勇者がいろいろ嫌になって田舎に引っ込むおはなし 作:試行錯誤
嬉しいので、気になってる方が多そうな事をまとめた番外編を急いで書きました!
バシオンは出ませんが箸休めにどうぞ!
キルディスの朝は早い。
ここ最近、すっかりサボり癖のついた上司の面倒を見るのに忙しいのである。
抱えてる多方面の仕事の難題さと量はもちろんの事だが、一番の問題はその上の事。
私生活がだらしなさすぎるのだ。
ここに赴任してきた最初の頃、キルディスとその部下達がしっかりと身だしなみを整え朝の会合のために執務室に出向くと、その上役だけが席にいなかった。
いつまで待っても来ない。
何かあったのかと領邸内の部屋に行けば、その上司が気持ち良さそうに寝ていたのである。
屋敷の使用人に聞くと、食って寝るを繰り返す日々を送っているとの事。
誰が声をかけても起きやしない。
既に各部門からの様々な決裁が待っていた時だというのに、その気持ちよさそうな寝顔を見せられたキルディスは、瞬間的に平和的な説得の無意味さを確信。
無言で空間凍結魔法を発動、上役に叩き込んだのである。
ベッドどころか、部屋ごと凍った事でさすがにその上役も目を開けたのだが、なんとその上役は零下数十度以下に凍りついていく低温の部屋の中で、寒がりながらもそのまま頑張って寝るというふざけた姿を見せた。
サボることに全力を尽くそうとする上司。
それ以来、キルディスの仕事に、そのバカをいかに働かせるか、という項目が加わってしまったものだ。
今日もすっかり慣れた雰囲気で上役である男の邸宅に上がり込み、従者達やメイド達を呼んで普通に指揮を取り、支度の準備を始めさせる。
屋敷の主でも、主の妻でも無い外の人間。
そんな女が、よその邸宅のメイドや従者に向かって指揮を取るなど本来なら許されない。絶対にだ。
だが彼女は許される。
大抵の事は許される。それが彼女だ。
アダルギデオン・北方方面第1軍団・主席参謀。
妖殺のキルディス。
今のレベルは6200万を超す、麗しき女傑である。
キルディスはアルテナ王国北方のゴア侯爵領と呼ばれる地域にて、その職務を果たす日々を送っていた。
当初は責任の重さに震えて緊張していたものだが、今ではある程度慣れ、そして以前までは考えられない程のぬるい日常を送っている。
この日の彼女の仕事も、手間のかかる上役の部屋に朝から突入する事から始まった。
「ガドラム様、おはようございます……起きてください。お着替えをどうぞ、着替えながらで結構ですのでお聞きください。ゴア侯爵領、及び担当戦域、及び直轄地域周辺における、ここ3日間の定例報告ですが、お聞きくださいますか? 起きてます? 聞きますよね?」
ガドラムと呼ばれた男はベッドの上で芋虫のようにシーツにくるまりながら、あくびをしてる最中にそれを聞いた。
もうすっかり遠慮のなくなった部下に寝ぼけ眼で答える。
「聞きたくなぁい~。そっちで勝手に上手い事やっといてえ~……ハンコ使っていいから……」
「……分かりました。はい、皆さん何してるの? さっさと入ってきてガドラム様を支度させて」
その反応にすっかり慣れたキルディスは、手を鳴らして人を呼ぶ。
ガドラムはベッドの上でゴロゴロ転がって抗議の声を上げる。
「メイド呼ぶなあ、着替えさすなあ~、やぁ~めぇ~ろぉ~」
19歳の健康な男であるガドラムが甘えた声で、キルディスという華奢な女性に抱きついた。
そしてベッドに引きずり込んだ。
そして、殺す勢いで、締め上げる。
彼女の報告を力業で妨害するつもりなのだ。
甘え半分の冗談混じりだろうが、ガドラムの大剛力は本物である。
無意識の内にオーラを発動させるような叩き上げの戦士だ。
普通ならば抱きしめられた……否、抱き締められたキルディスは真っ二つだろう。
それを見た一般人のメイド達は思わず悲鳴を上げた。
