イサラ・ギュンターの逆行奮闘記   作:ムール貝

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泡沫の夢から覚めて

 

最初に気づいたのは、音だった。窓の外で鳥が鳴いている。風に揺れた木々の葉が擦れ、どこかで小さく金属の触れ合う音がした。銃声ではない。砲撃でもない。誰かの叫び声でもなかった。

 

 私は目を開いた。見慣れた天井があった。

 

「……え?」

 

 声が出た。その瞬間、息が止まりそうになった。声が出る。息ができる。私は何度も短く呼吸を繰り返し、それから慌てて胸元へ手をやった。指先に触れたのは血に濡れた軍服ではなく、柔らかな寝間着だった。傷がない。痛みもない。けれど、胸を貫いたあの焼けつくような感覚だけは、まだ身体の奥に残っている気がした。

 

「……どうして……?」

 

 上体を起こした途端、目眩がした。机、椅子、本棚、壁際の工具箱、作りかけの部品。朝の光が差し込む窓。見覚えがあるどころではない。ここはブルールの家だ。私の部屋だ。

 

 そんなはずがない。

 

 私は戦場にいた。乾いた銃声がして、身体を撃ち抜かれた。息ができなくなった。どんどん寒くなって、最後には兄さんの腕の中にいた。そこから先はない。眠ったのではない。気を失ったのでもない。私はあの時、自分が死ぬのだと分かっていた。

 

 思い出した瞬間、息が乱れた。胸元を押さえる。傷はない。それなのに痛い気がする。服の下に手を差し入れて確かめても、皮膚は滑らかなままだった。私は何度もそこを触った。あるはずの傷を探すように。ないことを確かめるたびに、かえって頭の中が混乱した。

 

 夢だったのだろうか。そう考えようとした。けれど、あまりにも鮮明すぎる。痛みも、寒さも、血の匂いも、ロージーさんの顔も、兄さんの腕の温かさも覚えている。何より、まだ生きたいと思った。死ぬのが怖いと思った。あの感情まで夢だったとは、とても思えなかった。

 

「イサラ、起きてるかい?」

 

 扉の向こうから声がして、身体が強張った。

 

「……兄さん?」

 

「ああ。もう朝だよ。入ってもいいかい?」

 

 いつもの声だった。戦場で、私の名前を何度も呼んでいた声ではない。何も知らない頃の、いつもの兄さんの声。それがどうしてここから聞こえるのか分からない。返事をしなければと思うのに、喉がうまく動かなかった。

 

「……はい」

 

 扉が開き、兄さんが顔を覗かせた。

 

「おはよう、イサラ。珍しいね、まだ寝て――」

 

 兄さんの言葉が途中で止まった。私が立ち上がっていたからだ。自分でも、いつ立ったのか分からなかった。目の前にいる兄さんの顔と、血の気を失って私を抱いていた最後の顔が重なった。頭では何も考えられなかった。ただ、身体が先に動いた。

 

「イ、イサラ?」

 

 気づけば、私は兄さんに抱きついていた。胸に額が触れる。服越しに体温が伝わり、耳を澄ませなくても鼓動が分かる。規則正しい。確かな鼓動だった。

 

 その感触に、胸の奥が大きく揺れた。嬉しいとか、安心したとか、そんなきれいな言葉にはできなかった。目の前にいる兄さんが本物なのか確かめるように、私は無意識に腕へ力を込めていた。

 

「イサラ? どうしたんだい?」

 

 困惑した声で、ようやく自分のしていることに気づいた。私は慌てて腕を解き、一歩下がった。

 

「……すみません」

 

「いや、それはいいけど……何かあった?」

 

 答えられなかった。死んだはずなのに、自分の部屋で目を覚ました。目の前には、何事もなかった頃の兄がいる。そんなことを、どう説明すればいいのだろう。そもそも私自身が何一つ理解できていない。

 

「少し……変な夢を見ただけです」

 

「夢?」

 

「……はい」

 

