勇者がいろいろ嫌になって田舎に引っ込むおはなし 作:試行錯誤
感謝でございます。
やっぱり反応あると嬉しく思います。
「お前らは逃げ回っていればよろしい、他には何も期待しない」
では好きに逃げ回れ、以上だ。
七歳の頃に、当時のバシオンが言われた言葉がそれである。それがバシオンの初陣の記憶だ。
暇潰しの消耗品扱い。
ある日、圧倒的な上位者からの通達により集められた者達。
わざと多くを知らされず、あえて詳しく教えられず。
困惑と緊張に震える少年少女達のど真ん中に、いきなり複数の人食いの怪獣が放り込まれて地獄絵図が始まった……それがバシオンの初陣の記憶である。
それを始めたのは獣人種の大古老クラス。
当時の推定レベルは4000万程と見られていた、数多ある超越存在の中ではまだマシな方の存在。
ただし、結局のところ普通の人間にとっては文字通りの神々の一角でしかない。
さらに最悪なことに、この大古老獣人……ダンタリオンと呼称される存在は人間種というモノの扱いに長けていた。
長年の支配と洗脳教育、人間という種族への管理による理解……良くも悪くも、好き放題ができるだけの知能と冷酷な趣味嗜好を併せ持っていたクソだった。
「きゃああ!」
「痛いよー!」
好きな武器を持って逃げ回れ、抵抗するのも自由である。
追加で投げ掛けられてきたそんな言葉が、聞こえず理解できず、パニックが広がる空間。
あれはどこぞの壁の中だったか、それとも荒れた平原のどこかだったか……バシオン自身の記憶は曖昧だ。
だが、ふとした時に思い出すと、恐らくそんな感じであると思っている。
何となくそうだったかも知れない、という感じにしか覚えていないし、思い出せないのだ。
だが、召喚されて襲ってきた怪獣達の姿や攻撃だけは今でも生々しく覚えている。
戦闘経験はそうは忘れない、それはバシオンの礎である。
十メートルや二十メートルに届こうかという怪獣共が、こちらを踏み潰そう食い殺そうと容赦なく暴れ狂う空間。
どこかの西国のド田舎で、とある邪悪な獣人の支配地域の片隅で、貢ぎ物として定期的に子供を集められる日常。
その年、その月、その日、その地域で。たまたま集められた中の一人、それがバシオンだった。
当時に名前はまだない。
ただの『おい』や『お前』や『312番』である。
先祖代々に獣人の支配下にあり、完全に染まったコミュニティの中でその価値観に従う母親から、崇拝する獣人相手に対する貢ぎ物、その一人。
そんな扱い。
超越現象への干渉波……いわゆるオーラ。
その扱いだけを幼い頃から叩き込まれ、それこそ扱いや制御に狂っていった同輩達が居た中で、母親や父親の教え通りに必死で能力を磨いて七歳を迎えたバシオンの初陣が、それだったのだ。
結局のところは数ある中の生け贄。
コミュニティにおいて、親達や生活を営んでいた大人達は、子供が犠牲になるその出来事を「保護を得るための代価」「神に感謝する証」といつしか疑問すら抱かなくなるに至った環境。
見知った顔の男の子。
ちょっといじわるだった歳上の少年。
仲のよかった女の子。
名前もしらない他所の区画の子達。
察しが良いばかりに、不幸にもこれから嫌なことが起きると青ざめ震えているお姉さん。
皆死んでいった。
年齢の近い彼ら彼女らが次々と死んでいく状況に、バシオンも発狂寸前で抗った。
死にたくない、生きていたい、助かりたい、せめて自分だけでも……ただそれだけの思いで偶然に怪獣の一匹を負傷させる。
レベルの上昇とオーラの制御により初陣という名の生け贄を辛うじて生き延びた子供。
それがバシオン。
しかしそこからが更なる劣悪な環境になるとは当時のバシオンには予想すらできてなかった。
バシオンは強かったのではない、偶然にたまたま経験を重ね、敗北が許されない環境になんとか適応して辛うじて生きていただけだ。