彼女達にとって、この新しい領主は怪物そのものだ。
誰も酷い事をされていないし、酷い扱いを受けた訳ではないが、恐怖がないという訳ではない。
ある意味では、かつてこの近辺にいた超越存在より遥かにおっかない存在である。
そんな相手にセクハラされつつベッドに引きずり込まれ、あげくに朝から殺されかかっている状況にあったキルディスは、意外と平気な顔だった。
これも、慣れているのである。
「はあ、この人はホントに……ふっ!」
爆発的にオーラ強化した腹筋と背筋、肺活力で、ガドラムからの締めを圧し返す。
さらに、オーラで身体強化した拳をガドラムの顔面に叩き込んだ。
躊躇なしだ。
部屋の中に炸裂音と、瞬間的な暴風が吹き荒れるほどの一撃……常人なら、頭部どころか上半身が消し飛びそうな拳打である。
そんな一撃を叩き込まれたガドラムは、顔をちょっとだけ赤くして、ようやく目を開けた。
「……赤くなったあー? やったあ腫れた~、病欠だあ! 病欠! ほらほら怪我だ怪我! 見ろよ!」
ガドラムのそんな言い訳を無視して、キルディスは無理やり仕事を開始した。
「目を開けてくれてありがとうございます、それでは時間を無駄にしたくないので報告させていただきます。決裁に影響出ないようにちゃんと聞いてくださいよ。
まず現担当戦域であるアルテナ北方から北ティンダロス共和国におけるモンスターの発生状況と、治安についてですが……」
「パワハラだ~パワハラ~。労働環境の改善を要求しますムニャムニャ……」
「アダルギデオンは改善したのが今です。しばらくはもう改善なんてしません。今が最上です、諦めてください。
メイドの皆さん。さ、私が押さえておきますから。今の内にガドラム様に支度をさせてください」
キルディスの容赦ない指示にメイド達は震えあがった。
言われた通りにガドラムの身だしなみを整えつつ、口にはコーヒーを恐る恐る放り込んでいく。
目覚ましのためのカフェイン摂取だ。
まるで猛獣への餌やりである。
それを見たキルディスは満足げに頷いた。
「……ここ数ヵ月で、レベル3000万クラスの特異個体などは、明らかな低減が見られるようになりました。
空間汚染が少しずつ薄まって来ている事を表す良い傾向です。
よって、後方における治安の向上により、農地拡大にむけて生産事業にもようやく進展が見られました。ただ、北と南に別れたティンダロスからの移民難民問題ですが、これが問題を増やしており……」
押さえ込まれるどころか、逆にガドラムと呼ばれた大のの男をベッドから引っ張りだして口を開けさせ、メイド達にコーヒを放り込まさせているキルディス。
おまけに暗記してきた報告事項を耳元で次々に呟いていくその姿には、容赦という文字がない。
自分達とそうそう変わらない体格にも関わらず、主に負けない怪力を見せつける彼女のそんな姿に、メイド達は思考停止して職務を開始する。
怖いのだ。それにお給金も欲しい。
「あぁ~! 辞めろぉー、朝日を浴びると溶けるー仕事をすると死んじゃうぅ~、朝起きたら死ぬ! 働いたら死ぬ、死ぬから! キルディス! マジだから! 俺は働いたら死ぬから! カフェインを取らせるな目が覚めるぅ~! ベッドの上じゃないと生きられない病気なんだよ俺は! たぶん! ここで寝させといてくれえ……!」
「太陽と月を持ってる時よりはマシでしょう? 早くしてください、これから食事会に会談に、慰問に執務と仕事は山積みなんです……そのだらしない格好で、アダルギデオンの名前に泥塗るつもりですか……早くしろ首を刎ねるぞ」
ギャアギャアとわめくバカ上司を無理やり立たせて着替えさせ、コーヒーを口の中に流し込み続け、最後には子供をあやすように甘やかしてやっと執務室に連れ出す事に成功する。
