いがなかった。さらに部屋の隅に置いてあった俺のカバンへ器用に近づき、ジッパーを咥えて開ける。中からタブレット端末を引きずり出して床に落とした。俺のじゃない。いつの間にか荷物に混ざっていたらしい。こいついつの間に。

 

「お前、俺のカバンに何入れてんだ」

 

「昨日の夜中にしまっておいたんだよ。依代の俺が持つより君の荷物の方が安全で目立たないからな。今はこの通り拝借してるが」

 

「勝手に入れておいて勝手に拝借するな」

 

「あとでポークおにぎり一本で手を打とう」

 

「お前、相場を何だと思ってる」

 

九衣がタブレットの電源を入れた。画面の明かりが薄暗い室内に浮かぶ。時刻は深夜。カーテンの隙間から月の光が入り、タブレットの青白い光と混ざって部屋の中をぼんやり照らしている。

 

「今から見せるのは、俺が死ぬ前に集めたものと死んでからもちまちま拾ったものの一部だ。よく分からんまま保存しているぶんも混ざってるがそこは生暖かい目で見てくれ」

 

「見るだけは見る」

 

「出典は匿名掲示板、削除済みの個人ブログ心霊系の投稿動画、あと行方不明者の家族が残した書き置きみたいな雰囲気のやつがいくつか。タブを順に開くぞ」

 

九衣の前脚が画面を軽く押す。ぬいぐるみの布素材なので反応が悪いかと思えば、画面は淀みなく切り替わっていく。こいつ幽霊のくせにタブレットの操作だけは妙に現代的だ。

 

最初に開かれたのは匿名掲示板のログだった。文字化けした煽り文の後に、短い体験談が並んでいる。

 

「これ、読んでみ」

 

「えーと……夜の浜で黒い人を見た、壁から染み出してた足が三本あった、目が溶けてた助けた人が次の日には忘れてた……なんだこれ」

 

「続きもある。この投稿の良くないところは途中で書き手が混乱してて、同じ文章を何度も貼ってるところだな。恐怖のあまり貼り間違えたのか嘘を広めたいのか判断が難しい」

 

「お前はどっちだと思う」

 

「半々だ。ただ全部が嘘なら色々と都合が悪いんだよ。同じ怪物の話が別の島、別の年、別の書き手で出てきてる。なのに細部が妙に似ている」

 

九衣が別のタブを開いた。今度は削除されたブログの保存画像だ。背景が黒く、白い文字だけが並ぶ。読むのに目が疲れる。俺が眉をひそめていると九衣が明るい声で言った。

 

「ネットの噂だと、シャドウってのは人間が認めたくない欲望や恐怖押し殺した一面が形になったものって言われてる。古い書き込みから最近の投稿まで、言葉の揺れはあるけど根っこはだいたい同じだ。夜の島に出る黒い影。触ると冷たい。目が合うと逃げられないとか逆に目を合わせなきゃ狙われないとか、そこは真偽が分かれてる」

 

「同じ実物がいると仮定しても、見た奴の状況で印象が変わってる感じだな」

 

俺が言うと九衣がぴょこんと耳を動かしたように見えた。

 

「うん。君、なかなか呑み込みが早いな」

 

「そっちこそぬいぐるみのくせに資料が几帳面だな」

 

「幽霊は時間だけはあるからな。それで、シャドウってのが本当にいるとしたらあれはただの怪物じゃなくて、人の心から生まれるものってことになる。ここ大事だから踏まえておいてくれ」

 

九衣の声が一つ低くなった。湿気を含んだ部屋の空気が急に静かになる。

 

「で、次がペルソナだ」

 

「いきなり話が飛ぶな」

 

「飛ぶよ。でも実はこの二つはネットの噂の中だと対で出てくる。シャドウと対になる心の力。ペルソナは、苦難へ立ち向かうために被る心の仮面だって言われてる」

 

「仮面」

 

「あるいは、自分の中にいる別の顔を力として従えたものという解釈もある。複数の語りが混ざってるから、どっちが正しいかは分からない。どっちも正しいのかもしれない」

 

「心の仮面で怪物と戦うって、RPGみたいだな」

 

「言いたいことは分かる。でも記録の並びを見ると笑い事でもなくて、ほら、この投稿とこのブログあとこっちの動画のコメント。全部、自分と似た姿の何かが出てきたあり得ない力に目覚めた、みたいな話をしてる」

 

画面が切り替わる。粒子の粗い夜の海の映像。そこにコメント欄が重なっていて、古い投稿日が続いている。

 

「お前、本当に出所が匿名掲示板なんだな」

 

「そうだよ。だから信じろとは言わない。むしろ疑ってくれていい。でも、同じ内容の記録が違う年代と地域に残ってる。これは嘘を流すには芸が細かすぎると思うんだよな」

 

「その年代と地域ってのは」

 

「旧暦の日付が混ざった書き込みが二つ。あと島の祭りの夜に出たって話が三つ。削除済みだがアーカイブが拾ってる。作り話ならここまで揃わないだろ、ってのが持論」

 

「持論なのか」

 

「持論だよ。俺も正解を全部知りたいゴーストだけど、まだ全部は知れてない。だから断定はしない。ネットの噂だとで濁すのはそのせい」

 

九衣がタブレットの画面を閉じた。暗くなった部屋の中で、シーサーの黒い目だけが月を映して光っている。沈黙が数秒続いた。俺は何か言おうとしてやめた。代わりに冷蔵庫の音がやけに大きく聞こえた。

