勇者がいろいろ嫌になって田舎に引っ込むおはなし 作:試行錯誤
疲れの残る眼、隠しきれない疲労が出ている顔。
十代にも関わらず気怠げな、いや……疲れきった雰囲気が全身にまとわりついてる少年。
名前はバシオン・イヴァーケス。
ここ数年、その名が広まり始めたテン・ミリオン・オーバー屈指の強者である。
そのバシオンが、同じ部屋の中で背中を向け窓の縁に座って外を眺めている相手……一人の少年に向かって口を開いた。
「ガドラム。……次の件、あれ本当なのか? 叩き起こされたんだけど」
「次の件って、どれだ? 西海の中で6千万級の大海獣とやりあえって話か? 南国で猛毒燐粉ばらまいて飛び回ってる2千万級のキモイ蛾の大群の話か? それとも東で人間を廃人にしまくってる3千万級の死霊の軍団か? あとは分裂した元ティンダロス帝国の北側と南側の民間人が代理戦争させられて死にまくってる話か?」
あちこちの現状を改めて聞かされてバシオンは顔をしかめる。
「全部言ってくんなよ……聞いてるだけで嫌になる」
「お前が聞いてきたんだろ、それと別にこれが全部ではねーぞ」
「聞きたいのはそれじゃない、それとそれで全部じゃないのは分かってるよ」
意識が半分寝ていそうな少年と、根本的にやる気がなさそうな少年のやり取り。
日常である。
用意された執務室。
相応に豪奢な造りのその部屋は扉が開けっ放しが常だった。空気の入れ換えの為だ。
そうでもしておかないと、中にある机や椅子にはうっすら埃が積もってしまう。
この部屋を与えられた者達が、如何に普段から使用をせずに留守にしているか、という証といえる。
つまり今日は珍しい光景なのだ。ここに、二人が居るのは。
「お前がまだ言ってきてないやつだ。皇国からの正式な依頼があるだろ。それだよ」
バシオンはそこらの適当な椅子に座り、身体を背もたれに預けた。
座り心地は悪くない。おかげで眠りそうだ。
最近はオーラ消費が激しく身体が重い日が続いてる。肉体も精神も疲れているからか、とにかく重い。
座るだけで本当に眠れそうだった。
それを知ってか知らずか、バシオンに問われた方の男の子……同年代の少年は、窓の縁に座り外を見ている姿勢だった。
こちらも気だるげな雰囲気を漂わせいている。
彼はバシオンの質問にようやく振り返る。
振り返った少年……ガドラムと呼ばれた男の子は、他人を不快にさせかねない、いやらしい笑みを浮かべていた。
「お相手は、巨人属のお偉いさんだってよ。聞く限りは半精霊系の上位古代種……今時の、活きのいいのを捻り潰してみたいとの仰せだ。なんと一千万オーバーを百人用意しろ! とか抜かしたらしい。笑っちまうよなあ、完全に」
「笑えねーよ」
バシオンのレベルが推定で6000万を超した頃。
所属するアルテナ王国の、その王都に所在する彼らの拠点……アダルギデオン執務室における一幕である。
バシオンに匹敵する戦士であるガドラムという少年が、そう言って絡んできた。
大国である皇国からそんな話が出てきて、皇主がどうにもならないと判断し、バシオン・イヴァーケスの所属するアルテナ王国に泣きついてきたのだ。
援軍を寄越してくれと。
そして国政を支配する王家と元老院から、通達がバシオン達に降りてきた。
皇国に行ってこいと。
拒否権はない、いつもの通りである。
要請は単純。
いつものごとく生け贄だ。
しかも今回はなんと、相手の超存在がこちら側からの明確な反抗をお望みらしい。
逃亡不可の殺し合い。
拒否権はない。これもいつもの通りである。
バシオンは目を瞑ったままガドラムの話を聞いていた。
通達を受け取ったガドラム曰く、相手の巨人属は相当に強烈な相手のようだ。