気がついた時にはレベルは5万を越えており、高次元戦闘に適応するための干渉演算能力……いわゆるオーラ行使……一般には魔法力や闘気といった類の技を無理矢理獲得している段階になったが、それでもそれが限界点。
レベル1万~2万前後が鍛えられた『普通』の兵士の壁、に当たる。
その次が3万~4万……ここら辺に、『普通の精鋭』の壁がくる。
そこから上には、オーラと呼ばれる物理現象への干渉能力の獲得と発揮が不可欠な段階。
バシオンは生まれからオーラ制御の獲得には至っていたが、それは所詮ただの初歩にしかすぎない。
初陣を生き延びたといえど、専門的な教えや高度な応用には全くの手探りだった。
そして初の敗北がその数ヵ月後である。
レベル5万程度は大人の中でも強靭な精鋭兵士クラス。
人間の少年としては大変立派なものだが、種族としては結局のところ脆弱。
世界規準で見れば未だ有象無象でしかない。
不意に、飽きられた獣人の古老から、他の超越存在との何らかの取引に差し出されて父母と離別。
故郷を離れ、送られたのはどことも知れぬ東の果ての国。
同じようにかき集められてきたであろう人間の兵士や戦士たち。数百人。
彼らと一緒に、廃墟となって久しいどこぞの亡国の跡地に放り込まれたと思ったら、そのままいきなり吹き飛ばされて半死半生。
相手は、鬼賊と呼ばれる種族……東国を棲みかとした鬼の種族の頭目クラス。
名前を風幻。
そう呼ばれる推定レベル2800万の巨漢の鬼に、数千の人間の同胞もろとも吹き飛ばされたのがバシオンの初の敗北の記憶だ。
風幻の、竜巻のような威力の拳。
それに直撃をもらった者は血煙となって粉砕され、音速を突破する移動力により巻き起こるソニックブーム。
衝撃波によって、次々と吹き飛んでいく人類種達。
バシオンは幸か不幸か、離れた距離で巻き添えのような形に吹き飛ばされ、建造物に叩きつけられて重傷。
半死半生で死にかけるに留まった。
それからは止めを刺されずほったらかし。
後は、ただただ遠くで暴れ狂う鬼を呆然と見ていた。
考えたのは無力さ、感じたのは無力さに対する怒りと理不尽に対する憎しみ。
それと同時に。
『……なんて強い連中なんだろうか……』
なぜここまで違うのか。
なぜここまでの差があるのか。
なぜこんなにも好き勝手にされるのか。
なぜこんなにも好き勝手にされなければいけないのか。
自分がいったい何をしたのか。
どうしてこんな扱いを受けねばならないのか。
人間だから? 弱いから?
よわいと何をされても受け入れないといけないの?
怒りと憎しみと疑問に囚われながらも、幼いバシオンの目は自然と、暴れ回る鬼賊の蹂躙劇を見ていた。
頭を動かす元気も無いために視界が固定されていた、というのが正しいが、つまるところバシオンは見ていた。
数百の人間の戦士や魔術師達を次から次へと粉砕して遊んでいく鬼賊の風幻。
その戦闘をバシオンは見ていたのだ。
そのオーラ制御。
オーラの肉体強化への変換、オーラを纏う高速運動の流れ。
物理現象への干渉、自己回復や自己再生の発現。
いかに魔法現象を起こすのか、あるいは防ぐのか。
戦場の隅っこに吹っ飛ばされてしばらくほっておかれたバシオンは、それをじっと見ていた。
それは奇しくもお手本と言えた。
―――ふと、あれを、自分は、『真似』をすることができないか? できないだろうか? と、薄っすら思ったのが、バシオン・イヴァーケスの最初である。
生け贄として生まれ、辛うじて生き延び、飽きたから捨てられ、その果てに、超存在の肉弾戦闘を見た。
オーラ発現やその制御を目で見て、それを、自分もできないだろうか? と我流で発現させ、練り上げ、錬磨し、膨大な自己反省と自己改善を急速に積み重ねてきた。
それがバシオンの10歳前後までの記憶である。
南東方面辺境都市・ガーベラスタッフ。
郊外にある、とある森。その入り口近辺にて。
「はーい、お集まりの皆さん、こちらに注目をお願いしまーす。傭兵ギルドのルーキー研修を始めますよー」
