魔法先生ギルガメッシュ 作:長LAVA
オリジナル設定を少しづつ出していきます。
あとなんかランキング上位に来てるみたいですね、UAが跳ね上がっててビビりました。
皆さんやはりネギま好きなんすね〜
赴任から数日が過ぎた夕方。
最後の授業を終えて職員室へ戻る頃には、生徒の姿も随分と減っていた。部活動へ向かう者や教室へ残って話し込んでいる者はいるものの、大半は既に校門の方へ流れている。
普段なら教材を片付け、そのまま宿舎へ戻るところだが、今日は机の上の当直表に別の予定が記されていた。
魔法先生として初めての夜間勤務。
夕方から翌朝まで複数人で夜の学園へ残り、結界の監視と定時巡回を行うことになっている。当直明けに授業を入れないよう予定も組まれており、引き継ぎさえ終わればそのまま帰って構わないらしい。
今日の分の教材を棚へ戻し、肩へ掛けていた背広を軽く整える。
「ウヌグ先生、当直室の場所は分かっていますよね」
少し離れた机で書類を纏めていたタカミチが、こちらへ顔を向けた。
「昨日確認した。迷う理由はない」
「そうでしたね。僕ももう少ししたら行きますから、先に入っていてください」
「うむ」
職員室を出て、昼間とは比べものにならないほど静かになった廊下を歩く。
窓の向こうでは夕日が校舎の影を長く伸ばし、遠くからは運動部の掛け声が聞こえていた。昼の賑やかさが完全に消えたわけではないが、学校全体が少しずつ夜の顔へ変わり始めている。
指定された部屋の扉を開けると、既に二人の男が待っていた。
一人は眼鏡を掛けた黒人の男で、机に広げた当直記録へ目を通している。上着の下には拳銃とナイフが収まり、右手で前者、左手で後者を扱う戦闘の癖まで隠しようもなく見えていた。
ガンドルフィーニ。
魔法使いの定石へ拘ることなく、使える道具を現代兵器まで含めて組み上げた実戦型。融通の利かないところはあるが、それ以上に責任感が強く、任せた仕事を途中で投げるような男ではない。
もう一人は小太りで目の細い男だった。
弐集院光。
電子精霊の扱いに長け、正面から殴り合うよりも情報収集や術式の補助へ適性がある。穏やかな顔をしているが、頭の回転も遅くない。
どちらも学園を守る側の人間であることに疑いはなかった。
「お疲れ様です。ウヌグ先生ですね」
先に声を掛けてきたのは弐集院だった。
「弐集院光です。職員室では何度かお見掛けしましたが、きちんと話すのは初めてですね」
「ガンドルフィーニです。本日はよろしくお願いします」
「ギルガメッシュ・ウヌグだ。よろしく頼む」
正面から名乗ると、ガンドルフィーニの視線が肩へ掛けた背広へ一度だけ向いた。
何か言いたそうではあったが、初対面で服装から入るのは控えたらしい。
部屋の中は、思っていた以上に普通だった。
幾つかの机と椅子、壁際には仮眠用の寝台が並び、奥には湯を沸かすための設備と小さな流し台がある。連絡用の電話や当直記録も一般の学校にありそうなものだが、その一角にだけ学園を覆う結界の状態を確認する術式が組み込まれていた。
「随分と普通だな」
近くの椅子へ腰を下ろす。
「一晩過ごす場所ですからね。秘密基地みたいになっていても、落ち着かないでしょう」
弐集院が持ち込んだ鞄から菓子の袋を取り出し、机の上へ並べ始める。
「夜は長いので、少し多めに持ってきました。よければどうぞ」
「準備がよいな」
「弐集院先生は、当直の度に食べ物だけは充実しているんです」
ガンドルフィーニが記録から顔を上げずに言うと、弐集院は悪びれもせず笑った。
「何も起きなければ、食べるくらいしかすることがありませんから」
「よい心掛けだ」
「ウヌグ先生まで肯定しないでください」
ガンドルフィーニが僅かに眉を寄せたところで、扉が開いた。
「皆さん、揃ってますね」
タカミチが入ってくる。