「だいたい百年から二百年ごとに皇国に降臨しては思う存分に暴れて、そんで皇国民の悲嘆と絶望を眺めて遊ぶおクソ様だってよ。最近の人類の戦力向上を見て、勝てるもんなら勝ってみろとかお触れが出たそうだ……よかったなあ、今回は正面から殴りあいをやれそうだ、分かりやすくて結構結構」
「相手の推定レベルは?」
「伝承に、皇国の縄張りをめぐって古代ドラゴン種と殺し合いしてた記述があるらしい。最低でも7000万級の相手だろうな」
それ以上かも? と笑顔のガドラムに、バシオンはがっくりと肩を落とす。
ガドラムは気楽そうに笑った。
彼は搦め手や複雑な状況というものが、かなり嫌いだ。
どうせやるなら分かりやすいものを、そういう性質の男なのだ。
だが、バシオンにとっては結局のところただ頭の痛い問題でしかない。
「ガドラム。今はアトレイユも動けないし、仰天も怪我の回復がよくない。紫も起きれない、オーラの枯渇が酷い。エイガーが先日死んでる、ナイジェルもだ。ファンデルもクーリーも死んだ。フィデリアーニも復帰の見込みが立たない……俺とお前しか居ないぞ」
「知ってるよ? まあ、いつもの事だろ……今回でお前も死ぬかもな。俺はともかく、お前は可愛がられるだろ、6千万オーバーなんてマぁジで人類初じゃねえ? 中々いないから死ぬまで遊んでもらえんだろうなあー、あー羨ましくない羨ましくなぁい」
お前よりレベル低くてよかったーと、レベル5500万を軽くオーバーしているガドラムが笑った。
バシオンは思わず眉間を指で押さえてしまう。
ガドラムの性格がかなり破綻してきたと、感じるようになってしまった。
それとも地が出ててきたと言うべきか。
指摘しているのだが、治らない。もう無理かもしれない。
取り繕う余裕がないのだろう、もしくは、他者への思いやりなど、もはやどうでもいいのか。
自分も人の事は言えない。
バシオンがガドラムの態度に悩んでいると、さらに追加で報告がきた。
「ああ、そうだ。チャイバと、アルタリが死んだよ。回復しきれなかったってよ」
軽い感じで話されるが、内容は全く軽くなどない。
この前入ったばかりのテン・ミリオン・オーバーの名前が出てきたのだ。しかもその内容は最悪の部類だ。
「いつだ?」
「さっき。ベルリネッタから報告があがってきた、呪いが浄化しきれなかったって。魔導医療に失敗。で、医療官のシュトライゼが巻きぞえで死んだ、道連れの呪い直撃」
前線に向いてなかったから後方に置いていた、回復専門に配置したテン・ミリオン・オーバーの貴族出身の女の子だった。
バシオンはまだ会って二ヶ月にもなってない。浄化失敗したのか?
「……なんでそんな新米がやったんだよ?」
「新米ったって、レベル1千万超えだろ? 腕がなかったな」
ガドラムの声はひたすら普通だった。
バシオンは思わず手が出そうになるが、それはただの八つ当たりだ。
ガドラムが正しいのだ。後方なら命をかけなくて済むなどと甘えた話はない。
だいたい、そのように配置すると決定したのはバシオンである。責任は自分にあるのだ。
結果を無言で受け止めていると、さらに報告がくる。
「あー、あとレオカーンが死にそうだってさ、お前に会いたいらしいぞ」
「……なんで」
素質のあった魔法使いの子だ。
数日前、大狂乱クラスの狂獣の群れとの殲滅戦闘において、前衛を突破された際の乱戦で重傷を負ってしまった男の子。
こちらもバシオンより若い子だ。回復させられなかったか。
助からないか、それで、なぜ自分に会いたがるのか? その理由を薄々察するバシオンだが、どうか違っていてほしいとの願いが念頭に浮かぶ。
しかしガドラムの答えによってその願いは完全に否定された。
「狂獣の腐敗毒で死ぬより、勇者バシオンの手で逝きたいって言ってるんだと。ベルリネッタが、伝染しそうな毒だから隔離して焼却する、苦しんでるから早めに会いに行って止めをさしてやってくれ、ってさ」
お前が寝てた時の報告はこれでぜぇ~んぶ、とガドラムは笑った。
