勇者がいろいろ嫌になって田舎に引っ込むおはなし 作:試行錯誤
「火球、十二連」
若々しい男の声。
大人というにはまだまだ遠く、青年にしてもまだ少し若いと言っていいほどの静かな声が響き渡る。
正しく、少年と評せる年齢である。
彼が言葉を発した次の瞬間には巨大な燃える弾丸……12発の火球が上空に生まれ出でる。1つ1つが100メートルクラスの大きさを誇る大火球。
それが音速を超す勢いで地面に向かって突っ込んできた。
目標は少年が相対する龍、白い大きな大きな敵。
ドラゴン種の最強格である古代種、それもホワイトエンペラー……白帝と名のつけられたネームドである。
体格差は数十倍どころか数百倍にも届きかねない程。まさに恐竜に挑む小鳥である。
少年はそんな事はお構い無しとばかりに、上空に呼んだ火の球と連携をとるように白帝に突っ込んでいく。手には使い古された巨大なハルバード。
対龍・対神の滅殺神器である。
召喚した火球、手持ちの武器共に、通常種のドラゴンであれば大ダメージ確定の威力を持った二つの攻撃法。
しかしながら白帝は笑った、その程度、と。
所詮、人間が持ったところで、そう笑うのだ。
シュゴオォ、と龍の口から白煙が漏れ始める。冷気だ。
そのまま上空に向け大きく開け放った口から直後、猛吹雪が発生した。
マイナス100度を下回る冷気と冷やされた水蒸気が刃になって荒れ狂う死の暴風。
人類の都市3つを氷の墓場にしたブレス攻撃。
それが、少年がここにいる理由である。
この龍がこれ以上の被害を人類に出さぬようにと送り込まれて来た対策……それがこの少年である。
全てを凍結させる極低温の暴風。降りかかる豪炎の弾丸を消し飛ばすべく上空に放たれたブレスは、火球の群れを飲み込んだ。
効果範囲が十数㎞に渡る程の恐るべきブレス攻撃。
白帝と呼ばれる龍は余裕の笑みを浮かべようとして、そしてギョッとする。
自慢の氷結ブレスを浴びせてやったはずの火球が、消えていない。
人間種ごときの魔術により生み出された火球が、だ。
むしろ速度を増してきており、何なら火力すら上がっている。
さすがに予想外である。
長い戦いの歴史の中で自分に向けられてきた火の魔術・魔法は数多いが、それらを圧倒的な冷気で逆に凍らせてきた自慢のブレスである。
何故なのか。
単純に、火球に込められた少年のオーラが強大。
だからブレスによる妨害を受け付けなかったのだと思い知るのは直後。
直撃を喰らってその威力を味わってからである。
火球は正しく炸裂した。
音速を遥かに超える速度で火の球が白帝に激突したのだ。
種族特有の物理結界や、対魔法結界が数十枚張り巡らされているにも関わらず貫通。
白帝の頭部や背中、翼に直撃。そして爆裂。
大気が割れるかのような轟音が連続して響いた。
『ウグッ!? グアアアッ!?』
重い。
基本魔術の『火球』どころではない。魔術というよりはもはや魔法……それも禁忌である隕石誘引魔法と呼ばれる『メテオ』に近い威力である。それが12発。
9発が白帝の身体に炸裂した。肉を焼き弾けさせる。巨体を誇る古代龍といえどもそうそう喰らった事はないダメージだ。
周囲の気温は一気に岩が溶解するような温度に上がる。
息をするだけで肺が焼ける空間。
音で鼓膜どころか肉体が潰れかねない程の振動。
それを意に介さずにこの空間に存在し続けるのが少年と龍である。
並の魔術師であれば命が枯れ果てるような大魔法を平気な顔でぶっぱなした彼は、地獄のような環境を当たり前のように走破。
火球の速度は音速を超えたが少年自身の速さは更に上。瞬間移動のごとく姿がぶれ龍に接近していく。
爆炎に焼かれる白帝が苦しみながらも、迫る少年を迎撃せんと本能的に発動した氷弾魔法の雨礫……否、弾幕が発生する。
少年は、その弾幕をハルバートで切り払いながら最短距離で龍の至近へ。
身長を遥かに超えるサイズの槍斧を変幻自在にその操る技量。
回転と捻りと返しと身体制御。