彼女の上司であるガドラム……アルテナ王国ゴア領の現侯爵であるガドラム・ゴアは、寝室から執務室に向かって肩を落として、半分寝ながらふらふらと歩いて行った。
戦場皇帝のガドラム・ゴア。
推定レベルは1億1000万を誇るアダルギデオン大幹部の一角である。
そのガドラムの情けない後ろ姿を見ながら、キルディスはでっかいため息をついた。
「……はあ……毎度毎度……なんであたし、こんなバカに仕えなきゃならないのかしら。アトレイユ様んトコがよかったなあ……この配置は勘弁してほしかったですよ、バシオン様」
戦場働きの頃と違い、すっかり着なれてしまったドレススーツ。
その裾をなびかせてガドラムの後を追うように執務室に向かった。
今日の報告は多いのだ。
アルテナ王国・北方方面、拠点都市・ゴア領、領都アリウム。
タハリ防衛戦……ジャルダーン戦役と呼ばれる戦役の最中。
よりによってレベルの肝心な時に、人類を裏切って超越存在どもについた旧世代の貴族達―――悪い意味で既得権益を手放せなかった連中。
その一人だったのが『旧』ゴア侯爵である。
長年に渡り腐敗の酷かった家柄で、多くの領民から見放されており、タハリ戦の後でついに完全に激怒した勇者バシオンに粛清されて、その後は空白位になっていた貴族の領土地域……という説明で、大半の説明は済んでしまう場所だ。
それを功績でもって無理矢理に、ただのスラム上がりだったガドラムが引き継ぐ形で封ぜられたのがちょっと前。
いうなれば、新・ゴア侯爵がガドラムなのである。
そもそもは、必死で媚を売ろうとしていたアルテナ王国の残存貴族達が、バシオンに侯爵位を、という話だったのだが。
バシオンはハッキリ辞退したため話がガドラムに行ったのが発端である。
もはや誰でもいいから是非、という王国と。
立場がある方が色々やりやすいんじゃないか? というバシオンからの推薦。
結果としてガドラムは、ゴア侯爵となったのだ。
このガドラムも当初は、喜び半分、面倒さ半分という感じだったが、それも書類仕事というものを知るまで。
その面倒くささを散々に思い知った今は、仕事したくない、がほぼ全てである。
書類仕事を舐めていたのだ。
そんなガドラムは、今日も地味な執務室の地味な椅子に座り、あくびを連発した。
「……はあ。あーあ、仕事。すっかー……よし……うん。
よっしゃ。キルディス、始めるか。
うちの担当戦域は、現状でおおむね問題なし、なんだよな?」
「はい、ガドラム様」
いきなり面構えが変わる。
ガドラムはまともな顔をしていれば、引き締まった顔立ちになる良い男だ。
いつもそういう顔をしていれば異性にもモテるのだろうに……ただそれが続かないのが難点だ、
今日の夕方には、まただらける顔に戻るだろう。
その前に今日の仕事をやらせたいなあとキルディスは思った。
そして。
そして、メイド達の前では、差し控えた話を始める。
「……アクティブな連中は大半が潰れた、と見てよろしいでしょう。レベル5000万以上の相手はここ最近、後方では確認されてません。
生存圏の確立は、とりあえずは成った、と言ってもまず間違いないかと……バシオン様が、居なくなる前に残りの危険な連中をあらかた片付けていってくれましたから」
「あいつが最後に取った方針……少数による敵地中枢への攻撃、っていうのだけは上手く機能したか……長かったな」
ガドラムは疲れたように机に顔を乗せてだらける。
「4年……5年、か? もっと長かった気がする……長かったなあ……」
「……はい」
アダルギデオンとして人類の矢面に立ち……立たせられていた日々だった。
一年の内ほとんどを、ありとあらゆる戦場に立ってきた。
ガドラムは約5年、キルディスは約3年だが、アダルギデオンとして共に歩んだ地獄は同じである。
二人はまだ10代20代にも関わらず、老人のような疲れた顔を覗かせた。
「……正直助かった。あれ以上はもう持たなかったな、もう無理だった」