手には今日の巡回経路と当直の担当を纏めた紙があり、全員へ一枚ずつ配ってから、自分も空いている席へ腰を下ろした。
「ウヌグ先生は初めてなので、流れだけ確認しておきます。基本はここで待機。警戒結界へ反応が出た場合は当直室で位置と内容を確認して、必要な人数で現場へ向かいます。定時巡回は二人一組で、最初が僕とウヌグ先生、その次がガンドルフィーニ先生と弐集院先生です」
「その後は組み合わせを替えて、朝までに何度か回ります。特に異常がなければ、当直記録へそのまま記入して引き継ぐだけです」
ガンドルフィーニが続け、紙に記された時刻を指で示す。
一晩中立って警戒するわけではなく、巡回と待機、仮眠を交代で行う。警戒を緩めなければ、待機中に本を読もうがテレビを見ようが構わないらしい。
「つまり、何も起こらなければ座っているだけか」
「そうなります」
ガンドルフィーニが真面目な顔で頷いた。
「随分と楽な仕事だな」
「何も起きないのが一番ですから。暇だった、で終わるなら、それが当直としては最良でしょう」
「それはそうだ」
異常が起きなかったことを成果として扱う仕事らしい。
戦果を求める必要もなければ、何かを倒さなければ役目を果たしたことにならないわけでもない。守る側の仕事としては、至極真っ当だった。
暫く当直記録と巡回経路を確認しているうちに、最初の巡回時刻が近付いてきた。
「では、行きましょうか」
立ち上がったタカミチに続き、当直室を出る。
◆
日が沈み始めた校舎は、生徒がいる時間よりも広く感じられた。
廊下を歩く音が遠くまで響き、教室の窓には夕暮れの光だけが残っている。幾つかの部活動はまだ続いているものの、この辺りまで声が届くことはなかった。
タカミチは歩きながら、巡回時に確認する場所や、結界へ反応があった場合の連絡順を説明していく。
「学園を覆う結界自体は幾重にも張られています。ただ、反応が出たからといって必ずしも敵とは限りません。魔法生徒が許可された範囲で術を使ったり、外から来た魔法使いが手続きを忘れて引っ掛かったりすることもあります」
「構造と状態は見えている。今のところ、どこにも異常はない」
「ああ、やっぱり分かるんですね」
「術式そのものはな。だが、誰がどこを使い、反応ごとにどう処理するかは、この学園にいる者から聞いた方が早い。続けろ」
一度目を向けるだけで、学園へ張り巡らされた術式の大半は把握できる。
だからといって、土地の運用まで何も聞かずに動けばいいわけではない。結界の向こうに学生寮があるのか、研究施設があるのか、それとも一般人も出入りする区画なのか。何を優先して守り、誰へ連絡を回すかは、仕組みだけ見ても分からない部分だった。
タカミチは少し意外そうにした後、穏やかに笑う。
「了解しました。術式を見ただけで全部分かったから説明はいらない、と言われるかと思いましたよ」
「必要のない説明は要らんが、必要な話まで聞かぬほど愚かではない」
「それなら安心です。魔法の腕が立つ人ほど、現場の決まりを軽く見ることもありますから」
「意味がある規則なら守る。意味がなくなったのなら、その時に変えればよい」
「学園長とも話が合いそうですね」
「あの狸爺と一緒にするな」
即座に返すと、タカミチが小さく笑った。
巡回自体は何事もなく進んだ。
校舎の出入口、結界の要所、外周へ繋がる道を一通り回る。途中で部活動を終えた生徒と擦れ違い、こちらの姿を見た女子生徒が足を止めかけたものの、タカミチも一緒にいることへ気付くと、慌てて挨拶をして走り去っていった。
「当直中まで人気ですね」
「入学式で顔と名が広まったのだ。加えて、この見目と立ち姿なら目を引くのも当然であろう」
タカミチが一度こちらを見た。
「……ご自分で分かっているんですね」