臥せていた者達の死と、それに引きずられた者の死、これから逝くと決まった者の最期の望み。
寝起きに、次から次へと酷い話を聞かされてバシオンは完全にやる気が消え去った。
なぜ起きたばかりで、こんな話をしなければいけないのか。
思わず、しんどい、と本音が漏れ出そうになった、が。
「……分かった。皇国へ行く前にレオに会う」
意識して、口から出る言葉を選んだ。
最近は話すことすら精神を削ってくる気がする。
連戦に次ぐ連戦。戦死に次ぐ戦死。
さらには、またも強烈な相手にぶつけられるという状況……戦力が根本的に足りない。
というか希望が見えない。
死んでこい、ではなく、文字通り、死ねと送り出される役目、役割。
毎度毎度、嫌になる。
「勝てば勝つほど、とんでもないのが出てくる……どうにかなんないのかこれ」
「しょーがなくねえ? 元老院のジジババどもはよ、俺らみてえな活きのいいのを生け贄にする事で、生存と特権を許されてるんだから。
建前では、人類が全滅しないためー、やむを得ない犠牲~とかぬかしやがる……これまで何百人のテンミリオンオーバー差し出してんだか。
ま、ジジイどもにしてみりゃ、俺らが怨霊相手に呪い殺されようが巨人相手に踏み潰されようが、自分らと一族が生きてりゃどーでもいいんだろ」
ほーんと世の中クソだよなあーと、からからと声を上げてガドラムは笑った。
勇者バシオンと側近達……彼らの戦力が、超存在達を相手に少しずつ、しかし本気で勝ちを取れる可能性が出るまでに上がってきたことで、もちろん人類は喜んだ。
だがそれは人類だけではない。
反抗をされるはずの超存在達もまた、喜びを見せるモノだが少なくなかったのだ。
むしろ、人類の上に絶対強者として君臨してきた超存在達は、普通に戦ってくるような人間の珍しさに新しく嗜虐心を刺激されるらしい。
人間は増えるのだけは大得意、いくらでも出てくる。だから暇潰しに最適。
丁度いい感じに知能や知性があるため弄ぶのに最適なおもちゃ。だから潰すのに最適。
それが連中にとってのこれまでの認識。
遊んで擂り潰して、満足したら死滅してしまわないようにしばらく置いておく。またはたまに手助けしてわざと増やす。いっそ発展までさせてやる。
なんなら幸せを噛みしめさせる。
そしてある時、好き放題に蹂躙するのだ。
戦争している相手や闘争する対象ではない、文字通りの従属物である。
血肉ではなく、心と尊厳を搾取される家畜。
それが人間種。この世界の在り方。
そんな状況に置かれた人類の最中に、本気で反旗を翻し、辛うじてながらも勝負ができるほどの経験や対応能力を持つに至ったのがバシオン・イヴァーケス。
勇者と呼ばれ始めたバシオンと、その側近達だ。
勇者に憧れ、生け贄として死ぬのではなく戦うための存在へ。
文字通り全てをかけての『勝利』に、望みを見いだす者達が増えて来ているのも現状。
しかし。
その結果、増えたのはこれまであまり表には出てこなかったような、さらなる強力な連中との交戦だった。
更なる凶悪な群れとの衝突。より膨大な軍団との果てしない消耗戦。
勝てる。勝てるようにはなった。
確かに勝てるようにはなってきた。人は希望を持てるようになった、しかし。
しかし本質はかわっていない。
勇者という新しい名の生け贄と、その供連れができただけだ。何も変わっていない。
一応は、ただ潰されるだけのゴミから、いたぶる事のできる羽虫への昇格と言えなくもないが。
それを喜ぶような気持ちにはまずならない。
広まり始めたバシオン・イヴァーケスの名前に、すがってくる者達が増える度に、バシオンは思い知らされるのだ。
自分がいかに心もとない存在であるかを。
そして人類社会からは、要求がくるのだ。
何とかしてくれ、助けてくれ、撃破してほしい、解放してほしい。