 口にした途端、それがひどく頼りない言葉に思えた。兄さんはしばらく私の顔を見ていたが、やがて「そうか」とだけ言った。いつもの兄さんだった。そのことが、今はかえって怖かった。

 

 窓の外に目を向ける。朝のブルール。戦火に焼かれていない家々。静かな道。いつも通りの景色。見慣れていたはずなのに、どれも記憶と少しずつ噛み合わない。私はいつからここにいるのだろう。そもそも、本当にここは「今」なのだろうか。

 

 その時、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

 ――今日は、何日だろう。

 

 疑問が浮かんだ瞬間、胸の奥がひやりとした。私は机の上へ視線を走らせた。紙束の下、工具の横。普段なら気にも留めない小さな卓上暦がある。

 

 二月二十四日。

 

 数字を見た途端、頭の中が真っ白になった。見間違いだと思った。紙をめくり、戻し、もう一度見る。それでも二月二十四日だった。まだ三月ではない。帝国軍がガリアへ侵攻してくる前。ブルールが戦場になる前。私が義勇軍へ入り、第七小隊で兄さんたちと戦うより前だ。

 

 喉が乾いた。私は椅子の背に手をついた。足元が頼りなく感じる。どうして。どうして私はここにいる。私は死んだ。あれほどはっきり、自分の終わりを感じたのに。

 

 それなら、今の方が夢なのだろうか。いや、そう考えても何も分からない。私は机の上の工具を掴んだ。重い。冷たい。油の匂いがする。掌へ食い込む硬さまで知っている。勢い余って強く握りすぎ、指が痛んだ。その小さな痛みさえ、妙に現実的だった。

 

「イサラ?」

 

 まだ部屋にいた兄さんが、不思議そうに私を見る。

 

「その暦がどうかしたのかい?」

 

「……いえ」

 

 私は工具を置いた。何と答えればいいのか分からない。帝国軍が来ます。ブルールは戦場になります。兄さんは義勇軍の小隊長になります。私はその戦車に乗って、そして死にます。頭の中ではそれだけのことが一度に浮かんでいるのに、口から出せる言葉は一つもなかった。

 

 「朝食、できてるよ」と兄さんが言った。私の顔色を気にするように見てから、「今日はゆっくりしていた方がいいんじゃないかい?」と続ける。

 

「大丈夫です」

 

 反射的にそう答えると、兄さんは困ったように笑った。

 

「イサラはいつもそう言うからなあ」

 

 その言い方まで、何も変わっていなかった。妙に懐かしいと思ってしまい、私はまた戸惑った。ほんの数か月前の朝のはずなのに、もう二度と戻れない場所を見ているようだった。

 

 兄さんが部屋を出た後も、私はしばらく動けなかった。暦を見る。胸に触れる。窓の外を見る。それを何度も繰り返した。何度確かめても、答えは変わらない。

 

 二月二十四日。帝国軍が来るまで、そう長くはない。

 

 *

 

 朝食の味は、覚えていたものと同じだった。違うのは私の方だけだった。兄さんはいつも通り、パンを食べながら朝に見かけた鳥の話をしている。

 

「羽の模様がちょっと珍しかったんだ。たぶん渡りの途中なんだろうけど――」

 

 私は相槌を打ちながら、その声を聞いていた。戦場ではない。軍服も、地図も、命令書もない。兄さんの前にあるのは食べかけのパンとミルクだけだ。本当なら、こちらが当たり前だったはずなのに、その光景が現実から浮いて見える。

 

 ふいに、さっきまで聞こえていた鳥の声が銃声に変わった気がした。肩が跳ねる。もちろん何も起きていない。兄さんはまだ鳥の話をしている。私は自分の指がカップを強く握っていることに気づき、慌てて力を抜いた。

 

「イサラ」

 

「はい?」

 

「やっぱり変だよ」

 

 兄さんはパンを置いた。

 

「さっきから僕の顔ばかり見てる」

 

