勇者がいろいろ嫌になって田舎に引っ込むおはなし 作:試行錯誤
深夜、野営地は大混乱に陥っていた。
人による索敵と警戒、さらには魔術警報の全てをすり抜けてきた隠密特化の敵性……ダークストーカーと呼ばれる半霊半魔の怪物が奇襲を仕掛けてきたのである。
それも千体規模での包囲攻撃を、だ。
現世において魔界の住人が肉体を手に入れて活動してくる受肉ではなく、魔法的なプロセスによる召喚体であるためか実力は半減に近い状態なのが幸いだったが……しかしそれは魔界の住人としての話だ。
本来の実力ではないものの、元々が推定レベル800万を超す怪物である。
それが千体規模。
人間側にしてみれば、数体の襲撃で村や小さな街ならまるごと潰れても何らおかしくない程の怪物である。
一山いくらの雑兵のように叩き込まれていい相手ではないし、それの群れを相手どった人類軍や集団などの経験などない。
数でも質でも経験でも負けている人類側の兵員数百名が、さらに奇襲までくらったとあれば壊滅する現状は当然。
この集団における数少ないテン・ミリオン・オーバーであるレベル1150万のバシオンも、初めて体験するほどの質の高い敵団戦に、ただひたすらに必死だった。
支給されていた武装を手に奮戦しているが味方の被害がすさまじい。
そこに声がかかった。
「バシオ~ン! こりゃ駄目だな、逃げようぜ! これ無理だわ押し返すのたぶん無理!」
壊滅していく味方集団の中にあって必死で戦っていたバシオンは、聞き覚えのある味方ネームドからのその言葉に、思わず力が抜けそうになり怒鳴り返す。
「テンフリート! 何言ってんだあんたは! 部隊指揮官だろ! しっかりしろ!」
バシオンは叫び散らしながら、右手に持った長大な鞭を高速で操る。
東方の異界を棲みかとする超越存在、伝記級幻獣『鵺』。
その尾を元に造られた対霊雷撃鞭……ファントムテイルと呼ばれる対霊体特効の自在鞭である。
全長は5メートルになる難儀な代物だが、バシオンは全く不足なく操る技量を保有する。
ファントムテイルを精妙に操り、敵味方入り乱れる戦場にあって敵だけを裂いていく。
「バシオンよ~! もういいから逃げちまおうぜ~。なぁー、どうせティンダロス帝国の奴等なんて糞しか居ねえんだから見捨てても大丈夫だって! 俺が保証するから!」
少しずつバシオンに声が近づいてくる、テンフリートと呼ばれた男が、敵を蹴散らしながら合流にくるらしい。
バシオンは心強さと呆れを半々に感じながら、またもや怒鳴りつける。
「お前の故郷だろ! バカ王子が!」
「出身だからって好きとは限らないんだよなあ~」
テンフリートと呼ばれた男は、ひたすらやる気が無さそうな雰囲気のまま巨大な槍を軽々と操り、近くにきた敵の頭をぶち抜いた。
かと思えば軽業のような動きで鋭い突きを連発、複数の敵を蜂の巣状に刺し貫いていく。
技量は見事そのものである。
バシオンは、こいつと合流できたんなら死ぬことはそうないだろうと判断、であれば、とにかく敵を撃滅するべくさらにペースを上げる。
発現オーラを対霊体戦闘……アストラルキラーに変化させつつ、身体強化の度合いも上げる。
オーラ消費は増すが出し惜しんでる場合ではない。
さらにバシオンはオーラを現象発生にも振り分ける……魔法として発現。
味方のために上空に火の玉を打ち上げて明かりにする、視界の確保だ。
生き残っている兵士達にテン・ミリオン・オーバーが健在と知らせる目的もある、焼け石に水かもしれないが少しは兵達の士気も上がるだろう。
「真面目だねえー、夜目が利かない連中のために閃光魔術まで使って……あ、お前はもう魔法使いの段階か? 偉い偉い、いい子いい子してあげる」
テンフリートがバシオンを誉めるついでに竜巻のように槍を振り回しながら敵を蹴散らしていく、味方の歓声や怒号、悲鳴や絶叫があちこちから聞こえる中、バシオンは追加の火の玉を打ち上げつつ、鞭を操りながらキレ始める。