「己が他人からどう見えるかも分からぬほど愚かではない」
容姿に恵まれていることも、立っているだけで人の意識を引き寄せることも、生前から嫌というほど知っている。彼女たちが何に惹かれ、どうして歓声を上げるのかまで、考える必要もなく見えていた。
不可解なのは理由ではない。
「ただ、顔を合わせる度に同じ熱量で騒げるのは大したものだな」
「まだ赴任して数日ですから。生徒たちにとっては、毎日新しい話題なんですよ」
「ならば暫くは続くか。授業の妨げにならぬ範囲なら、好きにさせておけばよいか」
「そのうち少しは落ち着くと思いますよ」
「それはそれで静かになりすぎて、物足りなく感じるかもしれんな」
「もう気に入り始めてるじゃないですか」
「さてな」
少し笑って先へ進む。
最後の確認場所まで回り、当直室へ戻った。
異常はない。
初回の巡回は、それだけで終わった。
◆
当直室へ戻ると、弐集院が湯を沸かしていた。
ガンドルフィーニは先ほどの当直記録へ時刻を書き込み、異常なしの欄に印を付ける。
「お疲れ様でした。お茶でよければ入りますよ」
「貰おう」
背広を椅子の背へ掛け、空いた席へ腰を下ろす。
目の前へ茶が置かれ、弐集院が持ち込んだ菓子も机の中央へ寄せられた。袋を一つ開けて口へ運んでみると、特別上等というほどではないが、茶請けとしては悪くない。
「そういえばウヌグ先生、女子中等部ではもう相当有名らしいですね」
弐集院が自分の分を摘まみながら、楽しそうに目を細める。
「今日、別の校舎へ行った時まで名前を聞きましたよ。金髪の新しい英語教師が来たって」
「見目で騒がれるのは分かるが、別の校舎へ授業の評判まで届くには早すぎるだろう」
「麻帆良の生徒は、そういう話が大好きですからね。しかも入学式であれだけ騒ぎになれば、広まらない方が無理でしょう」
タカミチが茶へ息を吹き掛けながら話へ加わった。
「授業を受けた生徒からも評判はいいみたいですよ。見た目ほど怖くなくて、思ったより話しやすい先生だったって」
「思ったより、とは何だ」
「式で見た時は、近寄り難そうに感じたんでしょう」
ガンドルフィーニがこちらの服装へ目を向ける。
白いシャツに金の装飾、先ほどまで肩へ掛けていた黒い背広。加えて立ち居振る舞いまで含めれば、一般的な学校教師の印象から離れていることくらいは自覚している。
「その格好で堂々と歩いていれば、そう見られても不思議ではありません。授業を受けてみれば、失敗を咎めるわけでもなく、質問にもきちんと答える。そこで印象が変わった、ということでしょう」
「なるほど。見目に惹かれ、次は中身を勝手に品評しておるわけか」
「人の噂なんて、そんなものですよ」
弐集院が声を立てて笑う。
「まあよい。顔だけ見て騒がれるより、授業を受けた上で評価される方が幾分ましだ」
「ずいぶん冷静ですね」
「事実を謙遜で曲げる趣味はない。目立つものは目立つし、評判が良いなら悪いことでもなかろう」
茶を一口飲む。
タカミチは苦笑し、ガンドルフィーニも今度は僅かに口元を緩めていた。
「生徒からの評判がいいのは結構ですが、今日は魔法先生としての顔合わせでもあります。実際に現場で組む前に、戦い方だけは確認しておきたいですね」
「我のか」
「ええ。私は拳銃とナイフを中心に動きます。接近もしますが、基本的には味方の射線や位置を見ながら戦うので、前衛か後衛かだけでも分かっていた方がいい」
説明しながら、自分の上着を軽く叩く。
魔法使いでありながら拳銃とナイフを使うことに、本人なりの拘りがあるわけではないらしい。必要だから使い、実戦で結果を出せるから続けている。
「近かろうが遠かろうが、どちらでも構わん」
「両方できる、と」
「そう言っておる」
「使用する術式や武器によっても配置は変わります。杖らしいものも見当たりませんが、装備はどこに?」