 私は思わず視線を逸らした。そんなに見ていたつもりはなかった。

 

「……すみません」

 

「謝ることじゃないけど」

 

少し間を置いて、兄さんが続ける。

 

 「本当に夢を見ただけかい?」

 

 手が止まった。兄さんを見る。いつもの穏やかな顔だったが、目だけは私をよく見ていた。昔から、兄さんはこういうところがある。普段はぼんやりしているように見えるのに、こちらが本当に何かを隠している時だけ、妙に勘がいい。

 

「……夢です」

 

 私はもう一度そう答えた。今度は、はっきりと嘘だった。兄さんは何も言わず、「そうか」とだけ返した。それが少しだけ苦しかった。

 

 *

 

 食事を終えた後、私は一人で外へ出た。ブルールの町は静かだった。人が歩き、店が開き、子供たちが走っている。遠くで誰かが笑っている。

 

 あの時、帝国軍が来るまで、この町はこうだった。忘れていたわけではない。それでも戦争の後に思い出すブルールは、いつも炎と瓦礫の中にあった。逃げる人たち、兵士、銃声。目の前の穏やかな町並みと、記憶の中の焼けた町が何度も重なる。角を曲がれば兵士がいるような気がして、遠くで荷台が跳ねる音がすれば反射的に振り返った。

 

 まだ何も起きていない。そのことが、かえって怖かった。

 

 私は足を止めた。ここを守れるだろうか。未来を知っているからといって、私一人で帝国軍を止められるはずがない。軍へ知らせても根拠を説明できない。ブルールの人たちに逃げるよう言ったところで、同じことだ。しかも私が何か一つ変えれば、その先の出来事まで同じように進む保証はなくなる。

 

 考えようとすればするほど、頭の中がまとまらなくなった。私は未来を知っている。けれど、知っているだけだ。国を動かす力も、軍を動かす権限もない。私一人で抱えるには、あまりにも大きすぎる。

 

 一人では無理だ。その結論だけは、混乱した頭でもはっきりしていた。

 

 では、誰に話すのか。答えは一つしかなかった。兄さんだ。信じてもらえるとは思わない。それでも、この話をするなら兄さんしかいない。

 

 私は家へ戻った。

 

 *

 

 兄さんは家の裏手にいた。何かの資料を片手に、庭先の草を眺めている。また植物か虫でも見ているのだと思う。いつもの兄さんだった。

 

「兄さん」

 

 私が呼ぶと、兄さんは顔を上げた。

 

「おかえり、イサラ。もう大丈夫なのかい?」

 

「話があります」

 

 自分でも驚くほど声が固かった。兄さんの表情が少し変わる。

 

「……分かった」

 

 私たちは家の中へ戻り、居間の扉を閉めて向かい合って座った。そこまでしてから、私は何を言えばいいのか分からなくなった。

 

 私は未来から来ました。一度死にました。戦争が始まります。

 

 頭の中では事実なのに、言葉にした途端、どれもひどく荒唐無稽に聞こえる。今朝から何度も現実を確かめてきた私自身でさえ、まだすべてを受け入れきれていないのだ。

 

「朝の夢の話?」

 

 兄さんの方から言った。

 

 私は小さく頷いた。

 

「……夢ではありません」

 

 兄さんは黙って私を見ていた。

 

「そうだと思います」

 

「思います?」

 

「私にも、まだ全部は分かりません。でも……夢だとは思えないんです」

 

 私は一度深く息を吸った。ちゃんと息ができる。その当たり前のことを確かめてから、ようやく口を開いた。

 

「兄さん。これから私が言うことは、たぶん信じられないことだと思います」

 

「うん」

 

「それでも最後まで聞いてくれますか?」

 

 兄さんは少しだけ姿勢を正した。

 

「うん」

 

 私は最初から話した。これから帝国軍がガリアへ侵攻してくること。ブルールも戦場になること。兄さんとアリシアさんが出会い、私たちがエーデルワイスで町を脱出すること。義勇軍へ入り、兄さんが第七小隊の小隊長になり、私は戦車の操縦士として一緒に戦うこと。