期待もついてくるのがセットである。
バシオン達にとっては、ただ苦しいだけだ。
「俺達が勝てばしばらくの安全を手に入れられる……負けたところでどうせ死ぬのは俺達が最初、それで相手が少しでも満足してくれたら儲けもの、か」
自分で口に出した酷い現実に渋面する。
身体が重い。
バシオンはため息を堪えて、せめてできる限りの準備をするべく工房に向かうことにした。
死にたくないのだ、当然である。やることをやらないといけない。
仮に拒否して逃げたところで、皇国の連中がレベル6000万オーバーが王国に居ますよなんて言ってしまえば、超越存在はこっちへ突撃してくるだけだろう。
逃げ道などないのだ。
バシオンは無理やり思考を加速させる。
相手が半精霊巨人の上位古代種となれば、やはり霊体攻撃のできる武装がほしい。それも強力な。
なんなら対・天と対・神を兼ね備えた人類の秘蔵兵器を持ち出す必要がある。
持っているだけで寿命が減っていくと言われる大魔槍『魔王の涙』……これを使えば7000万級の相手でもダメージは通るだろう。
半端なモノを持っていく位なら最初から超越武装を叩き込んでやる。
生半可な攻撃や武装では逆に痛い目を見ると、もう骨の髄まで思い知っている。
しかし、そうなると。
ガドラムには殺神武装『墜ちる太陽』と『嗤う月』を持たせる必要があるかもしれない。
精神汚染が酷い武装なのだ。
呪いのメイスと呪いの盾……言葉にすると簡単だが、危険度は凶悪そのもの。
周囲の人の死を喰らって力を増大させる特性を持つ最悪の兵器である。
命がたくさん散る戦場ほど、無類の強さを発揮するクソ兵器だ。
だが、攻撃が効かないよりは、一方的に殺られるよりは……そう、負けるよりは。
「……ガドラム。今回、太陽と月、持つか?」
「太陽と月ぃ? 本気か? それ命令か?」
「確認したい、お前は大丈夫そうか?」
「んー? どお思うぅ?」
ガドラムの口調は右へ左へ揺れるようにぐにゃぐにゃしていた。肯定か否定か演技か素の状態か。
バシオンの判断を試しているかのような、探るような目だけは真剣だった。
バシオンにはそれは肯定とも否定とも歓迎とも嫌悪とも取れてしまう。
彼は少し前から壊れかけの前兆が出ていた。
当たり前だ。ろくでもない武器ばかり持たせているのだ、無事な訳がない。
知っていて持たせているのはバシオンである。
「持て、使え。短期決戦でいく」
「……うけるわー。やーい無能司令官ー。クズー、ゴミ野郎ー、カスー、人でなしー、他人を使い潰す天才ー」
いつも通りに戦力の最大化を最優先させるバシオンと、受け入れつつも軽口のように罵る言葉を放つ同輩。いつも通りだ。
いつも通りである。
だが、いつからだろうか、最初の頃は冗談混じりだったはずのガドラムの言葉が……いつからか、本物の失意と憤怒を帯び始めたと感じるのは。
最近では殺気すら混ざり始めていると感じるのは、気のせいだろうか。気のせいではない……だろう。
だからバシオンは応えるのだ。
「わかってる」
最低の事をしている自覚はある。
自分が死なせている自覚もある、誰よりもあるのだ。総大将は自分なのだから。
レベルが一番高いから、とりあえず、暫定で……そんな流れで何となくで据えられただけの立場は、いつの間にか磐石になりつつある。
ずっと死なないからトップに居るのだ。
アダルギデオン総帥としての立場。
それに伴って、権限と責任が肩にのし掛かっていた。
たくさん送られてくる人員、優秀な将兵達、選ばれた強者。選りすぐりの最精鋭、本物の上澄み達。
人類の頂点たるレベル1000万超え、テン・ミリオン・オーバー。
それらをことごとく死なせているのはバシオンである。
言い訳などできない。
「わかってる……」
この数週間後、勇者バシオン率いるアダルギデオンは推定レベル8500万級の巨人種と激突。