見る者が見れば、踊りとすら言えるほどの流麗さ。
まるで斬撃と舞踏の弾丸である。
氷の弾幕を力と技で抜けて接近してくる少年。
彼を潰すべく、次は白帝の巨大な腕が降り下ろされる……砦や城壁ですら抉り切る事が可能な剛力と爪。
圧倒的な質量と速度の物理攻撃である。
それを、少年は手に持っていたハルバートの切り上げ攻撃で迎撃。
激突。
推定60トンはあろうかという巨体の腕と、たかだか50キロそこらの人間種のぶつかり合い。
地平線の彼方まで響かんばかりの破砕音が轟いた。
結果は明白。
少年の一撃が、龍の腕を弾き飛ばしてのけていた。
『ば、馬鹿なっ!?』
さすがに古代龍の白帝ですら驚愕である。
小さな人間を潰さんと高速で降り下ろした腕は、あろう事か弾き返されたのだ。
それも単純に力業で。
龍が降り下ろした腕を、人間が振り上げたハルバートの一撃が上回った瞬間である。
この時点でようやく白帝は認識する。
目の前の小童は恐るべきオーラを纏う相手……人間が、龍と戦うために開発した魔力戦闘技術の一つ『対龍闘気』を超高レベルで使う強敵なのだと。
白帝の右腕は逆方向にねじ曲がり大出血。一時的に戦闘能力を喪失。回復が始まる。
一方で、龍族の耐久性能を上回った少年のハルバートも激烈な衝撃によりコアが消失……少年の持つ唯一の武装である対龍・対神の神器『紅』が砕け散る。
衝突により耐久限界を突破したのは両者ともだった。
想像以上だった少年の攻撃に顔をしかめる白帝だが、同時に勝利を確信する。
あの武器を失った小童に、今、勝ち目がなくなったのは明らかなのだ。
龍の肉体は魔力がある限り再生復元を繰り返す。しかし人間の武器はどうか? 砕け散った武器はさすがに瞬時には復元できまい。
小童には白帝と斬り結ぶモノがなくなったのだ。
こちらの勝ちである。
あとは残った腕で切り裂くなり潰すなり、二度目のブレスで死をくれてやるなりすればいい。終わりだ。
『人間種にしては大したモノだったな! 死ね小僧!』
白帝は最も信頼する武器……ブレスを選択。目の前の人間一人に向ける為に全力のオーラを籠める。
対する少年は根本から折れたハルバートをあっさりと捨て去った。別の武装を取り出す事もなく、龍に対して更に接近をしかける。
逃亡や撤退の気配はない。
彼にはそんな権利はないのだ。
勝つか、道連れにするか、どちらかである。
少年は小さな拳を構えて、オーラを集中させる。
そして、龍の肉体に対し下から、すくい上げるような拳の一撃を放った。
空が割れる。
まず衝撃が、次に音が、そして最後に衝撃波が周囲を伝わって爆発的な白煙を巻き起こした。凍った大地が吹き飛んでいく。
白帝はその瞬間に数瞬、意識が完全に飛んだ。
何が起きたのか。
単純である。少年の、オーラを纏った拳による一撃。
それが素手で龍の肉体防御を上回っただけである。
人間とは思えないようなエネルギーを内包した拳。それが更に白帝に突き刺さる。
空間が爆裂するかのような轟音が響き渡っていく。連打にも関わらず拳の重さはほとんど落ちない。
むしろインパクトごとに破壊力は増していく勢いだ。
物理攻撃である。ただし、龍を殺すための『闘気』が籠められた拳なだけ。
それが文字通り龍を殺しているのだ。
冗談のような光景である。
小鳥が、恐竜を食い散らす光景である。
しかし白帝と呼ばれる古代龍は何もできない、動こうにも少年の一撃一撃が重すぎて肉体どころか生命力がえぐり飛ばされているのである。
行動する能力がぶち壊されているのだ。刈り取られそうな意識を繋ぐのでギリギリの状態。
何もできない。
『……う、グアッ! オゴッ、ごボォッ! グへエッ!』
真の意味で攻撃が命を削りにきている。
少年は唐突に拳を貫手に変える。打撃でグシャグシャにした部位に容赦なく、それをぶちこんだ。
オーラの集中された貫手はあっさりと龍の堅い皮膚を貫いて体内に侵入、直後に体内でオーラが爆裂。