「俺は本職魔法使いじゃなくて見よう見まねって言ったろ! 応用は苦手なんだよ! あの明かりはそんなに長い時間もたないぞ、のんびりしてたら俺のオーラが枯渇する! 手を動かせバカ王子!」
「いや~魔法の上手い奴が居ると助かるわ~」
テンフリートの力が抜ける発言にバシオンは渋い顔をしつつ、上空に更に幾つかの火の玉を打ち上げる。今度は証明兼ダークストーカーにホーミング突撃していく拡散攻撃だ。
四方八方に火柱と爆炎が上がる。
同時に、右手の鞭を走らせ敵を切り裂いていく……捻りで軌道を変えたかと思えば今度は鞭の先端の鋭い先をいきなり地面に突き立てた、そのまま雷撃魔法を起動。
周囲の敵に感電させ過剰放電による爆発もさせる……残念ながら味方がもうこの辺りに居ないのは確認済みだ。死体しかない。
申し訳ないが、遺体を吹き飛ばす事を遠慮していられない。
「いいぞ~やれやれ~!」
「自分の国の兵士の遺体が吹き飛んでるんだから、お前はちょっとは怒れよ!」
「この状況でそんなこと言ってられなくねえー?」
テンフリートの、バシオンへの気遣いか本気か分からない応援と免罪が飛んでくる。
物理戦闘、魔法戦闘の両方をハイレベルにこなすバシオンの名前は少しずつ知られるようになっていた。
テン・ミリオン・オーバーの一人として、ティンダロス帝国の第6王子、テンフリート王子の元にいた頃の、とある戦場の一幕である。
バシオンの背後上空からダークストーカーが飛びかかる。
鞭による打と裂の結界を抜けてきた素早い個体。
それに対して、察知したバシオンは間髪入れずに迎撃―――腰に指した太刀を身体を捻りながらアクロバティックに抜き放ち、斬り上げる―――高速の斬撃は一筋の光を走らせたかと思った一拍の後、飛びかかってきていた敵性の体を勢いよく真っ二つに切り飛ばした。
村上守の太刀と呼ばれる退魔の太刀。
東方のとある生け贄指名を突破した時の褒美である。入手した経緯は胸糞悪いが有用な武装なので使い倒していた。
バシオンは戦闘しつつ周辺の状況を探る……味方は崩壊、よくあるただの酷い状況だ。
酷い状況だが、このままの戦況推移なら最終的にはこちらが勝つだろう。
この状況も生き残れる。
そうバシオンは感じつつ右手の鞭と左手の刃による近中の裂断攻撃を繰り返していく。
テンフリートもバシオンの戦況を確認して満足したのか、更に戦場を移動していく……なんの事はない、まだ生きて戦っている味方兵士の元へ行くつもりなのだ。
最低限、王族としての義務は果たすつもりらしい。
当然である、ただの最低野郎ならバシオンとて付き合いはしない。
なんだかんだで側にいてやるかと思える男だった。
しかし、そんな風に場を切り抜ける算段を立てていたところへ、世界の悪意が降りかかる。
「バシオンよ~、ここら辺はもう任せっからさー! 俺は北側に……なんだ? なにかくる……っ!?」
ふと、かなり危険な気配を察知したであろうテンフリートが顔色を変える。
バシオンも離れた距離に嫌な気配を感じた。と、同時に、轟音と強烈な衝撃波が炸裂して届いてきた。
怒号とパニックの声がその後に続く。
さらにやや後、まだ生き残っていたらしい精鋭兵士の絶叫が響き渡る。
「テンフリート王子!! 緊急です! デストロイヤー種が3体もグッ……ゲハッァ……!?」
「ヤバイぞッ! こんな時にぎゃあああ!」
複数の兵士が報告と断末魔の叫びをあげるのをバシオンは辛うじて聞き取った。鳴り響く爆音と轟音……大気を切り裂くソニックブームによる破壊の音だ。
音速移動してくる化け物の出現である。
テンフリートの顔色が完全に切り変わる。
「バシオン聞こえたか!? デストロイヤー種が新手できた……もう来るぞ!」
「聞こえたよ畜生! こっちで1体受け持つ!」
「俺が死んだら逃げろよ! お前はこの国で死ぬ必要無いんだからな!」
「うるせえ! 俺の勝手だ……ッ」
バシオンはオーラによる身体強化を限界まで跳ね上げる……高速戦闘に対応するためだ。
こちらを消耗させるべく殺到してくるダークストーカーの集団を、少しでも早く減らすために全力戦闘を開始する。