ガンドルフィーニの視線がこちらの腰や背へ移る。
確かに、外から見える武器は何も持っていない。
「ここだ」
片手を上げ、空中へ意識を向ける。
黄金の波紋が一つだけ開いた。
当直室の空気が僅かに張る。
ガンドルフィーニは反射的に手を動かしかけ、弐集院も細かった目を少しだけ開いた。タカミチだけは何が出てくるのか待つように、こちらと波紋を交互に見ている。
その奥へ手を伸ばし、小さな箱を取り出した。
「…………」
三人の視線が箱へ集まる。
包みを開け、中に入っていた焼き菓子を一つ摘まんで口へ入れた。
暫く誰も何も言わなかった。
「……今のは?」
最初に口を開いたガンドルフィーニへ、箱の中身を見せる。
「菓子だが」
「そちらのことではなく」
「では何を聞いておる」
「戦闘時の装備の話です」
「話しているうちに、もう少し食いたくなったのでな」
もう一つ口へ放り込む。
タカミチが片手で口元を隠したものの、肩が僅かに揺れていた。
「ウヌグ先生、わざとですよね」
「何のことだ?」
真顔で返すと、今度は弐集院が堪え切れずに吹き出した。
「随分便利な魔法ですね。今の波紋の向こうが、専用の収納空間になっているんですか?」
弐集院はまだ残っている黄金の波紋へ目を凝らしている。
「発動のための詠唱もありませんでしたし、術式の起点も分かりませんでした。空間を拡張しているというより、別に確保した領域へ直接繋いでいる感じでしょうか」
「そのように見えるなら、好きに解釈せよ」
訂正する義理もない。
実際、王の財宝から物を取り出しているという一点だけ見れば、見当外れとも言い切れなかった。
「では、武器もそこへ入れているんですね」
ガンドルフィーニが確認するように言う。
「必要なものはな」
「量はどの程度です」
「現場で足りぬことはない」
答えになっていないと言いたそうな顔をされたが、それ以上話す気はなかった。
王の財宝へ何が収められているのか、どれほどの数があるのか、初対面に近い相手へ説明してやる理由もない。共同で動く時に必要なのは、こちらがどの位置で何をこなせるかまでだ。
「近接も遠距離も可能。前へ出る者が足りなければ我が出るし、後ろから攻撃を通す必要があるならそうする。複数を同時に相手取ることも問題ない。これで足りるか」
「……ひとまずは」
「何でも出来る人間が、一番配置に困るんですよね」
「ならば空いている場所へ置け。どこへ回されようと穴は開けん」
ガンドルフィーニは暫くこちらを見た後、諦めたように息を吐いた。
「自信だけは十分伝わりました。後は実際の現場で確認します」
「好きにせよ」
焼き菓子の箱を机の中央へ置く。
「貴様らも食え。弐集院の菓子だけでは朝まで保たんだろう」
「僕の持ってきた量でも十分多いと思うんですが」
「種類は多い方がよい」
弐集院は遠慮なく手を伸ばし、タカミチも礼を言って一つ取る。ガンドルフィーニは少し迷っていたものの、最後には箱から一つ摘まんだ。
「保存状態まで維持されているんですか。焼いたばかりに近いですね」
「物を腐らせるような保管をするわけがなかろう」
「相当高度な空間収納ですね……」
弐集院が感心したように頷く。
勘違いは順調に深まっているらしい。
わざわざ止める必要もなかった。
◆
戦い方の話は、そのまま他の三人へ移っていった。
ガンドルフィーニは先ほど話した通り、拳銃とナイフを軸に戦う。
「魔法使いらしくない、と言われることはありますが、現場で役に立つなら形式へ拘る意味もないでしょう」
「当然だ。使えるものを使わず、型のために死ぬ方が愚かであろう」
即座に返すと、ガンドルフィーニの表情が僅かに和らいだ。
「嬉しい評価ですね」
「魔法使いだから杖だけを持てなど、誰が決めた。銃が通じる相手なら撃てばよいし、通じぬなら別のものを使えばよい。それだけの話だ」