ガドラムは、絶対に、人類には絶対に漏らせない本音を漏らしてしまう。
実際、末期のアダルギデオンは酷かった。
とにかく酷すぎた。
経験を積んだがゆえに、それぞれの幹部が、戦略や作戦、戦力運用で衝突し合い、もはや空中分解寸前だった。
タハリ防衛戦で古参の部隊や中核部隊が壊滅してからは、まともな組織戦闘は不可能であるとの認識……そこまでは確かに意見が揃った。
しかし、その後でバシオンが打ち出した方針には反対が続出した。
少数精鋭戦力による敵地突入、という方針には反対が続出したのだ。
ガドラムもアトレイユも、紫も仰天も、フィデリアーニも……今、大幹部と呼ばれる者達の多くは激烈に反対した。何故なら。
「何で俺たちがそこまで苦労しなきゃならねえんだ、って拒否してやったっけ」
「さすがに付き合いきれません、ってガドラム様からも、他の方からも責められてましたからね」
アダルギデオンの幹部達には、自己犠牲や無償奉仕、多数のために、なんて意見はほぼなかったからである。
死にたくない連中が大半なのだ。当然である。
特にその頃、人類社会に不審を抱きまくっていた何人かの幹部達の拒否反応はすさまじかった。
ガドラムはその一人である。
ガドラムはバシオンを感情で激しくなじった人間だ。
キルディスは理屈で反対した人間だ。
敵の膨大な戦力には、気の毒だが、囮や肉の壁を使わないと数で不利すぎる、せめて死んでもよいと志願する人間を利用するべきだ、と冷徹な戦術論から反対した。
中には、ある程度の見殺しはやむ無し、とする意見があったほどである。
人類のために自分が先に死ぬ……そんなのはお断り。
それが大半の意見だった。
一方で、バシオンの方針に賛成した者も居た。
皆無ではなかったが、それが逆に不味かった。
それまでは勇者バシオンの方針に、不満を抱きつつも、一番強い奴だからと何とか皆が従っていた形だったのだ。
それが割れてしまった。
これまでの不平不満、重圧と絶望、あるいは怒りやトラウマ……それぞれが抑えていたモノと抱えていたモノ。それら全てが爆発したのである。
ついには殺し合いが始まる寸前まで空気が張り詰め、戦略会議は中断……それで終わり。
アダルギデオン上層部は、派閥の形成により分裂が進んでしまうことになった。
最後の頃には、総帥であるバシオンが文字通りの『単独遠征』で異界や神域や霊体空間に赴き、一人で超越存在達を殺して回るという、救いようのない事態が頻発。
民間で流れている『勇者バシオンは一人で人類領域の外で遠征している』という噂はそこから来ているのだ。半分は当たっているのである。
そんな末期がしばらく続いたある日。
バシオンはアダルギデオンを分割したのである。
そうしないと今度は内側で戦闘が始まるから、と。
対立の激しい幹部達を、本当に組織として分割して各方面軍として割り振り、それぞれ担当戦域をあてる、という作業。
そして分割された後は、それぞれが、何となくでやっている。
だってバシオンが言ったから、勇者が決めていったから、じゃあ仕方ない……そんな雰囲気で渋々と、しかし奇妙な納得をもって今のところは従っていた。
それが今の『後方』の現実である。
良いとはいわない。
問題だらけなのは誰もが分かっている。
だが、現状、それで各地域の統治になっているのだから、どこからも大きな不満は出ていない。
大きな不満はないのだ。
今の、ところは。
そして、当事者であった二人には、あれから少し時間が経ったからこそ分かる事があった。
キルディスは静かに口を開く。
「……あの人は、軍団司令には向いてませんでしたね」
「そりゃそうだ、だってアイツ俺並みにバカだもん!」
キルディスの言葉にゲラゲラと笑うガドラム。
だが、しかし唐突に黙り込むと、ポツリと漏らした。
