魔法先生ギルガメッシュ 作:長LAVA
一部本文の修正(2026/09/01)
見知らぬ天井を眺めたまま、しばらく動けなかった。
いや、正確には動けないわけではない。むしろ身体は驚くほど軽く、死ぬ直前には指を少し動かすだけでも億劫だったというのに、今は腕を持ち上げても何の抵抗もなく、軽く手を握れば昔と変わらない力が返ってくる。
皺はなく、痩せ細っていた腕もすっかり元に戻っていた。見覚えのある身体ではあるが、少なくとも126年を生きた老人のものではない。
「…………」
しばらく掌を眺めてから、深く息を吐く。
「……またか」
最初に湧いてきたのは、困惑よりも呆れだった。
一度ならまだ、そういうこともあるのだろうと無理矢理飲み込める。前世で死に、赤子として生まれ直した時は、転生という便利な言葉へ押し込んでしまえば済んだ。
だが今回は違う。
ギルガメッシュとして生まれ、王となり、126年を生き、その生を最後まで終えた。老いて、死を受け入れ、今度こそ終わりだと思って目を閉じた、その次に見えたものが知らない天井である。
「……随分と人の生を軽く扱うものだ」
誰に向けるでもなく零しながら身体を起こす。当然ながら返事など返ってこない。
寝台――いや、ベッドか。
その縁へ腰を掛けて改めて周囲へ目を向けると、随分と小さな部屋だった。天井には見覚えのある照明があり、壁際には机と棚、その向こうにはカーテンの掛かった窓が見える。部屋の隅には小型のテレビまで置かれていて、100年以上も前に置いてきたはずの景色が、何食わぬ顔でそこに並んでいる。
何とも言えない気分になり、懐かしいと呼ぶべきなのか少し迷ってしまった。
電気もテレビも窓ガラスも、机の上に転がっているボールペンも知っている。前世では当たり前にそこにあったものなのに、100年以上も石や粘土板に囲まれて暮らした今となっては、こちらの方へ妙な新鮮さを覚えてしまう。
「……変なものだな」
立ち上がって軽く肩を回してみると、身体に問題がないどころか調子は良すぎるくらいだった。少し力を込めても衰えらしいものは感じられず、どうやら死ぬ遥か前、全盛期に近い身体まで戻っているらしい。
身体だけならそういうこともあるとして、問題は他だ。
意識を向けてみる。
空間に黄金の波紋が浮かび、その奥から馴染み深い財の気配が返ってきた。
「は」
思わず笑いが漏れる。
王の財宝まで何事もなかったようについてきている。
中身を一つ一つ確認する気にはならなかったが、これで十分だった。ウルクで過ごした126年が死に際の長い夢だった、などという馬鹿げた可能性を考えずに済む。
波紋を閉じ、今度は部屋そのものを調べてみることにした。
寝室らしい一室を出ると、短い廊下の先には小さな台所があり、その脇に風呂と便所。決して広くはないものの、一人で暮らすなら困らない程度には揃っている。
おそらくアパートだろう。
少なくとも一晩だけ人を泊めるための場所には見えず、冷蔵庫を開ければ食べ物や飲み物が入り、棚には食器や生活用品まで一通り揃っている。どれも今朝急いで用意しましたという様子ではなく、どう見ても誰かがここで普通に暮らしている部屋だった。
その「誰か」が誰なのかまで考えたところで、何となく先が読めてきた気がする。
「……なるほど」
まだ大したことは分かっていない。
それでも、どうにも嫌な予感だけはする。
冷蔵庫を閉めて寝室へ戻ろうとしたところで、壁に掛かったカレンダーが目に入り、そのまま足が止まった。
2000年。
「これはまた……妙なところへ戻されたものだ」
数字は前世で見慣れたものと同じで、周囲に書かれている文字も日本語だった。知っている時代ではあるが、今の自分からすれば本当に随分と昔の記憶になる。
もっとも、日本語のカレンダーがあるというだけで場所まで決めつける気にはならない。
テレビの電源を入れてみる。
一瞬遅れて画面が明るくなり、聞き覚えのある日本語が部屋へ流れ始めた。番組を適当に変えながら画面の文字やニュースで読み上げられる地名、天気予報まで確認していけば、さすがに疑う余地もなくなってくる。
「日本にまで戻ってくるとはな」
リモコンを持ったまま、少しだけ画面を眺め続けてしまった。