白い龍の巨体が上下に激震した。
白帝が口から赤い血反吐をぶちまける。
少年の使ったそれは、正しく龍を殺す技である。
遥か昔より伝わる技。
貧弱な人間種が、強大な魔族や龍と戦うためにせめてもと編み出した苦肉の技術。
問題は、ここで使っている少年のそれは、苦肉の技術どころか究極に磨かれた必殺の威力を持つに至っている事であり、そもそも使用者である少年は貧弱などでない事だ。
人類が誇る勇者なのである。
数限りない人知を超える怪物達……超存在達との実戦により磨かれた力と技と魔法力の権化。
既に基本的な肉体性能が、そこらの巨人や竜を上回り兼ねない暴力の権化なのだ。そんな存在が魔法に加えて技まで使うとなれば。
少年は置き土産とばかりに雷撃魔法を二十四発の重複起動。当然、白帝の体内にだ。
白帝の身体を巨大な大雷が突き抜ける。
今度は血反吐ではなく、煙が口から飛び出てきた。
白帝は動けない。ダメージが酷すぎて動けない。
体内魔力を練るどころか逃亡の動きもとる事ができない。生命力が消しとんでいく。
回復も不能。死に体である。
『馬鹿な……この、我が、人間ごときに』
少年の拳が振るわれる度に足が、手が身体が、ちぎれ飛んでいく、龍族の回復能力を遥かに上回るダメージ。もはや逃亡すらもできない。
『これが……人間種の勇者……バシオンかッ!!』
推定レベル1億以上を誇ったネームドドラゴン白帝は、ついに限界を迎えて真っ二つにちぎれとんだ。
対龍と対霊……龍と霊魂を葬るための特殊なオーラを纏った少年の拳は、龍の魂に至るまで完全に破壊。
復活は不可能である。少なくとも数百年は。
ドラゴンキラー。人類史に残る偉業である。それも単独で、古代種を相手にして。
成し遂げたのはバシオン・イヴァーケス。
レベルは1億3000万を超す人類の産み出したぶっ壊れだ。
そのまま少年は休むことなく進軍を始めた。今作戦における最大の脅威は排除に成功したのだ。
次は最も重要な手順を遂行しなければならない。
白帝の故郷と血族の根絶やしである。
当然赤子に至るまで始末しなければならない、それが次の世代の被害を防ぐ事につながるのだ。
だからバシオンは無言で進軍し、無表情で白帝の故郷へ到達。攻め落とした。
その血族も仕留め尽くした。
幼い子供に至るまで滅ぼした。空間ごと焼却、消滅させる徹底さを見せた。
これで、生涯8体目のドラゴンキラー、龍の棲む界門域を8つ撃滅。恐るべき難事を成し遂げた若き勇者である。
歴史に類を見ない大偉業だ。
しかし。
しかし、少年はこの少し後、表舞台から姿を消す事になった。
理由は誰にも伝えられていない、誰もその理由は知らない。
最後に接したとされる老剣聖も彼について何も言わなかった。
世界は広く、人類の敵は多かった。
人類を家畜と見なす存在。
人類を奴隷と見なす存在。
人類を玩具と見なす存在。
喜びのため、楽しみのため、暇潰しのため、利益のため、手慰みのため、己の強大さを確かめるため。
脆弱な存在達の、絶望が何よりの喜びだとする悪鬼羅刹の箱庭。それがこの世界。
身勝手な理由で人を増やしては、手慰みに命を刈り取る超級の存在達。
それらの大半を討ち取ったのが、人類の特異点。
若き勇者バシオン。
人類はその功績により、ある程度の安定と生存権を獲得した。
そして勇者は人の前から居なくなった。
これが始まりである。
アルテナ王国・南東方面辺境都市・ガーベラスタッフ。 若い貴族が治める小さな領内にある、とある地方都市である。
商業や軽工業、農業や畜産、国を縦断する大河を礎とする水運業など、一次産業から三次産業まで多業種を内包する、穏やかな発展を続けてきている活気ある街だ。
大通りにある幾つもの店構えの中に一つ、特徴的な看板を掲げる施設がある。
普通の格好をした市民が出入りし、商人達が出入りし、職人達も出入りし、官憲の者も出入りする。
子供から年寄りまで出入りする。