「……あのバカ以外には居なかった、少なくともあの頃は。俺は他の奴には従う気はなかったしな」
「私もです」
アダルギデオンには尖った奴しかいなかった。
超越存在相手に一矢報いた勇者の元に……バシオンの元に、同じく一矢報いてやりたい奴らが、自分も自分もと勝手に集まったような物なのである。
そもそも組織としてまず歪なのだ。
人類最強の戦闘集団など恐れられているが、その運営や運用は始めから最後までボロボロだったといえる。
自分より弱い奴には従わない。
気に入らない奴には指図もされたくない。
皆バシオンには従いながらも、反発する。
だから皆バシオンに押し付けたのだ。
少なくとも、死なないから。
当時は皆必死すぎて周に目を向けられなかったが、今ならば分かる。
アダルギデオンは劣悪な組織だった。
歪に始まったあの集団を、途中で上手く修正するなど不可能だった。
今の自分たちでも多分無理だろう。
後期から末期はさらに。
特にタハリの後はめちゃめちゃだった。
今は冷静に思い返すキルディス自身、よく生きてるものだと思えるほど。
当時は勇者バシオンに出会い、憧れから志願し入ってたクチだが、あまりの劣悪な環境と過酷な連戦に、死んだ方がいっそ楽になるのではないのか、とすら思えたものだ。
だというのに、今ではある種の懐かしさすら感じている。
頭のおかしい環境に頭のおかしい連中が集まってきて狂気でもって暴れ倒していた。
上から下まで暴れ狂っていた。
それがアダルギデオンだ。
ほんの少し昔を思い出すキルディスだが、ガドラムから声をかけられる。
「で、あのバカは今どこに居るんだ? アルテナ内なんだっけ?」
キルディスは書類を取り出した。
「アルテナの南方辺境、ガーベラ方面に居るようです。
傭兵として静かに暮らしているみたいですよ。最近、新しいミリオンオーバー育成候補の一人としてリストで上がってきました。何なら採用しますか? 期待の新人として」
ガドラムは書類を受け取るが、読みはしない。文字は読めないのだ。知識がないためだ。
だが話は分かる。
「だっはっは! ミリオンオーバー育成候補! あいつが! 超おもしれえ! 北方方面軍の新人としてこき使ってやるか!?」
ガドラムはひとしきり笑った後、真面目な顔になる。
「……バシオンの居場所が確定か、むかつくが、一先ず安心ってとこだな。で、現状だがよ、本当に落ち着いているのか? お前の偵察にも引っ掛からないんだよな? ヤバそうな連中は」
ガドラムから『本題』を聞かれたキルディスは、少し考え込む。
「なんとも言えませんね。アクティブに動いてくるような連中の大半は、確かに潰しました、それは間違いないです。消滅ないし、討伐ないし……一方で、封印や異界送り、強制休眠に留めるしかなかった連中も数多いです」
「だろうな」
アダルギデオンは多くの超越存在と戦ってきたが、全てを討ち滅ぼせた訳ではない。
敵対するタイミングや戦力の不足、交戦した人員の相性の問題などから、どうにも倒しきれなかった相手という奴が残っている。
そういう奴等は別の空間に隠れたり、いつの間にか封印を抜けて行方をくらましている事があるために、非常に追跡が難しい。
キルディスは、能力特性から察知が得意なのだが、連中を相手に追跡となると、少々難がある。
「それと、うまく隠れて手勢だけをけしかけてきている連中にも、不穏な気配が多々あります……後ろにやはり居ますね、厄介そうなのが」
後方は落ち着いてきているが、前線はそうはいかない。別に人類は、まだ全てに勝った訳ではないのだ。
「旧貴族世代の残りにも、やはり不満が燻っています。 呪霊儀式で怨霊の軍勢を呼ぼうとしてる奴がいましたよ、後方で」
ガドラムの顔が一気に強張る。
「呼ぶ前に始末したんだろうな? どのくらいだった?」