4日間ぶっ通しの潰し合いの末に勝利。
皇国に長らく君臨していた超越存在の一角を仕留める偉業を達成する。
グラングラナ解放戦と呼称される事になる、アダルギデオン後期に展開された大規模戦闘の一つだ。
バシオンの名前が、称号や褒章により複雑になり始めた頃の戦闘である。
ただしその裏では、怒りと苛立ちを激しく浮かべていたという勇者バシオンの姿があった。
勝ちはしたが凄まじい被害を食らった皇国の姿。
度重なる人的被害の深刻さ。
あげく、余裕が出てきたと勘違いし始めたバカ者達による人間同士の政治闘争の前兆など。
アダルギデオン幹部達の、人間社会への不信が進んだともされている頃である。
アルテナ王国・南方方面辺境都市・ガーベラスタッフ。
傭兵ギルド。
午前の10時を過ぎた頃。バシオンはギルド職員であるアイーシャから仕事を依頼されていた。
正確に言えば、それを断ろうと渋っていた真っ最中だった。
「個人でこなせって話じゃないのよ? 何人かのE級やD級の人と一時的に組んでって事。指揮官級にはC級のチームも付くわよ? ハッキリ言うけど簡単な部類よ? それでも嫌なの?」
微細変異や小変異した動植物モンスターがある程度出る街道沿い。
荷馬車隊の護衛。商人、御者、人足、馬を防御する。
14日~16日程度かかるルート、近隣の街や村が目的地。
武器・防具の一部貸与、雑貨や消耗品の一部支給あり。
討伐駆除したモンスターの採取部位は買い取りあり。
傭兵ギルドからの戦力推定が入るため、指名される人間には割増の報酬あり。
貢献度大の者には追加報酬あり。
旨くはないが、報酬としては固い仕事である。
さすがに一般人ではモンスターとの連戦が危険すぎるが、血の気の多い人間や鍛えている者なら試しにやってみようか、と迷うくらいにはありふれた仕事だ。
傭兵をやるような人間ならば、数あわせでもいいから呼ばれたいな、と思われるくらいにはそこそこ旨い内容。
レベル数千あれば十分に可能な仕事。
1万以上の人間にとっては片手間のような物。
何ならレベル数万ある実力者にとっても、地味だが安全にこなせる安定収入として人気のある依頼である。
たまに中変異したモンスターが出ても、C級のチームが居れば対応は可能。むしろ毛皮や爪、牙、角や鱗などの部位採取により黒字が増える。
そんな仕事だ。
このガーベラスタッフにおいてはありふれた日常業務の一つ。
そしてそれをバシオンは普通に断っているところだった。
「別にやらなくてもいいんだろ? 他に回せばいい。それで冷遇されても不満は持たない」
「こっちはそれが困るのよねぇー、所属する人の能力は可能な限り正確に把握したいのよ。
まさかレベル2千とか3千の人に大変異した動物型の駆除をお願いしたり、1万位の人に大変異した昆虫の群れを討伐してもらう訳にもいかないじゃない?」
命を粗末にさせるだけだもの、とアイーシャは結んだ。
傭兵ギルドとは仲介業みたいな物である。
日常業務の斡旋と契約と保証と信用。
肉体労働や荒事で生きるしかないような連中や身元の不確かな者達など、そういった者達にとりあえず生きる道の一つとして存在する、という面がある。
犯罪者や野盗集団、あげく人類の裏切り者になられるよりは、まだ世のため人のために生きられる道の一つなのだ。
公共事業と言えば言い過ぎかもしれないが、そういった面もないではない、職の一つなのである。
怪しかろうが立場がアンダーグラウンドに近かろうが、一応は世の中の内側。
で、あればだ。
そこに持ち込まれる仕事の依頼主は多岐に渡る。
行政や司法等のお堅い組織から、少しヤバげな組織やおっかない集団までピンキリ。
利益や素材優先の商人組合、職人組合からも来るし、安全を買いたい民間集団、細々としている個人依頼など……等とまさしく依頼してくる先は様々にある。あるのだが。