100年以上ぶりに見るテレビだった。
別に感動するようなものではない。前世では当たり前に存在していたし、仕組みだって大体は知っている。
それでも実際に映像が動き、音が流れ、人間が何でもない顔でニュースを読み上げている光景を眺めていると、胸の奥へ妙な感覚が残る。
懐かしい、というだけでは少し足りなかった。
遥か昔に置いてきた場所へ、何の前触れもなく連れ戻されたような気分だった。
「100年以上……長く離れていたものだ」
口にしてみると、今さらその年月の長さが少し可笑しくなってくる。
しばらくしてテレビを消し、次に机へ向かった。
日本の2000年にいるところまでは分かった。なら次に調べるべきなのは、この部屋と自分がどういう関係にあるのかだろう。
机の上には何冊かの本と封筒が置かれ、棚には書類をまとめたファイルまである。
適当に一通手に取り、宛名へ目を通したところで指が止まった。
「……ギルガメッシュ・ウヌグ」
しばらく、その名前を眺めてしまう。
ギルガメッシュまではいい。わざわざ別の名前を付ける方が面倒だったのだろう。
問題は後ろだ。
ウヌグ――ウルクの古い呼び名である。
「…………そこまでやる必要があったか?」
封筒を持ったまま、思わず眉間を押さえた。
妙に凝っている。
適当に外国人らしい姓を付ければ済むところを、わざわざウルクまで拾ってきているのだから、少なくともこちらが何者なのかを知らずに用意した名前ではない。
封筒には住所まで書かれており、さらに机の引き出しを開けると財布が見つかった。
中には現金と各種の身分証が入っている。
順に確認してみれば、写真は今の顔で名前はやはりギルガメッシュ・ウヌグ。外国人として日本で生活するための身分も成立しているらしく、生年月日や住所を含め、少なくとも一目で偽物と分かるような代物ではなかった。
並べているうちに、最初に感じていた呆れが少しずつ別のものへ変わってくる。
気味が悪い。
目を覚ましたら若返っていました、だけならまだいい。良くはないが、そういうこともあるのだろうと諦める余地くらいはある。
だが、こちらが目を覚ますより前から、ギルガメッシュ・ウヌグという人物がこの社会に存在することになっている。
住所も金も身分証も住居も揃っており、最低限生活するだけなら今すぐ外へ出ても何一つ困らない。それどころか、あまりにも綺麗に整いすぎていた。
「……世話焼きというより、準備が良すぎるな」
今度は笑えなかった。
ファイルへ手を伸ばしてみれば、中身はさらに手が込んでいる。
学歴や資格、職歴まで一通り揃い、覚えのない人生が紙の上では綺麗に出来上がっていた。履歴書だけではなく、応募から採用試験、面接に至るまで記録が繋がっているらしく、書類だけを見れば本当にそういう人生を歩んできた人物がいるとしか思えない。
最初は流し読みしていたものの、内容を追ううちに自然と読む速度が落ちていった。
「……徹底しておるな」
ここまで来ると、警戒しながらも少しだけ感心してしまう。
ただ存在することにしたのではなく、現在へ至るまでの過程まで用意している。これほど手間を掛けるくらいなら、いっそ直接説明してくれればいい。その方がよほど簡単だっただろうに。
そんなことを考えながらページを捲っていると、一枚の書類で手が止まった。
勤務先として記されているのは、麻帆良学園。
「…………」
すぐには何も出てこなかった。
ただ、どこかで聞いた覚えがある。その感覚だけが妙に残り、椅子へ座り直してもう一度文字を眺める。
麻帆良学園、日本、2000年。
その辺りを手掛かりに少しずつ記憶を辿っていく。
100年以上も前の話だ。前世で読んだ漫画や見たアニメの内容など、王として生きた年月に比べれば随分と遠い。
それでも引っ掛かった糸を手繰るように記憶を探っているうち、一つの名前が浮かんだ。
ネギ・スプリングフィールド。
「……ああ、あれか」
そこでようやく繋がった。
巨大な学園都市に魔法使い、教師となる少年、吸血鬼、そして魔法世界。
「『ネギま』……随分と懐かしいものが出てきたものよ」
今度は素直にそう思えた。
とはいえ、まだ同名の学校という可能性まで捨てる気にはならない。