「もちろん事前に止めました。処刑です。半端な儀式でしたから、成功したとしても平均レベル20~30万を30体程の、ダメな儀式でした」
ガドラムはそれでも舌打ちする。
今になってこういう事があると、ついバシオンを責める感情が湧いてしまう。
だから殲滅しておけばよかったのだ、と。
旧世代の貴族を粛清して特権階級から引きずり降ろす、と決めたのはバシオンだ。
さすがに皆殺しはやりすぎだと、バシオンはある程度の自重をしていたがやはりそれにも文句は出ていた。
旧世代貴族達、といえば一言で済むがその中には子供や赤子すら含まれる。
ガドラムとて赤子まで手にかけようとは、さすがに思えない。キルディスも何となくそこには触れないように話を進める。
「しかし、大軍や集団の敵襲はそれだけで怖いですね……正直、こちらは今のところ大戦力の運用に耐えられません。後方の混乱もかなりの騒ぎになるでしょうし、攻めの作戦はとても取れませんね……北方軍としては内政に力を注ぐ一択です」
「バシオンとベルリネッタが作っていったあれは? 戦力育成と運用になんか、やったろ? 傭兵制度。あれどうなった? どのくらいの成果が出てんだ?」
減りすぎた戦力の再建に、何とかしなくては、と策を出しあっていたバシオンと参謀長ベルリネッタ。
二人のアイディアで始まったのが傭兵制度である。
今では一応定着しつつある、という状況だ。
「おおむね機能しています。ある程度安全な後方で始め、経験を積んで、場合により前に呼ぶ。問題点はありますが、当初の目的には沿っているかと」
「目的は達成されているって事か?」
ガドラムからのその問いには、キルディスはかなり難しい顔をした。
「……考え方によります。後方でだけ経験を積んでくるのは言い換えれば、ぬるま湯です。
正直、見所のある者とない者の差が激しくて、たまにうんざりします」
「本音は?」
「根性のねえゴミ送ってくんなカス殺すぞ……と、いうところでしょうか?」
キルディスの所見では、同じレベル帯であっても明らかに『強さ』には差ができる。
後方で雑魚狩りを主にしてきた人間と、格上と戦闘し続けて生き残ってきた人間ではやはり違う。
同じようなレベル帯であっても、やはり違うのだ。
タハリ前のアダルギデオンには、もはや狂気一歩前の連中がゴロゴロいた。
レベル云々の前に、少しでも奴等の邪魔をしてやろう、一匹でも多く殺す、死ぬときには道連れに、絶対にただでは死なない、一秒でも時間を稼ぐ、少しでも状況を有利にするために。
そんな連中が兵卒にもたくさん居た。
ただ、殺されるだけの存在から、一矢報いた人間として死ぬために、誰もが意地を通したのがアダルギデオンだ。
レベル5万ほどの兵士からレベル900万を超える連中まで、一人一人が名もない兵卒として、バシオンに執念を託して死んでいった。
それがアダルギデオン。人類最強の戦闘集団。
だと言うのに。
「最近の新人候補どもときたら……」
キルディスは思わずこめかみをひくつかせた。
ぬるすぎるのだ。
自分の基準が、もうおかしくなってるのは自覚するが、欲しい人材への欲は別である。
そんなキルディスに共感するガドラムは一つアイディアを出した。
「いっそ今の北方最前線のアンガロッサとか、ウバーグ戦線にでも放り込むか?」
「いいですねえ! それで数年経って生き残ってたら勝手に筋金入りのテンミリオンオーバーです、選別には最適でしょう!」
二人してあっはっはっ! と爆笑して黙り込む。
出来る訳がないのだ、そんなこと。
「……本当の最前線に耐えられる奴なんてそうはいないだろうな、もう人材は無駄にできない。以前みたいな乱暴すぎる方法はやってられないぞ……生存戦争はある程度落ち着いちまった、今さら人が死にまくる戦役は多分受け入れられない」
「昔とは違いますからね、敵ではありましたが、超越存在達が一部我々の育成や保護の面を……」