平日。
朝の10時を過ぎた頃。
都市郊外の森の近くで、そんな風に声を上げ周囲の者達の注目を集める女性の姿があった。
都市ガーベラスタッフの傭兵ギルド職員、アリーシャである。
彼女の側には傭兵ギルドから依頼を受けた高レベルの護衛がついている。
周囲には様々な男女達が集まっており、面構えや装備、立ち居振舞い等で中堅からベテランどころと思われる者が周囲に散らばり、警戒を行っていた。
そしてアリーシャの声に近づいてくる者達は、どちらかというと経験の浅い者、まだ落ち着きの無い者が目立つ。
見ればこちらのグループは若かかったり、顔つきが幼かったりする……傭兵としてまだ日が浅いルーキー達だ。
アリーシャは自分の周りに適当に集まって来ている十数人程度のルーキーに、ニッコリとした笑顔を向ける。
「では皆さん、改めまして。わたくしアルテナ王国・傭兵ギルド・ガーベラスタッフ支部に所属する職員アリーシャが、皆さんに傭兵としての初級研修を行います。どうぞよろしくお願いいたします」
アリーシャは何度となく繰り返してきている言葉なのか、完全に慣れを感じさせる流暢さを発揮した。
アリーシャの説明いわく。
・本研修は傭兵登録をした者に必ず受講させることになっているプログラムである。
・目的は、初心者や荒事に慣れてない生活を送ってきた者に、可能な限り安全に低クラスの仕事を体験させることにある。
・探索や採集、駆除や狩猟、護衛や警戒などの基礎と呼べる部分の体験をさせる。
・経験の浅いルーキー達の死亡率や再起不能率を下げるべく受講が望まれるプログラムである。
「……実地訓練としての面が強いため、このように外で行いますが、ご覧のように護衛の先輩方も複数いるので、安心してくださいね」
アリーシャは、周囲の中堅やベテランの傭兵達をどうだと言わんばかりに紹介して見せる。
辺境としては中々の平均レベルで揃ってるはずだ……さすがにこの支部で一番レベルの高いチームや最強の個人は呼んでこれなかったが、それでもここにはレベル数十万が数人いる。
初心者の引率には十分すぎる戦力だろう。
最近はどこの国も、それこそ地域単位で人材の獲得競争が激化している。
有望な新人の囲い込みは大切だった。
「この初心者研修は、数日に渡って行われる予定です。 良いところや光る部分を見せれば、上のクラスの先輩やチームからスカウトだって来るかもしれません。是非情報交換や交流なども行ってくださいね」
そこまで説明をしたアリーシャは、笑顔を引っ込めて一旦真面目な顔になる。
「……中にはクラスの低い先輩や、若い先輩も居ますが傭兵には歳やクラスはあまり関係ありません。有能足り得るかどうかが全てです」
気後れしなくて済むようにB級からE級の先達をこの研修に護衛や先導で参加させている。
気になることがあったら是非とも交流をもって欲しいのだ。
暗に、クラスのみで評価判断するのは止めた方がいいよ、という忠告。
「こういうところで人脈を作るのも大切ですから」と、アリーシャはそう結んだ。
では始めましょうか、とアリーシャはこの場で指揮を預かる男に頭を下げる。
魔術師風の男は頷くと集団の先導を開始した。
若手や初心者達は早速ランクの高い者達に集まり、質問をしたりアピールを始める、注目度が高いのはやはりレベルやランクの高い者。
E級の傭兵であるバシオンは、それを集団のやや外側から静かに眺めていた。
今日も傭兵ギルドへ日銭仕事を探しにきたところ、すっかり顔見知りになったアリーシャからE級の経験者として参加要請がきたのである。
それ必要か? と、尋ねたバシオンにアリーシャは渋い顔をしながら、推奨条件クリアのためには必要なの! とパワーで押しきってきた。
はっきり言うが、複数の高ランクの傭兵が集まり初心者を率いるこの研修で、E級登録している個人に出る幕はほとんどない。
人気としても実力としてもアピールする対象としても居る意味がないからだ。