 

「作り話なら、どうして同じ怪物を見た人がこんなにいるの?」

 

九衣が呟いた。それは問いかけに見えて、半分はこいつ自身の迷いみたいだった。

 

「私が死ぬ前から、ずっと引っかかってる言葉だ」

 

そう言って、九衣は前脚でタブレットの端をとんとんと叩いた。湿った夜風がカーテンを揺らして部屋に甘い潮の匂いが入り込んでくる。心臓がまだ、変身の余韻で重く脈打っていた。

 

沈黙が落ちた。

 

冷蔵庫の音が急に大きくなった気がした。九衣の前脚が机をとんとんと叩いている。その音だけが湿った夜の部屋に響く。

 

「作り話なら、どうして同じ怪物を見た人がこんなにいるの?」

 

九衣の声は静かだった。

 

俺は答えなかった。いや答えられなかった。フェリーで見た黒い泥。不自然な関節。触手の先端で瞬いていた球体の目。あれがこの世のものじゃないってことは、頭じゃなくて身体が知っている。

 

「なあ九衣」

 

「なんだ」

 

「お前の話、全部信用するわけにはいかない。でもあの船で俺が見たものと、お前の話は重なってる」

 

「だろ?」

 

九衣が得意げに前足を組んだ。ぬいぐるみの癖に妙に様になる。

 

「俺がドライバーを手にした時、卵は割れる寸前まで熱を持ってた。あの熱さ外から火でも当てられたみたいな感じだったけど違う。自分の中の、どっちかっていうと胸の奥考えてる場所より深い所から熱が出てた」

 

「へえ。変身の時はどうだったんだよ」

 

「卵の中から何かが出た。俺が割って、俺が、出した。でもこれはお前の言うペルソナと似てるけど同じかどうかは確信できない。殻を割る前から卵の存在を、どこかで知ってる自分がいた」

 

「面白いな。ネズミ君、なかなかいいこと言うじゃないか」

 

九衣が口元をこすった。ぬいぐるみの短い前脚を動かして、考え込むように耳の後ろをぽりぽりやる。

 

「ライドエグズとペルソナが完全に同じものだって決めつけるのは早いな。私も、そうは思ってない。ネットの噂だとペルソナは心の仮面だ。苦難へ立ち向かうために被る、もう一つの顔。自分の別の顔を力として従えたもの言い換えもあった」

 

「心の仮面」

 

「お前が変身した時、被ったものに見えたか?」

 

「わからない。でも、都合のいい自分が出てくる感じはしなかった。むしろあのまま放っといたら足元から何かに引きずられるような、抵抗できない怖さがあった」

 

「はは、それなのに変身したのか」

 

「お前の問いかけを無視できなかったんだよ」

 

俺が軽く返すと、九衣がぴょこんと首を傾げた。

 

「さっきの質問、同じ怪物を見た人がなぜ多いかって話だけど私も全部を本物だとは思いたくない。死んだ人間の幽霊が言うのも変だけどな。ネットには嘘、誇張、面白半分の転載まとめサイトの捏造。いくらでも混ざってる」

 

「で、お前はそれでも残るって言うんだな」

 

「残る。残っちまう。俺が殺された動画の切り抜きを張って、面白おかしくコメントする奴の何倍も夜の海が怖いと書き残した奴がいた。真面目に消される類の書き込みってのは、大抵真面目な理由で消えてる。全部が全部ってわけじゃないがな」

 

九衣の声には、笑いを含んだ明るさと同じだけの濁りがあった。腹の底に泥が沈殿してるのに、上澄みだけ軽くかき混ぜて見せてるような声。

 

「お前は、ジェイルって言葉まで知ってるんだよな。元はどこで知ったんだ」

 

「え、やだな、探り入れないでくれる? 私のチャンネルの卒業配信で話題にしたんだよ。半年前くらいに深夜の雑談枠で。それがきっかけで妙な伝言をもらってね。沖縄で、海を隔てた場所で現実と隣り合わせの檻があるって話を聞いた」

 

「檻」

 

「あくまでネットの尾ひれ。信じすぎるなよ。だが、あの学園都市の地下だか海側だかに関係者しか入れない場所があるらしい。私はそんなもの知らなかった。で、調べた。そしたら同じ事を恐れてる奴が、時間をかけて文章を消されてる。検索からも保存からも。残ってるのは、断片なんだよ」

 

俺は机の上のラムネを開けた。しゅぱ、と音がして甘い匂いが湿った空気に混ざる。舐めた。冷たくてうまい。

 

「消えてる記録を、お前はどうやって集めてる?」

 

「死ぬ前からこつこつやってたんだよ。で、ゴーストになってからのほうが調べやすいことが分かった。ネットって人に見られてる時の方が行儀いいからな。誰も見えない時間の掲示板は好き放題だ。私はそこを、しーっと眺めてる」

 

九衣が前脚を口に当てる仕草をした。かわいい顔で含み笑いをするからぬいぐるみなのに腹が立つ。

 

「不快だったらやめるか?」

 

「いいや。続けてくれ。お前の首輪が怪しいのは昔からだが、今はお前の情報が要る」

 

「照れるなあ。私のハンドルネーム、明暮九衣。よろしく」

 

「名前を名乗るのは二度目だろ」

 

「こういうのは何度でもやるもんだ」

 

九衣は机の縁に腰を下ろしタブレットの画面を閉じた。暗くなった室内で、丸い目が月明かりを吸って白く光る。

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