その直後に『音の壁』を超える速度の巨獣兵が戦場に突っ込んできた。
爆裂音と衝撃が遅れてやって来る。
その新手の怪物は右手に持った巨大なこん棒……数多の血と肉片と脂と怨念で固まった木塊を高速でバシオンに叩き込んでくる。
そのスイングスピードも音速を超す一撃である。
受け止めるなど論外。
バシオンが存在していたところに直撃、クレーターが出来上がり土砂や石ころが爆裂する凶器へと変貌。
バシオンはオーラで防御障壁を張りつつ後方へ大きく跳ね跳び回避している……距離を取るものの、巨獣兵は間髪入れずにこん棒を引き戻しつつ前進して二撃目を放ってきた。
その動きはムカつくくらいに淀みがない。
地面に衝撃でクレーターを作り出し、空間を切り裂いてソニックブームを撒き散らす。
バシオンという目立つ標的を叩き潰すべく音速超えの移動とスイングをぶちかましてくる半獣半魔の巨兵。
通称デストロイヤー。
レベルは1200万~1500万に届く、体長6メートルに及ぶ獣人系の怪物である。
特徴は人型に近い二足歩行の巨大な体躯、音速を超える戦闘速度、さらに高度な戦闘技量の持ち主、という前線将兵にとってはまさしく悪夢のような相手だ。
特異個体ではなく、異常変異しただけの量産怪異である……つまり、その気になればいくらでも投入されてくるありふれた化け物。
バシオンは雷撃魔法をばら蒔きながら距離を保つ。接近戦などお断りだ、命がいくつ有っても足りない。
振り回してくる、というよりは見事な身体制御と体重移動による技術を感じさせるスイング……木塊こん棒の連続攻撃を、バシオンは際どいところで回避しつつ、逆にファントムテイルによる裂断攻撃と雷撃魔法による瞬間的な麻痺妨害を仕掛けていく。
互いに音速を超える存在である。
巻き起こるソニックブーム……衝撃波と爆音が次から次へと響き渡り、地形を荒らしていく。
バシオンにはまだ生き残っている将兵に対する配慮はない、とてもではないがそんな余裕はない。
ソニックブームで吹き飛んで死ぬのが人間の範疇に収まる存在。
それに耐えきるのがテン・ミリオン・オーバーである。
化け物と戦うためにレベル1000万超えとして、人間をほとんど辞めている存在。
しかし、その内心は他の人間と同じく絶望と重圧に折れかける一人の人間でしかない。
バシオンは現状をよく理解する。
こいつが3体、あと2体は? テンフリートが相手してんのか? ……それでも無理だろ。
ダークストーカーもあと数百体は余裕で残っている。味方はどんどん減っていく援軍なんて来ない。
バシオンは勝てるはずだった戦況が、致命的に悪化したことを悟る。
テンフリートは見事な腕の持ち主だが、それでもレベルはバシオンとそこまでの差はない。
魔術系が苦手なほぼ純粋な戦士だ。同時に2体のデストロイヤーを相手どるのは不可能だろう。
というか、このデストロイヤー種が、人類のテン・ミリオン・オーバーを弄ぶべく投入されてくる存在なのは既に噂で聞き及んでいた。
1体で一人。向こうは3体、この戦場における人間のレベル1000万超えは、テンフリートとバシオンだけ。
簡単な計算である。
こっち側のが足りない。
勝つのは不可能という計算。
「このデカブツを叩き込まれて……必死になってる俺達を笑ってやがるのか……! くそっ!」
バシオンは毒づきながらも、デストロイヤーとの戦闘には全力を投入……ウロチョロと絡んでくるダークストーカー達を、足を止めずに太刀でぶったぎりつつ考える。
状況が不味い。
目の前のこいつを奇跡的に秒殺してテンフリートの援護に行ければ、まだ何とか……と淡い期待を持つ自分が居るが、一方で、冷徹な判断をする自分もいる。
そんな事は不可能だと。
デストロイヤーのタフさは折り紙付きだ。
何なら半身だけになっても再生して動いてくるゴキブリ以上のタフさがある。
バシオンの現状火力では削りきるのも叩き潰すのも途方もない時間が必要だ。
そして変化は即座に訪れた。
かなり離れたところから連続していた爆音……戦闘音が、数秒途切れ。そして一つの轟音がいきなりこっちに向かってきたのだ。