そこまで都合良く作品世界へ飛ばされるものか、と考えたところで、既にギルガメッシュとして一度生き直している自分が言うのも妙な話ではあった。
そのまま書類の続きを確認していくと、雇用関係の資料には担当教科として英語と記されている。
一瞬だけ眉が上がったものの、理由を考えればすぐに納得がいった。
「なるほど。英語か」
ウルクで暮らしていた頃に最も馴染み深かった言語を挙げるなら、当然シュメール語になる。
だからといって2000年の日本へ放り込んだ人間に、学校でシュメール語を教えろというのも無理があるだろう。日本の学校で一般的な外国語科目といえば英語なのだから、教師という立場へ押し込むならこれが一番都合がいい。
こちらの事情より、この時代の事情を優先したらしい。
「王の次は英語教師とはな。随分と思い切った転職ではないか」
思わず鼻で笑ってしまう。
ただ、担当を英語にした意図そのものは分かる。
100年以上前の記憶を引っ張り出して授業までやれというのだから、なかなか好き勝手をしてくれるものだとは思うが。
そんなことを考えながら次の書類へ移り、そこで少しだけ表情が変わった。
一般の雇用書類とは明らかに毛色が違う。
記されているのは、魔法先生としての役割だった。
「…………」
今度はすぐに言葉が出なかった。
魔法に関わる生徒や一般人の保護、その存在の秘匿、学園内外で起こる異常への対応。
一通り目を通してから、さっき見た勤務先の名前を思い返す。
麻帆良学園。
そして、魔法先生。
「……ここまで揃えば、さすがにな」
たまたま同じ名前の学校だった、という逃げ道はもう残さなくていいだろう。
椅子の背へ身体を預け、手元の書類をもう一度眺める。
日本の2000年、麻帆良学園の英語教師にして魔法先生。名前はギルガメッシュ・ウヌグ。
改めて並べてみると、どうにも笑えてきた。
「一度目はウルク、二度目は麻帆良とは……本当に節操がない」
しかも今回は赤子からではなく、身体も力もそのまま。住む場所から身分、仕事まで一通り用意され、おまけに妙に凝った姓まで付けられている。
至れり尽くせりと言えばそうなのだろう。
肝心な説明だけは何一つないが。
しばらく天井を眺めてから、もう一度書類へ視線を落とした。
「そこまで手を掛けるなら、手紙の一枚くらい置いておけ」
今度は少し呆れた笑いが混じる。
当然ながら返事はなく、少し待ってみても神が現れるわけでも、どこからか声が聞こえてくるわけでもなかった。
結局、一度目と同じなのだろう。
理由も説明もなく、ただ生きる場所だけが用意されている。
その事実をしばらく噛み締めてから、ようやくファイルを閉じた。
100年以上前なら、ここに何かしらの意味を求めていたかもしれない。
なぜ自分なのか、何のためなのか、誰がこうしたのか――そんな問いに答えを求めて、また延々と考え込んでいた可能性もある。
けれど、その辺りは一度散々考え終えている。
世界を巡り、不死まで手に入れて、それでも答えが出なかった。
なら今さら、また同じところで立ち止まる気にもならない。
「まぁ、よい」
その言葉は、思っていたより自然に出た。
これが何者かの思惑だというのなら、そのうち向こうから何かしてくるだろうし、来ないのならそれでも構わない。少なくとも今ここで、答えの出ないことを延々と考え続けるよりはマシだった。
窓へ近付き、カーテンを開ける。
古代ウルクとは似ても似つかない日本の街並みが、ガラスの向こうに広がっている。
車が走り、人が歩き、その向こうには電線が続いていた。遥か昔に置いてきた景色なのに、遠く感じると同時に妙な懐かしさもあり、しばらく何もせず眺めてしまう。
「100年以上を経て、また現代とはな」
また一から人生を始める羽目になったことには思うところもある。
それでも、悪くはない気がしてきた。
今度は王ではなく教師、それもよりによって魔法使いが集まる学園である。
机の上に置いた麻帆良学園の書類へ目を向け、これから何が待っているのかを少しだけ考えてみる。
前世で知っていた通りに進むのか、それとも自分が混ざったことでまた別のものになるのか。
「さて……今度は、どのような生になることやら」
少なくとも、退屈だけはしなさそうだった。