 

 最初は兄さんも何度か質問した。けれど、私が戦場のこと、帝国軍のこと、第七小隊のことを話していくうちに、だんだん口を挟まなくなった。私は覚えていることをできる限り順番に並べようとしたが、時々記憶が飛んだ。戦場の景色が急に鮮明になり、言葉が止まることもあった。そのたびに兄さんは急かさず待ってくれた。

 

 話しているうちに、兄さんの顔から少しずついつもの穏やかさが消えていった。

 

「それで」

 

 長い話の途中、兄さんが初めて私を止めた。

 

「イサラはどうなったんだい?」

 

 私は言葉を止めた。来ると思っていた質問だった。それでも、喉が急に狭くなったように感じて、すぐには答えられなかった。

 

「その戦争が終わって、それから?」

 

 兄さんは私を見る。

 

「君はどうしたの?」

 

 私は膝の上で手を組んだ。指先に、あの時の血の感触が戻った気がした。そんなはずはないのに、掌が冷たくなる。

 

「……終わるところまでは、知りません」

 

 兄さんの表情が止まった。

 

「どうして?」

 

 私は兄さんを見た。逃げたくはなかった。未来を変えるのなら、一番隠したいことほど隠してはいけない。

 

「私は、その前に死にました」

 

 静かだった。外から鳥の声が聞こえた。朝と同じ鳥かもしれない。その平穏な音が、今だけは場違いに思えた。兄さんは何も言わない。私は止まれば二度と言えなくなる気がして、そのまま続けた。

 

「マーベリー海岸での戦闘の後です。敵の狙撃を受けました」

 

 声は震えなかった。震えないように、できるだけ事実だけを話そうとした。

 

「撃たれて、倒れて……同じ小隊のロージーさんと言う方が来てくれました。その後、兄さんも」

 

「僕も?」

 

「はい」

 

「その時、僕はどこにいた?」

 

 質問の意味がすぐには分からなかった。

 

「すぐに来てくれました」

 

「違う」

 

 兄さんの声が低くなり、私は思わず黙った。

 

「撃たれる前だ」

 

 兄さんがこんな声を出すのを、私はほとんど聞いたことがない。

 

「僕は、どこにいた?」

 

「……少し離れた場所に」

 

「君の側にはいなかったんだね」

 

「兄さん、それは――」

 

「すぐに行ったって、間に合ってないじゃないか」

 

 私は言葉を失った。兄さんは怒鳴ってはいなかった。けれど、その方がずっと強く聞こえた。

 

「兄さんのせいではありません」

 

「じゃあ誰のせいなんだ」

 

「誰のせいでもありません」

 

「そういうことを言ってるんじゃない」

 

 兄さんは立ち上がった。椅子が床を擦って小さく鳴った。

 

「僕は君を戦場に連れていったんだろう?」

 

「私が一緒に行くと決めました」

 

「それでも僕は小隊長だった」

 

「兄さん」

 

「僕の指揮の下で、君が死んだ」

 

 私は否定しようとした。

 

 でも、兄さんはそれを許さなかった。

 

「僕は何をしてたんだ」

 

 その言葉は、私に向けたものではなかった。

 

 兄さん自身に向けたものだった。

 

「イサラが撃たれるまで、僕は何をしてた」

 

「戦っていました」

 

「そんなことは分かってる!」

 

 初めて声が大きくなった。

 

 私は肩を揺らした。

 

 兄さん自身も驚いたように一度目を伏せた。

 

 それから、額に手を当てた。

 

「……ごめん」

 

「いえ」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 兄さんは座らなかった。

 

 窓の外を見ている。

 

「父さんも」

 

 突然、そう言った。

 

 私は顔を上げた。

 

「父さんも、母さんを戦争で失った」

 

 兄さんの背中しか見えない。

 