「保護とか抜かすな、馬鹿野郎。キルディス。てめえ」
「失礼しました、ガドラム様。
利用と言い換えます……我々を利用して楽しむために育てるような面もありましたから。ましてや誰もが被害を被る恐ろしさの中に居ましたので、ある程度の不満は飲み込まれていたかと。
今はそれがほぼないので、我々自身が全てをやらなくてはいけない難しさが有ります」
「問題は?」
「気構えなんですよね、どこにも逃げる道がなかった昔とは違って今は『後方』が存在します、いざとなれば逃げる先がある、というのは良くも悪くも」
「甘えに繋がるか?」
「昔が良かった、とは言いませんが。
タハリやグラングラナ。テュールゲントを経験した人間からすると、やはりぬるいな、と感じるのは正直なところです。私も偶然生き延びたようなものなので偉そうな顔はできませんが……」
「俺もお前にカダルナ体験してない癖にって散々言ったもんなあー」
「言われましたねえ~」
「……今なら、カダルナにもタハリにも俺が出るだけで多分勝てるんだけどなあ……今だったら」
「……お察しします」
ガドラムとて思うところは一応ある。
自分の事が最優先といえど、次から次に人が死んでいく光景はやはり何も感じない訳はないのだ。
「ところで紫はどうしてる? アルテナに居るんだっけか?」
「覚えておいてくださいよ、紫様は本国に帰られてます、正式にご結婚なされました、今は伽藍国の中枢にあります」
「あの、陰険忍者が結婚して偉いさんかよ!」
「私と同じアサシン系統を極める方なので、そういう言い方はあんまり……」
「やーい陰険陰険」
「ぶち殺すぞ、くそガキ」
ひとしきり物騒にじゃれるとガドラムはまた真面目に戻る。ガドラムにしてみれば雑談に付き合ってくれるのはキルディスしか居ないのだ。
「ベルリネッタは?」
「参謀長は相変わらずです。バシオン様が居なくなった後の中央を統率してます。仕事はしてますが、バシオン様のやり方を少しずつ変えているようです。非効率な部分も多かったので、仕方ないのでしょうが、個人的にはちょっと嫌ですね」
自分達は北方方面軍へと分割され、それを受け入れた側だ。今さら中央に口出しはできない。
「で、東と西方はどうだ?」
「よくありませんね、特に東は。まだ確実に生存圏といえる場所が確定してないところが多いです。不安から人口の偏りが起きてます。
まあ、正直、犠牲を覚悟でちらばっていてくれた方が確認としてはありがたいのですけど……西方のアトレイユ様は積極的に前へ出てるようですが、妙に統率の取れている集団がちらほら見受けられると連絡がありました。西も、前線を抱えているのは同じです」
「お義兄ちゃんが居なくて寂しい、とか抜かしてんだろどうせ」
「アトレイユ様に聞かれたら殺されますよ、自重してください、巻き添えはごめんです」
ガドラムは少し茶を口に含んだ。
だんだん話がきな臭くなる。
「で、仰天のじじいは?」
キルディスはあえて落ち着いて答える。
「……また連絡は不能でした。仰天様は、少し、その、やはり、不可解な動きが……」
「……人類を裏切りそうか?」
「まさか! そこまでは申しません! ……申しませんが……やはり、バシオン様でないと……フィデリアーニ様は前線維持に忙しくあまり接触できないと」
「そっか、しょーがねえよな……」
バシオンがいた頃はギリギリでなんとか形を作っていたものが、今はバラバラだ。
あいつは接着剤くらいの仕事はしてたらしい。
一番強い奴が頭をやる、一番強い奴に従う、だって一番強いから、
そんなシンプルさで回っていた頃が懐かしいとガドラムは首をひねる。
肩が凝って仕方ないのだ。
仰天は、唯一バシオンが頼っている風のあった年上の男である。