傭兵のE級というのはあくまでも入り口、傭兵としてのイロハを学ぶ一歩目の段階でしかない。
本当に少しでも実力や素質、才能なんかがあればさっさと昇格判定なり依頼達成による貢献で、勝手にD級やC級に上がるものなのだ。
いつまでも最下級にいるのはよほどの無能か、よほどの変わり者のどちらかである。
それが一般的な評価。
だからバシオンは自分の立ち位置を自覚し、最初は断るつもりだった。
だったのだが、アリーシャは、中には上のランクの人間に話しかけられないシャイな人間も居たりする。
そういう人のために、とにかく幅のあるメンバーを用意するのが望ましい、そういう規則なのだと言ってきた。
バシオンは、そういえば最初はアトレイユもそうだったなあ、最初だけは、と思いつつ、わかった引き受けると返事をしたのだ。
しかし。
(……参加してよかったな、まさか、光るものを持つ子がいるなんて)
バシオンの見る限り、申し訳ないがこの集まりは新人としても有象無象。
しかしその集まりの中に、3人ほど。
3人ほど良いものを感じる人間が居る。
レベル300万に届きそうな男が一人。
レベル500万に届きそうな女が一人。
それと。
とんでもない才能の持ち主が一人混ざっていると感じたのだ。
他の者の影に隠れているオドオドしてそうな少年……その子に、レベル1000万超えの可能性を感じたのである。
意外と知られていないが、レベル1000万を超す素質のある人間はそれなりには居る。
超絶希少な存在と思われているが、実際には意外といるのだ。
ただ、すさまじい環境下で生き延び続けることができない者が大半のため、そこまで行く前に死ぬのである。
育てることさえできれば、意外と居るのだ。
「……上手く育てれば2000万は固いか?」
バシオンは思わずその子の素質を観察してしまう。
十代前半。
才能を感じる。
魔術師系か。
砲台タイプに分類されるか?
高速戦闘よりかは足を止めての殴り合いに向くか。
魔術師という段階を越えて魔法使いになれそうな素質を感じる。
フィデリアーニやベルガーに似ているか?
前線でタフに耐えて回復魔法をばら蒔いてくれそうだ。
防御結界も堅そうだ、生存率は高めだろう。
演算速度や発現頻度も良いものを持ってそうだ。
若干、精神攻撃への耐性に難ありか?
隠密敵性体からの奇襲には分が悪い気がする。
ガドラムの派閥の後ろに付けるか、ギョウテンのじい様に預けるのが無難かもしれん。
攻勢作戦よりは防衛戦向きだろう。
指揮官適正は低めか皆無に近い、部隊長よりかは遊撃か独立歩兵扱いがいいかもしれない。
皇国方面に送り込んでしばらく回復魔法や復元魔法を教え込ませるべきか。
バシオンの他者に対する観察眼と直感力は百戦錬磨である。
自分を隠そうとしていない……無警戒な相手の適正や戦力ならだいたい分かる。
その直感が言ってくる、あれは確保すべき人材だと。
「……欲しいな」
思わずそんな呟きを漏らすたバシオンだが、ふと我に帰り頭をふる。
いつもの癖で、人を、他人を戦力ユニットとして見なす自分を自覚した。
これまでの人生で、いつの間にか身に付いた悪い癖だ。
アダルギデオンにおける重要な任務は、見いだした者を如何に育てるのかも大きな点だった。
バシオンも、そして事務方トップも任せていたベルリネッタも頭を悩ませていたものである。
そういったことを繰り返す内に、バシオンは人を単なる単位として見始めている自分を自覚して、何度も苦虫を噛んだものである。
ここにきてその悪癖が顔を出したものだから、気分は悪かった。
「……止めとこう」
もう自分はアダルギデオンのトップではない。
人を、他人を無理矢理あの地獄に引きずり込むのはもううんざりだ。
何をするかは彼の自由だろう。
「頼まれた訳でもないのに、口出すのはよくない」
バシオンは、黙って依頼された仕事をこなす方針に集中することにした。