テンフリートが戦っていた方向である。
バシオンは、こちらから離れるように戦っていたテンフリートが2体のデストロイヤー相手に勝利してこちらに戻って来てくれた、のだとは思わない。
そんな事はあり得ない、
事実、強化されたバシオンの感覚器官は、最悪の光景を目撃する。
テンフリートの頭だけが、接近してくるデストロイヤーの手の中にあるのを見る……頭だけが、指で摘ままれているのを目視できてしまった。
「トロフィー扱いかよ……!」
頭をもがれてはさすがにどうにもならない。テンフリート・ティンダロスは死亡した。
バシオンはそれを認識する。
だが、テンフリートは相当に粘ったのか、それとも意地で相討ちしたのか、バシオンに接近してくるデストロイヤーは1体のみ。
それも腕や頭部にかなりのダメージを負っている状態だった。
あの短い時間で1体を潰したのは称賛に値する。
「……死ぬなよぉ、あのばかっ……!」
いろんな意味でやる気が萎えそうになるのをねじ伏せ、闘争心を奮い立たせる。キツいがやるしかない。
勝たねば生き残れない。
自分が生き残るために全力を尽くすのみだ。
2体に挟み撃ちを食らう前に、一か八かで目の前の個体の肉体を欠損させるしかない。
足でも腕でも一本切り飛ばせばまだ可能性は出てくる。
バシオンは一気にオーラ発現の出力を跳ね上げ、オーラ特性を対生命殺傷である通称ウイルスオーラへ急速に変性させる。
相手は仮にも生命体の端くれだ、片っ端から侵食毒と化したオーラをぶちこんでやればちょっとは効くだろう。
バシオンは目を血走らせて、未だ無傷に近い目の前のデストロイヤーを八つ裂きしにかかった。
バシオンが戦闘を終了する事ができたのは朝方になってのことである。
披露困憊になりながらデストロイヤーを2体潰して、残っていたダークストーカー達が撤退していったのを眺める。
そんな何て事のない終わり。そこで襲撃してきた連中の目的がこちらの殲滅ではなかった事を理解した。
では何のために。
その答えをしばらく後にバシオンは知ることになった。
ティンダロス帝国の後継者をどちらにするか、二柱の超越存在がそれぞれ第3王子と第6王子の部隊に、配下達ををけしかけて遊んでみた、生き残ったほうが跡継ぎ。
そんなただの賭け事扱い。
どっちでもよかった。ただの暇潰し程度のそんな扱い。
それが、しばらくあとにバシオンが聞き及んだ自分の戦場の理由だった。
バシオンが13歳頃の話である。
南東方面辺境都市・ガーベラスタッフ。
郊外にある、とある森。その奥にて。
夜半、野営地は歓声と雄叫びで盛り上がっていた。
人間の集団を『獲物』と認識し、襲い掛かってきた変異怪物。
いわゆるモンスターと呼称される連中の奇襲を、見事に撃退したからである。
襲い掛かってきたのは、動物や植物、肉食昆虫などの限定変異体……通常種から多少の増強や変異を経た、よくある害異である。
レベルでいえば300~2000程。ちょっと厄介な野性動植物と評せる範囲である。
武や魔術の心得がない一般人でも、鈍器や刃物を持って集団で相対すれば勝ち目がある段階だ。
さすがに死傷者皆無とはいかないだろうが、少なくとも人間の勝てる範疇にある。
そして襲われたのは素人ではなく、荒事をこなして生きる傭兵と呼ばれる連中。
都市ガーベラスタッフの傭兵ギルド、傭兵初心者研修の集団である。
昼の活動を終え、次は夜半のイロハなんかも体験させるべく森の中へ入り、野営地を設定していた最中の件。
ベテラン達がきっちりと警戒していたため、しっかりと迎え撃つ形で戦闘へ。
何の危なげもなく勝利へ推移し、中には気を効かせたベテランが、丁度いいとばかりに若手へ戦闘経験を積ませてやる場面すらあった。
狼型や中型昆虫型の個体が主なモンスターの群れ……20~30匹程の集団を首尾よく片付けることに成功する。
圧勝である。
弱い相手とはいえそれでも立派な命のやり取り。
敵襲を見事に撃退した者達は大盛り上がりだった。