「僕は電子精霊が中心ですね」
弐集院が指先を軽く上げると、小さな光がその周囲へ集まり、形を作っていく。
情報収集や術式の補助、結界の確認まで幅広く使えるという。正面戦闘だけを見れば派手さはないものの、大人数で動く時ほど価値が増す能力だった。
「直接戦うより、裏で色々動かしている方が性に合っていまして」
「よいではないか。全員が前へ出れば、後ろが空になるだけだ」
「ありがとうございます。あとは始動キーが少し独特なくらいですかね」
そこでガンドルフィーニが嫌そうに顔を上げた。
「自分から言うんですか」
「隠すようなことでもありませんし」
「何だ」
少し興味が湧いて弐集院を見る。
本人は咳払いを一つ挟み、妙に堂々とした顔で口にした。
「ニクマン・ピザマン・フカヒレマン、です」
「…………」
当直室が静かになる。
タカミチは既に知っているらしく、困ったような笑顔を浮かべていた。ガンドルフィーニは額へ手を当て、弐集院だけが反応を待っている。
暫く考えてから、深く頷いた。
「よいな」
「良くありませんよ」
ガンドルフィーニが即座に否定した。
「何故だ。覚えやすいではないか」
「魔法の始動キーですよ。もう少し威厳のある言葉を選ぶべきでしょう」
「戦場で咄嗟に出てこぬ言葉より、腹が減っていても思い出せる方が実用的だ。堂々と使え」
「ウヌグ先生、そちらを後押ししないでください」
「いやあ、分かってくれる人がいて嬉しいですね」
弐集院が満面の笑みを浮かべる。
その顔を見ているうち、少し悪戯心が湧いた。
黄金の波紋を開き、今度は湯気の立つ肉まんを一つ取り出す。そのまま弐集院の前へ置いた。
「呼んだのであろう。受け取れ」
「おお、本当に肉まんが出てきた」
「始動キーで食べ物を召喚する魔法ではありません」
ガンドルフィーニの声に疲労が混じり始める。
弐集院は気にせず肉まんを手に取り、半分に割って湯気を逃がした。
「まだ温かいですね。これ、本当に便利だなあ」
「やはり温度まで保存できるんですね」
タカミチまで収納魔法という前提で話している。
「ピザとフカヒレもあるんですか?」
「あるが、今出す必要はなかろう」
「あるんですね……」
弐集院の視線が黄金の波紋へ向いた。
「次の当直もウヌグ先生と一緒だと助かりますね」
「当直を食事会にするつもりですか」
「ガンドルフィーニ先生も、さっきから結構食べているじゃないですか」
指摘され、焼き菓子へ伸ばしかけていたガンドルフィーニの手が止まった。
「これは話を聞きながら摘まんでいただけです」
「同じことですよ」
「仲がよいのだな、貴様ら」
「そう見えますか?」
「少なくとも、嫌っている相手にここまで遠慮なく絡みはせんだろう」
ガンドルフィーニは否定しなかった。
口では呆れていても、弐集院の言動そのものを本気で嫌っているわけではないらしい。
少しして話題が食べ物へ移り、麻帆良で夜遅くまで開いている店や、昼休みに混みづらい店の話が始まる。弐集院は食堂棟の中でも特定の店を妙に推し、ガンドルフィーニが「またそこですか」と口を挟む。タカミチも何軒か屋台を挙げ、先日入った店以外にも試す価値がありそうな場所を教えてくれた。
「そういえばウヌグ先生、初授業でビールが好きだと言ったそうですね」
弐集院が肉まんを食べ終えたところで、唐突に話を振ってくる。
「自己紹介の例に使っただけだ」
「よりによって最初の例文へ酒を選ぶ教師も珍しいですよ」
タカミチが苦笑する。
「好きなものを言えと生徒へ命じた以上、我も好きなものを言ったまでだ。嘘を教えるよりよかろう」
「筋は通っていますけどね」
「当直中に飲むつもりでなければ、私から言うことはありません」
ガンドルフィーニが念を押すように続けた。
