疑問は、ある。
生物というものは、それぞれに適した魔力濃度の中でなければ生きられない。
母なる女王が天まで届く森の向こう側からこちらへ渡ってこられないように、森のこちら側に生きるあらゆる生物が向こうへ渡ることができないように、生きる者にとって魔力とは命の恵みであると同時に死を齎す猛毒なのだ。
死を忌避する本能は必ず弱き者たちにもそれを警告する。
弱き者であるからこそ、それは強くソレらを押し留める。
それが自然のあるべき姿。
故に、理解できぬ側面もある。
だが己の居城を目指して前進を続けるというのであれば、ただただ成り行きを見守り続けるのみ。
ソレらが結晶の庭園を踏み越えるのであればそれもまた良し。それは弱き者たちが生きるための進化を果たしたことを証明し、また彼女にとって学びの糧となることを期待できる。
あるいは。
あるいは、己に挑んできたというのは単なる勘違い、思い込みである可能性も考えた。
この谷底を彩る結晶の庭園は素晴らしき星の恵みであるが、それは別に己が育てたモノではない。
眷属の巣から役目を終えた蜜を糧として持ち帰るように、結晶の花々も糧として持ち帰るのかもしれない。
道理ではある。
戦わぬ眷属たちは結晶の庭園から溢れる魔力から幼体のエサとなる蜜を錬成するのだから、我らの蜜を糧とする────幼体の食残しではあるのだが────のであれば、弱き者たちも生きるための進化として蜜を作ろうと試しているのかもしれないのだ。
「吾輩は人類の先駆け、吾輩は人類の先駆け、吾輩は人類の先駆けである、先駆けである、先駆けであるぅッ!!!! 進めッ!! 前進せよ突撃せよ殲滅せよ攻撃せよ滅殺せよ進め進め進め進めッ!!!! はははははッ!! 素晴らしい、身体の内側からッ! いいや魂の奥底から炎が噴き出すかのようだッ!! 羽虫如きに我ら最強の、パンタシアの精鋭たちが負けるはずがないッ!! 進めぇぇぇぇッ!!!!」
弱き者の一匹が賑やかな音を奏でる。
弱き者たちがそれに合わせ前に出る。
やはり。
やなり。
なるほど、やはり。弱き者たちは結晶の花々を糧とすることにしたのだろう。
その小さな身体に際限なく魔力が流れ込んでいるのが、配下の騎士を通してもハッキリとわかる。
弱き者たちは全身に魔力の鼓動が満ち渡る喜びを知り、我らの監視など気にならぬほど夢中になっているのだ。
なんとも。
なんとも可愛らしい姿ではないか。
幼き同胞たちが甘く柔らかで芳醇な蜜を早く早くと強請るように、弱き者たちは大地の恵みを欲している。生物としてなにも間違った行動ではない。むしろ女王たるを目指す者として、下々の食事の邪魔をしてしまったことを悔い改めねばならぬのかもしれない。
善き哉、善き哉。
ならば静かに見守ろう。
弱き者たちの晩餐を妨げる理由など無いのだから。
「前進……? いや、どうして……私たちは、インセクトを滅ぼすために、そうだ前進を……違う、違う! なにかがおかしい! コアから異常な音が……いや、そもそもこんな出力など……ッ!」
「隊長ッ!! 進みましょうッ!! 前進ですッ!! 命令ですッ!! 戦闘命令ですッ!!」
「インセクトどもを駆逐しまょうッ!! 残らず、一匹すらもッ!! 私たちは戦士なのですッ!!」
「待てッ!! 落ち着けッ!! くそッ、どうなっているんだッ?! こんな狂ったような……そうだッ! 傭兵どもッ! 連中なら、生きるための嗅覚と判断は────ヒィッ?!?!」
おや? とも。
はて? とも。
彼女はその光景を眺めながら弱き者たちの変化について考えていた。
ソレらはすっかり周囲の魔力を取り込んでいた。いや、いまも満ちあふれる魔力の滋味を全身に浴びて歓喜に打ち震えているように視える。
なのに。
だというのに。
結晶の庭園に踏み入ったソレらから順番に、全身が蕾のように膨れ上がり、開花するかのようにゆっくりと咲き始め、生命の鼓動たる魔力が煌々と立ち昇り、残された肉の器はそのまま結晶化してしまった。
花が咲く。
花が咲く。
弱き者たちをタネとした結晶の花が次々と咲き乱れる。
尽きることのない喜びの波動の中で庭園の一部となる。
彼女はその現象を知っていた。
母であり女王であるその姿を真似ようと、まだまだ自分たちが未熟でか弱くどうしようもないほど脆い存在であることを理解できない姉妹たちの末路がそれであった。
なぜ? とも。
さて? とも。
長く、永く、弱き者たちと共存してきた。
故にソレらが危険に備える能力に優れていることは知っていた。
で、あれば。
で、あるなら。
何故にソレらは未熟なまま庭園の中に踏み入ったのだろうか?