何体かの狼を切り捨てた者、味方を上手く援護できた魔術師。
若手傭兵の動きや判断を見ていたベテラン達も余裕があった。
そして酒盛りが始まったところである。
バシオンはたき火を眺めながら渋い顔をしていた。
夜は嫌いだった。
考えたくもないのに色々と考えてしまう。
ろくな思い出がない、なのに思い出してしまう。すごく嫌な気分になる。それが嫌だ。
だから眠るに限る。
寝てる間は嫌な記憶を思い出さずに済むからだ。
戦っていない時間だからとて、やるべきことの多さとその必要性は分かる。
むしろ戦っていない時間こそ大変な事が多いのはよく分かっている。
分かるが、だからこそ別に何もする必要がないのなら、寝たいのだ。
寝てしまえば敵が来るまでは嫌な事を考えずに済む。
体力の消耗も精神の磨耗も、オーラの消費も抑えられる。寝てる最中だけは最低の戦況からも目を背けられる……良いことばかりだ。
だから、特にやる事がないなら眠りたいのだ。
だと言うのに。
「えー、皆さんお疲れ様でした! 初心者研修とはいえ立派な野外活動。少ないですがアルコールを用意しました、是非疲れた身体に染み込ませて明日への英気を養ってください!」
「うおー! 助かる!」
「気遣いありがてえー! さすがベテラン!」
「やっぱ酒よ! 酒!」
「では乾杯!」
「乾杯ー!」
ガーベラスタッフ支部の傭兵ギルド初心者研修、初日、夕方。
その参加者達は野外キャンプの用意を終え、後は自由時間を含む休息となった。
そこで、何名かの者が酒盛りを始めたのだ。
目的は慰労と懇親、人脈形成の一助……という建前らしいが、要は騒ぎたい連中が意外と居たという単純な物。
むろん全員とは言わない、半数よりも少ない程度だろう。
しかし片手の指どころか、両手の指でも収まらない程度の人数が、大なり小なり木製コップを片手に果実酒を口にしているのだ。
歌う者やら楽器を奏でる者、踊る者やら腕相撲勝負を始める者達など、まるで酒場のごとくだ。
むろん無警戒という事はないが、中には明らかに油断しきっている者も見受けられる。
それを見て厳しい顔をしてる者や、冷めた目を向けている者達もきちんと居るが、他人に口うるさい事を言うものは基本いない。
忠告する者は特にいないのだ。要は自分の面倒は自分で見ろ、という事。
騒ぐのも騒がぬのも自由である。
傭兵なんぞ所詮は自由である、真面目ぶろうが羽目を外そうが世間からの評価に大して違いはない。
他人の面倒を見るのは奇特な部類に属する連中である。
好きにすりゃいい、と、騒がぬ者たちも見張りやら仮眠やらに散っていくのだから。連帯感など大してない。
チーム単位、見知った者単位。それが傭兵の基本である。
そんな者達を見てバシオンは率直に脱帽した。
こいつら、何で酒盛りしてんだろう? と。
索敵警戒で他人を信用してるのか? はっきり言って衝撃だ。
確かにこの辺りの敵性は動物や植物の変異怪物が主だ。 凶悪極まる伝承系や、本物の怪物である伝説系の連中はあまり出たという記録がない……かなり恵まれている部類の地域だろう。
バシオンが、このガーベラスタッフ周辺の敵性出現記録などを調べた限りは、レベルで1000万を超してくるような敵性の出現記録はここ十数年無いし、100万を超すような奴も近年は少ない。
集団の規模も軍団規模での発生はまずない。
街周辺ならまずヤバそうなのは、個体、群体共にほぼ居ないといえるだろう。
しかし。
ヤバそうな相手が最近は確認されてない、という事は、だから今後も安全だ、という意味ではない。
この世界では超存在やその召喚隷属が、いきなり隣に降って湧いてくるものである。
「……あ、なら街中でも外の夜営中でも同じって事か?」
なるほどな、割りきってんのか……とんでもない度胸の持ち主達だ……それがバシオンの率直な感想だった。
何なら少し感心してしまう。
バシオンには、騒いで楽しんでいる彼ら彼女らがとんでもない勇気とタフさの持ち主に見えてきた。
勘違いである。