「飲むわけがなかろう。仕事中に酒を入れなければならんほど節度を失ってはおらん」
「ガンドルフィーニ先生は酒に弱いから、余計に気になるんですよ」
弐集院が何気なく付け足す。
その一言に、自然と顔がガンドルフィーニへ向いた。
「ほう」
思わず口元が上がる。
「弱いのか?」
「その楽しそうな顔をやめてください!」
「我は事実を確認しただけだが」
「これから何かする人の顔ですよ、それは」
「失礼な男だな。無理に飲ませるほど無粋ではない」
安心させるように言ってから、少し間を置く。
「どの程度で赤くなるか、試してみたいとは思うが」
「同じことです」
ガンドルフィーニが即座に返し、タカミチは顔を背けて笑いを堪えた。弐集院は隠す気もなく笑っている。
「今後、ウヌグ先生と飲みに行く時は、ガンドルフィーニ先生だけ席を離した方がよさそうですね」
「余計な配慮はいりません。そもそも私は行きませんから」
「そう言う者ほど、周囲に押されて来るものだ」
「絶対に行きません」
「覚えておこう」
「何をですか」
「貴様がそこまで言ったことをだ」
わざとらしく笑ってやると、ガンドルフィーニは露骨に警戒した顔になった。
少し弄るだけで反応が分かりやすい。
堅物ではあるが、思っていたより付き合いやすい男かもしれなかった。
◆
話題はいつの間にか家庭のことへ移っていた。
きっかけは弐集院が財布から落とした一枚の写真だった。
「娘か」
「ええ。最近は人形ばかり増やしていましてね。片付けても片付けても、いつの間にか部屋中に並んでいるんですよ」
写真を拾って返すと、弐集院は嬉しそうに受け取り、聞かれてもいないのに娘の話を続け始める。
ガンドルフィーニも最初は黙って聞いていたが、やがて自分の娘が最近覚えたことや、妻との日常について話へ加わっていった。
二人とも、娘の話になると明らかに口数が増える。
「先ほどまでより随分と饒舌だな」
「親なんて、そんなものですよ」
弐集院は悪びれず答えた。
「ガンドルフィーニ先生も、普段は堅い顔をしているのに家では随分違うらしいです」
「あなたも人のことは言えないでしょう」
「我から見れば、どちらも同じだ」
そう告げると、二人は顔を見合わせた後、揃って苦笑した。
「ウヌグ先生は、ご家族はいないんですか」
「今はおらんな」
答えだけを返し、茶へ口を付ける。
かつての生を詳しく話すつもりはない。
二人も雑談の中で聞いただけらしく、それ以上踏み込んでくることはなかった。
「タカミチ先生も、こういう話はあまりしませんね」
弐集院が今度は隣へ話を振る。
「僕には、二人みたいな娘自慢はありませんから」
「ならば聞き役へ回れ。こやつらは放っておいても朝まで話すぞ」
「それは困りますね。巡回を忘れないようにしないと」
「忘れませんよ」
ガンドルフィーニが時計を見る。
次の巡回時刻が近付いていた。
今度は俺とガンドルフィーニの組み合わせらしい。
背広を肩へ戻して立ち上がると、弐集院が未だ残っている幾つかの肉まんを見ながら口を開いた。
「戻るまで取っておきますね」
「好きに食え。欲しければまた出す」
「本当に当直向きの魔法ですね」
やはり収納魔法だと思っている。
その方が説明を求められず都合がよかった。
◆
夜の校舎を、ガンドルフィーニと並んで歩く。
最初の巡回よりさらに人影は減り、窓の外には部活動を終えた学生たちが遠くを歩いているだけだった。校内には俺たちの足音が規則的に響いている。
「先ほどは曖昧な聞き方になりましたが、一つだけはっきりさせておきたいことがあります」
ガンドルフィーニが前を向いたまま言う。
「申せ」
「あなたがどれほど強いとしても、現場では味方がいます。あの収納空間から遠距離用の武器を出す場合、周囲を巻き込む心配はありませんか」