だが何よりも目を引くのは、荒くれ者や、決して善良そうには見えないような者まで当たり前のように出入りしている事だろう。
しかもその全員が基本的に武装している。
国や街における、金で雇い雇われる職種の拠点。
傭兵ギルドである。
「回復草と解毒草。20個ずつ。確認してください」
「……はい、確かに。確認しました。納品ありがとうございます、書類にサインをお願いします」
傭兵ギルドの分厚い木造カウンター。職員と職員ではない者を分断するかのような厚みと太さを備える逸品だ。
多くの野太い怒鳴り声や冷徹な取引を交わさせているその木目の一角で、不似合いな程の静かなやり取りが一組存在する。
若い娘と若い男のものだ。
かたや愛嬌のある制服に身を纏った若い娘、かたや頭からすっぽりとフードを被ったクローク姿の男。
厚みのあるフードからさらりと出てくる男の手は若い。肌の艶や張りは若者というよりは少年のそれ。
ただし、皮膚が厚く堅く変質しており、傷痕、回復痕が多数。
見る者が見れば徹底的に鍛えられた戦士の物、否、極限まで『戦場』に慣れたモノであると分かる。
それを見る受付の娘も、もう慣れたものだ。
「……結構です、こちらが報酬の銅貨3枚です。お疲れ様でした」
「どうも」
受付嬢の形式的な労いと共にカウンターにパチリと置かれた銅貨3枚。
それが少年のこなした今回の仕事の報酬である。
日常使うハーブ茶から、医院や教会で使われる初歩の傷病手当て用に使う薬草類の採取、納品。
一応街の外に出る危険があるため外注もよくあるが、その気になれば農民やそこらの暇な若者ですら達成できる安仕事である。
報酬の銅貨3枚の価値は、酒と食事一回分程度。
それを受け取り、背中を向けてさっさと帰る男の子。
受付の若い娘はその背中を、ため息をこらえて見送った。今日も見送った。
彼女の後輩―――少女という方が正しいような年齢の後輩が―――彼女に声をかけてくる。
「せぇんぱぁい、あの人まぁた日銭仕事ですかぁ?」
かったるい間延びしたような話し方、それでも悪印象を抱かれないのはさすがは受付に雇われるだけある。容姿が良いのだ。
ただし、口の利き方と言葉の選び方は礼儀とは無縁である。
傭兵ギルドで働いて荒くれ者を相手にすれば図太くなるのも自然、仕方ないのだが。
そしてそれを嗜める大人が居るのもまあ自然である。
「……そういう言い方はやめなさいって言ってるでしょう、私達は基本的に依頼を強制はできない事になっているんだから。何をやるかは本人の自由。教わったでしょう?」
数年ほど先輩である彼女に嗜められた後輩は、全く悪びれる事もなく話をずらす。
「頭からすっぽりクロークやフードを被って寡黙に振る舞う……あの人も『偉大なるバシオン』様の信望者なんでしょうねえ、ああバシオン様は本当に罪深いわあ」
彼女は呆れを通り超して若冠の気の毒さすら滲ませて言った。
周りを見渡せばクロークやフードを被った格好の男女は以外に居るのだ。
当たり前であるが金属防具に比べれば気休めみたいな装備である。
それでも結構な人数がそういったモノを選ぶのには理由があった。
身軽さ、予算の都合、着脱のしやすさ……全員がそうとはいわないが、彼らの内の大半は、ある勇者に憧れてそのような格好をする連中だともいえるのだ。
このアルテナ王国の、いや、人類の産み出した勇者と、似た格好をしたいというミーハーな理由で、だ。
傭兵なんてものは所詮は束縛を嫌う連中の集まりである、おまけに荒事や戦働き……人外の存在であるモンスター共への対処・対応にも駆り出される事が多い職業だ。
中級以下の傭兵なんぞ、まさしく社会の使い捨て扱いである。
まともな神経の持ち主なら、こんな生き方は選ばない。
そんな中で好き嫌いを持ち込むような人間はだいたい二種類だ。
実力のある者と、残念な者。
少年の受付をした娘も、そして娘の後輩もそんな人間を、たくさん見てきた。両方の人間をたくさん見てきたのだ。