基本、失敗に金を払う者はまず皆無といってもいい。
基本的には、どれも達成してもらう前提で依頼され、そして受けるものなのである。
全部失敗しました、ごめんなさいでも報酬は払ってください、毎度あり、とは行かないのだ。
それが傭兵ギルドの出来た経緯である。
そこら中で、個々で個別の口約束をする事される事による面倒や混乱や、流血沙汰や抗争を回避するために、わざわざ傭兵ギルドなるモノができたという経緯があるのだ。
つまり、様々な依頼を総合して受け付け、丁度よい人材に丁度よく紹介するのが傭兵ギルド。
見合った仕事には見合った人材を、がまず前提。
実力やスキルがあやふやで曖昧でハッキリしない人間は、正直、ちょっと困るのである。
何より、優秀な傭兵とは村や街の治安維持や客寄せにもなるのだ。
近年は、どこもかしこも見こみのありそうな人材の争奪戦になりつつある。
「出来そうな子にはどんどんクラス上げて欲しいのよねー、せめてC級に」
E級が一般人に毛が生えた程度と考えると、C級はレベル1万前後は超えてくる段階……専門家としての顔を持ち始める辺りだ。
やはりこの辺以上にはなってくれると嬉しいなあー、というのが、ギルド職員であるアイーシャの本音である。
バシオンはそれに納得して、一言応えた。
「俺は出来ないよ」
あまりにもキッパリと断定するのでアイーシャは面食らってしまった。
そこで自分を下げるか? こういう時は多少のハッタリを利かせるもんである。
旨味のある仕事は奪い合いである、依頼主にアピールするのも日常なのだ。
わざわざ自分を、いや無能ですと紹介する人間を、重要な仕事に呼ぶ人間はほぼ居ない。
アイーシャにとってバシオンの態度は本当に珍しい物だった。
「……そう? 私の勘では君は結構やれちゃいそうだけど? ……傭兵のクラスが上がると待遇面でも有利よー? 支部っていっても保有してる資産や貸与武装は結構良いものが揃って……」
「やりたくない」
バシオンは待遇の話になると露骨に興味を失った。むしろ拒否感が見えてくる。
「俺は出来ない。期待に応えられる能力がない。だからやらない」
やらない、という、完全なる拒絶。これではなんとも出来ない。
一応は、選ぶ権利も否定する権利もお互いにあるのだ。
アイーシャはバシオンの態度に、もはや呆れつつも苦笑する。
「そこまでハッキリ言われたらどうしようもないわね。分かりました。じゃあ今日は諦めましょうか。この仕事は他の候補の人に回すわよ?」
「構わない。用事は終わりか?」
「はい、お話は以上です。ご足労ありがとうございます……今後のご予定は? 自称バシオンさん」
「今日は休みだ、お菓子買って帰って寝る」
それだけ言うとバシオンはさっさと背中を向けて傭兵ギルドを出ていった。
報酬つり上げのためのフリ……交渉の駆け引きではなく、ガチの帰宅だとアイーシャは理解した。
あれは本当に興味を持ってない態度だ。
バシオンがあっさりと帰ってしまった事にアイーシャはため息が出る。どうしたものか。
そんなアイーシャに後輩が近づいてきた。
「せぇんぱぁい、あの人、指名依頼も断りましたねぇ、あれはきっと訳ありですよお? どこかの犯罪流れかもぉ? 身元調査かけますかぁ?」
間延びした喋り方ながら、有能そうに職務を進めるのはアイーシャの後輩であるギルド職員。
カタリナという少女である。
小柄で可愛い顔をしている反面、冷徹な仕事ぶりが評価される才女だ。
「カタリナ、いきなりそういう厳しい態度は止めなさい。世の中はいろいろあるのよ。まだなにも判明してないでしょ?」
強硬手段に移っていくのは早いと、アイーシャはカタリナを諌める。
「でもー、私あーいう人、嫌いなんですよねえー、バシオン様の格好を真似っこしてるところも嫌いー。クロークマントを被って物静かに振る舞うのはぁ、バシオン様だけで良いですぅ」