真面目な男だ。
こちらの力を疑うというより、共に戦う者として確認すべきことを確認している。
「射線を誤るほど耄碌しておらん。味方がいるなら、味方を避けて撃つ。それだけだ」
「複数の相手に囲まれた場合も?」
「貴様らが邪魔にならぬ位置へ動けばよい。動けぬなら、そのままでも当てん」
少し強く言いすぎたかと思ったが、ガンドルフィーニは怒ることなく、こちらの横顔を確かめるように見た。
「随分な自信ですね」
「出来ぬことを出来るとは言わん。出来るから言っておる」
「……分かりました。少なくとも、味方の位置を考えず火力を振り回す人ではない。それだけ確認できれば十分です」
「初めからそう言っておろう」
「あなたの説明は、結論だけで過程が足りないんですよ」
「結果が分かればよかろう」
「共同作業では、相手にも分かるよう説明してください」
昼間の生徒へなら、教える側として分かるよう話せと言うところだ。
自分が同じことを指摘されるとは思わなかった。
「……一理あるな」
素直に認めると、ガンドルフィーニが僅かに目を見開く。
「もっと反論されるかと思いました」
「正しいものを正しいと言って何が悪い。次から必要な範囲は話してやる」
「助かります」
「ただし、我の財の全てを説明する気はないぞ」
「そこまでは求めていません。あの空間に何が入っているのかは気になりますが」
「菓子と肉まんは見ただろう」
「それ以外です」
「さてな」
少し笑って流す。
ガンドルフィーニも今度は追及せず、巡回経路へ視線を戻した。
結界に異常はない。
校舎へ入り込んだ者もおらず、許可されていない魔法の痕跡も見当たらない。何も起きないまま最後の確認場所へ辿り着き、そのまま当直室へ戻った。
◆
日付が変わる頃には、当直室の空気もかなり緩んでいた。
巡回の合間に弐集院が仮眠へ入り、暫くしてガンドルフィーニも寝台へ横になる。起きているのは俺とタカミチだけで、部屋の隅にあるテレビが音量を絞って流れていた。
警戒を怠っているわけではない。
結界は正常に働いており、学園内で何かが起こればすぐ分かる。俺自身、この距離で見落とすようなものもない。
湯を入れ直した茶を飲みながら、画面の中で流れている深夜番組を眺める。
「初めての当直が、随分退屈な夜になりましたね」
タカミチが小さな声で言う。
「平和とは本来、退屈なものだろう」
「それを嫌がる人もいますよ」
「退屈だからと騒ぎを求めるのは、平和を知らぬ愚か者か、平和しか知らぬ愚か者だ。何も起こらぬなら、それでよい」
自分で口にしてから、窓の外へ視線を向ける。
校舎の向こうには街灯が並び、時折、遠くを走る路面電車の音が聞こえていた。結界の外まで見渡しても、夜の静けさに隠れてこちらを窺うものはいない。
本当に、何もない。
かつては夜が静かでも、その向こうに次の襲撃が待っていた。眠っている間に戦線が崩れないか、どこへ兵を回し、朝までに何を補わなければならないかを考え続けていたものだ。
今夜は違う。
静かなのは、ただ平和だからだった。
「……贅沢なものだな」
「何がです」
「何も起こらぬ夜だ。見張るだけで朝を迎えられる」
タカミチは少しだけこちらを見たものの、理由を聞こうとはしなかった。
「そうですね。僕も、こういう夜の方が好きですよ」
「ならば貴様も随分と苦労してきたらしいな」
「まあ、それなりには」
互いに詳しく話すことはない。
記憶を辿れば、タカミチが何を経験してきたかは分かる。戦争の中で拾われ、赤き翼と共に戦い、その後も危険な仕事へ自ら足を運んでいる。
だが、本人が口にしないことを、こちらから並べ立てる趣味はなかった。
テレビへ視線を戻す。
暫くすると弐集院が目を覚まし、入れ替わるようにタカミチが仮眠へ入った。起きてきた弐集院は机に残っていた菓子を確認し、減り具合を見て少し残念そうな顔をする。