「子供の頃は、仕方がなかったんだと思ってた。戦争なんだから。父さん一人にどうにかできることじゃなかったって」

 

「……はい」

 

「今でもそう思ってる」

 

 そこで兄さんは振り返った。

 

 怒っていた。

 

 私にではない。

 

 たぶん、まだ存在していない未来の自分に。

 

「なのに未来の僕は、同じことをするのか」

 

 私は息を止めた。

 

「母さんを守れなかった父さんと同じように、僕も家族を守れないのか」

 

「違います」

 

 今度はすぐに否定した。

 

「兄さんはお父さんとは違う、という意味ではありません。お父さんだって、きっとできることをしていました。兄さんもそうです」

 

「でも君は死んだ」

 

「はい」

 

 言いたくなかった。でも、そこだけは誤魔化せない。

 

「私は死にました」

 

 兄さんの顔が歪んだ。

 

「兄さんの腕の中で」

 

 それを言った瞬間、朝のことを思い出した。目を覚まし、兄さんを見て、考えるより先に抱きついた。兄さんも同じことに気づいたようだった。

 

「……だからか」

 

「え?」

 

「今朝」

 

 私は答えなかった。答える必要もなかった。

 

 兄さんは目を閉じた。

 

「君は、それを覚えたままここに戻ってきたんだね」

 

「……はい」

 

「痛かった?」

 

 思いもしなかった質問だった。私は少し迷ってから頷いた。

 

「はい」

 

「怖かった?」

 

 今度は、すぐには答えられなかった。寒さ、息苦しさ、身体の感覚が少しずつ消えていったこと。目を閉じれば、それが今起きていることのように戻ってくる。私は無意識に胸元へ手を置いていた。

 

「……怖かったです」

 

 兄さんは何も言わなかった。その沈黙の方が苦しかった。

 

「だから」

 

 私は続けた。

 

「同じことにはしたくありません」

 

 兄さんが私を見る。

 

「ブルールも。戦争も。第七小隊も。何もかも全部変えられるとは思っていません」

 

 私は自分の手を見る。

 

「未来を知っているだけです。私一人にできることなんて、たぶん少ししかありません」

 

「イサラ」

 

「でも、知っているのに何もしないのは嫌です」

 

 そこだけは、はっきりと言えた。

 

「兄さんを守りたいです。できるなら、未来で失われたものも」

 

 私は一度言葉を切った。死ぬ直前、自分が何を願っていたのかを思い出す。

 

「それに」

 

 兄さんを見る。

 

「今度は、私も生きたいです」

 

 兄さんの目が少し見開かれた。

 

「……そうか」

 

 さっきまでの怒りが消えたわけではない。それでも、声は少しだけいつもの兄さんに戻っていた。

 

「それなら、やることは一つだね」

 

「兄さん?」

 

 兄さんは椅子へ座り直し、私の方へ身を乗り出した。

 

「もう一度、最初から教えてくれ」

 

「最初から?」

 

「帝国がいつ来るのか。ブルールで何が起きるのか。僕たちがどう動いたのか。覚えている限り全部」

 

 さっきまでとは違う目だった。未来を聞いて驚いているだけの兄ではない。これから何をするべきか考え始めた時の目。第七小隊の小隊長だった兄さんと、ほんの少しだけ重なった。

 

「同じ未来にはしない」

 

 兄さんが言った。

 

「君が知っている未来の僕が、君を守れなかったなら」

 

 そこで一度、言葉を止める。

 

「今度の僕は、そうならないようにする」

 

 私は兄さんを見た。ほんの数時間前まで、この記憶を抱えているのは私一人だった。未来を知っているのは今も私だけだ。それでも、未来を変えようとしているのはもう私だけではない。

 

 窓の外では、いつも通りのブルールの午後が続いている。帝国軍が来ることも、戦争が始まることも、私が一度死んだことも、誰も知らない。

 

 けれど今度は違う。私はもう、あの未来をただ待つつもりはなかった。

 

 兄さんも、同じだった。

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