ちょっと周りに目を向けてみると、女傭兵に声をかけナンパしてる奴等や、なんならギルド職員のアイーシャに声をかける男どもすら見受けられる。
アイーシャは笑顔で切って捨てているが、彼女の目が笑ってないことに酔ってる連中は気づいてない。
護衛の高ランク傭兵達が出てきて彼女の周りから酔っ払いどもを引き剥がした。
バシオンは沸かした白湯を口にしながら、そんな光景を珍しげに見ていた。
「……これが後方、ってやつなのかぁ……」
単なるE級傭兵の個人であるバシオンに寄ってくるものは誰も居ない。
縁を結ぶ旨味が感じられないからだ。
一応は、酒を飲むか? と最初に声はかけられたものの、バシオンは辞退した。
お堅いと見られたのかその後は誰も声をかけてはこない。
それをバシオンは非常に新鮮な気持ちで過ごしていた。
こんな風にほっといてもらえるのは本当に有り難い。
誰の命も押し付けられず、誰の命も背負わせられる事もない。
最高すぎる。
バシオンは新手や周囲への『警戒を緩める事なく』のんびりとゆったりする時間を楽しんで……いたところ、そのバシオンに、横からなぜかギルド職員のアイーシャが寄ってくる。
側に護衛を付けたままの彼女は、バシオンの隣に来ると座って腰をおろした。
「こんばんは、フードのバシオンさん。お怪我はない?」
「怪我はない。何か用でも?」
端的に速攻で会話を進めようとする返し……風情もへったくれもない返答のバシオンに、アイーシャが笑ってみせる。
「あなた落ち着きすぎじゃないかしら、って聞きにきたのよ……大丈夫? さっきもアピール全然できてないけど、今のところちっとも注目されてないわよ?」
せっかくのチャンスを棒に振っているがそれでも良いのか? 色んな連中に自分を売り込む機会だぞ、と言外にアイーシャは言ってくれているようだった。
今のバシオンには、かなりどうでもいい話である。
「それで構わない。これは面談か?」
「どっちかといえば確認かしら?」
どうやらバシオンの姿勢に疑問を覚えて確認に来たらしい。
昼間の探索や採集でも、そして先程の戦闘においても、バシオンは余計な真似はせずに集団の外側に待機していただけだからだ。
別に誰からも指図はされてなかったので、前に出る義務も無理に体を張る必要なども無いのだが、それがアイーシャには不自然に映るらしい。
でしゃばってでもアピールしたがるのが大半の新人なのだ。
積極性がないのかしらね? とアイーシャはにこやかに笑みを向けてくる。
顔を少しだけ傾けたまま口を開いてきた。
「ちょっとだけ、忠告してあげる……あまりにも積極性がないと見なされると本当に待遇やスカウトに響くわよ?」
笑顔のまま、しかし瞳にはほんのりと力が籠められていた。
そこには多用な意味が含まれるであろう事を示唆するモノ。
バシオンはそれを正しく受け取った。
その上で。
「クラス昇格も勧誘も興味ない、誘われない方がありがたい」
「あっはっは! 本当に待遇に興味ないのね。普通は所属ギルドの職員にこんな事言われたらちょっとは動揺するものだけど……あなた、やっぱりレベル詐欺してるでしょ? 落ち着きすぎよ、本当は幾つ?」
にんまりとするアイーシャにバシオンは常識を返した。
「知らない。……レベルそのものを正確に計る手段なんて存在しないだろ。相対評価からの推定と自己申告の世界だ。好きに推定してくれ」
バシオンの態度はどうやらアイーシャにある種の確信を与えたらしい。
アイーシャは立ち上がると柔らかくお辞儀をした。
「そう。では……ご意見は分かりました。では、フードのバシオンさん、傭兵ギルドガーベラスタッフ支部からお話があります。後日、支部をお訪ねください……通達と共にお仕事の依頼がございます」
逃げないでね? と満面の笑みを浮かべるアイーシャに、何か面倒くさい話と面倒くさい事がくる予感がするバシオンは嫌そうな顔をした。
評価を2件ももらえましたー。
ありがとうございます。
過去話と今の話とで長くなっちゃうあなあー。バランスが難しいし。1話6千文字辺りに抑えたいのに膨らみまくってしまうー。