「もっと持ってくればよかったですね」
「まだ食うのか」
「夜中って、妙にお腹が空きませんか」
「分からんでもない」
黄金の波紋を一つ開く。
弐集院の顔が明るくなった。
「何がいい」
「では、甘いものを少し」
「図々しくなったな」
「出してくださるんでしょう?」
「気が向けばな」
そう言いながら、適当な焼き菓子を一箱取り出して机へ置く。
弐集院が礼を言い、早速包みを開け始めた。
「本当に何でも出てきますね」
「何でも、とは言っておらん」
「少なくとも食べ物には困らなさそうです」
「我が困るような蔵であるものか」
口にした途端、弐集院が納得したように頷く。
「蔵。やっぱり、専用の異空間倉庫なんですね」
「さて、どうだろうな」
否定も肯定もせず、テレビへ視線を向けた。
この認識なら、いざ実戦で武器を取り出しても、それほど不自然には思わないだろう。
中にどれほど入っているかまでは、その時に勝手に驚けばよい。
◆
明け方前、最後の巡回も何事もなく終わった。
空はまだ暗いものの、東側だけが僅かに白み始めている。夜の間に冷えた空気が廊下へ入り込み、開いた窓の近くを通ると少しだけ肌寒かった。
当直室へ戻り、ガンドルフィーニが記録の最後へ時刻を書き込む。
異常なし。
一晩掛けて行った仕事の結果が、その短い一文へ収まっていた。
「初回が平穏に終わって何よりです」
「よい結果ではないか」
「ええ。毎回こうなら助かるんですが」
ガンドルフィーニが記録を閉じる横で、弐集院は机に残った菓子の包みを纏めている。
「異常はありませんでしたが、お菓子は随分減りましたね」
「それは報告書へ書かなくていいですからね」
タカミチが苦笑しながら止める。
「肉まんが一つ召喚された、とか」
「召喚ではない」
「収納空間から取り出した、でしたね」
訂正するのも面倒になり、そのまま放っておく。
朝の担当者へ必要な引き継ぎを済ませ、当直室を出る頃には、窓の向こうがすっかり明るくなっていた。
「それでは皆さん、お疲れ様でした」
タカミチが軽く手を上げる。
「また次の当直で」
「次も食べ物を期待しています」
「当直へ何をしに来るつもりだ、貴様は」
弐集院へ呆れた視線を向けながらも、口元には少し笑いが残る。
ガンドルフィーニは最後まで真面目に記録を確認し、戸締まりを済ませてから部屋を出てきた。
「ウヌグ先生。酒の件は忘れてください」
「何の話だ?」
「覚えている顔でしょう、それは」
「さてな」
軽く笑って先に歩き出す。
授業へ向かう生徒が現れるにはまだ早く、朝の麻帆良は昨夜と同じくらい静かだった。店の明かりもほとんどついておらず、通りを歩くのは新聞や荷物を運ぶ者くらいである。
魔法先生として初めての当直は、結局何も起きなかった。
敵を倒したわけでもなく、誰かを救ったわけでもない。ただ夜中に校舎を歩き、男4人で菓子を食いながら無駄話をして、学園が無事であることを確認しただけだ。
それで十分だった。
「さて、帰って寝るか」
誰に聞かせるでもなく零し、朝日に照らされ始めた宿舎への道を歩いていった。
転生ギルガメッシュ時代のウルク
本作のウルクは、原典よりかなり難易度が高め。
周辺に長期間消えない大規模な魔力溜まりが存在しており、その影響で魔獣が大量発生。規模感としては『絶対魔獣戦線バビロニア』に近く、ギルガメッシュ自身も政務だけでなく頻繁に前線へ出ていたため、原典より戦闘経験がかなり多い。
時期によってはほぼ常時過労状態で、一度本当に過労死して冥界へ落ちたことまである。
ただし最終的には魔獣災害を収束させ、ウルクを平時まで立て直してから生涯を終えている。
仕事量への耐性と、「何も起きない平和な時間」を好む性格は大体この頃のせい。