そして見てきた結果として、評価が定まるのだ。
あの男の子もその『かわいそうな一人の方になるかも』と。
しかし、男に、いや、おそらくはまだ少年といえるほど若いだろうあの男の子に、この支部で最も多く対応をしている娘は何となく気づいている。
「……あの子、絶対にもっとできるはずなんだけどなあ。出世に興味はないのかしら?」
数ヵ月前にふらこの街に現れて傭兵登録をした彼を、何度となく見てきた彼女の勘が言っている。
あの子はちょっと普通ではない。
他の傭兵連中の補助である荷物運びやら薬草集めやら、石切場からの石材運びやら、木材運びやらの単調な仕事。
あるいは数合わせのような立ってるだけの護衛仕事ばかり。
そんな雑用仕事を淡々とこなしては日銭を受け取り一日を終える。
それが数ヵ月だ。
もちろん新人は最初はそんな扱いが当たり前だ。
それでも、こなし続ければ能力や姿勢は目につくものなのだ。
今では幾つかの集団から、メンバーにならないかと声をかけられる事も増えてきているらしい。
にもかかわらず、それらを全て固辞し、一人で静かに生活をしている。
ちょっと普通ではない。
少なくとも憧れだけでやっているミーハーではないのは確かだろう。相当に鍛えている戦士のはず、だと感じるのだ。
彼女は少年に聞いた事がある。
―――最下級のお仕事ばかりでつまらなくない?
それに対して少年は、フードの奥に隠れた顔をわずかに上げて、ガラス玉のような瞳で彼女を見て返答したものだ。
―――全然。満足してる。
この街に流れてきて、数ヵ月。
少しずつ、同業者の間で静かに注目を集めつつある少年。名前はバシオン。
アルテナ王国の元勇者であるバシオン・イヴァーケスと同名である。
ただ、その名前は、今この国どころか大陸において最も名乗られる『偽名』でもある。
それに加えて、子供につけられる例も爆発的に多くなりすぎてしまい、書類上では使用が禁止され始めるほど一般に広く浸透してる名前でもあるのだ。
それでも名乗る者が減らないのは、いかに社会に浸透しているかの証左。
そういう名前を使う相手を宥め、交渉し、そして自分本人としての情報を喋らせる。
ここ数年の傭兵ギルドの事務員達の、地味な手間である。
「見込みがありそうな子にいつまでも安仕事させるのも上がうるさいのよね、いい加減、事務長に報告かしら?」
格好をつけるためか、隠したい過去があるのかは知らないが、そろそろ誤魔化すのも限界だ。
本来の出自を確認して、実力相応に扱わねばならない。
変にひねくれていないといいなあ、と強く思う。
「……男の子らしく、出世に興味を持ってくれると楽なんだけど」
傭兵ギルドの受付嬢である彼女、アリーシャは人類社会の一員として仕事をしなくてはいけない。
優秀な人間は幾らでも必要なのだ。
今もどこかで闘っているであろう、勇者達、それこそ最も偉大な一人であるバシオン・イヴァーケスの役にたてるような人間を、一人でも増やすのは人類の総意とすらいえる。
「とりあえず報告書かな? ちょっと見込みのありそうな子が一人居ますって」
高い評価をされて嫌という事はあるまい。
アリーシャは書類上でどう彼を推薦するかを計算し始める事にした。
借宿に戻り、頭から被ったフードを外し、クロークを脱ぎ捨てたバシオンはベッドにダイブしていた。
彼は夕方に昼寝をする事に幸せを感じていた。
「最高すぎる……このまま、このまま」
このままずっと寝ていたい。気が向いたときだけ。少しだけ働く。
それでいい。
都市ガーベラスタッフの登録傭兵。
ルーキー級として登録してある彼の名前はバシオン。
それだけである。
ただし、本名をバシオン・イヴァーケスという。
さらに正しく記せば、バシオン・ルー・ティタルニアード・アスレクウス・イヴァーケス・ギデオンとなる。
彼は今、穏やかな一日を心から喜んでいた。
本当に、心の底から穏やかに過ごしていた。