「あの子が格好だけと決まった訳じゃないわよ?」
「出来るところ見せてくれないなら決まりですぅ」
もはや言いがかりのようだが、ある意味真理である。
やらないのなら、出来ないのと同じ。
出来ない人間への扱いはそれ相応でしかない。
しかし、だからと言って態度まで悪くすべきではないのだ。
そこはカタリナの個人的な感情である。
「あなたの偽勇者嫌いもちょっといきすぎね」
微笑むアイーシャにカタリナは真面目な顔になった。
「はい、私はグラングラナ出身ですから。家族全員、本物のバシオン様に命を救って頂いています。バシオン様があの悪神そのものの大巨人を食い止めてくださったから、生きて逃げられました。
バシオン様は私どもの救世主様です……だからぁ、あーいう風に格好や態度だけ真似っこしてる偽者さんは嫌いですぅ」
カタリナはいつもこうだ。
アイーシャに、偽者勇者への態度―――偽者というか、勇者バシオンに憧れの強いミーハーな連中への態度―――を諌められたカタリナはいつもこうなるのだ。
こうなったら何を言っても無駄である。
そもそもカタリナは、少しでも勇者バシオンの近くに居たいと、わざわざ王国にひとりで転居してきた娘だ。
地方都市で働き、実績を積んで正規市民権を取得して、いつか王都に行ってアダルギデオンの本拠地で、雑務でもいいから奉職するのだと本気で思っている娘である。
アイーシャはやれやれと業務に戻る事にした。
今の人類はバシオン・イヴァーケスを神聖視するものがかなり居る。
アイーシャもその一人だが、カタリナはだいぶ重度だ。
そして世間で見ると、カタリナですらまだぬるい方だと思えるレベルで勇者を崇拝してる者達も普通にいる。
だから不思議だった。
「勇者バシオンに憧れて似たような格好をしてるのに、何で評価や昇格に興味を持たないのかしら? 普通ならどんどん上に行きたがると思うんだけど」
単なるE級の傭兵なんて、社会ではちょっと肩身も狭いだろうに。
「ちょっと時間をかけるしかないのかしらね?」
その言葉を呟いてからアイーシャはふと思った。
「でも少しはゆっくりできるようになったのも、バシオン様やアダルギデオン幹部の方々が危険そうな連中の大半を片付けてくださったからなんだけど……できれば、有能な子をやっぱり見付けたいわよね……」
数ある噂の一つでは、勇者バシオンは単身で王都を離れ、人類領域外縁にて死闘を繰り広げているらしい。
人類領域の守りをアダルギデオン幹部それぞれに任せての単独遠征。
だから、最近はあまり姿を見せなくなったのだと。
その噂を信じる者は数多い。
今の人類にとって、バシオン・イヴァーケスの名前は守護神そのものだからである。
彼の役に少しでも立ちたいと考える人間はひたすら多い。
アイーシャとてその一人だ。
少しでも勇者の支えになれる人間を見つけて、推薦するのが彼女の夢である。
本当は、彼女自身がテン・ミリオン・オーバーとして一緒に戦いたいと切望していたが、残念ながら彼女には人類の頂点に行くだけの狂気も才能もなかった。
だからせめて、誰か、勇者の役に立てる人を見出だしたいと願っていた。
できる子にはどんどん上に行って欲しい。それが彼女の願いである。
数ある噂の中の一つ。
実は、勇者は逃げ出して行方不明、などというふざけた噂など、誰も信じてはいない。
アイーシャだって全く信じては居ないのだ。
だって勇者バシオン・イヴァーケスは、人類の守護神なのだから。
彼が逃げるはずなどない。
あり得ないのだ。
評価、感想ありがとうございますー。
返信してるとネタバレ長文書いちゃいそうだから、我慢してます。でも何回も読んでます。ありがとです。
てゆーか一話が長げーよ。もうちょいサクッとするつもりなんだけどなあ。