騎士の一匹に命じ、結晶と成り果てたソレらを間近で観察させる。
彼女には弱き者たちの顔の違いそのものはわからないが、その変化による弱き者たちの感情の変化については理解している。
始まりは恐怖の色味が強かった我が眷属たちと触れ合いも、共存の中で同胞と支え合う友好の色味に変化したことを理解している。
結晶と成り果てたソレらの顔のカタチはそれと同じ。むしろ変化としてはわかりやすいほど大きくある。少なくとも恐怖に脅えていたときの顔のカタチではない。
「ふひ……ふひひ……ッ!! 吾輩は人類の未来のために、パンタシアの未来のために……ふひ、ひひ……ッ!! 負けぬ、負けぬぞぉッ……ッ!! 素晴らしい力が無限に全身を駆け巡る……ッ!! もはやパイロットすら不要だぁッ!! 部下どもは皆下がれぇ、家族の元へ帰れぇ、貴様らの力などいらぬぅ……ッ!! 吾輩がぁ、吾輩がぁ、ぜぇんぶ、インセクトの首を刎ねてぇ……ひゃぁ、あは、あはぁ……ッ!! おかあさ」
最後のひとつが花開く。
両手を大きく広げたその体勢は、喜びの波長と共に作られるその顔の造形は、やはりどちらも彼女には見覚えがあるモノだ。
子育てを担う眷属たちの巣に出入りする弱き者たちの中でも、おそらくは同じく子育てを担う者の仕草とほぼ同じモノ。
敢えて戦闘力を持たぬ眷属たちは魔力の波長を読み取る能力に優れている。そうした眷属たちは、そうした弱き者たちに個体としての差を忘れて甘えることが多々あるのだ。
弱き者たちの、特に戦わぬ者たちの外骨格は驚くほど脆いことを彼女は知っている。簡単なコミュニケーションのつもりだとしても弱き者は容易く損傷する。
だか困ったことに間違っても噛むなよ? 絶対に噛むなよ? と散々に念押しせねばならぬほど、弱き者たちは体格差を気にせず眷属たちの甘えを受け入れてしまうのだ。
挨拶代わりに頭をグリグリと押し付けるだけでも細かな砂嵐に巻き込まれたが如く外骨格の表面は削れてしまうだろうに、まるで気にする様子もなく朗らかな波長ばかりが流れる。良好な関係を築くのは結構だが眷属の行動にも責任を背負わねばならない彼女としては正直止めて欲しい。
まぁ、そんな共存事情はともかく。
騎士たちを通して、改めて弱き者たちの成れの果てを観察すれば、やはり誰もが眷属と交流する者たちと同じ顔のカタチをしている。
結論。
ソレらは戯れに来たのではない。
弱き者たちはただ、結晶の庭園にエサを求めてやってきた。
しかし器としての強度が足りず庭園に還元されてしまった。
それだけのこと。
きっと、弱き者として停滞することを良しとせず、良質な魔力を蓄え種としての進化を求めていたのだろう。
面白い。
願わくば。
願わくば、見てみたいものだ。
女王を名乗るだけの進化を遂げて、母のように森の向こう側にて王国を築く前に、弱き者たちもまた進化を遂げる姿を。
もしも弱き者たちが、良き好敵手と成り得るのであれば……闘争による進化ほど、弱肉強食に適したものはないだろう。
その日を夢見て彼女は眠る。
己の命すら脅かす者の出現を、それを糧として喰らう機会を。
これで読者の皆さんに少しでも世界観が伝わればいいな〜、と思ってます。