バシオンが上になってからは黙って指揮に従う面を見せていたが、バシオンが居なくなってからはアダルギデオン幹部の任をほぼ放棄して東方に籠っている。
いや、任じられたのは東方なのだからいいのだが、何というか、仰天は……。
「ま、なるようにしかなんーねだろ」
頭の痛い問題が続くなあとガドラムは背もたれに体重を預けた。
「アダルギデオンはまだまだ再建中だ、とはいえ、動かない訳にもいかない……紫に頼むか? 東方の戦略偵察を頼むって」
「やるんですか? 変に刺激して戦乱を呼び起こすのはちょっと怖いですね、多分、まだ残ってますよ……億超えの超越存在どもが」
キルディスは乗り気ではないようだ。
ガドラムとてそうだ、自身のレベルが億を超えたといえども、人間と超越存在では元々の基礎スペックが違いすぎる。
強烈な奴がもし向かってきたら、分の悪い相討ち覚悟になるだろう。
下手すりゃ普通に負ける可能性が出てくるのだ。
「やっぱやりたくねえなあ~。自分の縄張り以外は正直どうでもいいんだ。でもバシオンがうるせえからなあ……」
「……仲直りはできませんか?」
「無理だな、お互い分かってるだろう。俺は無理。キルディス、お前だって、言いたいことはあるだろ?」
元々、旧世代の貴族に雇われてバシオンを暗殺しに来たのがキルディスである。
バシオンを殺すよりも、あのクソ貴族やこちらを塵芥の倫としか思ってない超越存在どもに、一矢報いてやる、というのが最高に面白そうだ、と感じて志願した。
それを受け入れてくれたバシオンに感謝はあるが、アダルギデオンの日々は当時のキルディスという女を崖っぷちまで追い込み続けたのも確かなのだ。
「……恩があるのは確かです」
「俺もだ……恨みもたくさんある。でも嫌いって訳じゃねーぞ? 許してないだけだ」
「その言い方はずるいでしょう、私だって嫌いとは言ってません」
二人は笑った。
どんなに最低の体験でも、アダルギデオンは彼らの青春期そのものだった。
アダルギデオン幹部達は結局のところ、バシオンについてきた連中なのだ。
あとすこしで殺すとこ、あとすこしで裏切るところ、
それでもギリギリでついてきた。
一緒に戦った。
その感情の難しさは、言い表すことのできない複雑なモノだ。
「……紫様に便りを出します、東方の戦略偵察を頼めるかどうか」
「そうだな、やるだけやっとくか」
「伽藍の国まではしばらくかかりますから、その間、ガドラム様は内政に集中してください」
「えー、寝れないのお!? マジかよ!」
「寝れる訳ねーだろタコ」
ガドラムもキルディスも分かっている。こんなものは一時の骨休めだ。
起きてほしくない事は絶対に起こるのだ。
多分そう遠くない内に始まるだろう、その時に勝てるかどうかは全く分からない。
生きてられるかも。
だからそれまでは、せめてゆっくりしてる振りだけでもしたいのだ。
だからこんな風に、下らないじゃれ合いを毎日毎日しているのだ。
それと、バシオンには戻って来てもらわなくてもいいが、ヤバそうな奴は始末してくれると嬉しいなあ、と勝手に思ってもいた。
結局のところ、この二人は甘えが抜けないのである。
龍神が出てこようが魔王が出てこようが天帝が出てこようが構いはしない。
こっちには、いざとなれば。
バシオン・イヴァーケスが居る。と。
すごい感想と評価が増えててびっくりです。
あと誤字の報告もいっぱいで我ながら苦笑です
とても嬉しくて感謝感謝です!
感想も評価もありがとうございます!
何回も読んでニヤニヤしてます、厳しいご意見ももちろんちゃんと読んでます。時間を使って読んでくださることに本当に感謝です。
今回の話で少しは現状やアレコレが書けたと思いますが、かなり情報をちりばめたので分かりにくいかも、合わない方が居たらごめんなさい。
改めて、読んでくれてありがとうございます。面倒な作りの作品ですが、ちょっとでも楽しんでもらえれば幸いです。